弟が騎士になる日
最新エピソード掲載日:2026/06/03
弟は天才だった。
剣術、体術、魔力操作。
騎士に必要なあらゆる才能を持ち、王国騎士団登用試験では首席合格を果たした未来の英雄候補。
一方、兄であるレイン・グレイには何の才能もなかった。
身体能力は平均以下。
魔力もほとんど持たない。
誰もが弟の未来を祝福し、兄である彼自身もまた、その未来を誰よりも喜んでいた。
――弟が殺されるまでは。
王都へ旅立つ前夜。
正体不明の襲撃者たちによって弟は命を落とす。
兄を庇いながら。
復讐を誓ったレインは知る。
騎士になれば、この国の情報へ手が届くことを。
だが、騎士になれるのは弟だけだった。
だから彼は決意する。
死んだ弟になり代わることを。
これは、才能を持たない兄が天才だった弟の名を背負い、騎士団へ潜り込み、弟を殺した者たちを追い続ける復讐譚。
そして――
やがて世界の真実と、兄弟に隠された秘密へ辿り着く物語である。
春の風が吹いていた。
丘の上から見下ろせば、リーヴェルの街は今日も平和そのものだった。
子どもたちの笑い声。
市場を行き交う人々。
パンを焼く匂い。
どこにでもある地方都市の、どこにでもある一日。
――だが俺にとっては違った。
「兄さん、また来てたの?」
背後から声がした。
振り向くまでもない。
アルトだ。
俺の弟。
そして、この街が生んだ天才だった。
剣術。
体術。
魔力操作。
騎士に必要なあらゆる才能を持ち合わせた少年。
王国騎士団の登用試験では歴代最高得点を叩き出し、試験官たちを驚愕させた。
街では誰もが彼の名前を知っている。
アルト・グレイ。
未来の英雄候補。
王都に行けば必ず大成すると言われる男。
「何回見ても信じられなくてな」
俺は笑いながら木箱の中の書類を見せた。
騎士団から送られてきた正式通知。
そこには確かに弟の名前が記されている。
「首席合格。やっぱりすごいな」
「兄さんの方が喜んでるじゃないか」
「当たり前だろ」
俺は肩をすくめた。
「お前の努力を一番近くで見てきたんだから」
アルトは少し困ったように笑った。
昔からそうだ。
褒められるのが苦手だった。
天才のくせに。
◇
俺たちの両親は十年前に死んだ。
流行病だった。
金も薬もなかった。
助からなかった。
その日から俺とアルトは二人で生きてきた。
食うために働き。
冬を越えるために薪を集め。
畑を耕し。
なんとか今日まで生き延びた。
ただ、一つだけ違ったことがある。
それは才能だ。
アルトには才能があった。
俺にはなかった。
同じ兄弟なのに。
同じものを食べて。
同じように育ったのに。
神様はあまりにも不公平だった。
十二歳の時。
騎士適性検査で俺の結果は最低評価だった。
魔力容量。
平均以下。
身体能力。
平均以下。
魔力制御。
平均以下。
試験官は気まずそうに言った。
「騎士は難しいでしょう」
その横でアルトは最高評価を受けていた。
悔しくなかったと言えば嘘になる。
だが、羨ましくはなかった。
なぜなら。
アルトは俺の弟だからだ。
弟が認められるのは嬉しかった。
本心から。
だから俺は諦めた。
騎士になる夢を。
代わりに決めた。
アルトを騎士にすることを。
◇
「おい、英雄様のお通りだぞ」
酒場の裏路地。
下品な笑い声が響いた。
三人組だった。
街でも有名な不良連中。
アルトは立ち止まった。
「何か用ですか?」
「別にぃ?」
男が笑う。
「ただ気に入らねえんだよ」
そう言って肩をぶつけた。
アルトは怒らない。
昔からそうだった。
強いくせに無駄な争いを嫌う。
だから舐められる。
俺は路地の奥から様子を見ていた。
そして十分後。
三人組は泣きながら逃げ出した。
「化け物だ!」
「なんで倉庫の天井が落ちてくるんだよ!」
