12 夢の第一歩、小説家デビュー。
母と弟達の父親の離婚前提の別居をしている破綻した家庭環境は、私が中学二年生の終わりに決着がついた。
ついに、母が弟達の環境に痺れを切らして、二人も引き取ると言い出したのだ。
弟達の父親にはちゃんと育てられていないと説得の末、親権を譲ってもらった。
弟と妹は、居候という形でアパートの私の部屋に転がり込んだ。
母はお父さんから離れて、子ども達を連れて生活するために、住処を探して仕事も探した。
その間、私は離婚が成立したことで実の父親と離れることになった弟・青介と妹・奈緒のメンタルチェック。居候生活だって、ストレスが大きいだろう。
なるべく楽しい話題を振った。最近ハマっている宇宙侍漫画のアニメ化の話とか、エクソシスト漫画のアニメ化とか、最近のアニメは面白いねって話。アニメの話題が救いになってよかった。漫画もアニメも、偉大だ。
そういうことで、引っ越し作業。
私が中学三年生になると、母と弟達の五人でちょっとボロいアパートに引っ越した。
2LDKで一部屋には二段ベッドを置いて、私と奈緒がベッド、青介は床に布団を敷いて寝る。母と藍太は、居間のソファーベッドで寝るという形。
弟達の父親から三人分の養育費は、毎月払われるし、お父さんからも多少の援助もしてもらうけれど、前よりも生活の質が下がった。正直言って、ほぼ下がり続けている気がする。
弟達も新築マンションから、狭いアパートの部屋に移り住んで、内心嫌だろうとは思う。けれど、離婚をしたのだから、しょうがないと割り切ってほしい。あのまま、パチカスの父親と住んでいても、お金に困っていただろうね。
金銭感覚が狂わないように見張っていたおかげで、あればあるだけ使っちゃうこともなく、二人ともちゃんと貯金が出来ているようだ。よかったね。これからは、お小遣いをもらう頻度は少なくなるから。
私もなんとかお金を稼いだ方がいいのかもしれない。そう思い始めた。
部活から帰ると、母も八時間のパートを終えて疲れた様子で夕食を作るのだ。
一度目でも母は働いている方が性に合うというタイプの人だったけれど、あまりにもブラック気味なところで働き始めたので、私が家のことだけやっていてと言って十万の仕送りをあげる代わりに仕事をやめてもらっていた。
それに引き換え、今は働かせ通し。モヤモヤしてしまう。
でも、私はまだ中学生である……。やれることってあるのかな。
出版社に小説を持ち込みしたり、公募に送り込んでみて、作家デビューをしてみようか。
すぐは無理でも、高校生デビューなら出来るかもしれない。
オファーを待ち続けるよりは、ずっと家族のためになるかもしれない。
そう思っていれば、『小説家になりましょう』のサイトのアカウントに、メッセージが届いていた。
とある有名出版社からのオファーだ。もう完結している錬金術師の転生ヒロインの物語を、書籍化しないかというお話。
(オファー、キタぁああー!!!)
私はガラケーを掲げて、しばらくそのポーズでいた。
一度目のデビューは二十歳を過ぎた頃だったけれど、中学生で書籍化のオファーをもらえるなんて!
(私ってば天才なので???)
もう鼻が高かった。
(まぁ、改稿作業とかすると、現実的に考えると出版は高校入学する頃かな)
つまりは、正確には考えていた通り、高校生デビューになりそうだ。
とりあえず、オファーをくれた出版社の方と連絡を取ることにした。
念のために、私は来年高校生の中学生ですが、それでも大丈夫ですか~? という文章も入れておく。
これで断られたらどうしようかとも不安が湧いてきたけれど、返答は私が中学生であの長編を完結させたことに驚いたリアクションと、可能なら高校生デビューを銘打って売り出したいという旨が書かれたメールが返ってきた。
(いいとも~!)
進学先は、もう決めている。一度目と同じ定時制の高校だ。夜間だけ授業があるので、日中は執筆し放題である。ハッキリ言ってどんな不良も進学出来るような高校なので、真面目ちゃんに生まれ変わった私には余裕な受験となるだろう。というか、受験なんて形だけのようなものだ。
なるべく早くに改稿を済ませて、出版に漕ぎつきたい。なんせ印税は、本が発売してもすぐに入ってこない。数ヶ月はラグがある。早くお金が欲しいので、早く出版したい。
(パソコン買わなくちゃ)
一度目は、電話対応は苦手だからほとんどメールのやり取りのみだったけれど、今回は中学生だというネックもあるし第一印象をよくしたいこともあり、電話のやり取りもした。
パソコンを持っていないので、これから買うと話したら、アドバイスもくれた編集者さん。いい人だ。
もっと優しくて。私は中学生だから。
第一章を一巻に収めるけれど、まだ文字数が足りないということで、番外編も書くけれど、少し手直ししたいと伝えた。
この段階では、まだ母には言わなかった。パソコンを通販で購入。慰謝料代わりにもらっていたお小遣いを貯金していてよかった。
買ったのは、ノートパソコンだ。正直、デスクトップパソコンは場所がなかった。
勉強する際は、折り畳みのテーブルを出すか、居間のこたつの上でやるかの二択だもの。
ノートパソコンが最適。
(うぉおお~! 懐かしのキーボード!!)
