16杯目~二人で始める異世界休暇~
初めましての人は初めまして。
リアルタイムでお読みになっている方はおばんでございます。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
小説作成時BGM:みんなみくみくにしてあげる♪ 歌ってみた (vip店長)
「あ! 見えてきましたよ傭兵さん!」
上り坂の頂上から目的地を指差す黒髪の少女。
背中から生えた鋭い翼と尖った耳、ピクピクと動く尻尾は魔族の証だ。
「ふあぁー……やっと見えたか……」
「傭兵さん! 早く行きましょう!」
ボサボサ頭の青年の手を引き、走り出す。
少女の脳内は好奇心と興奮で埋め尽くされていた。
「マルテ、この街は初めてなのか?」
「はい! 初めてです! 洞窟の外で会う友達からお話だけ沢山聞いてましたが!」
「そうか。その中に、“温泉”なんてワードは無かったか?」
「“温泉”ですか? えぇっと……確か……サキュちゃんが言ってたような?」
「おぉ、そうか。こっちの世界でも温泉の文化はあるのか……」
手を引かれるままに青年は小走りで目的地である街に向かう。
近づくにつれて活気溢れる声が聞こえてきた。
「あ、市場の声がします! 傭兵さん! 行ってみましょう!」
「ふあぁ……その前に宿でも探さないかぁ?」
「ダメです! 宿探ししたら傭兵さん、そのまま部屋で寝ちゃうじゃないですか!」
「ほぉ、よく分かったなぁ……偉いぞぉ……部屋に行ったらナデナデしてあげよう」
「な、なでなで!? う、うぅーん……今すぐナデナデ……いや、ダメよマルテ……夜まで我慢すれば……けど……」
「ふぁ……あぁ……おーい、もう街に入ったぞぉー」
「え? あれ!? いつの間に!?」
石段で組まれた建物や青紫色の植物で構成されたお店。
道行く人は皆個性であり、ツノの生えた者から全身緑色の者まで様々だ。
「ブツブツ言っている時に門をくぐってたぞ?」
「そ、そんな……街の境界線でジャンプしながら入りたかったのに……」
「今度にしたら?」
「そんな簡単な話じゃn」
「そこのボサボサ頭、止まれ」
禍々しい槍に赤い肌、額に生えた一本のツノ……オウガの一族の者だ。
「はい?」
「貴様、見たところ人間に近いが……種族を答えろ」
「種族?」
「種族だ。私はオウガ、貴様の隣にいる者はインプだろ」
「あっ、えっと、この者h」
「貴様には聞いていないインプ」
威圧的な声でインプの少女を黙らせるオウガ。
握られた槍はまだ懐で身を潜めているが、返答によっては青年の土手っ腹に風穴を開ける気だ。
「おい、どうした。早く答えろ」
「……もし、答えるのを拒否したら?」
「ほぉ? 衛兵である私の質問に答えたくない……そういう意味か?」
「あ、あわわわ……傭兵さん……」
「なに? 傭兵だと?」
「あっ!」
オウガの視線が一層厳しいものに変わる。
気弱な者ならこれだけで心臓が止まりそうだ。
「貴様、傭兵なのか?」
「うーん……まあ、そうかな?」
「そうかな……か。曖昧で掴み所の無い奴だ」
槍を握る手に力が入る。
周囲の魔物たちは巻き添えを喰らいたくないのか、青年たちから距離を取って近付こうとしない。
何人か野次馬根性で見学する者が見えるが、いずれも建物の二階から高みの見物を決め込んでいる。
「さて、もう一度聞く。貴様の命に関わる大事な質問だ」
「ん?」
「種族を答えろ」
オウガは槍を構え、相手を貫くために少し距離を取る。
数歩でも踏み出せば、青年はめでたくあの世行きだ。
「種族か……さて、なんて言えば良いk」
「ふんっ!」
「よ、傭兵さん!」
矛と青年の間に割って入るインプの少女。
彼女の視界は迫り来る槍とオウガの顔、それと洞窟での生活が断片的に映し出され、深い闇に包まれた。
「インキュバスだよ」
青年の言葉に反応し、オウガは手を止める。
矛先は間一髪、少女の額に触れていない。
「は、はぁぁぁあ……」
少女は膝から崩れ落ち、浅い呼吸を整える。
「……なぜ答えなかった?」
「正確に言うなら、インキュバスと人間のハーフ……半人半魔だけどね」
