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1話.メイドの権利

 窓の外から、ホウ、ホウ、とフクロウの鳴き声が聞こえてくる。満天の星が瞬く、静かな夜だった。

「ねえ、ばあば。今日もお話きかせて」

 ふかふかのベッドで、幼子は目を輝かせ、老女の袖を引いた。

「そうねえ。今日は何のお話にしようかしら」

「おひめさまのお話がいい!」

「お姫様? お姫様ねえ……。変身するお姫様のお話はしたし、もらい食いするお姫様のお話もしたわよね」

「うん! 小さいお姫様の冒険のお話も、獣好きのお姫様のお話も聞いたよ」

 幼子は、指を折りながら楽しそうに答えた。

「そうよねえ……」

 老女はしばらく考え込んでいたが、やがて、ぽんと手を打った。

「ああ、そうだわ。じゃあ、このお話にしましょうか」

「なぁに?」

 老女は幼子の顔をのぞき込み、微笑んだ。それから、子守歌でも口ずさむような、穏やかな声で語り始めた。

「これはね、ちょっと昔の物語」




 あるお城で、姫君が生まれました。

 王様とお妃様はたいそう喜び、姫君の誕生を祝って盛大なパーティーを開きました。お城には大勢の人々が集まり、姫君の誕生を祝い、健やかな成長を願いました。

 招待された十二人の魔法使いも、ひとりずつ姫君のもとへ進み、それぞれに祝福の魔法を授けていきました。

「気品にあふれ、心優しい姫君になりますように」

「この世の誰よりも美しくなりますように」

「聡明で、何事にも秀でた人になりますように」

「歌や楽器の才能に恵まれますように」

 魔法使いたちは、次々と姫君の未来を祝福しました。

 そうして月日は流れ、姫君はすくすくと成長していきました。魔法使いたちの言葉のとおり、気品と優しさを備え、美しく聡明で、歌や楽器にも秀でた姫君に。

 誰もが姫君を愛し、その成長を喜んだのでした。




「このお城で、とある娘が目を覚ましました。そうね、仮にその娘の名前を、アンナとしましょうか」




 ハタキが足に落ちて、アンナは目を覚ました。

 いつの間にぼんやりしていたのだろう。窓の外を見ると、太陽はずいぶん高いところに昇っている。

 お城にメイドとして勤め始めて半年。十六歳で成人になると同時に勤めに上がった。仕事にも慣れてきたとはいえ、まだまだ新人。まさか、誰かに見られてはいないだろうか。

 慌てて周囲を見回そうとして、アンナは自分の身体がひどくぎこちないことに気づいた。

 周りのメイドたちも、そろって不思議そうな顔をしている。みんな、どうしたというのだろう。

 首を傾げつつも、仕事は終わらせなければならない。アンナは気を取り直して、掃除の続きを始めた。

 しばらくして、古参のメイド長から全員に召集がかかった。


「今日はパーティーです。みなさん、急いで準備に取りかかるように」

 そんな予定、聞いていない。

 けれど、メイド長に逆らえるはずもない。それぞれ割り振られた仕事に取りかかり、城の中はたちまち慌ただしくなった。

 アンナは買い出しを命じられた。同じ担当のメイドたちと連れ立って城の裏口へ向かい、大量の買い出しリストを広げる。

「なんでこんなにいるのかしら」

「この前も、いっぱい買っていたわよね」

 口々にぼやきながら、裏口の扉に手をかけた。

 ところが、いくら押しても扉が開かない。

「あら、どうしたのかしら」

「あとで守衛さんに言っておきましょう」

「そうね。これで遅れたら、私たちが叱られちゃうわ」

 仕方なく、みんなで力を合わせて扉を押す。

「えいっ!」

 ぎぎぎ、と嫌な音を立てて、扉がようやく開いた。


「え…………きゃああああああああ!」

 扉の向こうには、蔦がびっしりと絡みついていた。

 それだけでも不気味なのに、蔦の間には、人らしき何かが引っかかっているように見える。

 メイドたちは悲鳴を上げ、我先にとその場から逃げ出した。

 アンナも買い出しリストを握りしめたまま、メイド長のもとへ全力で駆け戻った。


「メイド長! 裏口が、裏口が大変なことにっ」

「落ち着きなさい。なんです、その騒ぎようは」

 身振り手振りで必死に訴えると、メイド長はさして驚いた様子もなく頷いた。

「それは、この城に入ろうとした不届き者の末路ですね」

「いえ、でも、昨日までは蔦なんてありませんでしたよ!」

「あら、仕方のないことですよ。このお城は百年の眠りから覚めたのですから」

 …………なんて?


