20杯目~天使の加護~
初めましての人は初めまして。
リアルタイムでお読みになっている方はこんにちは。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
小説作成時BGM: Occultic;Nine opening 1 full sub español romaji
「……し……も……」
―――また……声が聞こえる……
「も……し……き……ま……す……」
―――誰だろう……早く答えてあげればいいのに……天使様、困っt
「もしも――し! 聞こえてますか――!」
「……っ!」
「あ、やっと目を覚ました! いきなり倒れたのでびっくりしましたよ!」
目前に迫る天使の顔。
アホ毛の少年は再び意識が飛ぶのを必死になって食い止める。
「ケ、ケルビムさん……僕は……」
「いきなり倒れたの、憶えてないんですか?」
「……ケルビムさんに包み込まれたところまでは……なんとか」
「倒れたのはその後すぐです」
「ぼ、僕なんかに触れて大丈夫なんで……っ!」
少年は天使の顔と天界を覆いつくす雲が一緒に見える光景に違和感を覚える。
彼女は自分を覗き込む形で接してくれている。
天界は天井の更に上空にあったはず。
「どうかしましたか?」
「あ、あの……これは……いわゆる“膝枕”というものなのでは……?」
「えぇ、そうですね」
「す、すいません! すぐにどきまsぶふっ!」
途中まで起き上がろうとした少年の額を押さえつけ、再び膝の上に寝かせる。
重力に任せた一撃は思いの外強烈だったらしい。
「いいからそのままにしててください」
「で、ですけど……」
「このまま聞いて欲しい話が……あるんです……だめですか?」
「……わ、分かりました」
少年は姿勢を正し、彼女の顔を見上げる。
「まずは、そうですね。結論から言いますと、太田君には下界……エルフの森へと転移してもらいます」
「……え?」
「エルフの森は文字通り、エルフたちが暮らしている森です。彼らは他種族を嫌う傾向がりますが、心配には及びません。その辺は私の天使パワーで何とかしますから」
胸を張り、安心安全の転移ライフを保証してくれる天使。
もはや“天使パワー”というパワーワードだけで先が見えそうだ。
「ケ、ケルビムさん? 僕、転移するんですか?」
「えぇ、します、というかさせます」
「け、けど、それは色々不味いってさっき言ってませんでした?」
「ですからエルフの森なんです。人間の街や魔界に転移して成功を収めた方はいましたが、エルフの森から成功を収めた人はいません」
「……もう少し詳しい説明をお願いしても?」
「分かりませんか? 多少のアクシデントはあったものの、エルフの森の民と交友関係を築き、世界を救った英雄誕生……その英雄を転移させた私の株も上がるってもんですよ!」
「えぇ……」
天使は鼻息を荒くし、まだ見ぬ栄光へと想像を膨らませる。
捕らぬ狸の皮算用……まさに今使うべき諺の一つだろう。
「け、けど、どうしてエルフの森に転移した人がいないんですか? 今まで出来なかった……とか?」
「え? いましたよ?」
「ぇ?」
「今までにも“エルフに会いたい”って人はいましたから。エルフの森へ転移させた事はありますよ」
「……けど、成功を収めた人はいないんですよね?」
「えぇ、いませんね。あ、けど、一番初めに転移させた人だけは途中まで成功だったような……」
「……成功者がいない理由を聞いても?」
「そんなの、エルフに見つかった直後に殺されるからですよ?」
笑顔から吐き出された言葉が少年の耳を突き刺す。
「先ほど言いましたが、森に住むエルフは他種族を嫌う傾向があります。しかも、通常であればエルフの森は強力な結界で囲まれていて、簡単に出入りは出来ないようになっているんです。そんな所に人間がいたら、普通警戒しません?」
「普通は……しますね」
「だから、転移者はその場で処刑されるんですよ。結界を超える力を持った人間が、本領発揮する前に」
背筋を流れる汗が下着に染み込む。
目の前の彼女が冗談を言っているようには思えない。
「そ、そうなると……僕もすぐに殺されるんじゃ……?」
「そこはご心配なく。私の天使パワーで何とかしますから」
「天使パワーですか? そ、それは、あれですか? アニメとかでよく見る、チートパワー主人公として転移的な……?」
「チートパワー? あ、もしかして俺つぇぇぇ的な力の事ですか?」
「そ、そうですそうです!」
「そんなことしたらエルフたちに怪しまれるじゃないですか。彼らは自然に囲まれた生活を送っているので、野性の勘は鋭い方なんです」
「そ、そうなんですか。で、では、特殊能力を付けてくれる……とかは……」
「太田君、私の話聞いてます? 彼らの野生の勘は鋭いんです」
「そ、そうですか……」
少年は頭を抱える。
見たこともない世界、知らない種族、他の転移者が殺されている前例、不安を煽るだけの天使パワー……絶望という名の荒波に飲み込まれそうだった。
「心配……ですか?」
「え、あ、えっと……あはは……」
