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血は水よりも不味い




 時刻は八時を回ったところで、ようやく吸血鬼の姿を捉える事が出来た。奴らは、送られてきた住所の近くのコンビニで、二人してタバコを吸っていた。二匹と聞いて、なんとなく男女をイメージしていたが、吸血鬼たちはどちらも男で、上下派手なジャージを着ていた。髪型は短い金髪、剃りを入れているようで、なかなか迫力がある。体格もいい。180は超えているだろう。ちょうど、俺と同じくらいの身長だ。


 「なんか、不良みたいな感じだな。コンビニでたむろってるし」


 「それが狙いなのではないでしょうか。他の不良とあえていさかいを起こし、路地裏でケンカと見せかけて血を吸う。これなら怪しまれずにすみますし」


 「なるほど、確かにな。元から夜中まで帰ってこないような奴なら、警察に届けが出るのも遅いし、ふらりと消えてもおかしくはないか」


 「ターゲットも、なかなかに頭を使っているようですね」


 「そこまで必死にならなきゃ吸血鬼が生きていけないってのも、悲しいけどな」


 いくら吸血鬼といえども、現代兵器には敵わない。斑目が探している原初の吸血鬼なら別だろうが、そんなもの、存在しているかがまずあやしい。とはいえ、吸血鬼の中には、隠れたりせず、大暴れする奴もいるにはいる。しかし、妖怪や化け物の類を知っているのは、なにも俺たちだけじゃあない。多くの人間が、妖怪を日々退治しており、また、妖怪が存在していた事実を隠蔽している。暴れたところで、人目に付く前に倒され、都市伝説にもならずに消えていくだけだ。


 電話をとりだし、通話ボタンを押す。二回のコールの後で相手は出た。


 「斑目、吸血鬼を見つけた。いつもの奴の用意はできているか?」


 「もう終わった。お前のいる場所の半径一キロに、人はいない」


 「流石、仕事が速い」


 「人の仕事を褒める暇があったら、とっととお前の仕事を終わらせろ」


 「はっは、りょーかいだ」


 通話を切り、玲のほうを見る。玲はいつもの無表情で俺を見つめていた。


 「さて、正面から行くか、奇襲でいくか、どうすっか」


 「どちらでもあまり変わらないのでは? 白道様が負けるわけもありませんし」


 「いや、それはまあ、そうなんだけどな」


 そんな今日何食べたい? って聞いた時に一番困るパターンの答えをされても困る。俺は頭を悩ませる。やはり、街に被害の少ない、奇襲攻撃で行ったほうが無難か。奇襲に役立つ場所を探すため、もう一度コンビニのほうに目をやる。


 「――っ! いねえ!」


 心臓が強く拍動する。息が詰まる。駐車場の車止めの石に腰かけていたはずの二人は、いつの間にか消えていた。とっさに玲を見る。考えるより先に抱きしめ、足元のコンクリートを出来る限りの速度で隆起させ、上空へと跳躍する。


 ――紙一重だった。足元を、すさまじい速度のコンクリートブロックが通り抜けた。空気を震わせるどころか、壊しそうな爆音が響く。上昇していた堅い地面は豆腐のように砕け、地上へと落下する。斑目が人払いの効果を一キロにしてくれて助かった。その半分だったら、崖の崩落のような音が聞こえてしまっただろう。


 「っぶねええええええ! くそっ、気付かれてたのかよっ!」


 足の下に空気を固め、段差を駆け上がるように、更に上へと進む。下を見ると、土煙りの中に、二つの人影が見えた。


 「白道様」


 「ああ、奇襲されたのは、俺たちのよ――」


 「抱きしめられるのは嬉しいですが、こんな街中で……」


 「そっちかいぃぃ!! お前何が起こってるのかわかってないの!?


 「さっきからあなたしか見えません」


 「もっと広い視野を持って生きたほうがいいと思うな俺は!」


 阿呆な掛け合いをしているうちにも、どんどんとコンクリートブロックが飛んでくる。一つ一つを風の盾で防ぎ、飛び散る破片をあたりの葉っぱを操ってキャッチする。こいつら、人がいないからって、無茶苦茶だ。塀に使われているコンクリートブロックを、勝手にピッチングされる家の人の気持ちにもなれってんだ。


 「玲、しっかりつかまってろよ!」 


 集中力を研ぎ澄まし、ごく小規模な爆風を周囲に発生させる。同時に、集めておいた破片を砕き、粉にして周囲に舞わせる。足元で崩れ去った地面も、同様にあたりに撒く。一秒と経たずして、煙幕を張ったように視界が煙に包まれる。


 「くそっ、見えん」


 下のほうで、吸血鬼が舌打ちするのが聞こえる。いい具合に、目隠しになったようだ。石の雨が止み、隙ができた。タイミングはここしかない。

  

