19杯目~悪魔と少女の出会い~
初めましての人は初めまして。
リアルタイムでお読みになっている方はこんにちは。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
この度、読者の皆様のお陰でPV1,600、ユニーク900を突破する事が出来ました。
ありがとうございます。
小説作成時BGM:かんなぎ Op Full 『motto☆派手にね!』
天に向かって伸びる背の高い木々、日光が斑に当たる葉っぱ、折れた枝からぼろぼろになって剥がれた樹皮。木の根元に隠れている動物は巣穴へと帰るべく走り出す。
「うん、このくらいあれば今日は大丈夫かな」
綺麗に修復された修道服姿の少女が薬草いっぱいの背嚢を覗き込む。
赤、黄緑、青紫など、様々な色の草花は気付け薬や解毒薬の素となる。
昨今は森の開拓事業も多い。
動物の住処であり、薬草の宝物庫でもある森の縮小は薬剤の高騰化に直結する。冒険者だけでなく、長い目で見れば生き物全てに影響を与える事案だ。
ともあれ、今直ぐに起こる問題でもない。
「うんしょっと」
背中に背負い、街へと続く獣道を歩く。
時折聞こえるのは枝の折れる音や葉っぱ同士が擦れる音、リスの喋り声、虫のブーンと飛ぶ音などなど。
故郷の森も大体似たようなものだった。子供たちの笑い声が合わせれば完璧である。
「あ、このキノコ、院で見た事ある。確か……弱火で表面をさっと焼けば美味しかったはず」
周囲を見渡しても誰もいない。
魔物の気配だってしない。
少女は少しずつキノコの群れと距離を詰め、両手をかざし、そっと呟く。
「唸れや唸れサラマンダー 宙を舞って 花咲く火となれ ファイア」
世界の理に干渉し、手のひらに小さな炎が現れる。
「焦げないように……そっと……」
キノコたちの周りを器用に炎が飛び回る。
こんがり焼けた良い匂いが周囲に漂い始めた。
「昨日商人さんから貰った塩をかければ……自然の恵みに感謝して、頂きます」
人目も気にせずキノコにかぶりつく。
院で何度も食べた筈の食材。
それなのに、今まで以上に美味しさを感じるのはなぜだろうか。
確かに塩なんて高価な調味料、院生活ではお祝いごとでしか食事に使われなかった。
しかし、それを差し引いてもお釣りがくる美味しさだ。
「ん〜〜!」
「美味しいそうだね。これは白アワビ葦かな?」
「はい! もうですね、旨みたっぷりの汁が口の中いっぱいに広がっ……えっ?」
「そうだよね。キノコ汁って言うのかな、噛むと汁が口の中いっぱいに広がるよね」
「……どちら様でしょうか?」
慈悲深く、なだめる様な口調の声が背後から忍び寄る。
世慣れした、特有の人に見られる言い方だ。
「おっと、これは失礼しました。僕の名前はバラキエル、好きな事は女性を笑顔にする事、許せない事は女性を悲しめる事かな」
「そ、そうですか」
栗色の髪に目尻が下がった目つき、右目の泣きぼくろが特徴的な男は自己紹介を続ける。
「僕はこう見えても何千年も生きていてね。世界中を旅しているんだ」
何千年という途方もない年月。
見た目は人間だが、寿命から考えると人間よりのハーフエルフだろうか。
「あ、エルフやドワーフじゃないよ?」
鼓動が早くなる。
思考が読まれた。
動揺が走る。
「まぁ、どっちかというと……魔物に近いかな?」
咄嗟に男から距離を取る。
少女は後悔した。
己の唯一の攻撃手段、黒魔法をついさっき使ってしまった。
残りは白魔法、ヒールしか残っていない。
一か八か、見栄を張るしかない。
「私は冒険者です。く、黒焦げになりたくなければ近づかないで下さい」
「警戒しちゃったかな、でも安心して、僕は君に危害を加える気は無いから」
「魔物の言う事を信じると思いますか?」
「最初に自己紹介したとおりだよ。僕の名前はバラキエル、好きな事は女性を笑顔にする事、許せない事は女性を悲しめる事、それ以上でもそれ以下でもない」
男は両手を大きく広げ、敵意の無い事をアピールする。
ニコッと笑う表情の内側に何が潜んでいるか分からない。
なにより、彼女が言葉を発する魔物と接するのは今日が初めてだ。
「警戒心は解けない、か。ラグエルたちも徹底してるなぁ」
頭上を見上げ、雲の隙間に目を細める。
視界が捉えているのは青い空の更に先。
可能性と絶望が混沌する世界を睨みつける。