「私の天使パワー……信じてくれないんですね……」
「し、信じます! 信じてます!」
「けど……不安そうな顔してますよ?」
「あ、あはは……」
「……笑って誤魔化すの、癖なんですね」
「っ!」
「見てれば分かりますよ……そうですか、信じてもらえませんか……まあ、そうですね。こんな転移者を間違えるような天使、誰だって信じませんよね……ぐすっ……」
―――あれ……また思わぬ方向から……メンタル弱い過ぎじゃ……
「で、では! 一つ! 一つだけ僕の要求を聞いてくれませんか!?」
「ぐすっ……な、なんですかぁ? 世界の半分なら……ぐすっ……あげませんからね……」
「どこの勇者ですか僕は! そ、そんなのじゃありませんよ」
「ならぁ……なんでしょうか?」
「天使の加護……いえ、ケルビムさんの加護をください」
「……ぇ、えぇ――!? わ、私の加護ですか!?」
「え? あ、は、はい……だめですか?」
「い、いや、だめと言いますか……うーん……」
天使は天井を見たり下界を見たり、視線が定まらない。
「私の加護ですか……うーん……太田君は……それで頑張る事が出来るんですか?」
「はい、頑張りたいと思います」
「う、うーん……た、確かに私の加護なら……エルフたちにも気付かれないと思いますが……そうですか……」
天使は頬を赤くし、やがて何かを決心したかのように声を上げる。
「分かりました! それで太田君が頑張ってくれるというなら! あげましょう! 私の加護を!」
「あ、ありがとうございます」
「で、ですが、私の加護を受け取った直後、転移させますので! そこだけは了承願いたい!」
「は、はあ……」
「で、では、目を瞑ってください。加護の儀式を行いますので!」
「は、はい!」
少年はそっと目を閉じる。
感じるのは心地よい風と後頭部の太ももの感触のみ。
「め、目は瞑りましたか!?」
「はい、瞑ってますよ」
―――加護の儀式って何をやるんだろ……てっきり“貴方の旅に幸福があらんこと”的な事を言って終わりだと思ったんだk
額に触れる柔らかい感触。
穏やかで優しく、だけどぎこちない。
自分の体温が急上昇しているのが分かる。
「ケ、ケルビムさん!?」
「目を開けたら明日の朝日が拝めなくなりますよ!?」
「怖いですよ! どこのホラーですか!」
「と、とにかくまだ目は開けてはだめです! いいですね!?」
「え、あ、けど、今!」
「天使の加護です!」
「え、い、今のは……」
「天使の加護です!」
「ケルb」
「て・ん・し・の・か・ご・で・す」
「……は、はい、天使の加護です」
「よろしい……物分かりの良い子は好きです」
目を開けなくても分かる。
彼女も血が沸騰しそうなくらい熱い。
なぜなら……頭の裏に熱が籠り始めているからだ。
「え、えぇ、これで儀式は終わりです。では、目を開けてください」
少年はゆっくり目を開ける。
目の前の女性の顔が熟れたリンゴのように赤い。
「い、良いですか? 貴方は、私の加護を直々に受けた初めての転移者です。目標半ばで死ぬことは許しません」
「は、はい!」
「あ、あと、ケルビムの加護を受けた者がハーレムなんて目指すことも許しません。ハーレムを目指そうものなら……光を失う覚悟でお願いします」
天使の瞳からハイライトが消える。
部屋の温度は常に一定のはずなのに……少年の頬を不意に汗が流れる。
「ハ、ハーレムなんて……僕に限ってあるわけないじゃないですか……あはは……」
「確かにぽっちゃりでぱっとしないアホ毛の男の子にハーレムは難しいかもしれません」
「ぐっ……」
「ですが……その優しさに惹かれる者は少なからずいるでしょう」
「優しさ……ですか? 別に僕は優しくなんて……」
「いえ、貴方は優しい。その優しさに貴方は悩まされ、苦しめられるかもしれません」
心の奥底に響くように、ゆっくり、丁寧に言葉を紡ぐ。
「しかし、その優しさがあるからこそ、救える命があるはずです。捨てる事はいつでも出来ますが、拾い上げるのは難しい……これはどこの世界だって一緒ですけどね」
「……分かりました」
「よろしい。では、あの円の中に立ってください」
天使はサークル型の模様を指差し、再び玉座の前に立つ。
「太田隼、貴方をエルフの森へと転移します。この先、貴方を待ち構える幾多の困難は貴方の判断を鈍らせ、正しさという曖昧な物に振り回されるでしょう……そんな時は原点に立ち返ってみてください」
少年の身体を小さな光の粒が包み込む。
「私たちが進み続けているように、世界もまた進み続けています。正しさは時代によって様々です。太田隼君……どうか……」
部屋全体が揺れ動き、少年は思わず身体を竦めてしまう。
「世界を……救ってくださいね……」
光の爆発とも言える閃光と共に少年は姿を消す。
床に描かれた模様は火花を散らしながら徐々にその力を失っていった。
「太田君……」
天使は下界を見渡す。
今日も床下に見えるのは冒険者の賑わう街アイファング。
修道服を着た少女と仮面姿の大男が街を出たところだった。
誤字・脱字・感想・評価・ブックマーク登録・レビュー
お待ちしております。




