Yourself! 皇子が皇子である為に。【前】
「少し・・・いや、かなり認識が甘かったな。」
余りにも平和で楽しくて、腑抜けてしまっていた。
オレにそんな余裕や幸せばかりが持てるはずもないのに。
もうすぐ、アイシャ姫の屋敷の門をくぐる。
「もっと強く、もっと考えないと。」
そうでなければ、オレという存在は全てを失ってしまう。
もっとしっかり最初の事件について調べていたら。
もっときちんと二国間の問題に注目していれば。
その前の街での決闘だってそうだ。
・・・違うな。
もっと一番最初からだ。
神器が持てる事、神器とはそもそも何故存在し続けているのか。
シルビアの時折見せていた言動。
「少しどころじゃないじゃないか。」
悔しい。
今更になって、物凄く悔しい。
「アイシャ姫!」
屋敷に入り、人の気配の少なさに焦りながら、出来る限り走る。
「兄上!」
オレの声に反応して気配が動いているのがわかる。
逆に言えば、オレを認識した相手。
敵なのだろうか?
「ここだ、アル!」
兄上の声が奥から聞こえる。
人質にされるような失敗をする人じゃないとは思うが、一応腰に下げた剣を抜く。
剣がさっきより重く感じるのは、身体が疲弊してきているという事に他ならない。
自業自得だけどな。
「兄上!アイシャ姫!」
視界に入る二人の無事を確認すると、少し安心した。
兄上は神器ではない方の剣だけを抜いて、アイシャ姫の横に立っている。
アイシャ姫は何時もの真紅の服を身にまとっていた。
「流石。」
「アルの頼みと聞いて、いささか張り切ってしまったよ。」
涼しげな笑みをたたえている我が兄は、何故だかこの現状と比べ場違いに感じる。
「アルの部下とラスロー王子の部下は、私の護衛に任せてある。」
弟の褒め言葉に上機嫌になっているところ悪いんだが、そんなに浮かれていいのか、次期国皇。
「アイシャ姫の方は?」
「他の人間は奥にいます。戦闘が出来る者は大叔父様の方へ。」
大叔父様というのは、きっと一緒に夕飯を食べた人物だろう。
「姫様の従者は?」
本来彼女を守るべき人間の姿が見えない。
まさか・・・。
「彼女等も大叔父様の所へ。私と違って、大叔父様は中央の要人ですので。」
いくらなんでもそれは・・・。
確かに彼女は、自国の貴族では傍流だと言ってはいたが。
「姫様~。」
と、緊張をブチ壊す間の抜けた声。
この声はオレも聞き覚えがある。
「マール、ここよ!」
そういえば、最近、彼を見かける事は少なかったよな。
見えない所での仕事か・・・。
オレは兄上に目配せをして、アイシャ姫の斜め前に立つ。
「ご無事でしたか~。」
とてとてと歩いて来る亜人の少年。
これなら、そう思うよな。
「やぁ、マール君。君も無事だった?」
「あ・・・トウマさん、お陰様で。」
互いににっこりと微笑む。
「で、マール君?誰を殺したんだい?」
「はぃ?」
ラスロー王子は、別の誰かとすり代わっていた。
オリガさんも武器の確認はしなかった。
ではマール君は?
あの決闘の時、武器を確認出来た人間は、何もセルブ側だけじゃない。
つまりはそういう事だ。
残るは彼だ。
彼とラスロー王子が共謀していれば、双方とも気づかなかったという構図には出来る。
「可哀想にマール君。偽王子は目的を達成して、さっさと退散したよ?知らなかったかな?」
剣の切っ先をマール君に向ける。
「君は見事に一人取り残されたワケだ。」
息を呑む音とマールと微かに呻く声が後ろで聞こえる。
ごめんな、アイシャ姫。
本当は君にこんなのを見せたくなかったよ。
「これって、アレかな?"捨て駒"って言うんだっけ?」
ここまで揺さぶれば、本当に彼が共犯者かどうかがわかるハズだ。
・・・オレの中では、彼の自白がなくても、関係ない話なんだが。
何故なら、剣が・・・オレの剣が微かな殺気に反応している。
そして、彼からは微かだが、本当に血の匂いがしていた・・・。
正直、兄上、万能過ぎじゃね?