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富士山麓にオウム鳴く


今回のプロローグ




「夏って、なんで存在するんだろうな」


「突然なんじゃ、海でナンパに失敗でもしたのか?」


「冬はまだいいんだよ。春と秋もまあ我慢できる。けど、夏はダメだ。あれはダメだ」


「話が見えてこんが、要は暑いのが嫌いというだけの話か?」


「いや、玲に布団に侵入されても、暑さで眠りが妨げられないかどうかという話だ」


「……夏でもなのか?」


「この間は、布団の中で熱中症になりかけててな。このまま一緒にとろけられるのなら本望、とかいってたよ」


「熱で阿呆になっとるのか、いつも通りなのか判別しづらいのう」










――――











 富士山という山は、一般的には観光スポットとして認識されているが、俺たちにとっては霊峰としての意味合いが強い。といっても、別に妖怪が出やすい、という意味ではない。そんな危険な場ならば、登山者など来るはずもない。よく都市伝説にもなっている、自殺者云々という話も関係ない。


 富士山を霊峰たらしめているのは、その威風堂々とした姿だ。信仰の対象とすらなったその姿故に、人々の思い、願い、畏れ、様々な感情が集まった。人形も愛情を注げば魂を得ることもある。それと同じで、いや、それとは比べ物にならないほどに、富士山には強い力が宿った。そのため、多くの妖怪たちは富士山を嫌っている。もちろん、うちの狐も。


 「虫を追い払う機械のようじゃな。相変わらず嫌な姿じゃ」


 「一応世界遺産候補になるようなもんに、失礼な口きくんじゃありません。静岡の人に怒られてお茶をぶっかけられたらどうするんだ」


 「御主はまた、とんでもない偏見を抱いておるな。どの口が失礼だとか言うんじゃ」


 俺たちは、凛のいる寺、富士寺を目指して、富士山を遠目に眺めながら田舎道を歩いていた。スーパーやコンビニはたまに見かけるが、基本的には田んぼか茶畑しかない。変わり映えのしない風景だが、嫌いではない。


 「あと少しで、富士寺に着くようですね。看板が立っています」


 玲が指さしたほうを見ると、手書きの古い看板が地面に刺さっていた。文字がカタカナなところに、なんだか歴史を感じる。


 「そりゃよかった。ここ最近のごたごたのせいか、けっこう歩き疲れてたところだ。さっさと休みたいわまったく」

 「休めればいいですが……」

 「ん? なんのことだ?」

 「いえ、なんでもありません」


 どこか落ち着きのない玲の様子を少し変に思いつつ、俺は重い脚を動かしつづけた。気温は昼前からぐんぐんとあがっており、狐は顎から汗をたらし、幾度となくおんぶを要求してくる。俺は狐を無視して、一人玲の周りの気温を下げることに集中していた。自然を操るのは集中力を使うので、あまり使いたくはないが、玲は一度境内で熱射病になったことがあるので、念のため玲の周りも冷やしている。あれでも大事な家族ではあることだし。狐? 知るか。勝手に倒れろ。


 それから五分ほど歩いたところで、寺の姿が見えた。ひーこら言いながらあるいていた狐が、寺を見た瞬間元気になって声を上げた。


 「おお、寺じゃ寺が見えたぞ。今の儂はきっと、本能寺にたどりついたときの光秀より、寺を見つけて嬉しくなっているといっても過言ではないじゃろうな」


 「過言だ馬鹿」


 狐の頭をはたき、寺を見る。ここには久しぶりにきたが、なにも変ってはいなかった。懐かしく思うほどなじみも無い場所だが、変わってないのはいいことだ。中をざっと見まわしてみるが、人影は見当たらない。


 「凛の奴が留守にしてないといいんだけどな。そんなにこの寺の人と仲がいいわけでもねーから、あいつがいねーときまずいんだよ」


 「なんじゃ御主、先に連絡いれておかなかったのか」


 「サプライズってやつだ。先に言ったらおもしろくねーだろ」


 「子供のようなやつじゃな」狐はハンカチで汗を拭い、短パンのポケットに乱雑に押し込んだ。「ま、気持ちはわかるがの」


 狐は意地悪く笑う。俺もつられて笑った。風が吹き抜けて、まだ緑が綺麗な葉が飛ぶ。


 「子供らしさを忘れたら、男でいる意味がねーよ。やっぱりたまには刺激がひつよ――って、うおおおおおおっはぁぁぁ!!?」

 

 突然やってきた衝撃に、俺の体は横向きにぶっ倒れ、石畳に思い切りよく突っ込んだ。粗い石の表面を肩が滑り、嫌な摩擦音が耳に響く。


 「っづぁあああ! いってえぇぇぇ! なんだぁぁぁぁ!?」


 痛みを感じるより前に、俺は横倒れになっている体を動かし、衝撃のしてきた方向を見た。妖怪がまたきたのかと思ったが、そこにいたのは、そんな下品なやつではなかった。


 「おまっ、凛!? なにしてんだお前!?」


 俺の視線の少し下、胸のあたりに、凛が飛び込んでいた。凛は目に涙を溜めて、痛いぐらいの力で俺を掴んでいる。


 「に、兄さん、ですよね……。いつもの幻じゃ、ないですよね……」


 俺の顔を改めて確認すると、凛の目からはついに涙があふれ出した。頬を伝い、顎から水滴が落ちる。汗などとは違い、その水滴は日の光に反射して、宝石となって凛の顔を飾った。