「俺たち何もしてねえぞ!」
俺は物陰で鼻を鳴らした。
倉庫の縄を少し細工しただけだ。
別に怪我はしていない。
だが十分だ。
あいつらはしばらくアルトに近づかないだろう。
「また兄さん?」
いつの間にかアルトが後ろにいた。
ぎくりとする。
「な、何のことだ」
「さっきの」
「知らん」
「兄さん」
「知らんったら知らん」
アルトは呆れたように笑った。
だが何も言わなかった。
たぶん気付いている。
昔からそうだ。
俺が陰で何かしていることを。
それでも言わない。
優しい奴だから。
◇
王都へ出発する前夜。
小さな祝宴を開いた。
豪華なものではない。
少し良い肉を買って。
少し高い酒を買っただけだ。
それでも十分だった。
「王都に行ったら何がしたい?」
俺が聞くと、アルトは少し考えた。
「強くなりたい」
「十分強いだろ」
「まだ足りない」
真面目な返事だった。
「この国を守れるくらい強くなりたい」
らしいなと思った。
アルトらしい。
昔から誰かを守ることばかり考えていた。
「兄さんは?」
「俺か?」
「夢」
俺は少し考えた。
そして笑った。
「お前が立派な騎士になるところを見ることだな」
アルトは黙った。
少しだけ。
悲しそうな顔をした気がした。
だが理由は分からなかった。
◇
夜。
日付が変わる頃だった。
コン。
扉が鳴った。
こんな時間に?
俺は眉をひそめる。
アルトも立ち上がった。
次の瞬間だった。
轟音。
扉が吹き飛ぶ。
木片が宙を舞った。
「――ッ!?」
黒い外套。
覆面。
武器を持った男たち。
五人。
殺気だけで分かった。
こいつらは人を殺し慣れている。
「アルト・グレイ」
男が言った。
「始末しろ」
その言葉と同時に全員が動く。
速い。
目で追えない。
「兄さん!」
アルトが俺を突き飛ばした。
剣が振り下ろされる。
床が砕けた。
もし今の一撃を受けていたら即死だった。
「逃げろ!」
アルトが叫ぶ。
そして剣を抜いた。
青白い魔力が刃を包む。
空気が震える。
強い。
俺なんかとは比べものにならない。
だが敵も異常だった。
一人ではない。
二人でもない。
五人全員が強い。
街のチンピラなどではない。
訓練された戦士だ。
激突。
火花。
轟音。
家が壊れていく。
俺は何もできなかった。
足手まといだった。
ただ見ていることしかできなかった。
そして。
一瞬だった。
俺を狙った刃。
アルトは迷わず飛び込んだ。
血が舞う。
赤い。
信じられないほど赤い。
「……アルト?」
弟の身体が崩れ落ちた。
男たちは撤退していく。
任務を終えたように。
静かに。
何事もなかったかのように。
残されたのは俺と。
血だまりの中の弟だけだった。
「アルト!」
駆け寄る。
抱き起こす。
温かい。
なのに。
その温もりが少しずつ消えていく。
「しっかりしろ!」
返事はない。
「おい!」
震える手で傷を押さえる。
無駄だった。
誰が見ても致命傷だった。
アルトはゆっくり目を開いた。
そして。
かすかに笑った。
「……兄さん」
その声はあまりにも弱かった。
「生きて」
「何言ってる」
「生きてくれ」
「やめろ」
「兄さん」
最後の言葉は聞き取れなかった。
俺の頬に温かいものが落ちる。
涙だった。
気付かなかった。
俺は泣いていた。
弟の手が落ちる。
力なく。
静かに。
そして二度と動かなかった。
読了ありがとうございます。
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これからレインの復讐と成長の物語が始まりますので、ぜひ続きもお楽しみください。
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