第39話 『背中を押すのは』
「なんでテストなんてあるんだろうな」
咲と一緒に父さんと話してから数週間後。近づいてきた期末テストについて、勉強を教えてくれと頼み込んできた暖大の面倒をファミレスで見ていると、そんなことを口にした。
「わかるぜ片山。意味がないとは思わないけど、それでも滅入るよな。ま、今回は俺も瀬川に教えてもらえるからなんとかなりそうだけど」
珍しい、というより修学旅行を除いて外で会うのは初めての田中くんも、暖大の気持ちに同意している。
暖大が僕に頼み込んでいるところに彼が便乗してきた形だったが、断れば良かったかもしれない。二人はさすがに負担が大きい。
…その場合は暖大も断られなければならないか。なかなか難しい問題だと諦める。
せめて咲…というよりこの状況なら穂波さんもいてくれればと思うが、すでに女子同士で約束があるらしく、今回は断られてしまった。
「…ま、仕方ないね。いつも言ってるでしょ。普段からちゃんとしておけばこうはならないって」
「何回も言ってるだろ。それができれば苦労しないんだって」
「そうだそうだ!」
初日から諦めムードというか、やる気の感じない二人にげんなりとしてしまう。
「…そう。じゃあ、後は二人で頑張って」
「あぁ〜!嘘、嘘だから彗!いや嘘じゃないけど、ちゃんとやるから!」
「神様仏様瀬川様〜」
大袈裟なリアクションを取る暖大に、拝むように手を合わせている田中くん。それは何か違うくないかと呆れてしまい、ため息が出る。
引き受けてしまった以上、やる他ないと二人に再度向き合う。
「分かったから…。ほら、やるよ」
「うぃ〜」
「うぃ〜」
またやる気を感じないセリフを重ねる二人に少しの苛立ちを覚えながら、勉強を進めた。
そして2時間ほど経った頃、先に限界に達したのは田中くんだった。
「……すまん!今日はもう無理!!」
「田中、よく言った!」
暖大も待ってましたと言わんばかりに声を上げる。
「はぁ…。じゃあ続きはまた明日、やろうか」
よっしゃー!と声をだして、田中くんは空になったコップを持ってドリンクバーを取りに行った。
「いやぁ、田中がいてくれて助かったぜ。俺ももう限界だった」
「暖大は一人でも同じようなこと言うでしょ」
「そこは否定しねぇけどさ。やっぱ違うじゃん、気持ち的に」
「僕はまだまだ大丈夫だからわかんないや」
「くそっ…優等生が…」
「なに?」
「…なんでもありません」
わざとらしい口笛を吹きながら、顔を逸らす。慣れたこととは言え、勉強に対する姿勢だけはどうにかならないものか。
「…そういえばさ、彗」
「ん?」
「もうすぐクリスマスだけど、どうすんだ?」
「どうするって…。去年と同じようにバイトかなぁ」
「はぁ?お前本気で言ってんのか?」
「なになに?なんの話?」
戻ってきた田中くんが、割って入ってくる。
「いやさ、彗のやつ、クリスマスにバイトするって言ってんだよ」
「…瀬川。それはさすがの俺もおかしいと思うぞ」
「えぇ…?」
二人して何を言っているんだろう。クリスマスなんて、ただの平日じゃないのか。
「俺は詩織と過ごす約束してるぜ!」
「大々的にそう言われるのもなんか腹立つけど、まぁそういうもんだよなぁ」
「付き合って初めてのクリスマスだからな。そりゃもうバッチリと」
そういうものなんだろうか。いや、世間的にはそういう認識なのは分かっているが、僕にはあまり特別な日には感じないのが正直なところだ。
「…クリスマスって、そんな特別なの?」
「そりゃそうだろ。聖夜って言われるくらいだからな。特別感ある」
「うむ。好きな人と過ごすクリスマス…。ロマンしか感じない…!」
少し上を向きながら、目を輝かせている田中くんに、少し目を奪われる。
「まぁこいつのことは一旦置いといて…。彗は特別だと思ってなくても、日野さんは違うかもよ」
「……それは、」
「というかもう付き合ってんだろ?日野さんから誘われる前に誘う方がスマートだと思うぜ」
その暖大の言葉に、ギクっとしてしまった。そういえば、暖大にはまだ言えていなかった。
「……付き合って、ない、と、思う」
「…は?」
「…だから、付き合ってるのかどうか、わかってないんだって」
「え、瀬川…まだ言ってなかったのか…?」
暖大は大きくため息をつき、田中くんは目を見開いて驚いている。
