17杯目~アル・ラウネの店~
初めましての人は初めまして。
リアルタイムでお読みになっている方はおばんでございます。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
小説作成時BGM:まらしぃです。ピアノ弾きます(piano live)
「うわぁぁぁあ!」
命の危機を知った叫び声。
夜も更け、誰も歩いていない道を必死になって走り去る。
そんな男を視界の端に映しながら、仮面の大男はある店を尋ねていた。
「今度は聖剣でも持って……あら?」
「……取り込み中だったか?」
「いやいや、そんなんじゃないよ。いつもの事さ」
煙管を片手に店の奥で佇む一人の女性。
紫翠色の肌に小紫の瞳、部屋全体を覆う花や蔓が彼女を物語っている。
「それにしてもオリヘン、あんたがこの時期に来るなんて珍しいじゃないかい。魔力瓶の追加注文って……訳じゃないね?」
「いや、金を借りに来た」
「へぇ、それはもっと珍しいね。まあ、話は奥で聞くからさ……さて、今日はあと閉店にするかね」
「すまない」
「別に構いはしないよ。どうせ本当に用事がある客なら、ドアを蹴り破ってでも入ってくるさ」
紫翠肌の女性は器用に枝や蔓を操り、店の鍵を占める。
「さぁ、奥へどうぞ」
「失礼する」
仮面の大男は案内されるまま建物の地下へと足を進める。
通路の高さが足りないのか、開けたところに着くまで終始屈んだ状態だった。
「悪いねぇ、あんたじゃ狭いだろ?」
「問題ない。洞窟の方が狭い」
「洞窟と比べられてもねぇ……」
「すまない」
「くっくっく、何、ちょっとからかっただけさ」
「……そうか」
「はぁ、まったく。相変わらず素直というか面白みが無いというか……まあ、あんたの良さでもあるんだけどねぇ」
「……そうか」
「なんだい、言葉数がいつも以上に少ないね。何か厄介事でも抱え込んだかい?」
女の問いに大男は黙る。
彼女は知っている、この間は考えているのでは無く、彼が返答に困っている時に生じる間だと。
「なんだい当たっちまったのかい」
「すまない」
「別に謝る事じゃないだろう……それで、今度はどうしたんだい? 魔界の悪魔に喧嘩を売った時だってそんな顔しなかっただろ?」
「そうだったか?」
「あぁ。あの時も瀕死の状態で突然現れて、店内でいきなり倒れた時は肝を冷やしたよ。死んじまったんじゃ無いかってね」
「……確か、あの時は貴族と交渉をしていた時だったな。悪かった」
「別に構わないよ、あんな底辺貴族の端くれ。私を自分の金庫番人に雇おうなんて寝惚けた事抜かしやがって……いつ毒殺してやるかタイミングを図っていたから、丁度良かったさ」
「……そうか」
「そうさ。それで、今回はどんなヤバイ案件だい? また悪魔に喧嘩を売ったかい? それとも天使どもに啖呵でも切ったかい?」
女は煙管をふかせながら大男に詰め寄る。
部屋の中は白い煙が充満し、蕎麦と蜂蜜の香りがほんのり漂っていた。
「人間の女を、預かる事になった」
部屋を沈黙が横切る。
「……は?」
「人間の女を預か――」
「あぁあぁ聞こえてる、聞こえた上で言ったのさ」
「そうか」
「“そうか”だって? あんた、どういう風の吹き回しだい? 身を固める気にでもなったかい?」
女は棚の奥から蜥蜴の尻尾を揚げた物とハーブを持ち出してきた。
本腰を入れて話を聞くことを決めたのだろう。
「……別にそういう訳では無い」
「だろうね。まだあんたは目的を達成していないし、途中で諦めるような奴でも無いからね……諦めるような奴ならどれほど良かったか」
「……なら、どうして?」
「どうして? それは私があんたに“どうして質問をしたか?”って意味かい?」
「あぁ」
「そんなの決まってるだろ。あまりの出来事で整理する時間が欲しかったからさ。久しぶりに顔を出したアイツの息子が、いきなり“人間の女を預かる事になった”だよ? あんた、この私に考えを整理する時間もくれないのかい?」
「……すまない」
「別に謝る事じゃないよ……それにしたって、人間の女、ね……血は争えないってわけね」
「……母さんとも親交があったのか?」
「ふんっ、まあ、それなりにね。こういっちゃなんだが……人間にしては変わった奴だったよ。私らのような魔物を怖がる訳でも無く、だからと言って憎んでもいなかった。ほんと、変わった女だったよ……」
部屋の中に立ち込める煙が白から赤に変化し、香りは甘く、濃厚なものへと変わる。