 重力を操作し、一気に地上へと降りる。着地寸前で止まり、玲を急いで下ろし、吸血鬼の元へと駆ける。


  「死ねボケがぁ!」


 吸血鬼の目の前で止まり、腰を回す。右足に力を込め、地面を強く蹴る。左腕をたたみ、強く握った拳に竜巻を纏わせ、顔面へと叩きこむ。確かな手ごたえと、痛いほどの衝撃が拳にくる。


 二匹のうち一匹は、反応することも出来ずにもろに攻撃をくらい、吹き飛んだ。くるくると吸血鬼の体は回転し、後頭部から道路に突っ込む。もう一匹は、すでに俺から大きく距離を取っていた。玲の安全を確認し、再度地面を蹴る。


 「ちぃっ、陰陽師か!」仲間がやられて激怒したか、吸血鬼はまさしく鬼の形相となり、両手を大きな鎌へと変化させた。血を吸うだけが能のやつだと思っていたが、多少は上位の吸血鬼のようだ。


 数メートルはあろうリーチの鎌が、容赦なく俺の首に振るわれる。しゃがんで避け、次いで襲いかかるもう一方の鎌を、地面を隆起させて防ぐ。俺は足を上げ、地面を思い切り踏む。それを合図に、コンクリと土の混じった槍が、吸血鬼の元へと伸びる。「――なんでもありかっ」言いながら、吸血鬼は首を大きく曲げて顔への槍を避け、二本の鎌で残りの槍を防ぐ。


 その間――時間にしてコンマ5秒というところか――に、俺は後ろに回り、超圧縮された空気の弾丸を放つ。脳天、人中、心臓、股間、四発放たれた弾丸は、直撃こそ避けられたものの、全て当たった。血を撒き散らしながら、吸血鬼は振り向く。鎌が短く厚くなり、左右から向かってくる。


 音より速く振るわれる鎌をかいくぐり、蹴りを放つ。しかし、蹴った部分が霧になり、足がすり抜ける。隙が出来た俺に、右手の鎌が降りかかる。土のガントレットを着けた手で受け止め、振り払う。吸血鬼は左の鎌を振ろうとするが、その前に蹴り飛ばし、完全に無防備にさせる。霧になろうがどうなろうが、懐にはいれば、問題ない。


 手のひらを吸血鬼に向けて、思い切り握りしめる。同時に辺りの水分が、ただ一点に集まる。集まった水分は一本の刀となる。


 「血の池地獄で、ずっと血ぃ吸ってろ!!」


 ダイヤモンドすら切り裂くウォーターカッターを、下から上へと切り上げる。マッハを超える速度で吹き出る水の刀は、軽々と吸血鬼の体を両断した。右と左の半身から血を噴き出しながら、吸血鬼はその場に倒れる。


 どれほど生命力が強かろうと、半分にされては吸血鬼でも生きていられない。万が一生きていても、血が足りずに干からびて死ぬだろう。


 「はあ、疲れた。おい玲、無事か?」


 道路で体操座りみたいな恰好をしている玲に、声をかける。


 「白道様に抱きしめられたと思ったら、いつの間にか吸血鬼が死んでいました。な、なにを言っているかわからないかもしれませんが私も……」

 

 「元気そうだなオイ。マジで他のこと見えてなかったのかよ」


 お互い怪我をしてなくて良かったが、この犬はどうやら頭に大きな怪我を負っていたようだ。甚大な被害をおってしまったが、とにもかくにも仕事は完了した。成功の報告をするため、携帯を取り出す。あのコンクリートが当たらなくてよかった。携帯が壊されたら立ち直れない。画面が割れてないか確認しつつ、通話ボタンを押す。


 「成功したか」


 いきなり挨拶も無く、不躾な声が聞こえてきた。


 「一応な。なんでか知らんが見つかっちまったんで、思ったよりてこずった」


 「見つかった? 聞いた話じゃ、そんなにめんどくさい奴じゃあなかったはずだぞ」


 「俺も見つかるようなことはしていなかったはずなんだが。話を聞こうとも思ったんだけどよ、二匹とも蒸発して消えちまった」


 吸血鬼は死ぬと霧となって消える。それはどんな吸血鬼にも共通だ。殴っただけの奴ならまだ息があると思ったが、どうにもうまいこと急所に入ったようで、見に言った時にはなにも残っていなかった。


 「いつも連れてる犬の臭いを感じられたんじゃないのか?」


 「あー、それかもしれねーな」


 あいつ吸血鬼見ねーで俺のほうばかり見ていたし。


 「まあ成功したのならそれでいい。またなにか面白い話があったら持ってこい」


 「ああ、またへんてこな妖怪を見つけてくるさ」


 携帯をしまい、深く息を吐く。電話をやめた途端に、辺りが騒がしくなってきた。斑目が術を止めたのだろう、人が戻ってきた。


 「さーて、時給百万の仕事も終わったし、帰るとするか」


 死体が残ることが無いので後始末は楽だが、あたりにコンクリートの破片が散らばっているし、道路の一部が壊れている。こんな所にいるところを誰かに見られたくはない。


 「思っていたより早く終わりましたね」

 

