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第一王子殿下の恋人の盾にされました。  作者: 燈華


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幕間 母の冷たい怒り

長めです。

母は何事もなかったかのように話を再開した。


「エスト公爵令嬢はまあ妥当でしょうね」

「そうだな」

「だね」


これはエスト公爵令嬢に対する処罰でもあるのだろう。

"東"の貴族たちのアンリエッタに対する嫌がらせは全て彼女のことを思ってのことだ。

彼女が特に命じたわけではない。

だが嫌がらせの範疇を超えたのは彼女が統制しきれていなかったことが原因でもある。


彼女がもっとしっかりと制御できていれば今回のようなことにはならなかった。

だからこそ何の責任も取らないわけにはいかないのだ。

それが上に立つものの責務だ。


ベルジュ伯爵令嬢のこともしっかりと見ておいてもらいたい。

いや彼女のことはもうそこまで懸念しなくても大丈夫か。


少なくともエスト公爵令嬢が命じなければアンリエッタに危害を加えようとはしないはずだ。

恐らくは。

誰かの甘言に乗ることさえなければ。

イマイチ信用しきれないのはこれまでのベルジュ伯爵令嬢のふるまいのせいだ。


とはいえ、ベルジュ伯爵令嬢もこれ以上自分の"姫様"の機嫌を損ねたくはないだろう。

いくらエスト公爵令嬢(東の姫様)の想い人と恋仲になるという裏切りをしていたとしても。


それでも自分たちの"姫様"は大切な存在だ。

その不興は買いたくないはずだ。


それにそんなことになれば今度こそ完全に居場所をなくすだろう。

アンリエッタを害そうとしたのも"東"での居場所をなくしかけていたからだ。

自業自得としか思わないが。


今後は完全にエスト公爵令嬢の監視下に入る。

下手なことはできないだろう。

……第一王子との秘密の逢瀬もできそうもないが。

意外とそんなところも罰の一つなのかもしれない。


第一王子の婚約者に納まった今、第一王子がこれ以上アンリエッタにちょっかいを出さなければエスト公爵令嬢もアンリエッタに手出しはしないだろう。

それは第一王子もわかっているはずだ。

……わかっていてほしい。


いやさすがに大丈夫だろう。

今回アンリエッタに役目の終了を告げていたのだから。


後は本当に余計なことはしないでもらいたい。

個人的な接触は今回で最後にしてほしい。


ヴァーグ侯爵令息は側近なのだから本当にいい加減主の行動を止めるべきだろう。

あの場にいなかった彼にもついそんなことを思う。


あの場にいなかったということは今回のことは知らされていなかったのだろう。

さすがに知っていれば止めたと思う。恐らくだが。


個人的な理由でも止めたはずだ。

ヴァーグ家からは撤回の話が来ていないので未だに彼はアンリエッタを諦めていない。

どのみち彼の願いは叶わないのだから同じことではあるが。


だがそれとは別としても側近としての仕事はきちんとしろと思う。

抗議できるものなら抗議している。

だが"主を諌めるのも側近の仕事ではないのでしょうか"と本人にやんわりと伝えることくらいは場合によっては可能かもしれないが、家のほうにはとてもできなかった。


いや今回は実害が出たので、約束を反古にしてアンリエッタにまだ"お役目"をさせようとするならば抗議してもいいだろう。

そんなことにならないようにヴァーグ侯爵令息にはしっかりしてもらいたい。


つい思考が逸れてそんなことを思う。


「ところで、」


伯父の言葉に意識を戻す。


「第一妃、ということは第二妃もいるということか。誰だ?」


伯父の言葉に再び視線がエドワールに集まる。

エドワールは一つ深く息を吐く。

それから感情を乗せずに告げる。


「リリアン・ベルジュ伯爵令嬢です」


室内の気温が下がった、気がした。


「まあ、何故かしら?」


母の声が心なしか低い気がする。

エドワールは反射的に背筋を伸ばしてしまった。

母の怒気を向けられているのは自分ではないにも関わらず、だ。

話の順番を間違えるとその怒りはエドワールに向くだろう。


