ユウクを覚悟に変えてってコト。【前】
「アルム?オイ、アルム!」
「え?あ、悪い、何?」
一晩明けて、早朝オレ達は樹海に向けてひたすら馬を進め、樹海に入ると馬を引きながら徒歩で進んだ。
樹海の好き放題伸びきった木々に、馬が足を取られて転倒しかねないからだ。
それくらい樹海に自生している木々は凄かった。
大抵の草はオレの膝近くまで背丈があり、常に薄暗い。
樹木のうっそうたるや。
これなら、成長速度が通常の数倍というのも頷ける。
「大丈夫か?今朝からぼーっとしてからに。何だ?昨日の晩、あの姉ちゃんと男女のっ、ぐほぉっ。」
「それ以上、馬鹿な事を言うと蹴りますよ。」
顔面からハディラムが草むらに突っ込んだのは、クラムの蹴りのせいではなかったのか。
腰の辺りに見事に足の裏が突き刺さった気がした・・・のは、気のせいと。
「あにすんだ!」
「もう少しで中継地点の小屋に着くので、今日はそこで一泊致します。」
「無視すんな!」
ギロリとハディラムを睥睨するクラム。
「アンタに構ってたら、時間が無駄になるのはわかりきってますから。」
「ぐぬぬぅ~。」
そこで言い返さないというか、言い返せないのが全てを物語ってるな。
「悪いな、ハディ。ちょっと考え事しててな。」
「アルムは気苦労が多過ぎだ。」
「アンタは物事、考えなさ過ぎです。」
考えていたのは、昨晩の事だ。
弟から姉への告白の後、姉の反応はただ一言。
『どうしてアル君が・・・。』だった。
同じ布団の中で泣き出す姉に更に言えた事は、諦めず精一杯生きるという宣言だけだった。
こんな事なら、姉と呼ばなければ、打ち明けたりしなければ良かっただろうか?
そう素直に述べたら、笑って否定された。
そして逆に元気づけられてしまった。
女は強いな。
「ちくしょぉ・・・アルム、小屋に着いたら狩りに行こうぜ。夕食用の。」
「狩り?」
そういえば、そんな事をした事なんてなかったな。
「・・・はぁ、皇子っぽくないとは思ってたが、狩もしたコトないって・・・貴族の嗜みやろ?」
「あはは・・・。」
貴族自体に否定的だったせいか、貴族の嗜みってヤツは一切興味なかったりして・・・。
「人を殺したら事はあっても、狩りはした事なしか・・・どんだけだよ。」
「関係あんのか、ソレ?」
ハディラムの呆れ方は別としても。
「狩りの方がどうやってもマトモやろ?殺すには変わりないがな。あぁ、確かに生きる為に殺すっちゅーのは同じか。」
だが、両者には明確な違いがある。
「きっちり食うてやらんとな、狩りの場合は。」
「そうだな・・・ルチル!」
「誰だって好き好んで殺すワケちゃうもんな。」
オレが呼ぶと、素早い身のこなしでルチルが近寄って来る。
森育ちの亜人である彼女にとっては、この程度は特に苦ではないのだろう。
「オレは確かに修行の時、誰かの為の剣を習った。それは裏を返せば誰かを傷つける剣だ。」
ゆっくりとルチルの頭に手を置く。
きょとんとしているルチルに応える事なく。
「だから、躊躇いはないつもりだ。今までだって必要ならば人を傷つけてきた。そして・・・最後に殺したのは亜人だよ。」
昨晩に続いての告白。
「・・・・・・そうやな。好き好んで殺し始めたら、ソイツはもう"人"じゃなくなっちまうしな。」
ハディラムが呆れた視線でオレを見ながら肩を竦める。
「アルム・・・さま・・・。」
固まるルチルの耳のつけ根をオレは撫でて、手を離す。
あとはルチル自身が判断する事だ。
具体的には、これから先どうするかを。
「全く、馬鹿正直なやっちゃな。皇子の枠からは盛大にはみ出してるな。でも、どう見ても人の枠からはみ出しているように見えんて、アルムは。」
「ハディ・・・。オレは覚悟はしている。」
同じように誰かに殺される可能性を、オレは否定しない。
小さな亜人をぼんやりと見つめる。
例え、それが彼女だったとしてもだ。
「アホ。そんな覚悟すんな。あ~あ、んじゃ嬢ちゃん、夕食の狩りを手伝えや。」
ルチルをびしぃっと指さすハディラム。
逆にオマエはもうちょっと人としての礼儀を覚えた方がいいぞ。
樹海の王なんだろ?
「私っ?!」
「しゃーないやろ?アルムが狩り出来んのやから。」
「悪かったな。」
そこは本当、申し開きしようもない。
出来ないものは出来ないからな。
まぁ、やり始めれば多少は出来ると思うが、そんな時間の余裕もお腹の余裕もない。
今回は諦めて、二人に頼む方がいい。
「ほら、行くで!あとで小屋で合流なーっ!」
「あっ、待って下さい!」
早々に二人は樹海の奥へと姿を消す。
早いな・・・夕飯、期待出来そうだ。
「重ね重ね、すみませんね、皇子。アレは脳で考えずに発言する傾向がありますから。」
微笑みながら謝罪をするクラム。
なんだかんだ文句・罵倒するけれど、きちんとハディラムを補佐しているし、支持している。
「ハディは優秀な補佐官がいて幸せ者だね。」
優秀な人間が自分を助けてくれるのは、ありがたい事だ。
特に自分にないモノを持っていたり、自分より優秀なら尚。
「皇子の周りの方々には負けますよ。」
勿論、日曜も更新あります。