「……ふんっ、なるほどな」
槍を背後にしまい、周囲に視線を配る。
遠目で見物する者や愚痴をこぼす者は鋭い眼光に気圧され、すぐにその場から姿を消した。
「だが、尻尾と翼はどうした? インキュバスなら持っているだろ?」
「それが僕、どうも人間の遺伝子が強くて……翼も尻尾も生えてこなかったんだ。お陰で同族からは追放、母さんは人間だったから殺されて、父さんも後を追うように……」
「……そうか。それは辛かったな。時代が進んだからといって、半魔への差別は未だに消えない。生きづらい世の中だろうが、この街は比較的差別は少ない方だ。楽しんでいってくれ」
「ありがとね、衛兵さん」
「いや、こちらこそ悪かった。私のせいで変に悪目立ちさせてしまった」
「大丈夫大丈夫、こういう容姿だし、いずれ声はかけられると思っていたから」
「……そうか。他の衛兵には私から伝えておくから気にせず街を回ってくれ。それと何度も悪いが、傭兵というのは……どこかの派閥に入っていたのか?」
「あ、そういうのでは無くて、僕を拾ってくれたこの子の護衛役を買ったら、この子が“傭兵さん”って呼んでくるだけで……正直剣術も魔術も使えないんだ」
「はははっ、そういう事か。だが、身を呈して私から守ろうした奴だ……護衛なら、目を離さない事だな」
「うん、そうするよ」
青年は目線を下ろし、わしゃわしゃと少女の頭を撫でる。
普段は騒がしい彼女だが、何故か声を発しない。
いや、それどころか身動き一つしない。
「それでは、私は仕事に戻るとする。怪しい者を見つけたら、是非声を掛けてくれ」
「りょうかい、オウガさんに相談するよ」
「……実は、この街の衛兵にはオウガが多い。オグロ……それが私の名だ。この名の衛兵は私一人だけだから……まぁ、その、なんだ……」
「あ、衛兵のオグロお姉さんを宜しくお願いしますって言えば良いんだね?」
「……お姉さんはやめろ。オグロ、それだけでいい」
「おっけー、了解―」
オウガは一礼し、人混みの中へと姿を消した。
さっきまで近付こうとすらしなかった魔物たちも、段々と周囲を埋め尽くしていく。
「ふあぁ……眠ぃ……無駄な労力を使わせないでほしい……っん? マルテ、いつまでそこに座ってるんだ? 衛兵なら行ったぞ?」
「こ……ぬけ……た……な……です……」
「ん?」
「こ、腰が抜けて、た、立てない、です……」
「さっきのでか?」
「は、はいぃ……てか傭兵さんは何で普通にしてられるんですかぁ?」
「別に普通って訳じゃないけど……まあ、仕方ないか」
「ひゃっ! よ、傭兵さん!?」
「まずは宿探し、そこで一旦休憩して、夜は温泉で手を打ってくれ。店は明日だ」
「わ、分かりました! 分かりましたから! お、降ろしてくださいぃ!」
「立てないのにか? ん? 少し湿っぽいような……」
「ぎゃぁぁぁあ!」
再び周囲の視線を掻っ攫う。
第三者から見れば人間の容姿をした魔物がインプの少女を肩に担ぎ、悲鳴を上げて助けを求めている……そんな光景のはずだ。
「おい、また衛兵が来るぞ?」
「お、降ろしてください! お願いします! このままじゃ私、死んじゃいますから!」
「別に失禁くらいで死ぬなんて……」
「きゃぁぁぁあ――! 言わないでください言わないでください!」
「おぉっと……わかったわかった。降ろすから、暴れるな」
少女は小さな両足から来る地面の感触を噛みしめ、キィっと青年を睨み付ける。
その表情は恨みが半分、恥ずかしさ半分で構成されている。
「……今の事は記憶から消してください。良いですね?」
「別に構わないけどよ……おたく、確か五百歳だよな? そんだけ生きていれば失禁くr」
「忘れて下さい」
「いや、だから……」
「わ・す・れ・て・く・だ・さ・い・ね?」
「オーケーオーケー、忘れるよ。それじゃあ、ひとまず衣服屋でも行くか」
「……そうですね」
青年の袖を掴み、小さな歩幅で露店広場へと向かう。
興奮や好奇心から醒めたせいか、よく見るとフードを被っている者が多い。
今は魔界でも寒くない季節。
陽に当たると体調を崩す種族も多いのだろうか?