授業でもたまに触れることは出来たPCだけれど、こうしてノートパソコンが手元に届き、歓喜した。
そうして始まる私の改稿作業。
ズバババンッとガラケーに、ノートに書いた文章を入力は続けている。学校の休み時間は、引き続き今連載中の乙女ゲームモノを書いていた。毎日更新だって続けている。
改稿という新しい作業が加わったので、私は二段ベッドの上でノートパソコンを開いて、睡眠時間八時間を確保して夜は頑張った。少しずつ、少しずつ、改稿作業を進める。
初めての投稿よりも、スッキリしてわかりやすい冒頭シーンを入れて、ヒロインとヒーローの出逢いシーンもよりドラマチックにして描写に力を入れた。書いてて思いついた新しいキャラ同士のやり取りがあるエピソードも入れてみる。加筆だ。
番外編も、頭にある。順調だ。
(あ、そうだ。書籍化祝いにネットにも番外編をアップしよう)
書籍化祝いもとい宣伝代わりにもなるであろう番外編エピソードもアップするのもいいだろう。そのエピソードも考えた。まだブックマークをつけてくれている読者さん達も喜んでくれると思うと、筆はノリノリだ。
あっという間に一学期が終わり、夏休みに突入。
「お姉ちゃん……宿題手伝って」
自分の宿題を手早く終えて、ノートパソコンで改稿作業を進めていれば、妹の奈緒がおねだりしてきた。
「何?」
「絵を描いてほしくて」
「だめ。自分で描きなさい」
「ちぇ……」
イラデザで絵を描くからって、絵に関する宿題をさせようとするとは。
根っから甘えたな子である。許さんぞ。ちゃんとしなさい。
母が朝から夕方まで仕事をする姿を見つつも、私はまだ書籍化と作家デビューをまだ話さなかった。
進路のことで厳しい体育教師であり、三年の担任教師が、三者面談の時に考え直した方がいいんじゃないかと言ってきたのだけれど、働きながら高校を卒業するつもりだってことを頑として譲らない姿勢を貫いておいた。
担任からすれば、私の成績ならもっといい高校に行けると説得したかったらしい。
でもそもそも、母子家庭なので。金銭的余裕はないのだ。
そう言えば、担任ももう余計なことは言わなかった。
申し訳なさそうな母に「大丈夫だよ、私も働くから」と笑っておいた。
出版報告をするの、楽しみだ。
出版情報はまだ解禁出来ないもんね。もう少し待っててほしい。情報漏洩、絶対ダメ。
これもまた懐かしい。編集者さんの情報解禁の合図まで、誰にも言えないこと。
仕事だものね。ちゃんと黙っていないと。
でも家族や友人、それに読者さんに話したくてウズウズしてしまうのはしょうがない。
そんなウズウズにも耐えて、中学最後の学業もこなし、毎日の更新も欠かさず、改稿作業も進めた。
初校も再校も問題なく、ラノベらしく挿絵のイラストを描いてもらえて、テンション爆上げ。
そして、ついに情報解禁を知らされた。
真っ先に知らせるのは、やっぱり母だ。
「お母さん。私の仕事、決まったよ」
「え? もう面接に行ったの?」
「ううん。小説家デビューするんだ」
「……???」
目が点だった。頭が理解していないようだ。
「どれくらい売れるかはまだまだわからないし、すぐ収入が入るわけでもないんだけれど、私は小説家になるんだよ」
「え? え? おめでとう?」
「うん、で。契約書を書かなくちゃいけないんだけど、私未成年だから親の同意書がいるの。編集者さんが、心配なら直接会って説明もしてくれるって」
まさか親の同意書がいるとは、頭から抜けていた。
いざ契約書をサインする段階になると、編集者さんから言われたのだ。なので、このタイミングで打ち明けた。
そういうことで、親として心配してくれている母に編集者は会ってくれて、説明の上、契約書にサイン。
こうして、出版することに決まった。
私は『小説家になりましょう』のサイトの活動報告に錬金術師の転生ヒロインの物語の書籍化で小説家デビューと書いて、フォロワーさんに知らせたのだ。
改稿して追加エピソードも入れて、番外編エピソードも加筆したと書き記しておく。
そして完結済みに設定していた錬金術師の転生ヒロインを連載中に変更してから、書籍化記念の番外編エピソードを投稿した。また完結設定にして、完結作品に戻す。
書影の公開解禁もされて、アップした。
完結したあとにも番外編エピソードが読めた上に、書籍化となって読者さん達がこぞって感想を書いてくれた。
そして、一番古参の『本好きのノア』さんから、メッセージが来た。
【三日月先生にオファーを送って、出版する編集者になる夢を見ていたので、今回のデビューはちょっと悔しくもあります。自分が先生のデビュー作品に携われなかったのは、残念ではありますが、先生のデビュー自体には大歓喜をしています! おめでとうございます! 先生なら作家デビューも頷けます。いつまでも応援し、読み続けていきます。そして近い未来、先生にオファーをして先生の物語を出版する編集者になります】
そんな熱烈なファンレターだったものだから、目をキラキラと輝かせてしまう。
これはきっとやり直しだからあった出会いだろう、と思った。
【嬉しいです。オファーを送る際、本好きのノアですとぜひ名乗ってくださいね。お待ちしております。こちらも編集者になる夢を応援しております】
そう返す。
大事な私のいちファンの夢が叶いますように。
そうして、私は高校進学とほぼ同時に、小説家デビューを果たした。
一度目よりも、いい印税生活を目指す。その第一歩を踏み出したのだった。