アップクに屈するワケがないというコト。【前】(リディア視点)
寝台と小さな文机、椅子。
それと肩口が出るか出ないか程度の小窓。
部屋の中はこれだけ。
食事時以外の訪問者は皆無。
「流石に飽きてしまうわ。」
杖を奪われた責任を取らされるのは覚悟のうえだったけれど、学舎がある程度安定してからだったのが幸い。
あれからヴァンハイトのシグルド殿下が自分の部下を入学させて来てから、更に各国の信頼度が上がったようだし。
私としては、ここまで出来た事も満足。
「リッヒニドスは行ってみたかったかしら。」
それも、人を派遣できたから良しとしたいけれど・・・。
「あ~ん、やっぱり行ってみたかった~。」
それが本音なのだから仕方ないわ。
「何をわめいておるのかね?」
あら?
気づくと私の横に初老の男性が・・・。
「法皇様?」
深い皺が刻まれた顔は穏やかに微笑んでいる。
銀髪・銀眼の老人。
「君は何時でも楽しそうだね。楽しい事を発見する才能は健在のようだ。」
私の肩に手を置く法皇様の瞳に映る私は、小さい頃に出会った時のままなのかも知れない。
「それが幸せになる近道ですもの。」
学舎だって、その一つ。
「そうかも知れんな。では、今回も大いに楽しみたまえ。」
今回の事はある意味、国の一大事だから。
きっと地位の剥奪どころか、国から追放でも驚かない。
下手をしたら、一生牢獄暮らし・・・そこでも何か楽しい事を見つけられるかしら?
「余は、より良い思想を持ち、より良く日々を生きられれば。そう思っていたのだ・・・今もそれは変わらん。」
同じような事を彼も言っていたような気がする。
「気を落とさないで下さい。」
「君に言われるとは・・・いやはや。とは言え、今回は大いに楽しめると思っているよ。さぁ、これが恐らく最後の査問になるだろう。」
最後の査問・・・とうとうこれで今後の身の振り方が決まってしまうのね。
「より良く生きれば、より良い人生が送れる・・・か・・・。」
そうぽつりと呟くと法皇様は先に部屋を出て行かれた。
査問する側とされる側が一緒にいること自体、本当はいけない事なのだから。
今の時間を作るのだって、大変だったのだとわかる。
「リディア様、こちらへ。」
少し遅れて案内の衛士がやってくる。
"様"とつけられるのは、昔から慣れなかったけれど、"先生"と呼ばれた方が恥ずかしかったなと、ふと思い出す。
これから"様"づけで呼ばれる事もなくなってしまうのね。
薄暗い螺旋階段を降りて、査問会が開かれる広間へ。
「これより査問会を始める。最後に一人だけ証言する者がいる旨を皆様にお伝えする。」
中央の席をぐるりと取り囲む、他の枢機卿達。
正面には当然、法皇様が座っていらっしゃる。
私が行くべき中央の席に人が立っているのがわかる。
"最後の証言者"という事なのかしら?
この人達が喋り終われば・・・。
「あれ?」
「あ、先生お久し振り。」
何で・・・?
「こんな所に・・・?」
「こんな所って酷いなぁ、ご自分の国でしょう?大体、何で先生だってこんな所で査問なんか受けてるんですか?」
査問"なんか"って、貴方だって随分さらっと凄い事言ってますよ?
学舎で別れてから、会う事がなかった顔。
手紙のやりとりはしたけれど、実際に会うと酷く懐かしい気がしてしまうのは、何故かしら・・・。
もう一人の方は、見た事が無い顔だけれど。
「こんな時に、こんな所で会えるなんて・・・。」
最後の最後でとても嬉しいわ。
「会いに来たんですよ、全く。人の招待を受けておいて、本人だけが来ないとか、どれだけ非常識なんですか?」
だからといって、自分からわざわざ出向いて査問会にまで出るなんて、そっちは非常識ではないのかしら?
・・・愚問ね。
彼は非常識なのではなくて、"常識にとらわれない"だけ。
「わざわざ迎えに来たんですから、査問とかいうのをさっさと終わらせて行きますよ?」
にっこりと微笑んだ彼は、事も無げに言うけれど、不思議と信じてみようと思ってしまうのだから・・・。
私は法皇様が仰っていた、これから起こる"楽しいコト"を想像して不謹慎にも胸を高鳴らせてしまうのだった。
明日の日曜も更新いたします。