きめ細かなデザインのコップには橙色の液体が注がれ、大男の姿を虚ろな姿で映し続けている。
「ふぅ――……話がずれたね。それで、それがどう金の話と絡んでくるだい? その女に貢いで……なんてタイプじゃないだろ?」
「ダンジョンの中で女を拾った。その女の宿泊代や食事代を出したら、必ず返すと聞かず……」
「あぁはいはい。だいたい分かったよ。あんた、またあの受付の女に頼まれて人助けしたね?」
「……別に人助けでh」
「それで助けてギルドとやらに運んで世話してやったまでは良かったが、自分に掛かった金は自分で払うとか変に律儀な馬鹿者に引っ掛かった訳だ。あんた、最初は受け取らないように話を進めようとしたけど、結局根負けして受け取る話をされた。どうだい? 当たってるだろ? ついでに払った金はいくらだい? 銀貨五枚くらいかい?」
「……十七枚だ」
「十七枚!? あっひゃっひゃっひゃ! こりゃ傑作だ!」
「……何がおかしい」
「これが笑わずにいられるかい!? 新米冒険者に銀貨十七枚を注ぎ込む馬鹿が目の前にいるってのに! あっひゃひゃひゃ! 大穴狙うにしてもやり過ぎだよ! あっひゃひゃひゃ!」
「……別に馬鹿ではない。受付と下女に訊いた金額だ」
大男は不貞腐れたように顔を反らす。
実際、本当に不貞腐れているかは仮面で確認する事が出来ないが、声がいつもよりもどもっていた。
「ひゃひゃ……ふぅ、それで?」
「……それで、とは?」
「その新米冒険者の女、必ず返すって言ったのかい?」
「……あぁ」
「そうかい。普通ならトンズラして終わりだろうに……まったく、変り者は変り者を呼ぶってね」
「……なぜ、助けたのが冒険者だと分かった。それも新米の」
「あの受付の担当はヒヨッコ冒険者の道標とあんたみたいな三等級以上の冒険者の相手だろ? そもそもダンジョンで死ぬような奴は何も知らないヒヨッコ共か、迷い込んだ農民くらいだ。ある程度出来る奴は、死ぬ前に逃げ帰る」
「……それは、経験談ってやつか?」
「ふんっ、あんたの父親に会うずっと前の話さ」
「……そうか」
コップの中で揺れ動く己の姿を視界に映し、女は再び話を続ける。
「まあ、金の話なら心配いらないよ。あんたから預かっている金が無い訳じゃない」
「助かる」
「預けた金を下ろしに来た……それだけの話さ。あんたは私からの魔力瓶の代金だと思って金を納めているだろうが、そう思ってるのはあんただけって事を……って、この話は何度もしたね。あぁ、ちょっと待ってな……」
魔物や悪魔などの魔族……と呼ばれる者は魔力を秘めている。
「金はこれくらい有れば足りるだろう……さて、確かこの辺に……」
それは種族や個体によって差があり、生まれた時から莫大な量を保持している者もいれば、数千年の時を経て増幅させる者もいる。
「……ぉ、あったあった」
また、魔力は魔族の命とも言える存在であり、万が一枯渇させれば死の危険性も視野に入れてなくてはならない。
「ほら、金と一緒にこれも持っていきなっ」
「これは……魔道具の指輪か?」
魔族は“魔法”を使う事が出来ない。
なぜか?
それは、天使や精霊に奇跡を乞う事が出来ないからだ。
「落ちこぼれ冒険者が金の担保にって置いていったのさ。効果は……なんだったかね……銀貨五枚の担保ってのは憶えているんだけどね……」
いや、仮に出来たとしても、魔族が天使や精霊に何かを“乞う”なんて事はしないだろう。
世界の歴史から見てもそれは明らかだ。
「……感謝する」
そんな魔族が命を削って生み出した魔術。
彼等にとって、魔法に対抗する唯一無二の奇跡。
「感謝なら効果を見てからにするんだね。もしかしたら蛙に化ける指輪かもしれないよ? ひゃひゃひゃっ」
「分かった。時間のある時にでも試してみることにする」
「……はあ、まったく。面白味の無い奴だね……まあいい。ほら、用事は済んだだろ? ささっとギルドに戻りな」
「……助かった。また来る」
「また近いうちに顔を見せに来な。今度はその預かってる人間の女っていうのも連れてね」
「……分かった」
大男は金と魔道具を受け取り、店を後にする。
外は冷え込んだ空気が段々と朝日よって照らされ、東の空を太陽、西の空を星が支配している。
「朝か……」
白い息がふわっと舞い上がり、重力に従ってゆっくり下降する。
今日もまた、アイファングの朝が……冒険者たちの朝がやってくる。
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