「傭兵さん、今、私たちの所持金って幾らくらいなんですか?」
「うーんとねぇ……えぇっと……銅貨が……五十枚くらいかなぁ……」
「銅貨五十枚ですか……うーん……なるべく安い服を買わないといけませんね……」
「そういえば、この世界はどうやってお金を手に入れるんだ? 魔物を倒せばお金が落ちる……なんてシステムでも無いんだろ?」
「え、えぇ、まぁ、そうですね。その“システム”のことはよく分かりませんが、魔物を殺してお金を奪うなんて事したら……それこそ指名手配犯になってさっきのオウガみたいな衛兵に殺されちゃいますよ」
「だよなぁ……って事は、働かないといけないのか……はあぁ……」
「まあ、そうですね。それに傭兵さんと違って、私たち魔物は魔力さえ有れば基本食事を必要としないので、魔界の中に入れば食べなくても生きていけるんです」
「へぇ、そうなのか。だから街の中心部に来たのに食事を出来る店が無いのか……」
「まあ、私たちにとっては常識ですからね。娯楽として食事をする者はいますが、皆さんそこまで経済的に余裕が有る訳ではありませんし。あ、酒場くらいなら有ったと思いますよ?」
「酒場か……って言っても、開店するのは夜なんだよな?」
「基本的に陽が落ちてから……っては聞きますね。私も洞窟から出たのがつい最近なので、情報としてか知りませんが」
「そうだったな……っと着いたか。ここが衣服屋か」
煌びやかで、高級感溢れる、色とりどりの……なんて物は無い、黒と灰色と紺で染められた衣類しか扱っていない店。
下着という概念は有るのか、それらしい物は置いてあるが……それ以外はローブなどの上から羽織る系の服だけだ。
「これはまた……地味な服しか置いていないな」
「そうですか? 普通だと思いますけど」
「そうなのか? 魔界のファッション事情は知らないが、これは俺の知っている服を魔界に流行らせれば億万長者も……いや、変に目立つのはやめとくか。同国の奴に会いたくないし」
「同国の奴? 傭兵さんと初めて会った時に言っていた“日本”という場所の事ですか?」
「そう、そこのこと。俺の今までの知識から推測するに、こういうところで同国の奴に鉢合わせ……なんかしたら、十中八九イベント開始だ。俺は異世界に遊びに来たんじゃなくて、休みに来たの。しかも勇者パーティーなんかだったら……うぅ、俺までパンツが濡れちゃいそうだ」
「やめてください! てか忘れて下さいって言いましたよね!?」
「あぁ、ごめん。忘れてたわ」
「そっち忘れてどうするんですか! もぅ!」
「悪かったって。ほら、金渡すから買って来いよ。それとも俺が買ってくるか?」
「自分で行きますよ! ちょっと待っててください!」
頬を赤く膨らませ、青年から銅貨の袋を奪って店の奥へと姿を消す。
特に気を引く服も無く、街中で見るローブばかりのせいか、彼は店の外で彼女を待つことにした。
空は相変わらず晴天であり、日本と何も変わらない。
強いて言うなら、翼の生えた魔物が優雅に青空の下を羽ばたいているくらいだ。
まあそれも、見た事の無い大きな鳥が群れを成して飛んでいると思えば……なんてことは無い。
「お待たせしました! さぁ、店を回りますよ!」
「もう元気になったのか?」
「そんな細かい事は良いじゃないですか! さあ! 行きますよ!」
温かい小さな手、無邪気な笑顔に惹かれて青年は歩き出す。
彼の異世界での休暇もまた、始まったばかりだ。
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