 このお城の姫君は、十三人目の魔法使いによって呪われていたらしい。


 姫君の誕生パーティーに招待されなかったことを怒った魔法使いは、姫君が十五歳になったとき、糸車の錘が刺さって死ぬという呪いをかけました。しかし、まだ祝福を与えていなかった十二人目の魔法使いが、その呪いを弱めたことで、姫君は命を落とす代わりに眠りにつくことになったのです。

 月日は経ち、魔法使いの言葉通り、姫君は錘に刺され、眠りにつきました。

 さらに、姫君が目覚めたときに寂しくないようにと、お城の者たちも一緒に眠る魔法がかけられました。

 そして、百年後。

 王子様によって姫君の呪いは解け、お城も眠りから目覚めたのです。


 ……だから、聞いてないし。

 アンナは頭を抱えた。

 ともかく、今は百年後らしい。たしかに、買い出しに出た街は見覚えのある場所のはずなのに街並みがすっかり変わっていて、目的の店を探すだけでもひと苦労だった。行き交う人々の服装も以前より色鮮やかなものが多く、ようやく買い物を済ませて店でお金を払おうとすれば、店主から古銭は銀行で換金してくるようにと言われた。何もかもが、さっぱり分からない。


 だが、そうも言ってはいられない。とにかく城の中も外も、使用人総出で片付けに追われた。百年分の蔦やら埃やらをどうにかし、ようやく一段落した頃、隣国の王子と姫君の婚礼が行われることになった。

 無事に姫君の呪いを解いたという王子様だ。どうやって解いたのかは知らない。王様が涙していたという噂を耳にしたが、メイドの立場では関係ない。ちなみに、王子様は王位を継ぐ立場ではなかったため、姫君の元へ婿入りするのだという。


 婚礼の日、城は華やかな祝宴に包まれた。幸せそうに微笑む二人を国王夫妻が見守り、長年仕えてきた者たちは涙ながらに祝福する。一方、招待された賓客たちは好奇心を隠そうともせず、百年越しの婚礼を眺めていた。

 その裏で、使用人たちは忙しなく働き続けた。アンナも当然、一日中働いた。ようやく仕事を終え、晩餐の残り物をありがたくいただく。冷えていたが、十分美味しかった。

 そうして婚礼が終わり、百年の眠りから覚めたお城は、徐々に普通の生活を取り戻そうとし始めた。


 その日、アンナは仕事を終えると、自分に割り当てられた部屋へ戻った。四人部屋だが、ルームメイトたちはまだ戻っていない。

 自分専用の小さな棚に近づいて鍵を開け、引き出しの中から一枚の紙を取り出す。幸い、保管状態は悪くなかったようだ。紙は黄ばんでいたものの、文字は十分に読める。

 そこに記されていたのは、雇用契約書だった。


 名前 アンナ=ブラウン

 雇用期間 346年1月1日から348年12月31日

 職種 雑務使用人

 職務内容 城内の清掃、物品管理、配膳、買い付けなど。配属先に準じる。


 その他、細かな雇用条件がいくつも記載されている。雇用契約の締結年月日も、当時の印も、きちんと残っていた。

 アンナは契約書をじっと見つめた。そうして意を決したように立ち上がると、メイド長の部屋へ向かった。


「失礼します」

 室内から返事があり、アンナが扉を開けると、そこにいたのはメイド長だけではなかった。噂の姫君も座ってお茶をしていた。

 慌てて退室しようとしたアンナを、姫君は「気にしないで」と呼び止める。祝福ってすごい。噂通りの愛らしさと可憐な声だ。

 どうしたら、とメイド長に視線で尋ねると、用件を促された。そう言われては、無理に出ていくわけにもいかない。アンナは一礼し、持ってきた紙を差し出した。


「確認しましたところ、わたしの雇用契約は三百四十八年までとなっています。今は四百四十六年の七月。もう切れています」

 メイド長は契約書を受け取り、日付を確認した。

「あら、そうね。更新しなくては」

 予想していた反応だ。アンナは胸の前で両手を組む。

「…………大変申し訳ないのですが、更新は考えておりません」

 二人の無言の視線を感じながら、唾をのみ、背筋を伸ばして続ける。

「予定外に拘束された期間分も含めて、お給金をお願いしたく思います」


お読みいただきありがとうございます。

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