クロードside
我が疲れた心を癒すため木陰で静かに眠りについておったというのに、エヴァの奴はどこかの小僧とわざわざ我の前で小煩く騒いでおる。全く何なのだ。
ここは我の気に入っている場所なのだぞ。奴等のせいで動くというのはためらわれる。仕方なく魔法で音を遮断し奴等に背を向けて、再び眠りにつくことにする。
疲れていた事が影響したのか、我は久しぶりに昔の事を夢うつつにみた。
我は、時と空間を司る大精霊クロード・クライヴ。
クライヴとは我を生んだ創造神の名前だ。
創造神と言っても、エヴァが言う“酔っ払いのおじいちゃん”の事では無い。こことは異なる次元の世界、異世界の創造神である。
何千年もの昔、我は別の世界で生まれ、癒しと導きを司る大精霊ホワイティア・クライヴと共にこの異世界にたどり着いたのだ。
我の力は闇属性、ホワイティアの力は光属性で、相反する属性は二つで一つの対をなす存在である。
我は、彼奴のわがままでこの異世界に行かざるを得なかったのだ。片割れがいないと消滅してしまうからな。全く、彼奴にはにはいつも頭が痛むわ。
前の世界は、我の力を使った奴等とホワイティアの力を持った奴等の、醜く激しい戦乱で生き物は全て消滅してしまったのだ。全く、今思えば愚かな奴等ばかりであった。
何もない世界になったが、我はのんびり待つつもりでいたのだ。創造神クライヴによってまた新たな生物が生まれ育つのを。
しかし、ホワイティアの奴は「つまらない。」の一言を置いて、異世界に向かったのだ。我の了承を得ず、勝手にだ。何なのだ彼奴は。はぁ‥。
そして後を追いこの世界にたどり着いたのだが、どうもこの世界の精霊と比べて我らの力は随分と大きかった。
我は前回求められるまま力を貸した結果、世界が滅んだという事から学び、極力力を使わぬ様に生きた。全く使わぬと、あのどうしょうもないホワイティアとの力の均衡が崩れ存在が消滅する為、300年に一度、ひとりの人間と契約をして力を使うと決めたのだ。
この世界でも、我と契約できる器を持つ人間は愚かな者が多かった。我の力を我が物のように使い、力で周りを圧倒し欲望の塊と化して行くのだ。
これまで、我と契約をした殆どの奴等は他の人間から“魔王”と呼ばれ、ホワイティアと契約した奴等は“勇者”と呼ばれておった。
因みに、我が眠っている300年の間にもホワイティアは気まぐれに人間と戯れ契約しているが、其奴らは“勇者”とは呼ばれていないのだ。
何故だ?とホワイティアに尋ねたら、我のせいだと呆れた口調で言ってきた。全くもって解せぬ。それから暫く彼奴とは口も聞いておらぬ。ふん。
しかしエヴァの前の契約者は、今までの愚かな奴らと違って心根の優しい変な男であった。
彼奴は我の力を殆ど求めなかった。我との出会いから世界を旅する冒険者となり、一緒に世界を回ったのだ。
彼奴は酒が好きで、色々な街へ行ってはその街の酒を楽しみ、飲み交わした人間と不思議なほどすぐ心を打ち解ける。そして酒の力で皆愚かな醜態を晒しながらも楽しそうに最後は気を失う。
酒とは新たな呪いの魔法なのではないのか?と興味を持ったと話したら、彼奴は我に人間に化けて一緒に酒を飲もうと言ってきたのだ。
我が愚かな人間に化けるなど、あってなるものか!と怒りに震えたが、彼奴はこんな下らんことで契約の強制力を初めて使い、我は仕方なく人間に化けたのだ。
‥まぁ結局は、彼奴と一緒に飲む酒の味は案外悪くはないものであったがな。
我はそれ以降時々人間の体で旅をして、彼奴と呪いの魔法なる酒を飲み交わし続けた。彼奴は以前よりも楽しそうに呪いにかかっていたのでな、我は付き合ってやらぬこともないかと思ったのだ。
無論我はどれだけ飲もうと、これしきの魔法など跳ね除けておる。人間の魔法など容易いのだが、朝方に飲み散らかし無惨な姿になっている奴等を見てると、呪いにかかったかのように疲れてはいたな。
そして、彼奴がもう一つ好きなのは“アップルパイ”なる名前の食べ物だ。
彼奴の母が良く作ってくれたと話しており、懐かしい顔をして食べておった。
“アップルパイ”なるものは売っていない街もあり、彼奴はその代わりによくリンゴを食べていた。我としては、甘すぎず噛みごたえのあるリンゴの方が好ましいのだがな。
そうして5年の月日を彼奴と共に旅して来たが、無常にも最後の街を迎える事になった。
案外長くなっちゃいました。もう少しだけ続きます。