ルイショウは想いを焦がすというコト。【前】
カーライルが持て余していた復職願の名簿は、本当にオレにとっての宝だった。
来るべき官吏の試験。
それに合格した者達への教育係に熟達した文官は最適だった。
カーライルが自分の師の話題を出したお陰だ。
武官も同じようにレイアやバルドの補佐についてもらう事に。
更にリッヒニドスに置く学舎の教鞭を取る人材にもなる。
この事をカーライルに提案すると、ニヤリと笑って颯爽と部屋を去って行った。
恐らく打ち合わせに行ったのだろう。
何という身軽さだ。
「民は国の宝也ってな。」
皇族なんざいなくとも、一定以上の教育水準があれば国は成り立つであろう、いい証拠だよ、全く。
その後は上がって来た報告書に確認の署名をし続けた。
自分の名をあんな回数書いたのは初めてだ。
早々にそれの認印を製作・登録しないと大変だというのは理解した。
「じゃないと、そのうち剣すら持てなくなりそう・・・。」
利き手を揉みながら、寝台に倒れ込む。
そういえば、あれからオレの知らない言語が浮かんでこない。
まだ大丈夫という事だろうか?
「あぁ・・・。」
また落ち込みそうになって、寝台の上でもぞもぞしながら瞼を閉じた。
部屋の明かりは既に落としてある。
身体がゆっくりと沈み込むカンジ。
・・・落ちそう・・・。
「うぁ・・・。」
次に呻いた時には、外も室内も完全に真っ暗で、明かりといえば窓から微かに入る光。
何時間経ったんだろう?
完璧に寝てしまったらしい。
誰も起こしに来なかったのだろうか?
また気を遣わせてしまった・・・?
「・・・誰?」
気配がする。
そのせいで意識が覚醒した・・・のか?
ピクリと動いた気配は、ゆっくりと横になっているオレに近づいて来る。
外からの光にうっすらと身体を照らされて・・・。
「ホリン?」
月光で照らされても尚、黒い肌。
あれ?
でも、ホリンはあれでも扉を叩いてから部屋に入ってくる派・・・。
オレの声に僅かに反応したソレは、突然寝台に飛び込んで来て、素早くオレの上に馬乗りになり肩口を押さえつける。
「コラ、冗談にも程があるぞ。」
仮にも、だ。
主従関係というものを多少は持って欲しい。
「冗談のつもりはない。」
ホリンよりも低い声・・・?
「て、オマエ、ラミア・・・?」
そういえば体格もホリンより一回り大きい。
薄布のような合わせ一枚を纏い、腰の辺りを帯で留めたラミア。
心なしか表情は暗く悲しそうにも見える。
「なにやってんだよ、オマエ。」
半ば呆れたオレは、相手の正体も判ったせいかぐったりとする。
「そんな顔をしないでくれ。」
薄暗さの中で、オレはラミアの表情を判別しにくいというのに・・・ダークエウルフは夜目が利くんだっけな。
少し不公平だな、オイ。
「アルム・・・。」
「何だよ?」
大方、誰かに何かを吹き込まれて・・・。
「いいから、私を見ろ。」
片手でぐぃっと顔をラミアに強制的に向かせられると、彼女は自分の身体をまさぐりながら、ごぞごそと。
衣擦れの音と帯が解かれていく音。
「ちょっと待て!何を考えてんだ、ヲイ!」 「いいから黙っていろ!」
暴れようとする俺の身体に膝をつき、力を力で押さえ込まれる。
全力で跳ね除けてもいいんだが、暗くて周りに何があるのかわからん。
うっかり怪我でもさせたら大変だ。
「アルム・・・私を見てくれ・・・。」
もう一度、衣擦れの音がして、柔らかな光に照らされたラミアの肌が露わになる。
艶かしく光っているようにも見える黒い肌・胸に、花の蕾のような頂。
「お願いだ・・・ちゃんと、私を見てくれ・・・。」
自分を見ろという二度目の声、懇願。
視線を外そうにも、身体全体で主張された美しさに吸い込まれてしまう。
「一体・・・どうしたんだよ。」
酷く渇いて張り付いたように上ずった声が漏れる。
オレは正直・・・かなり混乱している。
そうに違いない。
「・・・わからない。」
返ってくる声も頼りなく、空間に彷徨って消える。
「は?」
「・・・わからないんだ。」
次の声は更に頼りなく、迷子の子供のようだった。