4杯目~アイファングの三等級冒険者~
初めましての人は初めまして。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
小説作成時BGM:Bitter Sweet Harmony(すのはら荘の管理人さんOP)
「そこのねぇちゃん! 同じのもう一杯くれ!」
「はい――ただいまぁ!」
「こっちには水だ! 水を頼む! おい酔っ払い! お前はもう飲むな! 飲みすぎだ!」
「はぁ? ヒック……み、みずなんへいらないから酒もってこひー! アハハ!」
重装備の鎧や武器を脱ぎ去り、護身用の刀だけを携えている女性が可笑しな笑い声を上げながら酒瓶を口に運ぶ。
「相棒……気付いたか?」
「何かしら?」
「時空が歪み始めている……世界の改変がすぐそこまで来ている証拠だ」
「へぇ、そうなの。それは大変ね」
「俺のツグナイトソードは……」
「鍛冶屋に預けているわね。刃こぼれしたんでしょ?」
「そうだった……くそっ、こんな時に限って! まずいぞ! 世界の改変が始まった!」
丸テーブルが固い拳で強く叩かれる。
近くにいたウェイトレスの獣人娘はあまりの音に皿を落としそうになった。
「あ、ごめんなさいね……それで、どんな風に始まったのかしら?」
「壁と天井が同化し続けている! あ! ドワーフの戦士が壁に引きずり込まれた! 助けないと!」
「そう、それは不味いわね。でも、すぐに手遅れになるって訳じゃないんでしょ?」
「勿論だ! 俺の手の届く範囲で仲間の死など有り得ん!」
「ふふっ、それは頼もしいわね」
「手持ちの武器は予備の神空・暦だけ……だが! 俺にふかの……う……は……ありへん……かならず……たすけ……ぐぅ……」
「……はぁ、まったく。お酒弱いのに無理して私と一緒のペースで飲むから」
「ぐぅ……くっくっ……あいぼう……どわーふは……たすけた……ぞ……へへっ……」
「……ふふっ、それは良かったわね。あ、お嬢さん、ここの会計お願い出来るかしら? あと、空いてる部屋を一室お借り出来る?」
優しい眼差しを酔い潰れたパートナーに向けながら手短に飲食代を清算し、ギルド内の宿泊場所へ男を運ぶ女魔法使い。
獣人族の店員が厨房の奥から数名出てきたが、多分毎度の事なのだろう。女魔法使いは妖艶な笑みで断りながら宿泊先へと向かった。
「あのにぃちゃん……完全に酒に飲まれてなぁ……」
「酔い潰れても、私はあなたの事を運ぶとか無理だから」
「わ、分かってるよ……」
「……けど、引きずっても良いなら途中までなら頑張るわ」
「えぇ!? 途中までなの!? 最後まで頑張ってくれないの!?」
「そんなの無理に決まっているじゃない。それにあなたがいつもどこで寝ているか分からないし」
「あ、あぁーそうだったね……」
「……そういえば貴方、いつもどこで寝ているのかしら? ポーションや防具の修理、薬草なんかの必要な物を買って、私の分の宿泊代を寄せた後のあまりを山分けしているわよね? 貴方、自分の宿泊代はどうしているの?」
「え、えっと……そ、それは、ほら? 前にも話したけどさ? この街にいる僕の知り合いがタダ当然で泊まらせてくれるっていう……ね?」
「なら私もそこに泊まれば良いのでは無いかしら? そちらの方がお互い、使えるお金も増えるわ」
「あ、あぁーえっと……なんて言うのかな、その知り合いも別にお金持ちって訳じゃなくてね? たまたま空いている部屋を貸してもらっているだけだから、部屋が一つしかなくて……的な感じで……」
「へぇ、そうなの。その部屋、ベットは有るのかしら?」
「も、勿論あるよ!」
「大きさは? ギルドのよりも狭いのかしら?」
「全然大きいよ! ぼ、僕が大の字で寝ても余るくらい大きなベットだからね!」
「それは良さそうね。それでいて格安で泊まれるなら、貴方はその知り合いに感謝しなくてはいけないわね」
「う、うん! も、勿論してるよ!」
「なら、そう遠く無い未来、そのベットに二人で寝る時が来てしまいそうね」
「うん! もちろ……ん?」
「今日はその練習として、まあ、いつも寝ているベットよりは狭いと思うけど、ギルドの部屋で一緒のベットに寝る事しましょう」
「……え? え?」
「あ、ウェイトレスさん、ここの会計お願いします。それと部屋の鍵を貸していただけますか?」
「え、えっと……システラさん? 酔ってます?」
