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後日談 新しい命3

よろしくお願いします。

 ようやくその時が来た。


「痛い……!」

「ヴィー!」


 かなり大きくなったお腹を抱えて、私はその場に蹲った。破水したのか、足元が濡れていた。でも汚れることも気にならない。そのくらいの痛みに襲われた。

 慌てたカイル様が私を抱き上げる。


「カイル様、汚れますから……」

「そんなことはどうでもいいんだ! すぐに医者を呼べ! 私はこのままヴィーを寝室に連れて行く」


 私は襲いくる痛みの波に翻弄されながら、彼に抱き抱えられて寝室へと連れて行かれた。


 ◇


 カイル様はベッドに横たわった私の右手を握りながら、汗で額に張り付いた髪を払ってくれる。その手が優しくて、私は彼に微笑んだ。


「ありがとうございます」

「いや、こんなことくらいしか出来なくてすまない。君は痛い思いをして頑張ってくれているのに」

「いえ、これは私にしか出来ないことですから。貴方には貴方の責任があるように、私には私の責任があるんです。頑張って元気な子を産んでみせます。今度は男の子だといいのですが……」

「どちらでもいいよ。君も子どもも無事でさえいてくれたら」

「ありがとうござい……うっ!」


 話している最中に、また波がやってきた。段々とその間隔が短くなっているような気がする。

 二度目だからか、そんなに不安はない。だけど、カイル様は初めて見るせいか、かなり取り乱している。


「ヴィー! しっかりしてくれ! おい、医者はまだか!」


 泣きそうな顔で私を見ては、使用人たちに怒鳴っている。そんなことでは駄目だと言いたくても、痛くて話ができない。


「ああっ……!」


 更に強い痛みが来て、私は叫ぶ。もう何も考えられない。ただ、この痛みから逃れたくて苦悶の声を上げ続ける。

 そしてまた波が去った頃、医者がやってきた。


「後はお任せください」

「いや、私にも立ち会わせてくれないか? 彼女を一人で頑張らせたくないんだ」


 カイル様の気持ちは嬉しいけど、ここは私の頑張りどころだ。


 彼には今まで散々私が苦しむところを見せてきた。それが彼の償いだと思ったから。

 でも、出産は違う。彼を苦しめるために子どもを産むんじゃない。皆で家族の誕生を喜ぶためなのだ。


 だから私は笑顔で首を振った。


「これは私にしか出来ないことだと言ったでしょう? 貴方はシェリアと一緒に待っていてください。そして、産まれてきた子の誕生をシェリアと一緒に祝ってくれますか?」

「ああ。だから、君も子どもも無事でいてくれ。私は君を信じて待っているから」

「ええ、もちろんです。私と貴方の子どもですよ? そう簡単に諦めるような子ではないはずです」

「そうだな」

「それではティルナート卿はご退出をお願いします。これから本格的な陣痛がきますので」

「……ああ、わかった」


 カイル様は私を見て頷くと、私も頷き返した。


 ◇


 それからの時間は痛いしか頭になかった。波が引いては押し寄せ、その度に私はあられもない声を上げる。

 いつまでこの苦痛は続くのか、終わりはあるのかと思うくらいの時間を過ごした気がする。

 そしてようやく終わりが見えてきた。


「あともう少しです。今です、いきんで!」

「うーっ……!」


 医者に言われるまま、私は思い切り力を込める。痛みはもうずっと続いていたから、自分がどうなっているのかわからなかった。


「……ふ、ぎゃあ、ふんぎゃあ」

「おめでとうございます。立派な男の子ですよ」


 元気な泣き声と共に医者に告げられる。私はしばらく頭が働かず、呆然と荒い息を整えていた。


 しばらく休んでいると、じわじわと実感が湧いてきた。無事に産まれてくれたこと、やり遂げたこと、色々な感情が溢れて涙が出てきた。


 綺麗になった赤ん坊を抱いた時、カイル様がシェリアを抱いて入ってきた。


「ヴィー、お疲れ様。頑張ったね。ほら、シェリア、弟だよ」


 カイル様がそう言うと、シェリアはぷいっと顔を背けた。


「しらない!」


 シェリアのイヤイヤ病は相変わらずだ。私は思わず苦笑する。カイル様は負けずにシェリアに言う。


「そう言わずに、お母様は頑張ってお前の弟を産んでくれたんだよ。ありがとうって言ってごらん?」

「いや!」

「……困ったな。何が嫌なのかわからないよ」


 途方にくれるカイル様に、私は首を振った。


「今はそういう時期なんですよ。気にしない方がいいです」

「そういうものか」

「そういうものです」


 そんな会話をしていたら、シェリアが思いがけないことを言った。


「おかあさまをとるからいらない!」

「こら、シェリア。そんなこと言っちゃ駄目だ」

「カイル様、いいんです」


 考えてみれば、シェリアには可哀想なことをしてしまった。愛のない夫婦の間に生まれ、あの頃のカイル様はシェリアのことを気にもしなかった。私が産んだ時も、使用人から聞いて知るくらいだ。どれだけ興味がなかったかわかるだろう。


