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サボテンの花  作者: みるきー


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第1話 『ありがとうの意味』

 "家族"とは、一体なんだろうか。


 惹かれ合った男女が結婚し、築きあげた素敵な関係。


 それは理解できる。


 でも、だとしたら。なぜ離婚というものがこんなにも身近に存在しているのだろう。

 

 好き合っていたはずなのに、どうして別れを選択してしまうのだろう。


 これは、ある女の子との出会いによって、僕が少しずつ変わっていく。


 そんな物語だ。



* * *



 先生の話がとにかく長い。


 僕、瀬川彗せがわけいは放課後、先日行われた進路面談の補足とやらで担任の片桐先生に呼び出されていた。


 一応進学校ということもあり、まだ高校ニ年生の五月に差し掛かったところではあるが、将来はどうしたいか、どの大学への進学を希望するのか、どういった科目選択をしていくのかなど、細かに考えさせられる。


 自分の人生のことだ。もちろん真剣に考えなくてはならないことは重々承知しているが、どうにもイメージがつかない。


 結局、今日の呼び出しでも大して進展はなかった。


 既に自分の進路について決めている人達には一体何が見えているんだろうな、なんて考えながらカバンを取りに教室に戻る。


 日は既に傾いていて、鮮やかな夕日が廊下に差し込んでいる。


 今日はバイトもあるから、早いこと学校を出ないとな、と教室に戻るとドアが空いている。


 誰かが閉め忘れたのだろう、と気にせず教室へ入ろうとすると、一人の女子生徒が自分の席に座り、窓の方を眺めている姿が視界に入ってきた。


 日野咲ひのさき。バスケ部に所属しており、明るく、いつも笑顔でとても活発な性格をしている女の子。


 誰に対しても明るく平等に接していて、クラスの中心人物的な立ち位置だ。普段も友人達と冗談を言いながら楽しそうに過ごしている姿が印象的で、同じクラスになったのは今年からだが、去年からその人気振りは耳にしていた。


 実際、ここ一ヶ月ほど同じクラスで過ごしたが、その印象は変わらなかった。


 だからだろうか。今、僕の視界に入ってきた彼女は本当に日野咲なのだろうかと思案する。


 五月の夕暮れが教室に差し込み、彼女の肩ほどまで伸びた髪が亜麻色に照らされている。だが、その表情に普段の明るさは微塵も感じられない。


 片肘をついて窓の外をぼんやりと眺めていて、何かを考えているような、そんな表情をしている。


(…さて、どうしたものかな)


 僕と彼女は、特に接点があるわけではない。同じクラスとはいえ、話したことはほとんどなく、名前を覚えられているかすら怪しいくらいの関係性だ。


 彼女もまさか、まだ帰っていないクラスメイトがいるとは思っていなかっただろうに。いや、カバンは残ってはいるのだが、机の横に掛けているので気づかなかったのだろう。


 まぁとにもかくにも、それくらいの関係性の間柄で、いくら普段と雰囲気が違うとはいえ、声をかけるつもりなど毛頭ない。彼女に気づかれないようにカバンを取って立ち去る方法を考える。


 幸い、僕の席と彼女の席は離れている。そっと入ってそっとカバンを取り、そっと教室から出る。完璧だ。これでいこう。やれる。


 意を決し、教室へと足を踏み入れる。


 まだ彼女はこちらに気づいていない。いける。そう思った矢先、ガタッと音が鳴る。


 その音にビクッと反応し、彼女は僕の方に振り向き、目が合ってしまう。


 どうやら足を机にぶつけてしまったらしい。どうしてこういうタイミングで、普段なら起こらないようなことが起こってしまうのかと少し自分を恨めしく思う。


「……瀬川くん?」


 そんなことを考えていると、向こうから声をかけてきた。やはり驚かせてしまったのか、その声は少し上擦っていて、目をまんまるとさせている。


「ごめん。さっきまで先生に呼び出されてて、カバンを取りに来ただけなんだ」


「そうなんだ」


 そっけない返事とともに、彼女は視線を窓の方に戻す。声のトーンはいつもより少し低く、その表情にも明るさは微塵も見えない。


 彼女とお近づきになりたいと考えているような男子なら、この状況で声をかけたりするのだろうか。


 気にならない、と言えば嘘にはなるが、それはあくまでも普段の印象と異なるからだ。


 人には、踏み込まれたくない間合いというものがある。この間合いを大切にすることが、波風立てずに日々を過ごすコツだと思う。


 そんなことを考えながら、自分の席に掛けてあるカバンを取り教室を出ようとすると、


「ねえ」


と背中に声がかかった。


 振り向くと、日野さんがこちらを見ている。心なしか、さっきよりも表情が柔らかくなっている気がする。


「私、なんか変な顔してた?」


 変な顔、とは一体なんだろうか。確かに普段の様子とは異なる表情に見えはしたが、わざわざそれを伝える必要もない気がする。


「……別に」


「本当に?」


「本当。見てなかったからね」


 嘘だ。バッチリ、とは言わずも目が合ったのだから、顔は見えている。ただこんなことを聞いてくるということは、気にしているのか、あまり触れられたくないのか、どちらかだろう。そんなことに踏み込むほど野暮ではない。


 彼女はしばらく黙って、それから小さく吹き出した。


「嘘つき」


 バレてるじゃないか。


 嘘つき、という言葉にギクっとしてしまい、言葉につまる。


「……」


「でも、ありがとう」


 お礼を言われる筋合いが何なのか、正直よくわからない。


 でも、その「ありがとう」の言い方が妙に柔らかく聞こえた。ここでまた嘘を重ねるのも違う気がして、僕はただ小さく頷く。


「じゃあな」


「うん。またね、瀬川くん」


 廊下に出て、ドアを閉めた。何事もなくカバンを取って教室を出ることが出来れば良かったのだが、上手くいかなかったな。


 歩きながら、さっきの横顔がなぜか頭に残っていた。夕陽の中で、笑いもせず、これまでの印象とはまるで異なる表情をしていたあの瞬間。


 普段の日野咲とは、まるで別の人間みたいだった。


(そういえば、ちゃんと話したのは初めてだったな)


 べつに、詮索する気はない。


 ただ、あの表情には、どんな事情が隠れているんだろう。妙に耳に残っている、あの『ありがとう』にはどんな意味が込められていたんだろう。


 気にしないようにしながら、どこかで気になっている自分に気づいたのは、校門を抜けてずいぶん経ってからのことだった。


(まぁ、さっきみたいなことはもう起こらないし、考えても仕方ないな)


 気持ちを切り替え、バイト先へと向かう。

 





 そして、バイトの帰り道。


 家への近道として使っている公園の脇を通りかかったとき、視界の端に人影が映った。


 街灯の光の中、ブランコに誰かが座っている。俯いて、足先でゆっくりと砂を掻いている。夜の十時を過ぎた公園に、一人で。


 「……日野さん?」

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