「…いや、その…。タイミングが……」
「バカ言え。言い訳すんな、早く言え!」
「瀬川。俺もその方がいいと思うぞ」
力強く伝えてくる二人に、それはその通りだとは思う。思うのだけど、最近は父さんのこともあったりで、タイミングがなかったのも事実だ。
いや、この数週間の中でも、二人でいることは何度もあった。言い訳すんな、というのは的を射すぎている。
というか思い返せば、付き合ってくださいという言葉など軽く聞こえてしまうようなことを伝え合った気もする。
「…なぁ彗。うちの学校、クリスマスパーティあるだろ?」
「…? うん、そうだね」
急になんの話だろう。
「さっきも言ったみたいに、クリスマスを特別だと思ってる奴は大勢いる。日野さんだって、彼氏がいないなら声をかけてみよう、って奴は多分たくさんいるぜ?」
その言葉に、モヤっとした感情が湧いてくる。
「…まさか、詩織も…!?」
「お前は黙ってろ」
「ひでぇ」
少しでも雰囲気を軽くしようとしてくれているのだろうかという田中くんの発言を一蹴して、暖大は続ける。
「そんなの、嫌だろ?ここらでちゃんとケリつけるのが、お互いにとって最良だと思うぜ」
…ムカつく。いつも暖大に背中を押されることが。いつも僕のことを分かったように、言葉を投げかけてくることが。こういうところが、本当に憎めない。
「……ほんと、暖大にも敵わないや」
「けっ。彗がだらしなさすぎるんだよ」
「…否定できないのが、悔しいね」
「帰ったら誘えよ?別にクリスマスじゃなくても、どっかでちゃんと伝えろ」
「…うん、分かってる。ありがとう」
「…バカ言え、礼を言われるようなことじゃねぇよ」
「……片山って、照れ屋さんなんだな」
「田中…! おまっ…!」
珍しく顔を真っ赤にしている暖大に、田中くんがイジることを辞めない。二人でやいやいと言い合っている。
今まで男友達と呼べるのは暖大だけだったけど、こういうのも悪くないなと思いながら、笑顔が溢れた。
そしてもうしばらくファミレスで過ごしてから、お開きとなった。別れる間際、暖大にまた念を押された。面倒見がいいと言うか、なんというか。わかってるよ、とだけ返し、帰路についた。
家に帰り、晩御飯を食べ、部屋へと向かう。メッセージを入れて、返事を待つ。思えば、僕から用事を伝えて連絡を入れるのは初めてかもしれない。なんだかそわそわしてしまう。
そんな落ち着かない気持ちを抱えながら待っていると、返事が来た。確認してから、電話のマークをタップする。
「…もしもし、咲?」
『はーい。彗くんから電話なんて初めてだね。どうしたの?』
「……ちょっと、話したいことがあって」
『んー?なにー?』
「…クリスマス」
『ん?』
声が小さかったのだろうか。うまく聞き取れなかったみたいだ。大きく息を吸って、覚悟を決める。
「…クリスマスの日。もし空いてたら、一緒にどこかに出掛けない?」
『……』
返事がない。また聞こえなかったのだろうか。それとも電波が悪いのか?なんにせよ、何度も伝えるのは小っ恥ずかしい。
「さ、咲…? 聞こえてる…?」
『……彗くん』
「は、はい」
『…遅いよ!私、ずっと待ってたのに!』
返ってきた返事は、予想もしていなかったものだった。
怒られてしまった。けれどその声は、弾んでいる。
「ご、ごめん…。タイミングというか、踏ん切りがなかなかつかなかったというか…」
『ふふっ。彗くんらしいけどね。ちゃんと誘ってくれたから、許してあげる』
「じゃあ…」
『うん。私も、一緒に過ごしたいと思ってたよ。もう予定は空けてあるの』
待たせてしまっていた事実に申し訳なく思うと同時に、それ以上の喜びが心を満たしていく。
「ありがとう。でもまさか、予定まで空けてあったなんて」
『彗くんがいつまでも誘ってくれなかったら、私から誘おうと思ってたからね』
「それは…良かった…のかな?」
『うん。嬉しいよ』
「そっか。それなら良かったよ」
『うん。ね、彗くん、まだ時間ある?』
「うん?うん、大丈夫だよ?」
『今日、片山くん達と勉強会したんでしょ?どうだった?』
「暖大と田中くんがね…」
そこから、気づけば咲の寝息が聞こえるまで、二人で話していた。
聞こえてくる寝息をかわいいなと感じながら、やっぱりこの特別な時間を、特別な関係に変えたいと、そう強く思った。