「酔ってなどいないわ。貴方には私があの酔っ払い共と一緒に見えるの?」
「い、いえ……そんな事は言ってませんけど……えぇっと……」
「なにかしら? 言いたい事があるならはっきり言いなさい」
「えっと……それじゃ、何点か確認させてもらってもいい?」
「許可します」
「……今日は二人でゴブリンを倒しに行って、その帰りに珍しい石を拾ってきたら、それが意外に希少な物で高く売れた」
「えぇ」
「それで、いつもより多めに山分け出来たから、ギルドの中のシャワー付きの広めの部屋をシステラ用に借りた」
「合っているわ」
「明日の冒険の物は全部システラの部屋に置いて、今は食堂で腹ごしらえをしている。そして、その腹ごしらえもついさっき終わった」
「私が終わらせたわ。もしかして食べ足りなかったかしら?」
「い、いや、もう僕もお腹がいっぱいだけど……んっ、それで、僕がいつも泊っている話をしていたら、何故か今日……一緒の部屋に、それも一緒のベットに寝る事に……なった……」
「間違いないわ」
「う、うん……そうだよね……」
「他には?」
「え? えっと……その……」
「無いのかしら? なら、早く部屋に行きましょう? 私、実は今日は歩き疲れているの」
「あ、あれぇー……? ぼ、僕の感覚が可笑しいのかなぁ……うーん……」
「何を一人で唸っているの? 明日も早いのだし、寝不足のせいで魔物の餌にならないために部屋に行きましょう?」
未だ納得していない男剣士は唸りながら女盗賊の跡を追う。
彼等が座っていたテーブルには葡萄酒の入っていた木製のジョッキが八つ、いずれも女盗賊側の方に置かれていた。
「……ん? なんか臭くねぇか?」
「そういえば……しかもこの匂い……」
青黒い斧を背負った男の隣を死臭に包まれた仮面姿の男が通り抜ける。
背丈は高く、他の冒険者と比べると二メートルはありそうだ。
「報告に来た。確認を頼む」
「あ、は、はい! えぇっと、冒険書の提出をお願いできますか?」
無言で提出されるくたびれた冒険書。
この冒険書には身元証明書としての役割の他に、冒険中に自分が見聞きし、感じた事を記すといった日記のような役割も果たしている。
ダンジョンや洞窟で伝説になるような冒険者の冒険書を拾った日には、需要のある輩に売り捌いて豪邸なんてのも夢じゃない。
「はい、ありがとうございます。えぇっと、お名前はオリヘっ!?」
「……違う。俺の名前はオリヘンだ」
「あ、は、はい! 失礼しました! え、えっと、そうしましたら、こ、ここから二つ隣のカウンターで受付になりますので! よ、よろしくお願いいたします!」
「そうか。分かった」
己の冒険書を無造作に持ち上げると、さっと身を翻して二つ左隣のカウンターに向かう。
研修中と記載されたネームプレートを付けた受付嬢は額に大粒の汗を浮かべながらその様子を眺めていた。
「あ、あの人が……」
「そこ、ボォーとしない。まだ勤務中でしょ?」
「あ、ルナ先輩! お疲れ様です!」
「お疲れ様。それより、どうし……あぁ、そういう事ね。そういえば貴方、三等級以上の冒険者……彼を見たのは初めてだったわね」
「あ、は、はい……その……なんと言うか……」
どこか歯切れの悪い新人受付嬢を代弁するかのようにルナが口を開く。
「新人冒険者よりも酷い装備……ってとこかしら?」
「……はい。よく分からない仮面と大きな黒いローブだけでした。中に何を着ているか分かりませんが、鎧の擦れる音や鉄臭さは感じられなかったので……たぶん、中は普通の服だけのような気がします」
「へぇ、中々鋭いじゃない」
「……もしかして、あのローブは特殊なアイテムで出来ているとかですか?」
「さぁね。私よりも先輩に聞いた方が確実だと思うけど」
二人の視線が一組の男女に向けられる。
男は脳内の情報を箇条書きでもするかのようにポツリポツリと呟き、女は楽しそうに弾んだ声で相槌を打つ。
その際、女の方は手元を一切見ずに報告書を完成させていくのだから、私語を注意など誰も出来やしない。
「それで? 今回はどんな事があったんだい?」
「洞窟に行った」
「魔物は?」
「ゴブリン、スライム、死霊、グール、後はおおねずみなどの動物だ」
「生存者は?」
「ゼロだ」
「そっか。ゼロか……冒険書は?」
「拾ってきた」
仮面の男は懐の雑嚢から冒険書を四冊取り出す。
