フギリな弟ではないってコト?【前】
ルチルの作った料理は素材を生かしたというか、素朴な味で実にオレ好みだった。
それに関してルチルを素直に褒めると、実に恥ずかしそうに照れている様が可愛かった。
やっぱり亜人の部下、いいな。
いや、ルチル自身も試験を通っているのだから、充分に中身も優秀なんだ。
食事を終え、明日の旅程の打ち合わせをしたら、外は真っ暗。
特にやる事もなく・・・。
「う~ん・・・。」
食事中から気にしないようにしていたけれど、じっとオレを見つめるエスリーンさんの視線。
いくら最近、女性の視線に耐性がつきつつあるといってもだ、こうも見られていると・・・捕食されそう。
しかし、考えても考えても、彼女との出会いを思い出せない。
「あの、エスリーンさん?」
「なになにから?」
接近するの早ッ!
考え方によっては、ミランダより始末が悪いよな、強いだけに。
「首都を出てからずっと考えてたんだけれど・・・。」
「うんうん、何々?」
近いって・・・。
「どうやっても出会った時の事が思い出せないデス。」
これが身体の崩壊に直結する記憶の欠落なのか、忘れただけなのか判別出来ないが、思い出せないのは事実。
素直に聞く方が早い。
・・・教えてくれればだけれど。
「全然?」 「全然。」
即答するしかない。
「ニアのコトは覚えてたのに?」
「正直、あの人との出会いも覚えてないデス。」
逃げられない、この感じはなんだろう・・・捕食?!
「小さい頃は、あんなにお姉ちゃん、お姉ちゃんって、あんなに懐いてくれてたのに・・・。」
ぐすんと泣く寸前の表情で、しょんぼりするエスリーンさんには悪いけれど、それでも思い出せない。
思い出せないんだが、一つ気になる単語が・・・。
「オレが・・・エスリーンさんを"お姉ちゃん"て?」
オレが出会った他人の女性を"姉"と呼ぶなんて確率的にはかなり低いぞ?
だってそうだろう?
「オレがミラ以外を"姉"と呼ぶなんて・・・。」
有り得ないとまでは言わないが、当時のオレは既に自分の置かれた地位や振る舞いを理解していて、それこそ人間不信に近いくらいだった。
だからこそ、唯一の味方が姉である立場に近いミランダだったわけで。
例外がそんなポコポコあってたまるかというのが、オレの本音で・・・うぅむ・・・。
「そう・・・。」
急にずぅーんっと神妙な面持ちで俯くエスリーンさん。
ちょっと言い過ぎたか?
「・・・アレは手強かった。」
「はぃ?」
なんか、拳がぷるぷると震えているよう・・・な?
「アノオンナが居たから、当時の私は必死だったわ。"真の姉の座"を勝ち取る為に、来る日も来る日も"お姉ちゃん修行"に明け暮れた!」
いやいやいや、突っ込み所満載過ぎだろう。
ナンデスカ?
ソノ"真の姉の座"トイウノワ?
トイウカ、"お姉ちゃん修行"ッテ?
「えぇと・・・姉の座と修行と、一体どういう・・・?」
関係が。と、続けようとすると、ガバァッと急に顔を上げるエスリーンさん。
心なしか瞳が輝いているような気が・・・。
「何時か、アル君に手取り足取り腰取り、姉として教える事よ!アル君、言ったじゃない?『オレは一番強いヤツからしか教えを受けるつもりはないから。』って。」
・・・・・・ヲイ、昔のオレよ。
何やら、今のオレが大変な事態に追い込まれてるぞ?
というか、腰取りって何の修行だ?
「あー、いや、まぁ、確かにバルドに師事したのは、国内で一番強かったからだけれど・・・。」
他にも長剣使いだったとか、役職を辞して弟子も少数だし暇そうだったからってのもある。
「そうしたら、何時の間にか、アル君はアノオンナとばかりイチャイチャして!」
イチャイチャした記憶なぞ、一切御座いません。
というか、最初からミランダは姉としています、何処からも湧いてきたワケではないです。
大体、最近、そんな微妙にくすぐったい事をしたのは、ダークエルフの二人組みだけで。
う゛ぁぁ~、思い出すと背中がむず痒い。
「ミランダは幼馴染で、乳母姉弟だしなぁ。イチャイチャと言われても・・・ねぇ、シルビィ?」
思わず、視界に入ったシルビアに助けを求めてしまった。
よりによってシルビアに!
「ミランダさんだけじゃないですよ~。私だって、残った皆さんとだって仲良いですぅ~。」
うん、そう。
こうなるよね、普通に考えてさ。
「皆・・・と?」
「えぇ、アルム様。そろそろお休みになっては如何ですか?明日もありますしぃ~。」
助け舟のつもりだろうか?
今更?
でも確かに、オレが寝ないとオレの世話をする人間も休めないよな。
一番休まないといけないのは、シルビアだ。
「そうだね、早めに寝ておくとしよう。」
「はい、では~。」
立ち上がって、自分の幕屋に向かうオレの後につき従うシルビア。
「ちょっと待って!」 「はい。」
そんなオレ達を呼び止めるエスリーンさんに、オレより早く反応するシルビアは、何時もの間延びした口調じゃなかった。
「二人・・・一緒?」
ん?どういう意味だ?
「私はアルム様の侍女です。一時もお傍を離れません。お添い寝も仕事のうちです。」
ズバっと切り込んだシルビアの口調に、固まるエスリーンさん。
そんな彼女を尻目に、シルビアは言いたい事を言い終わったからか、オレの背中をぐいぐい押して促す。
「し、シルビィ?」
「それではエスリーン様、おやすみなさいませ~。ルチルさん、立ち番お願い致します~。」
転がる様にして、オレはなすがまま幕屋に押し込まれてしまった。
勿論、エスリーンさんを外に残したまま。




