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電車に乗って行こう!

「ですが、任務を果たしてしまえばあとは何をしても構いませんよね……例えば左腕の借りを返したり、未覚醒の『魔王候補』にちょっかいをだしたり、鍵を密かに隠し持つこととか」

ナーガは炎で作られた四角形を消すと、振り向いてライオネルに視線を据えて笑みを作った。

ライオネルは上司のそんな選択に、やれやれと言わんばかりり頭を掻いた。

現状、第四魔界は崩落崩壊しているのだ。いや、解散したというほうがこの場合正しいだろう。

第四魔界の構成は魔王が一人、その下に《十の魔刃》が十人、さらにその下に副隊長が各魔刃に一人ずつ、最後に一般兵士のような存在がいる構成になっている。

三年前のことだった。第四魔界の魔王が、少しほんの少しの間魔界から姿を消したのだ。そして、帰ってくるや第四魔界の解散を命じたのだった。

その結果、第四魔界を去った魔属はたったの三割だった。これは第四魔界の魔王に対する忠誠心が大きいことの現れなのかもしれない。

ナーガ・セルギオンもそのなかの一人だ。第四魔界に残り、現在も第四魔界の魔王に忠誠を誓っているが、なぜ第四魔界の解散を命じたのかいくら訊いても答えは返ってこないので、少し疑い始めてもいた。

しかし、ナーガは一度承った任務は確実に忠実に絶対に成功させる魔属だった。だから、魔王からの勅命のこの大罪人メルト・ギル・スクエアの死刑執行は必ずや遂行させる予定だった。

そのためには邪魔する者は迷いなく殺す、そう考えていた。

けれど、今の大罪人メルト・ギル・スクエアは第六天魔王に魔力を封印されている身だから、ナーガからすれば赤子の手を捻るよりも容易いことだった。

そんな簡単な任務では、楽しみが全く無く、わざわざ平界に来た意味である。ナーガは色々とこの見た目つまらない面白くない楽しくない任務にちょっとした刺激を与えようとしているのだ。

そのためにライオネルにちょっとした頼み事を頼んだのだ。

「かっかっかっ、余計なことして怒られないか、俺らの魔王ディアマント・ズィーリオス様によ」

ライオネルが笑いを含んだ口調で、緊張感なく笑う。

ナーガは、ライオネルがいつも高笑いするのが好きだった。静寂を好む彼が気に入る唯一の雑音だ。戦闘で雄叫びを上げる者を彼は拒むのだ。

「ライオネル元特攻隊長、ばれなければいいのですよ。それに我々はべつに悪いことをするのではない……次期魔王の可能性がある者を一人消してあげるのです。もはや慈善事業と言ってほしいですね」

ナーガの考えにライオネルは、

「かっかっかっ、俺の上司はかなり変わった考えをしているな……だが、そういう考えは嫌いじゃないぜ。俺はこう見えて上司をちゃんと敬うんだ。だから、俺の上司の命令とあらばどんなことでもするぜ、俺にできる限りでな!」

自分の考えを言って最後に、かっかっかっ、と笑った。

「では、明日の予定を伝えます……『魔王候補』立花明を殺す策を」

月の光が僅かに差し込む町外れの廃工場で、二人の魔属はニヤリと笑みを浮かばせて、作戦の決行の時間を待つ。

それはまるで血に飢えた獣のようだった。





「おはようございます、明様……朝ですよ、起きてください。亜矢様達がお迎えに来ていますよ」

明はそんな呼び声で目を覚ました。まだ眠り足りないと言う目を無理矢理に開かして、一番に入った光景は、メルの顔だった。

「メ、メルっ!?」

「おはようございます、明様。朝食のご用意はできていますよ。今日は亜矢様と鉱スケ様と沙希様と夏奈ちゃんの大会の応援に行く予定となっています」

明は驚いて身体を起こして状況を確認した。

どうやら、メルが明の身体に乗っているらしい。こんな朝っぱらから少女に乗っかられているところを、亜矢や沙希に見られたら大変なことになるだろうな、と嘆息すると考えたことそのまんまのことが起きてしまった。