伯父もルイもエドゥアルトも余計なことは言わずに神妙な様子で大人しくしている。

ぎゃーぎゃーと騒げば母の怒りは必ずそちらにも向けられる。

それを察知しているのだろう。


正直に言ってしまえばエドワールもそちら側に回りたかった。

だが今回はエドワールが話すしかない。


一つ深く息を吐いて背筋を伸ばす。

それから口を開いた。


「利用されないように、とのことでしたね」

「利用?」

「はい。どうやらベルジュ伯爵令嬢を駒として利用しようといくつかの家が水面下で動いているようなのです」

「なるほどな」

「愛妾じゃ駄目だったの? 第二妃とはいえ正式な妃じゃますます図に乗るでしょ」


ルイは不満そうだ。


「それだと枷として弱い」

「ああ、意志が弱そうだもんね。つらければ楽なほうに流されるか」


ルイはすぐに理解したようだ。

一方でエドゥアルトは怪訝な顔だ。

これはもう文化の違いとしか言いようがない。


隣国では王族の愛妾ともなるとそう簡単に関係を清算できない。

愛妾といえどもいろいろと制約があるのだ。


「うちの国では愛妾は立場が弱いからね。それに双方どちらの申し出でも解消できる。それは王族でも変わらない」


エドゥアルトが軽く目を見開いた。

彼からしたら信じられないのだろう。

だがすぐに納得した顔になった。

とりあえずは自分の国の基準で考えるのをやめたのだろう。


「ああ、だから枷とするなら第二妃にするしかなかったのか」

「そう。で、第一王子とエスト公爵令嬢に責任を取らせた形だね」


またしてもエドゥアルトは怪訝な顔だ。


「第一王子はともかくエスト公爵令嬢は?」

「ベルジュ伯爵令嬢は"東"の令嬢だからね。エスト公爵家の寄り子みたいなものだ」

「あー、なるほど。寄り子のしでかしたことは寄り親の責任でもあるか。つまりはこれ以上何かしでかさないように首根っこを押さえられたということでもあるのか」


エドゥアルトがようやく合点がいったというように言う。

リリアン・ベルジュ伯爵令嬢のしたことはシュタイン家に余すことなく伝えてある。


「そういうことになるね。エスト公爵令嬢がベルジュ伯爵令嬢を手駒にして姉上に嫌がらせをするなんてことはないよね?」


ないとは断言はできない。

それが愚かなことだとエスト公爵令嬢もわかっているだろう。


一度だけ、アンリエッタに忠告に来た。

本人が一人で。

まあその時には扇で叩かれそうになったのだが。

それでも自分の手で制裁を加えようとしただけで誰かに命じることはなかったのだ。


だからそのようなことはしないと思いたい。


「恐らくは」

「恐らく?」

「第一王子殿下がアンリエッタにちょっかいをかけなければ悋気には触れないだろう」

「つまりは第一王子殿下次第、だと?」

「……そうなるな。役目も終えたことだし、関わりはしないと思う」

「甘いよ、兄上!」


ルイが声を上げる。


「そうか?」

「そうだよ。あの第一王子がそう簡単に改心しないよ。何かあればまた姉上を頼ろうとするに決まっている」

「いや、さすがに先代国王陛下の前で言っていたからそれは許されないだろう」

「それならまあ一応は。でも、エスト公爵令嬢のほうは? あの苛烈な方がそう簡単に姉上のことを許すとは思えないよ」


ルイの言葉にエドゥアルトも厳しい顔になる。

そこに母が言葉を挟んだ。


「さすがにそのような馬鹿なことはなさらないと思うわ」

「そうかな?」


ルイは懐疑的な声を上げる。

万が一があればまたアンリエッタが傷つく恐れがある。

アンリエッタが一番大切なルイは警戒に警戒を重ねても仕方ない。

今までのことを考えればすぐに信じることができないのも無理はない。


「ええ」と頷いて母は続ける。


「ベルジュ伯爵令嬢が下手なことをすれば御自分にも、お慕いしている第一王子殿下にも瑕疵がつき、評判が落ちるわ。そのようなことはしないわ」


その母の言葉に反応したのはエドゥアルトだった。


「お慕いしている……ああ、つまりは惚れた男が他の女にちょっかいを出しているのが気に入らなかったということか。本人は何も命じていなくとも周りが勝手に忖度して行動していたということで合っているかい?」

