俺はそろそろ逃げ出したい
白道が凛にもみくちゃにされている時、斑目はすでに仕事を始めていた。この学校は生徒の自主性を尊重しているが、それは教師が楽を出来ると言うことではない。教師は常に生徒たちが出来る限りその力を発揮できるよう支援しなければならない。生徒会の担当となった斑目は、赴任直後であろうとその例からもれることなく、生徒会の仕事内容から今までの活動、そしてこれからどういったことをすべきなのかを頭に叩き込んでいった。
「そういえば斑目先生は、生徒会長の話は聞いてますか?」
斑目のとなりで授業の準備をしていた、柿崎という若い女教師が斑目に色っぽい目を向けた。斑目は見えないほうの口端を歪ませ、疲れ目を癒すように目を閉じた。斑目は自分に向けられるこういった視線に、うんざりしていた。
斑目はかなり端正な顔立ちであり、身長は高くスタイルもいわゆるモデル体型をしている。白道には人殺しの目と呼ばれるほどの暗い三白眼も、女からすれば逃れがたいほどの蟲惑的な妖艶さを発している。そのため、斑目に言い寄る女は多かった。しかし、斑目は妖怪、あるいは生徒たちにしか興味がない男だ。そんな女たちの誘惑など、歯牙にもかけはしない。むしろ、鬱陶しく思うのが斑目という男だ。
「……聞いたことは、ありませんね。どういった話でしょうか」
それでも同僚との仲をいたずらに悪くるほど子供ではない。斑目は作業する手を止めて、柿崎を見た。
「我が校の生徒会長はすごい人気があって、それに仕事もすごくよくできるから、先生たちの間でも大評判なんですよ」
「そういえば、選挙も終わっているはずなのに、廊下にポスターが貼ってあるのを見ました。確か、不知火日輪でしたか」
「はい。名前の通り太陽みたいな子でして、斑目先生も実際会ってみたらビックリすると思いますよ。正義感の強いドラマのキャラクターみたいな感じです」
「そうですか。それではぜひ、会ってみたいですね」
斑目はそっけなく返した。柿崎の話には興味がないが、不知火という生徒には興味がわいた。斑目は生徒に優劣はつけないが、単純に優秀な人間には好意的だ。
「ところで、今日の晩は空いてらっしゃいますか?」
肩と肩が触れるほどの距離で、柿崎は斑目だけに聞こえるようそう言った。
「申し訳ありませんが。予定が詰まっておりますので」
表情一つ変えず、斑目は応える。この教師には、一生興味がわきそうにない。
授業も終わり、斑目はさっそく生徒会の役員たちとともに、文化祭の準備に取り掛かった。器材の調達や予算の割り振り、寸劇のストーリーなどなど、やることはとにかく多く、役員たちは学校中に散らばって作業をしていた。
斑目は生徒会長の不知火と共に、教室を一つ一つ回って、各出し物への割り振りを考えていた。また、普段使われていない教室の利用申請は多く、タイムテーブルを考えることもしなければならない。手元の資料とにらめっこしつつ、斑目は最適な案を出していく。
「すごい、これだけで三日はかかると思っていたのに、今日だけで終わってしまいそうですっ」
一緒に廊下を歩いていた不知火が、斑目の手腕に舌を巻いた。彼女の喋り方は特徴的で、まるで幼い子供のようなあどけなさがあった。吐き出される言葉の一つ一つに感情が目一杯こめられており、声だけでも表情が想像できるほどの面白い喋り方だ。
「まだまだだ。今後も利用申請は来るだろうからな。いくつか空き教室をストックしておかなければならない」
「ふふ、斑目先生はとても真面目でいらっしゃるんですね」
口に手を当てて、ころころと笑う不知火の表情に、斑目は珍しくわずかにではあるが、口元を緩ませた。そこにあるだけで心穏やかにさせる、まさしく太陽のような女生徒だ。
「仕事ならば、当然のことだ。変なことを言ってないで、次へ行くぞ」
持っていた資料を丸めて不知火の頭を軽く叩き、斑目は次の教室へ向かう。すると、近くの階段から吹奏楽部の女生徒たちが上がってきた。彼女らは斑目たちを見ると、一様に頭を下げた。しかし、それは斑目にではなく、明らかに不知火に対してのものに見えた。
「大した人気だな、不知火」
こういった光景は、初めてではない。校舎を歩いているだけで不知火は大勢の生徒から声を掛けられていた。「こんにちは」程度のあいさつではあるが、ほとんど全員が彼女を見て頭を下げた。教師だって、こうはならないだろう。