どれもまだ真新しく、使われていないページも多い。最初のページには“目指せ伝説の勇者パーティー!”と書かれ、色々な筆跡で四人の名前が記されている。
「これは洞窟の入口からそう遠くない所で見つけた。恐らくだが、巨大トロールに追われながら洞窟に入ったんだろう。大きな足音が地面に残っていた」
「なるほどねー……で、慌てて冒険書を落としたと?」
「そうだ。冒険書以外にもランタンの火種に薬草、点火石なんかも落ちていた」
「……あとの冒険書は?」
「洞窟の中層あたりだ。持ち主の血に沈んでいたからページの中身までは正確に読み取れなかったが、俺の知りたい情報は無かった」
四冊の内、一冊は少し泥が付いているだけ。
残りは……ページの殆どが赤黒い色で塗りつぶされ、アンモニア臭と血の匂いで噎せ返るような状態だった。
「血の中に沈んでたって事は、死体も一緒にそこに?」
「そうだ。だが、死体はそこに二つしか無かった」
「二つ? 残りは?」
「更に奥のグールの寝床に有った。多分、女だけを引きずっていった」
グールは死体の肉を好んで食す習性が有名だが、それは生きた者の肉を食べる機会が少なく、目撃された時には得物が殆どの場合、息絶えているからだ。
同じ人間でも好みが違うように彼等だって個体によって好みが違う。
肉付き、性別、種族、生死……思い通りにならない自然界で自分の好きな食事が出来る者は数多いる生命の中でもごく少数なのだ。
「そっかぁ。君は大丈夫だった?」
「問題ない」
傷一つ付いていない仮面の奥に見える赤い瞳。
受付嬢はたまに見えるその瞳に一瞬心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われながらも、それが不快感などとは全くの別物、別次元の何かだと分かっている。
「それじゃあ、四冊の冒険書はこっちで貰うよ」
「分かった」
「それと報告書、これも完成したから冒険書に印字しておくよ。報酬はこれね」
カウンターに置かれた金袋から銅貨が姿を現す。
四人でパーティーを組んでいる場合はこの重さを四等分し、装備の整備や薬品の購入などの必要経費を支出。その後、初めて自由に使える金を手に出来る。
その点、一人で活動する冒険者は死のリスクが高い分、自分の懐に入る金も多い。
余程の無駄使いをしない限り、金欠状態で冒険に挑むことは無いのだ。
「あ、それと……実は一つ、お願いがあってさ」
「なんだ?」
雑嚢に銅貨を全てしまい終わった仮面の男は受付嬢の声に即座反応する。
まるで彼女からお願いが有ることを最初から分かっていたようだ。
「この依頼書なんだけどね? 今、十等級の冒険者五人でやってもらってるんだけど……」
「……スライム討伐か。メンバー構成は?」
「戦士、魔法使いの男の子、拳闘士、盗賊、聖職者の女の子ってとこかな。確か盗賊の女の子はハーフエルフだった気がする」
「良いパーティーだ。スライムの亜種かトロールの群れにでも出くわさない限り大丈夫だろう」
「うん、私もそう思うんだけど……スライム討伐の場所の近く、最近ダンジョンが発見されてさ。一応釘は打ったんだけど……ね?」
「……分かった。地図は有るか? あと分かる限りの情報を教えてくれ」
「ありがとうー! 依頼書はこっちで何とかしておくから! それとこれ、報告してくれた人からメモと地図だから!」
四つ折りにされた紙を受け取り、入口を真っ直ぐ目指す仮面の男。
奇怪な視線を浴び、ヒソヒソと陰口を言われながらも堂々とした様子で部屋の中央を歩くその態度を気に食わない冒険者は少なくない。
しかし、そんな彼が“自由”を謳う街で今日まで冒険者を続けていられるのにはそれ相応の理由がある。
「ちっ……ハイエナが……」
彼の名はオリヘン。素顔が仮面に覆われた、常に単独で行動する二メートルくらいの背丈の男。
別名……アイファングのハイエナと呼ばれている三等級冒険者だ。
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2019.3.4
見直しによる修正
(修正前)
青黒い斧を背負った男の隣を死臭に包まれた仮面姿の男が通り抜ける。
背丈は高く、他の冒険者と比べると二十リールはありそうだ。
(修正後)
青黒い斧を背負った男の隣を死臭に包まれた仮面姿の男が通り抜ける。
背丈は高く、他の冒険者と比べると二メートルはありそうだ。