「正義と公正の大天使、ラグエル様を愚弄する気ですか」
少女の警戒心は加速する。
魔物はどんな時だって天使に祈りを捧げない。
「正義と公正の大天使。確かにラグエルは潔癖症だったからね、彼にはお似合いの称号かな」
「まるで大天使ラグエル様とお話をしたことがあるような口ぶりですね」
「あるよ、と言ったら警戒を解いてくれるかな?」
「魔物の警戒を怠るとどうなるか……身に染みて知っていますから、有り得ません」
初めて出来た仲間が魔物によってどんな結末を迎えたか。
自分が魔物によってどんな苦痛を強いられたか。
忘れる事なんて出来ない。
許す事も、出来ない。
「……そっか。君は、魔物に大事な物を奪われた冒険者の一人なんだね」
人間界で数千年の時を生きてきた彼は知っている。
魔物によって家族や兄弟姉妹、大切な誰かを失った人が数多くいる事を。
そして目の前の少女の眼は、その一人であるということを。
「なら、僕はそろそろ御暇するよ」
哀愁を帯びた眼差しは少女から森の奥へと移った。
己の存在が許せない事に繋がる事を悟ったのだろう。
「すいません。貴方があの魔物たちと同一人物では無い事は理解しています。私に危害を加える気が無い事も……ただ――」
「頭では理解している。けど、心が、ね?」
「はい……」
「君は面白いね。魔物を事を憎んでいるのに、同時に魔物に近い存在の僕を傷付けてしまったと悔やんでいる」
「……人間にも悪い人はいます。エルフにだって、ドワーフにだって。だから、魔物にだって悪い魔物はいると思いますし、その逆に良い魔物もいると思うんです。そして貴方はたぶん……良い魔物なのだと、思います」
男にとってこの言葉は欣幸の至りであった。
「ふふふ、ありがとう」
彼の名はバラキエル。
かつて、世界を二分する戦いに参加した悪魔である。
「僕はその言葉だけで嬉しいよ」
酔っ払いのように互いにもたれかかる木々の間をすり抜け、男は姿を消した。
少女もその姿を見送り、背嚢を背負って森を出る。
「お疲れ様です。今日の報酬になります」
賑やかな輩の隣をすり抜け、カウンターの受付嬢に挨拶と報告を済ませる。
報酬は銅貨数十枚。
まだまだ借金完済には至らないが、それでも日々の積み重ねは嘘をつかない。
「おぉ、今日も薬草集めかい?」
「はい、まずは簡単なクエストから達成していきたいと思いまして」
街から街を歩く行商人。
ギルドの納品のあまりを更に銅貨や別の物資に交換してくれる。
「ナワシロイチゴにグミ、ヤマモモかい。食用木の実だね?」
「そうです」
「それなら、これくらいでどうだい?」
雑嚢いっぱいの食用木の実と銅貨十五枚で交換。
今日の報酬と合わせれば寝床には困らない。
「はい! 宜しくお願い致します!」
彼女はオリヘンに銀貨十七枚を借りており、
三等級冒険者の御供を許してもらった。
謎の多い人物ではあるが、冒険者としての実力で考えたら自分がお荷物だという事は分かる。
「はい、毎度さんね」
今、自分に出来る事は外の世界に慣れること。
クエストを達成し、報酬から衣食住に掛かる経費を差し引いて、借りたお金の返済に充てる。
「ありがとうございます!」
銅貨を雑嚢に入れ、盗まれないように懐へ仕舞う。
この街は冒険者の街、アイファング。
自由と活気が売りの街なのだから。
「そういえば、お嬢ちゃん知っているかい? 最近、魔女の森近隣の村が呪われているって噂」
「魔女の森、ですか?」
魔女の森。
アイファングから東の方向に位置する大きな森だ。
”魔女”と言われるだけあり、何百年も生きている魔術師が統治していると言われている。
「なんでも、呪いを受けると手足の先が真っ黒に変色して、やがて魔物のような風貌になるらしい。この街までは来ないかもしれないが、知っておいて損はないだろうよ」
「そ、そうなんですか。初めて知りました」
「近々王国から要請があるかもねぇ。魔女討伐の時は俺ら商人にとっても稼ぎ時だから、どうかその時も御贔屓に頼むよ」
常に移動を続ける彼らはありとあらゆる情報を持っている。
王国の政権争い、巷の魔物の動き、村を襲う呪いの事まで。
情報と繋がりこそが商人の武器なのである。
「それじゃまたね、新米冒険者のお嬢ちゃん」
行商人と別れた少女は街の銀行へと向かい、お金を預ける。
身分証明書は手頃な物が無かったため、冒険書で登録した。