「ああ、合っている」


ようやく完全に理解できたのだろう。

その辺りのことを誰もきちんとはエドゥアルトに説明していなかったようだ。

こちらにしては自明の理だったために抜けてしまったのだろう。


「なるほど。そんなくだらない理由でリエッタはこんな目に遭ったということか」

「くだらない、か」


伯父の言葉に当然とばかりにエドゥアルトは頷く。


「くだらないでしょ。リエッタを排除したところで男の気持ちが自分に向くとは限らないし、そもそもが貴族というのは政略結婚が主だろう。自分や寄親の娘が選ばれなかったからといって全て排除しようとすればきりがない」


エドゥアルトが言うことは正しい。

だが感情というものはそう簡単に割りきれるものではない。

とはいえそれをきちんと制御してこその貴族ではあるのだが。


「それでも、と望んでしまうことはあるからな」

「それなら排除するのではなく、選ばれるように努力をすべきだ」


王家がまとめた縁談とはいえ、アンリエッタの心を得る努力をしたエドゥアルトらしい言葉だ。


「全員がそれを出来れば、世の中はかなり平和になるな」

「まあ、明確に敵認定できる相手が目の前にいれば、楽なほうに流れるのも不思議じゃないよね。迷惑だけど」

「排除すればいいというのは短絡的過ぎる」

「嫌がらせをしてアンのほうから身を引かせたかった、という程度の認識でしょうね。何故かアンのほうが付き纏っているという認識だったもの」

「ここまで大事にするつもりはなかっただろうからな」


それはそうだろう。

大事になれば自分たちや家に瑕疵がつく。


程度の軽い嫌がらせくらいならば見逃されるが、相手に怪我を負わせれば相応の罰を受けることになる。

それは婚姻や卒業後の進路にも影響が出る。


「短絡的というか先の見通しが甘すぎる」

「それには同意しかないね」


エドゥアルトとルイの意見がアンリエッタのこと以外で一致している時は危険だ。

何とか気を逸らさないと。


思考を巡らせている間に思わぬ伯父の助けがあった。


「しかし、瑕疵のあるベルジュ伯爵令嬢が王位継承権のある王子の第二妃とはいえ妃になるとなると反発する家が出てきそうだな」


それはエドワールもアンリエッタも持った疑問だった。

だから答えられる。


「大々的に発表するのは第一妃だけだそうです。第二妃については一応告知するだけにするそうですよ」


ルイは不満そうだ。

これは後で話を聞いてやる必要がありそうだ。

だが今ではない。

もう一言補足する。


「それとベルジュ家には何の利も渡さないとおっしゃっていました」

「それでベルジュ伯爵が納得するの?」

「第一王子殿下の第二妃か修道院か。その二択で迫るそうです」

「ということは決定事項ではないということか?」

「まだ打診はしていないそうです」

「あらそうなの?」


ラシーヌ家の許可が表向きだろうと必要だったようですよ、とこの場では言えない。

後で報告と共に伝えることになる。


「はい」


それ以上追及される前に眉間に皺を寄せたエドゥアルトが疑問を呈した。


「それで選ぶのかい? 他家からの申し込みもあるだろうに」


利のない婚姻など進んで結ぶ家などない。


「まともな申し込みはないそうだ。嫡男が必死で探したようだけどな」

「それはそうでしょ。まともな神経を持っていたら身内に引き入れたい人間じゃない。駒としてしか利点がない。ああ、だからそれを阻止したいのか」

「そういうことだ。これ以上掻き回されるわけにはいかない」


他国の者であるエドゥアルトがいる場でそこまで告げてしまった。

彼が報復がてらか何か国を掻き回そうとするならば今の情報は与えるべきではなかった。


反射的にエドゥアルトに視線を向けた。

エドゥアルトは視線の意味を正確に受け止めたようだ。


「何もしないし、約した通り、誰にも言わない。この国を乱したいわけじゃない」


その言葉を信じるしかない。