部屋の扉が開いて、二人の少女が入ってきたのだった。

「早く起きなさいよ、明。夏奈ちゃんの出番に間に合わなくなるわよ」

「夏奈ちゃんが可愛そうですよ、立花先輩」

少女達は部屋の光景を見ると、それぞれ違った反応を見せた。

「あんた朝からメルちゃんになにやらしてるのよ! 明ってそんな最低の人間だったんだ!」

「……わたしはわかってますよ。だ、だから、慌てたりなんか、ど、動揺したりなんかし、してませんよ。立花先輩がとーっても変態な方だというのは、もう重々承知ですから」

亜矢は憤慨して、ゴミを見るような目で明に視線を据えていた。沙希は言葉とは裏腹に、動揺しまくり呂律が少し回らなくなっていた。

「いや、違うんだ! 話を聞いてくれ!」

明は必死に身の潔白を訴えようとするが、沙希は頬を膨らませたまま、目を合わせようともしなかった。 「立花先輩のバカ」

亜矢が扉を勢いよく閉めて、去っていく足音が聞こえた。

「朝から勘弁してくれよな」

「どうかしましたか、明様」

やれやれ、とため息を吐く明に、何が起きてしまったのか現状を全く把握しきれていないメルが首を傾けた。

最悪の一日の始まりは最悪な始まりだった。




朝食を終えて着替えて、明は家を出た。

家の前では、亜矢と沙希、鉱我とメルが待っていた。

今日は夏奈の中学陸上選手権大会が朝川競技場で行われることになっていて、それを応援しに行くと前々から夏奈と約束していたのだ。

明は自宅の鍵がちゃんとかかったことを確認すると、競技場に向かった。

「明様! 道を塞がれてしまいました!」

「まずは、こっちで切符を買うんだよ」

メルが駅のホームに入る前と、

「明様! 人がたくさん箱のようなもの入って行きますよ、これからなにかの儀式が始まるのですか!?」

「これはただの通行手段だよ」

電車に乗る前で驚嘆の声を上げて、鉱我や亜矢は笑ったが、メルが魔属でこの世界のことをほとんど何も知った今ならなんら明は驚きもしなかった。

ゴールデン・ウィーク二日目の今日。やはりと言うべきか、電車の中はとても混雑していた。

「明様、すごいですねこのデンシャという乗り物は……見える景色がどんどん変わっていきますよ! まるで、地を這うグランドスネークの背中に乗っている気分です!」

「グランドスネーク? その例えはわからねぇけど、これよりもっと速い乗り物があるぜ」

「本当ですか!?」

やけに食いつくメルの為に、明は昔読んだ乗り物辞典を思い出す。

「レーシングカーとか新幹線だろ……あとは空なら飛行機も速いし。たしか、亜音速で飛ぶやつもあったか」

「人間は空も支配しているんですか!?」

「しっ! 声が大きいぞメル。まわりに迷惑だろ」

「あ、ごめんなさい」

驚きにメルが大きな声を出したため、明はまわりの視線を痛く感じながらメルを諭す。素直に謝るメルは良いやつだと思った。おそらくまわりは百合だと思っているんだろうけれど。