 「いつもの、ってのが気になるが、幻なんかじゃねーよ。久しぶりだな――凛」


 俺は肩の痛みを我慢したせいで少し歪んだ顔で、凛に笑いかけた。凛はぐしゃぐしゃの顔を気にもせず、俺の首に腕をまわした。抱きつく力が予想以上に強く、頭に血が回らない。ぐき、という音が脳内を駆け巡ったが、なんの音か、その時はわからなかった。


 俺に思い出せるのは、そこまでだった。

 













 「気にするな、凛。そうなるべきだったところに……戻るだけなんだ。元に戻るだけ……」


 「ああ!? 白道の阿呆の魂が天に召されていく!? どっかで見たことある感じじゃ!?」


 「凛様、いい加減に首から腕を離してください。寺で殺人事件は洒落になりません」


 「あっ、兄さん! いつの間にか顔が青紫色に? そんな、私は昔のままの兄さんが好きなのに!」


 「いや違うじゃろ!? えーい、早く離せこの阿呆妹!」


 狐と玲の二人がかりで、どうにか凛の手は首から引き離された。とたんに、脳に急速に血液が流れ込んでくる。


 「っぶはぁぁぁ! し、死ぬかと思った! なんかちょっと気持ちよくなってたよ俺!」


 遠くなる意識を引き戻し、俺は咳をしながら必死に酸素を取り込む。空気を食べるように口を動かして空気を吸うが、なかなかうまく呼吸できない。それになんだか首が痛い。完全に筋を痛めている。まだ、骨が折れてないだけまだましか。


 ――いや、それより


 「なにをやっているんですかあなたは。私の白道様を傷つけるとは、覚悟はできていますか? 楽に死ねるとは思わないでください」


 「はい? あなた一体なんなんですか? いきなりあらわれて、私の兄さんのことを自分のもの呼ばわりしないでください。消しますよ?」


 「うぉぉおおおい!! なんか変な争いが始まってるよ! 何やってんだお前ら落ち着け! 小さい子が怖がってるでしょうが!


 俺も正直しょんべんもらすほど怖いが、狐はその倍は怖がっていた。つーかドン引きしていた。だめだよ、年端もいかない少女の顔したやつの表情を絶望で覆っちゃ。児童虐待だと勘違いされたらどうすんだよ。


 「……おい御主、あれどうにかせんか。今にもバトルが始まりそうじゃぞ」


 「どうにかってもなあ」俺は頭を抱える。「どうしようもねえよなあ」


 頭も痛ければ肩も首も痛い。しかしどうもしないわけにもいかない。首をぐるっと回し、服もろとも削れた肩に手を当てて、二人に近づく。


 「おい、玲、まずは頭を冷やせ」 

「いやです」 

「いや、もう少し話聞いてくれても良くない?」


 聞く耳を持たないとはこのことだ。玲は頑固なところもあるのは承知していたが、めんどくさいことこの上ない。これは、いよいよどうしたものだろう。


 「あの、兄さん」 手詰まりになっていたところで、凛が口を開いた。「この人たちはなんなんですか?」


 「ん、ああ、話と長くなるんだけどよ、一言でいうと、なんだ、僧侶と遊び人?」

 「白道様、余計にわかりづらくなっています。あと、私は別に回復はできません」

 「そうじゃそうじゃ。儂のどこが遊び人なんじゃ。この泰然自若とした姿。勇者と呼ぶにふさわしい」

 「――とまあ、そんなわけだ」

 「全然わかりません」


 だろうな。




閑話休題。



 いつまでも境内で騒ぐわけにもいかないので、一度家に入れてもらい、腰をすえて話すことにした。家の人は留守のようで、居間までは凛に案内してもらい、畳に腰を下ろした。説明をするため、俺の隣に凛。机を挟んで反対側に玲と狐が座った。

 説明に予想以上の時間を使ってしまったが、どうにか凛は納得してくれた。これから、会う人会う人に似たような説明をすることになるかと思うと、気が重い。


 「なるほど、尻尾ですか。アクセサリーとかなら見つけるのは簡単ですが、九尾の尾となると、どうでしょう」

 「あー、まあ時間はあるし、ゆっくりやってくれりゃあいいさ。お前に迷惑をかけたくはないしな」

 「兄さん……。久しぶりに会えたと思ったら、私を頼ってくれた上に気遣いまでしてくれるだなんて、私、幸せです」

 「そんなことで幸せになってくれるなら、俺も嬉しいばかりだ」


 昔から甘えん坊でブラコンっぽいところがあったが、少し悪化したようだ。さっきから、腕にしがみついて離れない。それはまあいいが、いちいち抱きつく力が強いのはどうにかしてほしい。痛いんだよ。


