後日談 新しい命2
もう少し続きます。よろしくお願いします。
「ヴィー! 足元に気を付けるんだよ」
「はいはい、わかってますよ」
一緒に廊下を歩いているだけなのに、カイル様は度々私に声をかける。
案の定、カイル様は過保護になった。
それは危ない、これは駄目、あれは駄目。一から十まで口を出すようになった。シェリアの時とは大違いだ。
シェリアといえば、三歳になり、だいぶ話すようになったのはいいけれど、あれは嫌、これは嫌と言い出すようになった。
まるで今のカイル様のようだ。
私としては手のかかる子どもが二人になって、なかなか忙しい日々を送っている。
お腹はまだそこまで目立たないけれど、体が変わってきたせいか、私は時々情緒不安定になってしまう。
あの頃の記憶と相まって、酷く落ち込んでしまうのだ。
◇
「大丈夫かい、ヴィー?」
カイル様に話しかけられるまで私は自室のベッドに座ったままぼうっとしていたみたいで、気がついたら陽が陰っていた。
「ええ、すみません。気がつきませんでした」
「それはいいけど、様子がおかしいから心配したよ」
「……そうですか」
心配しなくても大丈夫だと言いたかったけど、言える気分ではなかった。掴み所のない不安に襲われ、悲観的になっている。
俯いた私の手をカイル様はそっと握る。
「何か心配事があったら言ってくれ。君がまた一人で思い悩んで、取り返しのつかないことになったら私は……」
彼の手は震えていた。
私が階段から落ちた事は、彼の心にも暗い影を落としていたのだ。
あの時、私は一歩間違えれば死んでいた。
死にたいと思っていた訳ではないけれど、楽になりたいとは思った。だからこそ、生き延びたのに記憶を失ったのだろう。
それに私はあの時、彼の手を振り払って目の前で落ちたのだ。彼の目には私が自殺を図ったように見えたのかもしれない。
私は自分の辛さにばかり気を取られて、彼の心の傷まで思いやることができなかった。それが彼が私に依存する結果に繋がったのかもしれない。
「……すみません。体が変わってきたせいで、少し不安になっただけです。心配しなくても大丈夫ですよ」
「……本当に?」
不安そうに私を伺うカイル様を見て確信した。
──彼はやっぱり疑っているのだ。私が自殺を選ぶんじゃないかと。
だから私は彼を安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫です。私は貴方を置いて死を選んだりしませんから。言ったでしょう? 私は貴方と一緒にいて、これからを見届けると。死んでしまってはそれができませんから」
「……ずっと怖かったんだ。あの頃のこと、記憶を取り戻した君の苦悩を考えると、君はまたいなくなろうとするんじゃないかって。私は君に苦痛を与えるばかりで、見限られてもおかしくない。いつこの幸せが消えてしまうのかと不安だったんだ」
やっぱりそうだった。
彼の過保護は不安の裏返しだったのだ。
だけど、私は嬉しかった。彼がそれだけ私を思ってくれていること、今の生活に幸せを感じてくれていることが。
「……私だって同じですよ。私は可愛くもないし、可愛気もない女です。ルイーザ様のような綺麗な方とお付き合いをされていた貴方からしたら、物足りないでしょう? 私こそ、いつ捨てられてもおかしくないと思っていました」
「私は別に、ルイーザが綺麗だから付き合っていた訳ではないよ。あの頃の私は馬鹿だった。ルイーザに煽てられて調子に乗っていたんだ。ルイーザが私を利用していたように、私もルイーザを利用していた。だからバチが当たったんだ。それに君を巻き込んでしまったことは本当に申し訳ないと思っている。それに君は可愛いし、私が間違った時はちゃんと叱ってくれるしっかりした素敵な女性だ。君がいてくれるから私は侯爵家当主として、自分を戒めていられるんだ。本当にありがとう」
「私こそ感謝しています。貴方は私の立場を守るために色々してくださいました。それに、貴方はシェリアとお腹の子を与えてくれた。きっかけは辛いものでしたが、私は今、こうして愛する家族と幸せに過ごせているんです。だから、私が自分から死を選ぶことはありませんよ」
私がそう言うと、彼は顔を歪ませた。その顔はどこか途方にくれた子どものように見える。
「……置いていかないでくれるかい?」
「ええ、もちろんです。私が貴方と一緒にいたいんです。これからも一緒にいさせてくれますか?」
「もちろんだ。ありがとう……!」
「お礼を言うのはこちらの方です。記憶が無かった時から貴方が私を支えようとしてくださったこと、本当に感謝しています。夢を見ては貴方に当たり散らしたのに、貴方は文句も言わずに耐えてくださいました」
「そんなこと、当たり前だろう」
彼は平然とそう言うが、それが簡単なことではなかったことは私にもわかる。
自傷行為に走ろうとする私を彼は力ずくで止めてくれ、その度に彼を引っ掻き、叩き、罵倒していた。
いつも怒るどころか心配してくれる彼に、私は段々申し訳ないと思い始めていた。
「……最初は私も当然だと思っていました。貴方が引き起こした結果でしたから。ですが、当然ではないんです。貴方は選べる立場にいるんですから、私を捨てようと思えば、捨てられたんですよね。でも貴方はそうしなかった。それどころか、こんな私に尽くしてくださいました。ありがとうございます」
「君は勘違いしているね。私は確かに責任を取ると言ったけど、罪悪感だけで言ったんじゃないんだよ。私は君という女性を知って愛したから、責任を取りたかったし、愛する君のために何でもしたいと思ったんだ。捨てるなんて考えたこともないよ。寧ろ私がしたことを考えると、いつ捨てられるのかと怖かったくらいだ」
自嘲気味に話す彼には、自信の欠片も見えなかった。私はちゃんと彼に自分の気持ちを伝えたのに、彼は信じていなかったのだろうか。
「……言ってくださればよかったのに」
「言ったら君を困らせるんじゃないかと思って、言えなかったんだ。私の我儘で縛り付けているんだから」
「それはお互い様ですよ。私だって貴方と離れたくなかったから責任で貴方を縛り付けたんです。それで貴方は困りましたか?」
「そんな訳ない。君といられる理由ができて嬉しかったくらいだ」
「それならいいじゃありませんか。私には貴方が必要で、貴方にも私が必要なら、何の問題もないでしょう?」
「そう、なのか?」
「ええ、そうです。貴方が私を愛してくださっているように、私だって貴方を愛しているんですよ。だからこうして新しい命を授かることができたんじゃないですか。貴方は私がどうでもいい人の子どもを産みたいと思うような女だと思っていたのですか?」
我ながら意地悪な問いだと思う。でも信じてもらえないのは辛いのだ。これでわかって欲しい。
カイル様は慌てて否定する。
「そんな訳ないだろう! そうだな、君はそんな女性じゃない」
「だから不安なことがあれば言ってください。私もちゃんと話しますから。私たちはようやく夫婦になれたんです。これからなのに、そんなことでは続かないでしょう?」
「そうだな。私たちはこれからなんだ……それなら私は頑張らないと。君が安心して子どもを産めるように」
ようやく彼は心からの笑顔を浮かべてくれた。それだけ不安だったのかと思うと、申し訳なく思う。
私たちには言葉が足りなかった。お互いにお互いを思いやり過ぎてしまったのだと思う。
「お願いしますね。私も頑張りますから」
私も彼に笑いかけた。出産というのは一大事だ。しっかり体力をつけて備えようと、大切な人たちに誓った。
読んでいただき、ありがとうございました。