「いえ、私はただ良い生徒会長であろうとしているだけです」
「ふん、さすがは不死鳥とまで呼ばれるだけはあるな」
「それは、皆さんが面白がって言っているだけで」
どこかそのあだ名に喜んでいるような、そんな微笑みを不知火は見せた。ちなみに、不知火の二つ名である不死鳥とは、彼女が生徒会長になった直後に起こった事件に由来する。
彼女は信任投票によって生徒会長となったが、それから二日と経たないうちに、自動車に撥ねられるという大事故にあった。当初はいつ目覚めるかもわからず、さらにリハビリも必要になるかもしれないとすら言われていたが、まさかの超回復を見せ、見事に生徒会長として復活した。その時、校長が興奮のあまり朝礼で口走った『不死鳥』と言う言葉が生徒たちに広まり、結果彼女は『不死鳥』不知火の名で全校から親しまれるようになった。
しかし斑目は、彼女が慕われている理由はそれだけではないと直感した。彼女にとってその出来事は、名を広めることに役だったにすぎない。それほど彼女は人間として完成されている。それなりに長く教師をやっているが、不知火のような生徒は見たことがない。
「そういえば斑目先生は、以前はどこの学校で働いてらしたんですか?」
教室の扉を開きながら、不知火は問いかけた。
「以前は、海晴高校で勤務していた」
以前といっても、すぐに戻るだろうが、とは言わなかった。
「え。海晴?! 名門ではありませんか!」
「そんな大したものじゃない。生徒たちもこの学校とそれほど違いがあるわけでもないしな」
「そうなんですか? にわかには信じられません」
「至って普通の学校だ。驚邏大四凶殺だとか、大威震八連制覇だとか、学校行事も盛んだ。まあ、黒手袋の下に鬼の手がある先生とか、グレートティーチャーだとかもいるが、基本的には普通だな」
「先生、それどこの世界の普通なんですか。年中トラブルばかり起きてそうなんですけど。生徒がもれなく心労で倒れそうなんですが」
「……まあ、頭が良かろうと悪かろうと、生徒は生徒だ。教師にとって違いなんてあるはずもない。俺たち教師は、学力をあげることではなく、生徒の内面と向き合うのが仕事なんだからな」
斑目は淡々と、そう言った。建前でもなければ恰好をつけたわけでもない、斑目は心からそう思っている。それは正義感からではなく、教師としての誇りからだ。妖怪関係の仕事のときには学校を留守にすることもあるが、生徒から相談を受けている時には生徒を優先するし、それが無理でも電話で相談に乗ったりもする。
生徒から愛されるわけではないが、生徒から信頼される教師、それが彼だった。
「私、そんなこと真顔で言える先生、初めて見ました」
不知火の言葉に、嘲笑や侮蔑は一切なかった。純粋に、斑目に対する敬意だけが表れていた。斑目は本心でそう言っていると確信し、かつその思想を正しいものだと感じることができなければ言うことはできない言葉だ。
斑目はそんな彼女の目に、正義の心とでも言うべき、熱を感じた。彼女の瞳は、地をはいつくばる凍りついた心を、空高く運び去り光で照らす、そんな力があった。
「教師なら、誰だってそのくらいの信念をもっているはずなんだがな」
そんな彼女に、班目は冗談交じりでそういった。
「けれど、一人でも強い信念を持っている人がいれば、きっと他の方も気付いてくれる。そうじゃありませんか?」
「ふん、まあ、それも確かではあるが……」
価値観の凝り固まった教師は、自分の考えをめったなことで変えたりはしない。正確に言えば、大人たちは自分の思想を、『良い方向』に変えることはめったにない、というべきだろう。斑目はそのことをよく理解している。
彼の同期は二人いた。どちらも、新米教師らしい情熱に燃える、青臭くも瑞々しい青年だった。しかし、一人は受験に悩む少年少女の相手をしているうちに、自分自身の精神すら壊してしまった。泥沼に溺れる子供たちを助けようとして、助けきれずに沼に沈んでいった。
もう一人は、受け持った生徒たちの成績がなかなか伸びず、保護者や先輩教師たちから執拗に責められたせいで、ストレスから体を壊し、心も病んでしまった。