 歩きながら、玲が言う。


 「山奥とかじゃなく、普通に都会にいてくれたからな。この前のさとりとか酷かった」


 覚は、見た目こそ猿みたいなものだが、その力は人の心を読むというもので、随分と苦労させられた。


 「あれは思い出したくもありませんね。こっちの思惑を読まれているせいで、いつまで経ってもつかまりませんでしたし」


 「今回はあっちから来てくれてむしろラッキーだったかもしれねえな。買ったばっかりのジーンズがダメージジーンズになる危険が一度あったけどよ」


 最初の一投が足に当たらなくて本当によかった。あの程度の直撃なんてことないが、服には大打撃だ。


 「しかし、吸血鬼か……」


 「吸血鬼がどうかなさいましたか?」


 「いや、血ってうまいのかな、と思ってな」


 「さぁ。白道様のなら、私はおいしく頂けると思いますが」


 「…………身の危険を感じる」














――――





 




 狐に帰宅の旨を伝え、俺たちは切符を買った時にちょうど来た電車に乗り込んだ。横一列の、赤いシートだ。その真ん中に、俺たちは座った。


 「そういえば、どうして急に仕事を入れたのですか? この間稼いだ五千万が残っていたはずですが」


 「あー、あれのほとんどはババアに持ってかれちまったよ。残ったのは雀の涙だ」


 「なんと」


 車内に、乗客は俺たち二人だけだった。やけに響く話し声が、電車の騒音にまぎれていく。外の景色は、明りがほとんどないのでわからない。まだ九時過ぎなのに、店の明りすら見えない。

 

 「しかし、それでもいささか急では?」


 「んー、あー、まあそうだな」


 野生の勘というやつか、玲は妙に鋭い。確かに急ぎ過ぎた所はあったが、それでもここまで気にしなくていいだろうに。


 「白道様、なにか緊急でお金が必要になったのであれば、私に相談の1つでも、してほしかったです」


 耳をうなだれさせて、玲は下を向く。いつもはうっとうしいほど積極的なくせに、俺から少し離れただけで、こいつは消極的になってしまう。それを面倒だとは思わない。その程度の面倒ならいくらでも受け止められるくらいには、俺は玲のことを頼りにしているからだ。玲も、俺の勘違いでなければ、俺のことを信頼してくれているはずだ。けれど、そういう信頼関係とは関係なく、玲という俺の家族は、ほんの少しの隠し事でも、すぐ不安になってしまうようだ。


 不安にさせた俺が悪いと言えばそうなのかもしれないが、そして信頼できない俺が悪いと言えばまったくもってその通りなのだが、こうすぐに拗ねられては困る。


 「別に、緊急ってほどじゃあねえさ。ただ、約束があるんでな」


 「約束?」


 「俺の一日をお前にやるって言ったろ。そん時には、まあ、多少金も入用になる、と思っただけだ。それと、俺はお前の信頼を裏切るようなことはしねえよ。俺の大事な家族に、そんなことしねえよ」」


 何を頼まれるか知らないが、プレゼントの一つや二つは、することになるだろうしな。しかし、そんなことはわざわざ言うようなことではない。だから黙っていたんだ。だというのにまったくこのワンちゃんときたら、恥ずかしいことを口にさせやがって。


 「そ、そう、でしたか。申し訳ありませんでした……」


 「謝るときにはこっち見て言いなさい」


 「見れません……」


 「顔真っ赤だぞ、お前」


 「見ないでください……」


 まあ、顔が赤いのは多分俺もな訳で。見ないでくれるのならありがたい。と言っても、流石に耳まで赤くなっている、夕焼けみたいな玲の顔よりは、幾分ましだろう。横目でもう一度、玲を見てみる。体は置物のように、固まってしまって動かない。対照的に、尻尾はぶんぶんと勢いよく振られ、千切れそうになっている。


 「尻尾の動きをどうにか出来ないってのは、不便だな」

 

 「まったくもって恨めしいです」


 こっちを見ずに玲は小さくつぶやく。俺はそんな様子に、思わず笑いをこぼす。手で口元を隠し、それでも笑いは止まらない。


 「やっぱりお前は、面白いな」


 腕を玲の肩に回し、自分のほうに抱き寄せる。一瞬怯えるような声を上げたが、抵抗はほとんどせず、玲の顔は俺の胸のあたりに収まった。


 顔の熱が、胸を通して伝わってくる。相変わらず、はっきりと顔は見えない。


 けれど多分――俺と同じような顔をしているのだろう。






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