幕間 家族への報告
アンリエッタの部屋を出たエドワールは廊下で待機していた執事に案内される。
案内させるために母が寄越したのだろう。
案内されたのは家族で話し合いをする時に使われる部屋だ。
部屋には母とルイとエドゥアルトがいる。
母に余程絞られたのか、ルイもエドゥアルトも大人しく並んで座っていた。
そして意外な人物がいる。
母のすぐ上の伯父であるエタン・ボワもいたのだ。
どうして彼がと思っていると本人が口を開く。
「シュタイン家の小僧を送ってきた」
「そうでしたか。お疲れ様でした」
どうやらエドゥアルトを送り届けてきたようだ。
珍しい。
いつもなら従兄弟の誰かがその役目を担っている。
誰も手が離せなかったか、それほどエドゥアルトが危険と判断されたか、だ。
「本当にな。アレクシアとアンに会えることを楽しみにしないとやっていられなかったぞ」
どうやら相当手を焼いたようだ。
「リエッタが命に関わる怪我をさせられたと聞いて大人しくしていられるはずがない」
静かにしていたエドゥアルトが口を挟んだ。
「気持ちはわかるから付き合っただろうが」
本当に何をしたのだろう?
道中付き添ってきただけのはずだが、まさか何かやってきたのだろうか?
「ああ、大丈夫だ。他人に迷惑をかけるようなことはさすがにさせていない」
「そうですか」
そうとしか返せなかった。
ルイとエドゥアルトの視線がエドワールに向く。
「リエッタは?」
「マリーに任せてきた」
「そう」
「姉上は、大丈夫そう?」
「疲れただけだろう。休めば回復するだろう」
心配になるほどアンリエッタの顔色は悪かった。
本人はそこまでとは思っていなかったようだが。
帰りの馬車の中でもほとんど口を利かなかったくらいだ。
母が心配そうに言う。
「念の為に後で診てもらいましょう」
「そうですね。そのほうがいいと思います」
「リエッタはすぐに無茶するから」
その言葉には誰からともなく頷く。
「やっぱり傍にいて無茶をさせないようにしないと駄目かな」
エドゥアルトがぽつりと呟くのに素早く反応したのはルイだ。
「必要ないよ。それは僕がやるから」
「できていないだろう?」
エドゥアルトの言葉は事実だ。
ルイでは四六時中傍にいられるわけではない。
そのルイが傍にいない時に限ってアンリエッタは無茶をする。
本人にそのつもりはないだろうが。
「今この時期に留学してくるのは認められないだろうな」
伯父の言葉は正しい。
今学院内の空気はざわついている。
学院中がアンリエッタの身に何があったのかを知っている。
そこにアンリエッタの婚約者が留学生としてくれば余計な火種を起こしかねない。
学院としては何としてもこれ以上の騒ぎは起こしたくないはずだ。
だから認めることはないだろう。
だからと言って卒業前の結婚なんて有り得ない。
「当然、卒業前の婚姻なんて有り得ませんよ」
母がぴしゃりと告げる。
「……はい」
エドゥアルトが神妙に頷く。
先程叱られたことが余程堪えたようだ。
一体どれほど絞られたのか。
勿論エドワールにそれを追及する気はない。
世の中、知らなくていいことはあるのだ。
「さてそろそろ話してもらおうか」
伯父の一言で全員の視線がエドワールに集まる。
「先に言っておきますが、今回の件、話せないことが多くあります」
「どういうことだ?」
「先代国王陛下に介入いただきましたので」
「つまりは、呼び出された件以上の話があった、ということだな?」
さすが伯父だ。
これだけで何か察するものがあったのだろう。
「はい」
伯父が一つ頷く。
「それならばまずはクロード殿下の呼び出しの理由を聞こうか」
場の主導権は伯父が握ったようだ。
うっかり口外禁止のことを話さないように気をつけなければ。
この伯父は搦め手が得意だ。
気づいたら話していた、となってはシャレにならない。
何よりここにはエドゥアルトがいる。
彼との婚約を解消させて第一王子が娶ろうとしていたことなど決して知られてはならないことだ。
エドワールは意識していつも通りの口調で告げた。
「謝罪と役目の終了ですね」
「それだけ? そんなことのためだけに怪我をしている姉上を呼びつけたわけ?」
ルイの声が低い。
「さすがにそれだけということはないでしょう。そうよね、エド?」
さすがに母は鋭い。
それについてはきちんと告げておかないといつまでも追及されるだろう。
ここでエドワールが言わなければその矛先はアンリエッタに向くだろう。
今の妹にその負担はかけられない。
「はい」
一つ頷き、きっぱりと告げる。
「ですが、その件は先代国王陛下の口添えで聞かなかったことになりました」
なかったことにされた以上、話せない。
その言い訳ができることは僥倖だ。
エドゥアルトがいなければ身内内で収められたが、事実としてエドゥアルトはここにいる。
それなら最初から告げないべきなのだ。
「そうか。それなら聞くことはできないな」
「はい」
それに何か感じるのかエドゥアルトは黙ったまま何か考えているようだ。
感づかれないといいが。
それなら別の話題で気を逸らすべきか。
どのみち、共有しておきたい情報がある。
「ですが、先代国王陛下から重要なお話がありました」
その言葉でぴんと空気が張り詰める。
「それは、我々が聞いてよいものか?」
「一部開示することは許可をもらっています。ですがまだ身内以外には内密に願います」
「わかった」
「エドゥアルトは誰にも漏らさないでもらいたい。それが無理なら席を外してくれ」
敢えて"アルト"ではなく"エドゥアルト"と告げた。
家として重大な話だと伝わったのだろう、見返してくるエドゥアルトの目は真剣なものだった。