斑目は、別に彼らと仲がよかったわけではない。というより、基本的に人と仲良くするということはない。それでも、一応声をかけたりぐらいはしていた。しかし、楽観視していたことも確かだった。どれほど辛かろうと、誰に何を言われようと、彼らは生徒から嫌われていたわけではないのだから、踏ん張れるはずだと。
だが、それでもだめだった。生徒たちから励まされていたにも関わらず、彼らは自分たちへの罵詈雑言にばかり反応してしまった。これは仕方のない例だが、中には、狡猾さを磨くことだけに長ける人種もいる。そういった輩は、決して善人の言葉に耳を貸しはしない。むしろ、善人を貶めることを生きがいにしているような奴らだ。
悲しいというより、虚しい話だ。班目は同僚の悲劇に特別深く気を落とすこともなかったが、生徒たちの期待を裏切る結果になってしまったことだけは、深く悔やんだ。
「世の中、そう上手くはできてない」
不知火に対して言ったのか、自分に対して言ったのか、班目本人ですらわからなかった。――その時、斑目の額に人さし指が伸ばされ、とん、と押された。見ると、不知火が「心配するな」とでも言うように笑っていた。
「先生、諦めたらそこで試合終了、ですよ。諦めなければどうにかなる保証はありませんが、あきらめたらどうにもならないという保証はします!」
低身長の不知火が斑目を覗きこむように移動して、そう言った。斑目と不知火の身長差は三十センチ以上はあるが、斑目は小さな不知火の大きな威勢に呑みこまれそうだった。
「そうだな、……お前なら、もしかしたら周りを変えていくことも、できるかもしれないな」
自分を見つめる不知火の頭に手を置き、斑目は小さく独りごちた。
入部届けに部長のサインをもらい、白道は職員室へ向かっていた。後は葵にチェックしてもらえれば、晴れて文芸部員となる。そんなわけで誰もいない一階の廊下を歩いていると、なにか怒鳴っているような、耳障りな声が聞こえた。部活の声かと思ったが、どうも駐輪場のほうから声が聞こえる。少し気になり、窓から外を覗いてみるが、校舎からは死角になる、倉庫の裏あたりにいるようだ。
白道は手元の入部届けを見ながら逡巡する。どう考えても、関わらないほうがよさそうな面倒くさい出来事が起こっている可能性が大だ。出来れば無視したい、が、
「ガキの学校生活に悪影響、だな」
妹の為にも、ここは行くべきだろう。靴を履き替えて、白道は倉庫裏へと向かった。
倉庫裏では、まあ予想通りの光景が繰り広げられていた。一人の見るからに気弱そうな奴が地面にへたり込んでおり、その周りを一見普通そうな連中が囲んでいる。喧嘩、ではないだろう。
「お前、むかつくんだよ」 憎たらしい顔で、一人の男子が唾を吐いた。 「今日もバスケんときにパスもとれねーしよ」 もう一人が地面を蹴り砂をかける。 「まじで体育のときは休んでてくんねーか? 邪魔だから」 最後の一人が、下卑た笑い声を上げた。
「おい、何してんだテメーらは。キャンキャンうるせーぞガキども。カルシウムが足りてねーよ煮干し食え煮干しを」
よほど熱中していたのか、すぐ後ろまできても気づいていなかったので、白道は囲んでいる連中に声をかけた。予想外だったのだろう、怯えたように彼らはこっちに振り向いた。
「なんだよ、お前」 三人の中でもリーダーらしき男が、白道をにらんだ。脅すような目つきのくせに、どこか夢でも見ているような、そんな目をしているように感じる。
白道はリーダー格らしき男の肩に手を置き、哀れみの視線を向けた。
「なんだじゃねーよなんだじゃ。お前らなあ、いい年した男が馬鹿みてーなことしてんじゃねえよ」
「うっせーな。お前には関係ねーだろ」
「いやね、お前らの気持ちも分かるけども、おじさんもちょっとしようかなって思ったことあったけども、他人のエ○マックスなんて盗んでも何もいいことないからね。あんなの臭いだけだから。他人が履いてた時点でゴミだから。トイレでステーキ食うようなもんだようん」
「いやちっっげえええよ!!! 誰がエ○マックス狩りだぼけえ!! 古ぃーんだよ! 何年前の流行りそれぇ?!」
「え、違うの!?」
「なんでびっくりしてんの?! こっちがびっくりだよ!!」
「あ、じゃあもしかしてあれ、遊戯お――」