 シェリア自身は知らないとは思うけれど、私はそのことに気づいて欲しくなかった。

 あの辛い日々を耐えられたのは、この子の存在が大きかった。

 だから私はシェリアにも、生まれてきてくれてありがとうと言いたい。

 私は赤ん坊を医者に預けるとカイル様に話しかけた。


「カイル様。シェリアをこちらに」

「どうしたんだい?」

「いえ、この子も可愛い私の子です。私のせいで不安にさせてしまったのですね」


 カイル様はシェリアを下ろして私の側に立たせた。

 赤ん坊の頃は毎日抱いていた。そのうちに重くなって、体力のない私には抱くことができなくなった。それでも、この子の重さは命の重さ。私には抱えきれないほど重い意味を持った大切な命なのだ。


「お母様は貴方のことも愛していますよ。貴方がいてくれたから私は頑張れた。生まれてきてくれてありがとう、シェリア」

「おかあさま!」


 シェリアは私に抱きつく。泣きながらしがみつく様子から、この子も不安だったのかもしれないと思う。


 歪な形で始まった家族だったから、私はその歪みに気づくことができなかった。

 カイル様といい、シェリアといい、家族であっても一人の人なのだ。わかった気になってその気持ちを蔑ろにしていいはずがない。


 カイル様に侯爵家当主として間違わないようにと厳しく言っていた私がこの体たらくだ。情けない。

 私はシェリアを抱きしめながら、カイル様に言う。


「私にはまだまだ足りないものがあります。侯爵夫人としても、母として、妻としても。もし、私が間違いそうになったら貴方も私に教えてくださいますか?」

「そんなことがあるかはわからないけど、もしそうなったら私も言うよ」

「ありがとうございます」

「私たちは夫婦で家族なんだ。助け合うのは当たり前だろう」

「ええ、そうですね……」


 当たり前のように言ってくれることが嬉しい。


「シェリアもお母様とお話ししてくれる? お母様は貴女のことを知りたいわ」

「うん!」

「……そこはいやじゃないんだな」


 シェリアのいい返事に、カイル様は複雑な表情を浮かべて突っ込む。

 どれだけ手こずらされてたのかと、私は思わず吹き出した。


「シェリア、おかあさますきだもん!」

「あら? お父様は?」

「うーん」


 シェリアは父親にそっくりな顔で首を捻っている。


「……そこは即答じゃないんだな。父親というのは娘に嫌われると聞いたことはあるが、あまりにも早すぎるだろう……」


 カイル様はがっくりと肩を落としてしまった。


「まあまあ。この子はよく考えてないと思いますよ。それに本格的に嫌われたらこんなものではないです。私も娘だからよくわかりますけど」

「怖いことを言わないでくれ。そんなシェリアに嫌われるなんて……」


 カイル様は泣きそうだ。

 本当に感情豊かな人だと思う。こんな人が侯爵家当主で大丈夫なのかと思っていたけど、彼が家族に見せる顔と社交用の顔を使い分けているところを見ると、大丈夫なのかもしれないと思う。


 そういう顔を私に見せたくないと家ではあまりしないけれど、以前来客があった時の彼を見たことがある。

 表情一つ変えることなく、決断を下す様子は、昔の彼を思わせて怖かった。

 でも、そうでなければ守れないものもあるのだと今は理解している。


 それなら私は妻として外で戦う彼のために少しでも過ごしやすい場所を作ってあげたい。


 これからも色々なことが起こるだろう。いいことも悪いことも。

 だけど、私たちには共に乗り越えてきた絆がある。

 これからも家族と共に乗り越えていくのだ。もう過ちを繰り返さないように──。

後は侍女のアンナの話を投稿します。

それと、書き忘れていたことがあれば追加したいと思っています。


読んでいただき、ありがとうございました。

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