本当に迂闊だった。

こんなことでエドゥアルトを疑いたくはないのだが。

他国の者である以上、警戒は必要だった。


そんなエドワールの心情を察したようにエドゥアルトが微笑(わら)って告げた。


「リエッタに誓うよ」


神に誓うと言われるより余程説得力がある。

ようやく強張った身体から力が抜けた。


今のやりとりなどなかったかのようにルイが話を戻した。


「ベルジュ伯爵令嬢は喜びそうだね。望んでいたことだろうし」

「だがあくまでも決定権は当主にある」


ベルジュ伯爵が頷かなければいくらベルジュ伯爵令嬢が望んでも無理だ。

ベルジュ伯爵が辞退する可能性は伏せて告げる。

どうせ伯爵令嬢が王族に嫁ぐなど烏滸(おこ)がましいと言っておきながら都合よく忘れるのだろうから言っても意味はない。


「打診を受け入れない場合は修道院へと放り込むそうです」

「それは決定か?」

「先代国王陛下がはっきりと言葉になさいました」


それは明確な効力の持つものだ。

あの部屋にたとえ記録をする第三者がいなかったとしてもだ。

王族が放つ言葉はそれだけの責務を持つ。

だからこそ第一王子はそのことをしっかりと自覚すべきだったのだ。


「それなら決定事項だな」

「それは表舞台にもう立たないということか?」


エドゥアルトが慎重に訊いてくる。

自国との差を意識してだろう。


「余程のことがなければそうなるだろう」

「そうか」


エスト公爵令嬢がいる限り、彼女が(おおやけ)の場に立つ。

ベルジュ伯爵令嬢が表舞台に帰ってくることがあったとしたら、エスト公爵令嬢に何かあった時だ。

それはさすがにそのような事態にならないようにするだろう。


その状況が許されるのはエスト公爵令嬢が妊娠した時くらいだ。

だが果たして二人の間に子供を作るだろうか?


ベルジュ伯爵令嬢が子供を産むのは許されない。

子供が欲しければエスト公爵令嬢との間に作るしかない。

ただ継承権第三位ともなれば子供を作ることは必須ではない。

それよりも外交担当の王族としては揃って外交の場に立つほうが大切だ。


まあそこまでは一介の伯爵令息が問い(ただ)せることではない。

あくまでも王家の判断になる。


「まあそのほうがベルジュ伯爵令嬢にしても気が楽なんじゃない?」

「どうあっても厳しい視線にさらされるのは避けられないからな。表舞台に立たなければそのような視線にさらされずには済むな」

「そうね。それに表舞台に出てこなければ誘惑される可能性も低くなるわ」

「リエッタにこれ以上危害を加えられないならそれでいい」

「お前はそうだろうな」

「他国のことだからね。リエッタが穏やかな気持ちで過ごせるように平穏であればそれでいいよ」


エドゥアルトはぶれない。


「まあそうだろうが」

「それ以外に何が必要なの?」

「いやないな。国が掻き乱されずに平穏なのが重要だ」


国防を担う辺境伯家の者らしい台詞だ。

いくら妹や姪が大切でも一番の根幹は国の平和だ。


それにしてもアンリエッタが上手く聞き出してくれて本当によかった。

エドワールだけではここまでの話は引き出せなかったかもしれない。


少々、頭に血が上っていた自覚はあった。

その中でアンリエッタは冷静だった。

話し合いはエドワールを立てて任せてくれたうえにエドワールが見落としていたことをきちんと問い質してくれた。


アンリエッタは自慢の妹だな。


話が思わぬ方向に広がっていくことに一瞬だけ現実逃避をしたくなり、エドワールはそんなことを考えていた。

読んでいただき、ありがとうございました。


すいません。もう一話続きます。


誤字報告と助言をありがとうございました。

修正・変更してあります。

エピソードタイトルは仮として後で変えることにします。

ありがとうございました。

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