「だから違うっつてんだろぉが!! いちいち古すぎんだよてめえはよぉ!」
「いやほんとにね、最近の若い奴はやれブルーアイだ、レッドアイだ、ブルベリアイだ。カードのために破産に追い込まれたやつの気持ちも考えろ!」
「社長の黒歴史は関係ねえだろ! つうか最後のそれただの健康食品だから!!」
わけのわからない勘違いをしながら入ってきた白道のせいで、不良たちはどうも気が抜けたらしく、
「くそ、冷めちまったぜ」
と小さな声で言い、全員仲良く帰っていった。後には力なくうなだれているいじめられっこだけが残された。写真で撮ったら殺害現場の写真だと勘違いされるであろうほど生気が無い。
「おい、生きてるかそこの坊っちゃん。鼻水垂れてンぞ」
「……生きてます」
しんどそうに顔を上げて、彼は小さくそう答えた。
「ったく、エ○マックスは外で履いてると必ず狩られるから、スリッパ代わりにしろって散々言われてただろーが。なんでまた学校なんかに履いて来ちゃったの」
「全然違うんですけど。エ○マックスでもなければ遊戯○でもなく、なんか大事なもの狩られただけです」
「あなたの心です的な」
「いやそんなきれいなやつじゃなくて」
「まあいいや、それで、お前誰よ」
「あ、一年の、鳴神蓮、です」
「名前かっこいいなお前」
名前も聞けたところで、立ち上がろうとしない鳴神に嫌気がさしたので、白道は無理やり手を掴んで立ち上がらせた。鳴神は、小さな声を上げて立ち上がった。
「早くけつに付いてる砂払えよ。お母さん大変だからそれ洗うの」
「あ、はい。……あの、ありがとうございました」
鳴神は尻についた砂を落としながら、ぺこりと頭を下げた。
「礼とかいらねえよ。それよりお前、なんでまたあんなリンチみてーなことされてんの。恨みでも買ったか?」
「…………」
聞いたところで、鳴神は応えようとしない。唇を噛みしめて黙っている。
「……ま、男にゃ話せないことの一つや二つあるだろーさ」
それ以上は何も聞かず、白道は鳴神の頭をぽんと叩いた。
腕時計を確認すると、結構な時間が経っていた。そろそろ職員室へ向かわないとまずい時間だ。だが、どうにも打ちひしがれている青少年をほっぽりだしていくのも気分が悪い。
「どうすっかねぇ……」
と、白道が頭をかいたその時、
「――ふぅぅぅううはははははは!! お困りのようじゃな!!」
倉庫の上から、高らかな笑い声が聞こえた。
「………………ああ?」
「天泣く地泣く人が泣く!! 月夜の願いをその背に受けて! 零れる涙を救いに参上!! Yes! プリキュウビ5!!」
「……………………………………………………」
「とうっ!」
「せいっ」
「あふんっ!」
倉庫の上から飛び降りた狐の着地点を狙って蹴りを放つと、狐は見事に顔面から地面へと飛び込んだ。
「何しに来たんだテメーは。馬鹿か? 途方もない馬鹿なのか?」
「うみみみみみ……! 顔がぁ、プリチーな儂の顔がぁ……!」
「なぁにがプリチーだ。そもそも5じゃねえだろうがお前。友達いねえだろうが」
「いるもん……」
「どこに」
「ネットの中……」
「俺が悪かったよ……」
地面に倒れこんだまま、狐は泣きだしてしまった。顔の痛みで泣いているのか、それとも違うのか。多分、違う痛みだろう。
「すまねーな鳴神。うちのアホが見苦しいことをしてしまって」
「い、いえ。というか、誰ですかその子」
年相応の顔で、鳴神は驚いていた。狐の登場の衝撃は大きかったようで、さきほどまでいじめられて、ふさぎこんでいた鳴神の心の壁すらも壊してしまった。あまりに驚きが大きいと他のことがどうでもよくなるというが、今回に限っては、狐のおかげで鳴神は悲しさをすこし忘れられたようだ。
「ふふふ、よく聞いたな若僧よ。儂はこの街で悪さをするマモノ、サイアークたちを懲らしめるために不思議な妖精ベルゼブブと契約し」
「というようなことをいつも言っている痛い近所の子供だ。だから気にすんな」
「おい御主! ここの説明を遮るとはどういう教育を受けてきたんじゃ! 儂が説明せんと視聴者がストーリーを理解できずに見ることになるじゃろうが!」
「視聴者って誰。そこにいるバッタ?」
「無垢な少女たちと脂ぎったおっさんたちじゃ!」
「お前はいいのかそれで」