 「なるほど、犬娘が嫌がったわけじゃな」

 「噂は聞き及んでいましたが、想像以上です」


 なにやら狐と玲がこっちを見ながら話しているが、よく聞こえない。どうせろくなことを話していないだろう。まあいい、今は凛とのコミュニケーションをするとしよう。


 「凛、しばらく会わなかったけど、楽しく過ごせていたか?」

 「兄さんがいないという最悪の事実を除けば、それなり楽しくは過ごせました。友達もできましたし」


 なんというか、言葉の端端から恨みっぽいものが見え隠れするな。そんなにいやだったのか。


 「すまねーな、長いこと会えなくて。ばばあに電話することすら禁止されちまってよ。さびしい思いをさせちまったか?」


 「別に、兄さんのせいじゃありません。……ですが、もう兄さんのいない毎日には、我慢できません」


 「まあ、兄妹が離れていること自体がおかしな話だしな。これからは、できる限りお前といてやるさ。それでいいか?」


 「ほ、ほんとうですか!? ありがとうございます!」


 「礼なんていらねーよ。俺も、できることならお前と一緒にいたいし、な」

 「は、あ、あう……。もう私、死んでもいいです……」


 頬を擦り寄せてくる凛の背中に手をやり、なでてやる。長い間会えなかったんだから、せめて一緒にいるときはやさしくしないとな。


 「おい、なんじゃあれは。儂に対する態度と全然違うぞ。というか本当に同一人物か?」


 「というより、白道さまは、女性に対しては基本的にはお優しい方ですよ。ただ、近しいものや、気の置けない相手には憎まれ口を叩くと言うだけです。もっとも、近親者でも、凛様にだけは態度が柔らかいですが」


 「じゃあ、あれがあいつの普段の姿ということなのか? あの女たらしみたいな姿が?」  


 「たらしではなく、純粋に紳士的なだけです。生来お人よしな方ですし、別におかしなことではありません」


 「ふむん、前から顔だけはいいと思っておったが、まさかあんな切り札を隠し持っていたとはの。驚きのろきじゃ」


 「なーに話してんだお前らは」

 

 凛との話にひと段落ついた俺は、狐たちのほうへと移動した。呆けながら腕に絡みついた凛はほっておいて、狐の横に座る。外はすでに日が落ち始めており、なまぬるい風が屋内に流れ込んでくる。そろそろ住人も帰ってくる頃だろうし、とっとと話をまとめるべきだろう。


 「なあ狐。どうもちょうど凛の学校がテスト週間らしくてな、探すのはそのあとになるみてーだけど、大丈夫か?」

 「儂は頼んでおる側じゃしの。別に構わん。しかしそうなると、ここに長く滞在することになるのう」

 「今まで忙しかったし、いい機会だろ。玲も、それでいいか?」

 「私はいつだって白道様に従うだけです。異論などあるはずもありません」


 口ではそう言っているが、玲が不満を持っているのは明らかだった。証拠に、さっきからこっちを全然見ない。普段ならこっちが寝ていようと人の顔を見てくるようなやつなのにだ。


 どうにかして機嫌を直させようと思ったが、今はやめておこう。凛が居る時に何を言っても、あまり意味は無いに違いない。


 「んじゃ、この件については、今日はここまでにしとくか。凛、俺らが泊まることについて、話つけるの手伝ってくれるか?」


 「はい、もちろんです」


 玲の件はまた後日話すとして、今日はもう疲れちまった。なんだか、とても久しぶりに平穏が戻ってきた気がする。


 とはいえ、また一波乱起きそうだけどな。
















その夜の話



「私、初めて知りました。人は嬉しいことがあった日は、眠くなってしまうんですね」


「いや、多分テンションあがって疲れたせいだと思うぞ?」


「どちらにしても、今日は枕を涙で濡らすこともなさそうです」


「今まで濡らしてたのかよ。それに驚いたわ」


「ふふ、もうそんな過去のことはどうでもいいです。もちろん、今日は一緒に寝てくれるんですよね?」


「え? いや、今日は酒でも飲んで一人でゆっくりしようと」


「寝てくれるんですよね?」


「いや、だからな」


「寝 て く れ る ん で す よ ね?」


「……わかったから、笑顔でにらむんじゃありません。こえーっての。つーかその代わり、冷房は入れてくれよ」


「ええ、もちろんです。(冷房がきかないくらいに熱くなっちゃったりして。きゃー!)」


「……なんか顔がゆるんでるのが気になるな。まあいいや、それじゃ寝る前に一杯、注いでくれるか?」


「はい、喜んで」




この作品を見て頂いている方々、ありがとうございます。出来たら、ネタ提供という名の感想を書いていただけると嬉しいかもです(笑)

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