「……それはリエッタに関すること?」
「いや、違う」
「シュタイン家に関係は?」
「直接的にはないな」
国のことだから間接的にはなしにもあらずといったところだ。
「不利益を被ることは?」
「さあ? ないんじゃないか?」
ないとは断言できない。
「……なら、言わない。聞かないほうが不利益な気がする」
「そうか」
エドゥアルトがそう判断したのならそれを尊重する。
シュタイン家嫡男の判断なのだろうから。
他言されなければそれでいい。
全員の顔を一度見回してから告げる。
「クロード殿下の第一妃はシエンヌ・エスト公爵令嬢だそうです。こちらを告げる許可は出ておりますので」
先代国王陛下は妃の件のみ婚約者含め身内に伝えてよいとの許可が出ていた。
「つまりはクロード殿下は継承権一位ではない、と決まったということだな。まあ当然か」
伯父が納得したように頷く。
次期国王に嫁ぐ第一妃がミレーユ・ノール公爵令嬢であることは発表されておらずとも皆が知り得ていることだ。
今代の国王陛下に"北"は妃を出していないので必然的にそうなる。
彼女が妃でない時点ですぐに見当がついたのだろう。
だからといって肯定も否定もできない。
第一王子の王位継承順位を口外することは許されていないからだ。
家族に対してであっても告げることはできない。
「あれだけの騒動を引き起こした元凶だからね。継承権第一位なんて有り得ないよ」
その可能性があるとしたら他の二人が余程の無能か、大きな瑕疵があるかだろう。
無論そんなものはないからこそ第一王子は継承権第三位なのだ。
だがそこまではっきりと告げることはできない。
「そうね。当然だわ」
母も頷く。
エドゥアルトだけがその情報だけで第一王子の王位継承権が一位でないとなるのかわかっていないようだ。
訝しげな視線で見回している。
「今の国王陛下の元に"北"から妃が出ていない。だから"北"の公爵令嬢以外の令嬢が第一妃に内定しているならそれは王位継承権が一位じゃないってこと。ちなみにエスト公爵令嬢は"東"だね」
小さな声でルイがエドゥアルトに説明している。
こういう時はきちんとやるのがルイだ。
たからこそ普段の姉馬鹿には家族が目を瞑っている。
「ああ、そういうことか。助かった」
「もう少しうちの国について勉強したら? いくら姉上が嫁ぐからって友好国のことは知っておくべきじゃないの?」
「そうだな。後でリエッタに教えてもらうか」
「姉上に甘えないで」
アンリエッタと過ごす時間をどんな理由ででも確保したいのだろう。
だがエドワールもルイに賛成だ。
アンリエッタはまだ本調子ではない。
本人はあまり自覚はないようだが、精神的なショックも大きい。
そんなアンリエッタに負担をかけさせたくない。
本人がやる気を見せても反対するつもりだ。
「アンの手を煩わせるまでもない。俺が帰りの馬車の中でみっちりと教えてやる」
エドゥアルトが嫌そうな顔をする。
「リエッタがいい」
「姉上はまだ本調子じゃないんだから煩わせないでよ」
「安心しろ。明日には連れ帰る」
伯父がきっぱりと言う。
「え、待って。まだ全然話せてない」
「急に来るほうが悪いんじゃない? 先触れも何もなかったよ」
「心配だったんだから仕方ないだろう」
エドゥアルトの気持ちもわかるエドワールは沈黙を選んだ。
ミシュリーヌが怪我をしたと聞けば同じ行動をしてしまう自信がある。
「だからって最低限のマナーは守ってもらわないと」
「そうだな。それに、アンに負担をかけるな」
「本当に。それが一番大事なことだよ」
「ああ、当然のことだ」
それにはエドワールも頷いた。
今のアンリエッタは本調子ではない。
無理はさせたくないし、させないでほしい。
「とにかく明日には連れ帰る。俺だって忙しい」
伯父がきっぱりと宣言した。
これは覆らないだろう。
「お手数をお掛けします」
この家の嫡男として伯父に頭を下げる。
「いや、エドが頭を下げる必要はない」
「ですが、アルトはアンの婚約者ですので」
「だとしてもだ」
「はい」
エドゥアルトは納得のいっていない顔で反論する。
「もっとリエッタと話したい」
「さっき話したでしょ。それで我慢しなよ」
「嫌だ」
「姉上だって疲れているんだ。無理をさせないでよ」
「勿論無理はさせるつもりはないよ」
「だったら素直に帰りなよ」
「リエッタの状態をきちんと把握しておきたいんだ」
「それだけか?」
伯父の問いにエドゥアルトは澄まして答える。
「リエッタと会える機会は貴重なんだ」
「やはり明日早々に連れて帰る。アンには会わせてやらん」
「横暴だ」
「何とでも言え。今回は全面的にお前が悪いだろう」
「婚約者を心配するのは当然だ」
「お前の場合はそれだけじゃないだろうが」
「それが一番の理由だよ」
「他の理由が下心がありすぎる」
エドゥアルトと伯父の言い争いはどちらも退かない。
「そろそろ話を戻しましょうか?」
母ににっこりと微笑って言われて伯父とエドゥアルトの背筋がぴんと伸びる。
「そ、そうだな、アレクシア」
「話の腰を折ってしまい申し訳ありません」
ルイは素知らぬふりをしている。
母はちらりとルイを見ただけで何も言わなかった。
「そういうことは帰ってからやってちょうだい。時間は有限なのよ?」
「ああ、わかった」
「そうですね。貴重な時間を無駄にして申し訳ありません」
「わかればいいのよ」
笑顔で二人にもう一度圧をかけた母の視線がエドワールに向く。
この先の話はより慎重さを求められる。
エドワールは密かに覚悟を決め直した。
読んでいただき、ありがとうございました。
すいません、続きます。