顔に土が付いているというのに、狐は本当の魔法少女のようなきらきらとした目をしている。とりあえず、まだぐだぐだと設定を説明している狐の顔に周囲の水分で濡らしたハンカチを当てて、泥を拭いてやる。
「んむぅ」 狐は自分からハンカチに顔をこすりつけてきた。 「そういえば、そこの若僧はなんなんじゃ? なんとも無様じゃったが」
「馬鹿お前無様とか言うんじゃねえよ。こいつだって必死にピーカーブースタイルで身を守ってたろ。亀のように縮こまってはいたが、目は死んでなかっただろ」
「なんと。じゃあこいつは一見いじめられっこじゃが実はダイナマイトパンチを秘めて……!」
「その通りだ。なあ君、実家は釣り船屋だろ?」
「いえ、ただのサラリーマンと主婦です」
「じゃあハトを飼ってたりとかは。ついでにそのハトがいじめっ子から狙われてたりとか」
「犬なら飼ってますけど……」
「じゃあなんのためにいじめられてんだ馬鹿野郎!」
「理不尽すぎでしょーが!! なにかのためにいじめられてる奴なんてこの世にいねーよ!!」
「ちっ、俺はお前の左フックに世界をみたのによぉ」
「いや、俺左フックとかしたことないです。てかなんでそんな微妙なパンチなんですか」
――儂はこの時、何かを感じていた。いずれこの男が、儂の敵となって現れるのではないかという予感じゃ。儂はまだ魔法少女としては新米、これからの戦いの為にも、街の皆のハッピーパワーを集めてスマイルでいっぱいにしなければならぬ。
おいなんでお前が勝手にナレーションしてんだよ。つーか初対面の人間を悪役にすんな馬鹿。確かにこいついずれ少女の敵になりそうだけども。
「しかしこの若僧は、いかにもいじめられそうな見た目じゃの」
狐はまじまじと鳴神を見て、そうつぶやいた。確かに、表情は暗く生気がなく、髪は中途半端な長さでもっさりとした雰囲気を醸し出している。あまり、人付き合いが得意なようには見えない。
「別に、僕はいじめられるようなことは何も……」
鳴神はもともと合ってもいない目をさらにそらした。
「あほか。教室で一人でじめーっとしてるだけでもそりゃ十分いじめられる理由になんだよ。教室にキノコが生えてるようなもんだ。誰だって嫌がるっつーの」
「そ、そんなの理不尽ですよ! 俺は何も悪いことしてないのに!」
唾を飛ばしながら、鳴神は地面を踏みつけた。
「悪いことしてていじめられるのは当然じゃろ。悪いことしてないのにいじめられるからいじめって言うんじゃよ」
「それもそうだな。いじめなんて大抵いじめられる側は悪くねえよ。ただ、いじめられるだけの原因はあるけどな」
「……原因って、なんですか」
鳴神のうっとうしいぐらい長い前髪から覗く目は、白道を睨んでいるようでもあった。未だに目を合わせることもできないが、その瞳は初めて強い感情を露わにしていた。
下へと向けられた視線のちょうどその先に、狐は仁王立ちして口を開いた。
「ふふん、若僧よそう悩むことはない。御主は運がいいぞ。御主の抱えておるいじめ問題は、儂らが華麗に解決してやろう!」
「え、ほ、本当ですか?」
「もちろんじゃ! 弱きを助け強きを挫く、それが儂ら魔法少女の信念じゃ!」
「儂”ら”ってなに? それ俺も入ってんの? つーかなんでいつのまにか魔法少女にされてんの?」
「細かいことをぐちぐちと言うでないわ。そういう時は、『うん、わたしやってみる!』って言うのが普通じゃろ」
「どこの世界の普通だそれは。世の中そんな頭の軽い少女ばかりじゃねーよ」
「じゃかましい! さあ白道よ、これから忙しくなるぞ!」
「もう十分忙しいわぼけ」
ただでさえ面倒な仕事をしている最中だというのに、さらに面倒事を引きこもうとしている狐に、白道は思い切り「やりたくない」という視線を投げつけた。
だが、狐は全くこれっぽっちも意に介してはくれなかった。
「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり、じゃ。これぞ魔法少女の心意気よ!」
「渋い少女だな」
はぁ、まあいいか。どう悩んだところで、なるようにしかならん。ここらへんの諦めの良さが俺の魅力だと思う。
「それは違うじゃろ」
「だから心の声と会話すんな」