逆に言えば、冒険書を落とせば今度こそ絶望的な未来が待ち受けている。
「只今、戻りました」
「おかえりー、お金はちゃんと預けて来た? 冒険書は持ってるー?」
細長い受付台の奥で迎えてくれる元気な声。
「大丈夫ですよ。ちゃんと持ってます」
「ならオッケー、荷物を置いたらこっちの手伝いをお願いね」
「はい、分かりました」
クロースアーマーやギャンベソンといった、布製の防護服が飾られている店。
主人は赤茶色の髪のドワーフ。
今年で二十歳を迎えるが、背丈は修道服の少女より若干小さい。
「箒と塵取はいつもの所に置いているから、ここら辺を適当にお願いね」
「あ、ここに置いてあった服が無くなってますね」
「半纏のこと?」
「はい、変わった衣服だなぁっと思っていたので」
商品が並ぶ中にポツンと空いた小さな棚の一角。
昨日までは風変わりな服が飾られていた。
「故郷を思い出す、なんて購入していった人がいてね」
「故郷、ですか。この街に来てまだ数週間ですが、あのような服を着ている方は見た事がありません」
「私だって見た事が無いよ。前に街に来た、不思議な雰囲気の少年に勧められて造ってみたけど、まさか売れるなんてね」
「前にお話ししていた、三人の奴隷を従えていた少年の事ですか?」
「そうそう、その人。幼い顔立ちに浮世離れした雰囲気だったけど、あの年で種族の違う奴隷を三人も連れ回して、しかも中にはエルフがいたからね。只者じゃないと思うよ」
原来、奴隷は戦争によって調達される。
敵対国を征服し、領土を奪い、自国の民との優劣を明確化する為に敵対国民の身分を奴隷とする。
しかし、魔王軍や魔物の活発化により、近頃は国同士の大々的な戦争は行われていない。魔王がその気になれば、いつ魔物軍との戦争が起きてもおかしくない状況だと各国が理解しているのだ。
「国同士の戦争が無くなっても、平和が訪れた訳じゃない。今でも国境では小競り合いが絶えないからね」
この身分は古から存在する。
支配する者、支配される者。
国境なき理の一つ、それは弱肉強食の理。
「野党や盗賊には国境なんて考えは無い。小競り合いに乗じて人攫いする彼らを取り締まる法が無い訳じゃないけど、構っていられないってのが本音だと思うよ」
「おかしな話ですよね。村の人たちは魔物によって危険に晒されているのに、同時に別の闇から人々を守っているなんて」
修道服の少女は窓の外を眺める。
今日も冒険者たちは泥だらけで酒場に向かう。閉店した店内まで声が響くほど騒がしい。
「ティエラ、そろそろ時間じゃない?」
「あ、そうですね。では、行ってきます」
朝から夕方までは採集系クエストを受け、夜はあの人の帰りをギルドにて待つ。
御供を許されてから、実はまだ一度も一緒にクエストを受けていない。
力量の無さは重々承知している。
しかし、これではいつになっても恩返しが出来ない。
「あらティエラさん、こんばんは」
「リヘルさん、こんばんはです。オリヘンさんは来ていますか?」
「うーん……彼はまだかなー? いつもの席にいないし」
「待たせて貰っても良いですか?」
「どうぞどうぞ、好きなだけ待って貰っていいよー」
部屋の隅に置かれた椅子に腰を掛ける。
コップのぶつける音、他人に聞かれたくない小さな囁き、興奮した客の歌声、囃し立てる声援。
瞳の表面をあらゆる情報が流れ、身体を様々な音楽が抜けていく。
知らないうちにどうやら、この環境に存在が溶け込み始めているようだ。
「待たせた」
騒音の中、足音も無く忍び寄る大男。
相変わらずのローブ姿に表情の読めない仮面姿だ。
「あ、いえ、私も今来たところです」
「そうか」
大男は踵を返し、ギルドの入り口へと向かう。
少女も後を追う。
「オリヘンさん、今日はどのような訓練でしょうか?」
「薬草の調合と投擲の練習だ」
ボソッと言い捨てる声に温かみは無い。無機質で事務的である。
だが、少女はそれが彼の悪意からでは無い事を知っている。
命を救われ、彼の部屋で冒険者になることを決心した日から約二週間。
雑用をするにもまずは実力が足りないという事で、こうして彼から冒険者としての指導を受けている。
「薬草はそのまま食べても効果があるが荷物になる。可能ならすり潰して液体、または粉末状で持ち運べ」
乳鉢によって彩りの薬草がすり潰され、混ざり合う。
色味は薄青緑。食欲は勿論そそられない。
「劇的な回復にはならないが生命線だ。憶えておけ」
