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怪異蒐集録―幻怪マニアックス  作者: 青羽 イオ
蒐集第一号 「洞の声」

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其の一

 昔からかさぶたを剥がすのがやめられなかった。


 かさぶた以外にも、ほんの少しでも肌に違和感があると、削り取らずにはいられない質だった。


 かさぶたになっては剥がし、血が出てまたかさぶたになる。永遠に繰り返されそうなものだが、気づけばかさぶたは消えて普通の肌になってしまう。


 だが、一年を通してかさぶたは常にできる。


 もとが乾燥肌で、よくひっかくから、小さなかさぶたは常にある。


 夏に虫に刺されたときに掻き壊してできたかさぶたは、長く繰り返すことが多い。虫の毒だろうか?まだ膨らみ切らないかさぶたを抉るように剥がすとき、声が出るほどの激痛が襲うこともあるが、その痛みはなぜか耐えられる。


 剥がした後のスッキリとした気持ちよさが、痛みに勝るからだ。


 剥がしたいという激しい衝動が向くのは、自分の体のかさぶただけではない。


 自分以外の人間の皮膚にあるかさぶただとしても、一度でも指先で触れてしまうと、なでる動作の中で無意識に爪がたつ。


 他人の肌に触ることなどそうそうあることではないので、日常生活で困るほどではないが、恋人や家族、飼い猫も私の被害者である。なので、できる限り自分以外の人の肌にはふれないように暮らしてきた。


 ある夏の日、いつものように二の腕にできたぶつぶつが気になって、爪で削るようにこすっていた。


 毛穴がぷつぷつと膨らんだようなもので、かさぶたではないが、気にはなる。


 そうこういじくっているうちに、ひとつふたつと、かさぶたになった。


 小さいものだから翌日には小さなかさぶたがいくつかできる。


 ぽりぽりと爪でひっかけながら、それらがはがれるのを爪先で感じる。


 とうぜん、軽くひっかいた程度でははがれないかさぶたもあるので、無理にこじる。

 少し痛いが、残すわけにいかない。


 血がでるが、放っておく。服の内側にはいつも小さな血の点がつくことが多いので、黒っぽい服を着て目立たないようにする。


 風呂上がりのかさぶたは格別だ。


 風呂から上がってすぐではない。


 一時間から二時間ほど経って、肌が完全に乾燥したときのかさぶたは非常によくはがれる。


 今までの経験からして、今回の二の腕のかさぶたは今夜できれいに終わる予定だった。


 だがひとつ。

 はがれない小さなかさぶたがある。


 わたしの二の腕にはほくろがあるのだが、最近ふくらみはじめたほくろだ。


 若いころはマジックの先で色をつけた程度の小さな黒い点だったが、近年すこしずつ膨らみ始めていて、かさぶたと間違えてはがそうとしてしまうことが増えた。


 ほくろなので、硬くはないが、それでも肌にある突起物であるから、それはそれは気になってしかたない。そういうときは指先でほくろを撫でて柔らかさを確認し、心を静めてこれは剥がすものではないと、自分自身に言い聞かせるようにしている。


 そんなほくろのすぐそばに、そのかさぶたはあった。


 同じ時期に作ったかさぶたたちはきれいに剥がれ落ちたのに、そいつはなかなかはがれなかった。


 当然、むりをしてでも剥がす。今までずっとそうしてきたのと同じように。


 爪を皮膚にめり込ませて、抉るようにかさぶたの端をとらえる。


 痛さはある。だが、まずは一度、カリっと上にむけてはじいてみる。


 かさぶたのはじは少しもちあがるが、本体がついてこない。


 再度、かさぶたの端に爪を差し入れ、今度は強めの力でかさぶたの中心に向けて爪を食い込ませながら、所謂、「剥がす」という行為をしてみる。


 剥がれない。


 直径2ミリ程度の小さな「粒」のようなかさぶたが、剥がれない。


 かさぶたそのものを、目視することはなく、爪先の感覚だけでその姿を想像する。


 かさぶたを剥がすときは見ないのが自分のやり方だ。


 はっきりとした理由を言語化するのは難しい。とにかく見ないのだ。


 目を閉じたまま、剥がれないかさぶたを格闘すること三分ほどだろうか、渾身のちからを込めてえぐり取るようにかさぶたを剥がしにかかった。


 爪先にかさぶたが今までより深く入り込んでいるのがわかる。思ったよりも根がふかかったのかもしれない。激痛がくるはずだった。


 何も感じなかった。


 だが、かさぶたを剥がしたほうの爪先の感覚はしっかりとあった。


 かさぶたになりきっていない、未熟なものをむりやり剥がした時の感覚だった。


 重さのあるかさぶた。剥がしたものを見てみればきっと内側は乾いていない何かがついているだろうことが想像できる。かさぶたになるまえの皮膚の死骸。かさぶたになる途中経過の何かだ。


 だが、二の腕に痛みがなかった。


 なにかが取れる感覚すらなかった。


 まさか、なにかとんでもないものを剥がしてしまったのか?まさか間違えてホクロを……


 慌てて確認するが、爪に残ったかさぶたは想像した通りの姿であって、過去に何度か見たことがあるものだった。


 特別な色でもなければ、においもない。ただ……


 表面、直径二ミリ程度の良好なかさぶたに対して、皮膚側の部分は思ったよりも大きかった。


 米粒のような形の、肉片のようなものがぶらさがっている。ふたの部分よりもあきらかに大きかった。



 この日以来、私の毎日はこのかさぶたを剥がすことに費やされた。


 寝ても覚めても二の腕をまさぐっては、繰り返し剥がし続けた。


 しかし、このかさぶたが治ることはなく、日を追うごとに大きくなっていくだけだった。


 最初は楽しかった。大きなかさぶたを、ブリっと剥く時の感触はたまらない。


 かさぶたは剥がしても血が出ることはなく、皮膚が抉れて穴が空くだけだった。


 そして気づくとまたかさぶたになっている。


 剥がしたあとの皮膚の穴は、都度、大きくなっていった。指がすっぽりと入るほどに。

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