猫愛と愛の狭間
「魔女とご友人、ですか……」
「……はい。信じられない話だとは思いますが……」
シャーロットはそう言って恐る恐るクラレンスの表情を見た。
今は近衛師団長室仮眠室の小さな机の前に置かれた椅子にクラレンスが、シャーロットがベッドに座り向かい合って話をしている。若い男女が二人で寝室にいるのはいかがなものかとは思うが、団長室では突然他の人間が入って来るかもしれない。
クラレンスは真面目な顔でこちらを見ている。
───この世界で大昔はいたという『魔女』。しかし今は『魔法』は御伽話のようなもの。そしてこの国では『魔女』も絵本の中のみに出てくる存在。
しかし今回、シャーロットが猫に変身していた理由を説明するにはこの事実を話すしかない。
シャーロットは覚悟を決めてクラレンスを見つめた。
「───いえ。私は貴女が猫から人に変わる瞬間を実際に見ましたから。……魔法でないとこんな事はあり得ないでしょう」
しかし意外にもクラレンスはシャーロットの話をすんなり信じてくれた。
シャーロットは驚きと共にどこかホッとして少し肩の力が抜ける。
……シャーロットは魔女である友人から婚約者エドワルドの不穏な動きを聞いたが、まさかパーティーで婚約破棄騒動が起こるはずがないと猫になる『賭け』をしてしまった事をクラレンスに話した。そして結果、皆に迷惑をかけた事を謝罪した。
しかしオルコット公爵家の根幹に関わる『魔女との契約』の事は話していない。
彼ほどの立場にいる人ならば何かを察するのではないかと少し心配だが、この数日一緒に過ごした事でシャーロットはクラレンスという人間を信頼していた。
「いえ、誰もあのような愚かな騒ぎが起こるなど思うはずがありません。全てはエドワルド殿下の浅慮の末の行動のせいであって貴女の責任ではありません」
クラレンスははっきりとそう言い切り、シャーロットを見つめた。シャーロットは責められなかった事に少しホッとしたような、しかし罪悪感のようなものも感じて彼を見つめ返す。
「クラレンス様……」
「そしてその為に貴女はあのパーティーで殿下の発言の後慌ててその場を去ろうとされたのですね」
「……はい。破棄の宣言をされてから5分で猫になる、と言われていたものですから。人前で変わる訳にはいかないと思いました」
「───なるほど。そしてベランダの下に向かった者が見た白猫は、やはり変身後すぐの貴女だったのですね」
シャーロットはこくりと頷く。
「はい。……ベランダから落ちる最中に変身して、着地した時にはもう猫でした。……その後少し彷徨って偶々開いていた窓から部屋に入り、…………『あの騒動』でクラレンス様に助けていただいたのですわ」
「そうでしたか……。それは見つからないはずですね。しかし今貴女を無事保護出来て本当に良かった」
クラレンスは先程ダニエルと話していた『グレゴリー伯爵』の事を思い出してそう口にした。
「……はい。その後もずっと私を捜索してくださり、更に猫のロッティの世話をしていただき本当にありがとうございました。……そして、申し訳ございません。近くにおりながらどうする事も出来ずに……」
「ですからそれは貴女のせいではありません。あのような事をしでかした殿下の責任です。貴女が気に病む必要など一切ありません。
……だいたい貴女と婚約出来た幸運をあのような形で棒に振るとはなんと愚かな事だ……」
最後は非常に腹立たしそうに小さく呟いたクラレンスの言葉は、シャーロットにはよく聞こえなかった。
「信じていただいてありがとうございます。……あの、今後の事を父と話し合いたいのです。連絡を取ってもらう事は出来ますか?」
「そうですね、分かりました。では今すぐに知らせを───」
「───ちょっと待ちな」
クラレンスの返事を遮って少しハスキーボイスな声が聞こえる。振り向くと、そこには艶やかな長い黒髪に赤い瞳の妖艶な美女が立っていた。
部屋の奥から聞こえたあり得ない位置からのその声にクラレンスは驚き一瞬鋭い視線を向けた。
「ブレンダ!」
シャーロットは友人の姿に嬉しそうな声をあげた。ブレンダはシャーロットに頷き返す。
「……貴女が魔女殿、……ですか」
「シャーロット。元に戻ったんだね。……という事は」
ブレンダはシャーロットを愛しげに見てからその整った美しい顔をクラレンスに向けた。
「───お前は私のシャーロットに惚れてキスをした、という事だね」
そう言ってニヤリと笑った。
「ッブレンダ!?」
「───魔女殿……」
シャーロットは驚いて声を上げ、クラレンスは少し戸惑いの顔を見せた。
「ブレンダ! おかしな事を言わないで。クラレンス様は私を助けてくださったのよ」
「おかしな事ではないさ。シャーロットの魔法が解けているという事はこの男がお前を愛してキスをした、という証拠だからね」
「クラレンス様は猫がお好きで、その猫愛で魔法が解けたのよ。恩人にそんな事を言って困らせないで差し上げて」
シャーロットがそう言ってクラレンスを向くと、何故か彼は落ち込んだ顔をしていた。
「……本当に、分かっちゃあいないね、シャーロット」
ブレンダは呆れた顔でそう言ってからクラレンスに向き直る。
「───アンタはよく分かってる筈だ。さあ、これからどうするつもりだい?」
挑戦的な表情で言われたクラレンスは気を引き締めた。
「───シャーロット嬢さえ良ければ、私は生涯貴女の側で……今回の責任を取らせていただきたい」
シャーロットは驚きで目を見開きクラレンスを見た。