慣れた手付きでさっと小瓶に液体を移し、コルクで蓋をする。
少女も直ぐに真似る。
本来、彼に彼女の面倒を見る義理は無い。
冒険者は古来より気まぐれの根無し草で有名だ。
大空に浮かぶ雲のようにいつも間にか姿を変え、どこかに消える。
「混ぜる薬草は間違えるな。組み合わせによっては腹を下す」
背嚢の三分の一ほどを占めていた薬草は青緑色の液体へと変化する。
まるでポーションのようだ。
「試しに飲んでみろ」
「今ですか?」
「そうだ」
恐る恐る小瓶に口を近づける。
匂いは草の香りがするだけ。味が美味しくないのは直感で分かる。良薬は口に苦しとも言うし。
「っ……!」
苦い。本当に苦い。舌が馬鹿になりそう。
「慣れろ。いざという時に味を気にしている暇は無い」
言っている事は何も間違っていない。
魔物に囲まれた状態でこの液体の苦さに驚いている暇は無い。
しかし味覚を騙すことは出来ないものだ。
うぅ、と唸る少女の表情が歪む。
「いつでも作れるように練習しておけ。組み合わせも憶えろ。次だ」
「は、はいぃ……」
手早く調合道具をしまい、投擲紐に指を通す。
「投擲は練習あるのみだ。弾はそこら中に転がっている。見ていろ」
布部分で石を包み、ヒュンヒュンと音を立てながら頭上を三回転。
狙いは木に彫った的の中央部分。
ふんっ、というどもった声と同時に石が飛んでいく。
「初めは的を大きくし、段々小さくする。その次は距離を空け、また最初からだ」
真っすぐ飛んだ石は的の中心部に衝突。
カラン、コロン、と音を立てて闇の中に消える。
「す、凄いです」
「練習あるのみだ」
大男は手近な石を拾い上げ、また投擲。
今度はもう一つ奥の的へ。続けて更に奥へ。
いずれも的の中心部を捉えている。
「練習あるのみ……ですか」
「そうだ」
動作に一切の迷いがない。
実際、かなり時間を練習に費やしたのだろう。
投擲の技術一つ取っても冒険者の等級が伺える。
―――大きな身体で小さい石を投げる姿が少し面白い、なんて言えませんが。
少女は声にならない笑いをそっと胸の奥へと仕舞いこむ。
「今日はここまでだ。俺は戻って報告を済ませる」
「はい! 今日もありがとうございます!」
大男は雑多の中に姿を消す。
人間にしてはかなりの高身長であり、仮面姿は何かと目に付くが、多種族が入り混じるギルド内ではあまり目立った様子は無い。近くを通った者はギョッとした表情で彼を見上げるが。
さて、と少女は身を翻し、手頃な石を拾い上げる。
練習あるのみと言われればそれまで。
布部分で石を包み、紐の片側に指を通して、頭上で十回転。
「え、えひっ!」
何とも言えない掛け声と共に飛んでいく石ころ。
当たったのは的の少し左側。
初めてにしては筋が有る方だろう。傍で言ってくれる人は誰もいないが。
彼女はそれから小一時間投擲の練習に励み、片づけを済ませてドワーフが待つ防具屋へとつま先を向ける。
いつの時間帯もギルドの酒場は大盛り上がり。かなり離れているはずなのに冒険者たちの笑い声が聞こえる。
ふと、今日森で出会ったあの男性の事を思い出した。
栗色の髪に目尻が下がった目つき、右目の泣きぼくろが特徴的なあの男性を。
「僕の名前はバラキエル、好きな事は女性を笑顔にする事、許せない事は女性を悲しめる事……なんて、言われても私にどうしろと言うんですか。魔物に近いまで言われたら、警戒しちゃいますよ」
はあ、溜息が漏れ出る。
彼女だって分かっている。
あの距離になるまで何もしなかった事、わざわざ一声を掛けて話を始めた事、丁寧に自己紹介をした事、嘘よりも曖昧な真実を述べた事。
どれをとっても相手に敵対の意思は無かった。
頭は分かっていた、けど、心が受け止め切れなかった。
原因は弱い自分にある。
仲間が殺される惨劇は瞼の裏側に刻まれている。
ベットに潜って眼を閉じれば……あの醜い魔物どもが自分を追いかけてくるのだ。
彼がそう見えるかと言われれば、見えないと言えるだろう。だが彼の影に小鬼はいないか、と聞かれれば俯いてしまう。
「あ、おかえりー、今日はどうだったー?」
「えっと、今日はですね――」
それでも、前に進まなくては。
心は立ち止ったまま。
それは……時間がいずれ解決してくれると信じて。
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