「魔界には飛竜(ワイバーン)に乗ったり、飛行魔術が存在しますが、通行手段に機械を発明というのはありませんでした……平界ってすごいですね」

「いや、メルの話を聞いてると魔界のすごさが伝わるんだが……平界(こっち)には飛竜はいないし、飛行魔術は退魔者が使えるかもしれないけど、見たことないしな」

「あっ、明様見てくださいあの川! 鳥の親子でしょうか? 仲良く泳いでますよ」

無邪気に笑いながら扉の窓の向こうを見るように促すメル。明は、どれだ?、と窓の外を眺めるが鳥の親子は見えなかった。

「どこだ? 見えないぞ、鳥の親子なんて」

メルが窓の外を指差して、鳥の親子の位置を教えようとするが、

「ほら、およそ一キロメートル先です」

「そんな距離見えねぇよ!」

それは大抵の人間じゃ見えない距離だった。

「明様は視力が低いのですか?」

「お前の視力がおかしいんだよ!」

大丈夫ですか?、と顔を近づけてくるメルから目を逸らしながら、明は彼女の額にデコピンを喰らわした。

「痛いですぅ」

「やっぱ魔属は人間より遥かに身体能力が高いんだな」

「でも、今のは痛かったですよ」

「……デコピンのプロだからな」

「そうなんですか!?」

「冗談だよ」

明は笑いを含んだ口調で言いながら、メルの額にデコピンをもう一度喰らわした。

「明、電車の中でイチャイチャするなよ、まわりの迷惑だろ」

隣にいる高崎が憎たらしい笑顔のまま、やれやれ、と視線を向けてきた。

「誰が誰とイチャイチャしてるんだよ」

「明とメルちゃんがに決まってるだろ……後ろからの視線が痛いんだよ」

高崎が横にずれて高崎の隣にいた、二人の少女が明を親の仇みたいに睨んでいるのが、明から見えた。

「立花先輩はこういう場所でも変態行為に走ろうとするんですか」

「なんでこんな男のことを守ろうとしてるんだろ……はぁ」

沙希と亜矢が二人とも、明とメルのイチャイチャっぷりを見て聞いて、なぜかイライラしているのだ。

だが、明はなんで沙希と亜矢が怒って睨んでくるのか理解できなかった。

「腹減ってるのか?」

「お前はもう少しまわりを見るようにしようぜ」

高崎の言葉に、まわりをねぇ、と口にした。普段からまわりを見てる方だと思うんだけどなぁ、と明は思ったのだった。

そんな様子の明を見て高崎は、

「……はぁ」

目を両手で覆い、大きくため息を吐いた。

ーー突如、ガゴン、と電車が大きく揺れた。地震などではなく、ただのよくある揺れなのだが、明はバランスを崩して、窓の外を楽しそうに眺めているメルに明は窓に手をつき後ろから被さるような姿勢になってしまった。

「…………明様?」

「すまん、今退くから」

明はすぐにメルから離れるが、沙希と亜矢から視線がさらに痛くなり、まわりからさらに百合だと思われてしまった。

「はぁ……」

歩いて向かえばよかったかな、後悔したとき違和感に襲われた。

「あのデカイ塔はなんですか? 秘密結社のアジトですか?」

メルが窓の外に写ったサテライトタワーに目を奪われて、あれはなにかと訊ねてくるが、明はそれどころではなかった。

明の背中側の下半身。尻に違和感を感じているのだった。明は、なんてこった、と内心で呟いてから背後で尻を触る手を掴んだ。

そして、明は振り返り背後に立っていた中年男性に言った。

「悪いな、おっさん。俺は男なんだよ」

「…………え? 君みたいにかわいい子が男の子のわけがないじゃないか」

中年男性が、ぶひひ、といかにも本物の変質者らしく笑うと、揉むのを止めていた手を再開させた。この人混みだから、簡単にはまわりにはばれないのだろう。

明は、中年男性の手を強く握り、隣に立つ高崎に助けを求めるような視線を送った。

「はぁ……また、めんどうごとに巻き込まれたな」

高崎は、明の背後に立つ中年男性の肩をぽんぽんと叩き、高崎の方を向いたところで脳天に思いきりチョップを喰らわした。

「な、なにをするだぁ!! 許さんっ!!」

中年男性が構えると同時に、扉が開いた。メルが、わっ、と驚いて開いていく扉から離れる。

ちょうど朝川競技場の最寄り駅だから、高崎が中年男性の腹に軽く掌底を喰らわして、電車内から追い出して、明達も降りた。

「どうするこの人?」

「まぁ、普通なら警察に届けるんだよな」

高崎が明に訊いてきて、明は真面目に考えるが、

「被害者は男だしな、ぷっ」

「笑うなよ、鉱我!」

男である明が痴漢にあったことに、ついに笑いを溢してしまった。

「どうしたんですか、立花先輩?」

沙希が気になって訊ねてくると、

「こいつがさ、ははっ、痴漢にあったんだよ! 男のくせに!」

高崎が笑いながら沙希に答えた。すると、沙希は感心したように、

「なるほど、変態は変質者を呼んだのですね。これで、類は友を呼ぶという諺は確実に証明できましたね。これでもう忘れません、ありがとうございました」

「ありがとうございました、じゃねぇよ! 少しは同情しろよ、女の子の沙希や亜矢のほうが被害に会う確率は高いんだぞ」

そんな明に高崎が口を挟んだ。

「でもよ、この変質者さんはよ、沙希ちゃんや亜矢より明の方がかわいいと思ったから痴漢したんだろ? そうだろ?」

変質者の中年男性に同意を求めるように、高崎が訊くと、

「そうですぞ、こんな普通の女の子よりこの子の方が魅力を感じたのですぞ!」

中年男性は、ぶひひ、と笑いながら強くうなずいた。

「だから、俺は男だって!」

「俺っ娘は大好物ですぞ!」

変質者と明を交互に見た高崎は、

「じゃ、後始末は任せたわ……行こうぜ」

明を置いて先に競技場に向かい、明のいない男子一人という空間を作ろうと考えた。

「でも、明様は?」

メルが心配そうに明を見るが、

「大丈夫だよ、明ならすぐに追い付くさ」

「……そうですよね、明様ですしね」

なんとか納得させて、明を置いて先に向かった。

一人だけ変質者と残された明は、変質者を見て、

「とりあえず、警察に行こうか」

「ぶひひ、どこにでもいきますぞ」

明は空を見上げて呟いた。

「……はぁ、もう勘弁してくれよ」

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