本当の気持ち
夜会が終わり、侯爵邸へ帰る。今日は遅くなるからとシェリアを実家に預けて、私はカイル様と二人で侯爵邸に泊まることになっていたのだ。話がしたかったので、ちょうどよかった。私たちは帰ってそのまま居間に向かった。
「今日はありがとうございました」
ソファに腰掛けて落ち着いたところで切り出した。体はくたくたで、緊張しておかしなところに力が入っていたせいか、あちこち痛い。でもそれ以上に、乗り越えた、やり遂げたという達成感があって気持ちが良かった。
「いや、君が頑張ったからだよ。私は何もしていない」
「そんなことないです。一人では絶対に無理でした。貴方がいてくれたからできたんです」
「そう言ってくれると嬉しい。少しでも君の力になれたかな」
「もちろんです」
少しどころではない。彼の支えがなければみっともなく倒れてしまっていたかもしれないのだ。本当に感謝している。だからこそ、今の気持ちを忘れないように本題に入る。
「……実は母から、私が眠っていた間に貴方が何をしてくださったか、聞きました。実家を助けてくださって、ありがとうございました」
「礼なんていらないよ。そもそも私が引き起こした事だ。責任を取るのは当然だろう?」
「いえ、貴方は侯爵です。気に入らなければ捨て置けばよかったんです。私は貴方に嫌われる、ではないですね、憎まれていたのに、貴方は私の実家を助けてくださいました。そのことは母も感謝していましたから」
私の言葉に、カイル様は悔いるような顔をした。
「……私は何の落ち度もない君を、勘違いで勝手に恨んでいたんだ。以前の私は傲慢だった。侯爵という立場でもてはやされ、順風満帆な人生だったのに、君にケチをつけられた気がして許せなかった。だけど、そんな私の思い上がりがこの事態を引き起こしたことに、恥ずかしくなったと同時に、恐ろしくなったんだ。私も君と同じように、侯爵家当主という責任を負っている。私もこの家を守るということを本当の意味でわかっていなかったんだ。だけど、君がそのことを教えてくれた。礼を言うのはこちらの方だ。本当にありがとう」
「いえ、そんな」
頭を下げる彼に、私はどうしていいのかわからなくなる。
やっぱりどうしても、許せなかった彼の姿が重なるからだろう。こればかりは慣れない。
「いや、言わせて欲しい。私は君に本当に酷いことをしてきた。シェリアは私の子どもじゃないだろうなんて、言ってはいけなかった。どんな思いで君が私の子どもを産み育ててくれたのかと思うと胸が痛むよ。君はこんな私の子どもでもあるシェリアを愛して可愛がってくれていたね。あの子は私に似ているから辛かっただろうと思う」
「……最初は不安でした。憎んでいる貴方の子どもを愛せるかと。だけど、この家で私の味方は少なかった。そんな中で私を必要としてくれるあの子は、私にとってかけがえない子になりました。貴方に複雑な思いはありますが、あの子を産んだことは後悔していません」
「ありがとう……」
彼の声は震えていた。彼は今、どんな思いで私の話を聞いているのだろうか。
「あと、宿で貴方が仰ったことなのですが……私をまだ愛してくださっているというのは本当なのですか?」
「ああ、そうだよ。だけど、気にしなくていいんだ。今の君には憎まれても仕方ないのはわかっている。ただ、私は君の味方なんだと思ってくれればそれでいいんだ」
カイル様は寂しそうに笑った。
でも、記憶のなかった私が、それでは駄目だと訴える。
私にもわかっている。彼を憎んだ私も、愛した私も同じなのだと。彼の為ではなく、私自身の為に気持ちを認めて楽になりたかった。
「……それでは駄目なんです。私は貴方を憎んでいたし、許せない気持ちはまだあります。でも、私も貴方を愛しているんです」
「え……」
カイル様は弾かれたように顔を上げ、私を凝視している。自分がしたことを考えたら、私の言葉は余程意外だったのだろう。それは私も同じだ。
「……今の私は記憶のない時のことも覚えているんですよ。あの時の貴方が私に良くしてくださったこと、貴方への恋心……だけど、私はそれを素直に認める訳にはいかなかった。認めてしまえば、私は貴方に乱暴された被害者ではなくなって、あの時の行為が私が望んだことのように思えました。私は忘れられません。誰でも良かったんだろうと淫乱扱いをされたことを。そうして貴方は許されるのですか? そんなのはおかしいでしょう?」
「そう、だね。そうやって事実が捻じ曲げられるのは違うと思う」
「だからこそ、私は認めたくありませんでした。でも、それも辛かったんです。私は貴方との歪な関係を変えたかったから全て思い出しました。その根底にあったのは貴方を愛する気持ちでした。それを否定することは今の私を否定してしまうことになるでしょう。だから私は苦しいけれど、貴方を愛する気持ちを受け入れます」
「……苦しめてばかりですまない。それなのに私は本当に勝手だな。申し訳ないと思う一方で、喜んでいるんだ……」
複雑な顔でカイル様は俯いた。
これについては彼に責任はないのにと思う。人の気持ちなんてままならないものだ。彼を憎むのも、愛するのも私の意思。誰かに強制されたものではない。
だけど、私はまだどこかで引っかかっているのかもしれない。彼はどう思っているのかを。
「……だから私は貴方に問います。加害者である貴方を愛してしまった私は、愚かで汚い女でしょうか?」
「そんな訳ないだろう! 反対に私が君に思われる資格なんてないんだ。本当にすまない」
私の顔を見て、真剣に話すカイル様を信じよう、そう思った。
私は本心を話すことに緊張していたようで、ほっとして顔が緩んだ。カイル様もそうだったのか、つられて微笑んだ。
「……もしも私が間違えそうになったら教えてくれないか。今の私には守るべきものがたくさんある。もちろん君もだ。君やシェリアが幸せになるように努力する。だからこれからも、側にいて欲しい」
「……はい。ただ、私は貴方を許した訳ではないので、厳しくいきますよ?」
「ああ、望むところだ」
記憶が無かった時のような甘い関係ではないけれど、私たちは確かに思い合っている。
認めたくなかった思いを認めたことで、楽になった。これからは私の長く辛かった日々が報われる、そんな気がしていた。




