俺と狐の準備段階 2
「風たちぬ。ということでちょっと空を飛んでくる」
「ちょ、御主空飛ぶとNASAが怖いとか抜かしとったじゃろ!? いきなりすぎる!」
「いや、俺の中の空への憧れがなんか沸き立った。今ならいける気がする」
「待たんかど阿呆! こんな街中で飛んだら大変なことになるぞ?!」
「大丈夫だ。ステイしがちなイメージだらけの頼りない翼でも自由に空も飛べるはず、とかなんとか歌でもいってるだろ」
「違う違う、いろんなところが違う! 歌詞まざってる!」
「止めるな狐。俺はこの大空というキャンバスに飛行機雲で絵を描くんだ」
「いや意味わからんぞ!?」
「そらーにーふふふれてーそらーをーかけーてーふふーん」
「ああ! もうだめじゃ! 少年のような純粋な目で空を見ておる! そのくせ歌詞がとても曖昧じゃ!」
「生きねば」
「やかましい!!」
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日曜日の午後、俺と狐、そして玲と凛は、本堂の前の石階段に座っていた。日差しは相変わらず強いが、階段付近はちょうど日陰になっているため、あまり暑さは感じない。俺たちは少し前から、この場所で斑目を待っていた。入学するにあたっての説明と、学校への挨拶のためだ。しかし予定の時刻から、もう二十分は過ぎている。
「なあ白道、斑目のやつはまだこんのか?」
昼間っからゲームをしている狐が、ゲームオーバーのタイミングで興味なさげに聞いてきた。太陽の下だと画面が見づらいと思うんだが、廃人はそんなこと気にしないのか。
「なんでもあいつの事務所の職員がミスをしたらしくてな、そのせいで遅れてるんだと。ついさっきメールできた」
「事務所って、妖怪関係の事務所ですか?」
アイスクリームをなめながら、凛はこっちを向いた。
「ああ、その業界じゃかなり有名らしいぞあいつの事務所は。バチカンとかでも名が知られてるからな」
「そんな有名な人なのに、気軽に呼び出してしまって大丈夫なんですか?」
「事務所が有名なだけで、斑目自体は表に出てこないからな。基本は優秀なスタッフたちだけで全ての業務を回してんだ」
「へえ、なんだか優良企業って感じですね」
「つっても、社長の面と性格は酷く凶悪だけどな」
――などと俺が暢気にけらけらと笑っていると、すさまじい速度でドリフトしながら境内にベンツが入ってきた。
「ぬ、ぬおお!! なんじゃああ!?」
のんびりした時間に突如現れた高級車に、狐が目を見開いて驚愕する。砂煙と爆音があがり、タイヤが一発で駄目になるんじゃないかという勢いで石畳の上を滑る。常識外れの真横に滑る車は、そのまま俺たちの真正面にぴたりと止まった。
「な、なんですかこの車はっ」
凛はとっさに防御用の札を取り出すほど動揺している。不安そうにこちらを見る凛に、大丈夫だと目で合図を送る。
「しかし相も変わらず、とんでもねえ運転してやがるなあいつ」
俺はたいして驚きもせずに、鼻先に当たりそうになっているサイドミラーを見た。
「あ、あいつって、じゃあこの車運転してるやつが!」
ばあさんのように腰を抜かして、狐は震える指で車を指す。まるで爆発現場を走り抜けてきたような状態になっている車からは、バーストしたタイヤのいたるところで空気の抜ける音がしている。ワイルドス○ードでもこんな無茶はしねーぞ。
エンジンが切られたのを確認し、俺は立ち上がる。車のドアが開かれ、長身で血色の悪い男が顔を出した。荒く切られた髪形に、きつい三白眼、そして不機嫌そうな表情。こんな奴は世界に二人といない。俺は口端を上げ、笑う。
「よう、久しぶりだな、斑目」
「久しぶりってほどでもねえだろ。……まあいい、とっとと話を終わらせるぞ、白道」
「その前にこの車どうにかしてくれねえか。うちの女衆がみんな貞子でも見たような顔して固まってんだけど。つーかどうすればあんな運転できんだよ。なに? 警察にでも追われてたのかお前は」
「ふざけるな。あの車はうちの技術班が総力を結集して作った高性能ベンツだぞ。弾丸の雨をものともしないほどだ」
「その車が俺の目の前で火を噴いてるんだけど。なんの雨に降られてきたんだよこいつは」
「わからん。ブレーキがききづらいこと以外に問題はないはずなんだが」
「およそあらゆる車でもっとも重要な部分だからなそれ。お前のところの技術班はなに考えてんだ」
「いかに速くできるかだ」
「公道でそれを求めるんじゃねえ」
閑話休題
「ところで、九尾の狐とやらはどこにいるんだ? お前と一緒にいると思ったが見あたらねえ」
斑目はきょろきょろと辺りを見回した。明らかに奴の目に狐は入ってるはずなんだが、予想通りこのちんちくりんがそうだとは分かっていないようだ。
「あー、斑目。言い辛いんだけどな……」
俺は視線を動かして、それとなく狐を見る。斑目も、辺りを見ていた真っ黒な目を、下へと移動させた。狐と斑目の目がばっちりと合うと、狐は斑目の前に躍り出て笑いながら胸を張った。
「ふははははは! 斑目とやらよ、御主は相当の腕前の術士だと聞いておったが、たいしたことはないようじゃなっ。目の前におる妖怪の王を見落とすとは滑稽としかいいようがないっ。その節穴の目でとくと見よ! このプリティでキュアキュアな幼女こそ! 御主の探しておる九尾の狐じゃっ!!」
鼻息も荒く渾身のドヤ顔で、狐は胸に手をあてて得意げに笑った。しばし間があってから、斑目はゆっくりと視線を外した。
「……お、おう。そ、そうなのか」
す、すまん。と言って斑目は目を伏せた。耐えられなかったのだろう、この現実に。
「すまんってなんじゃぁぁぁ!!! せめて、『お前のわけねえだろ』とか言って鼻で笑えばいいじゃろ!!? なんでそんなに物分りがいいんじゃよぉぉぉ!! うわぁぁぁーん!!」
「お、落ち着けって狐。お前、いい年して泣くなよ。大丈夫だって。お前どこからどうみたって九尾だって。ほら、種族が狐ってとことかそっくりだし」
「全く慰めになっとらんわぁぁ!! そもそもそっくりってなんじゃ! 儂は正真正銘九尾の狐なの!! 本物なの!! うがあああああ!!」
「あーあー、お前が柄にもなく気ぃ遣うから。こうなるとめんどくせえんだぞこいつ」
狐はしっちゃかめっちゃかに手足を振り回して泣き叫ぶ。もう九尾どころかそこらへんの女の子より幼く見える。
「狐さん、落ち着いて。大丈夫です、みんなあなたが九尾の狐だって知ってますよ。安心してください」
「そ、そうですよ。兄さんに尻尾だって取り返してきてもらったんですし、本物に決まってますよ」
玲は後ろから狐の頭を撫で、凛は正面から狐に言い聞かせるようにして、泣き止ませようと躍起になっている。が、その小さい子に対するような慰め方は逆効果な気もする。
「お前の周りは、個性的な奴しかいねえのか」
斑目がうんざりしたような顔で頭を掻き毟った。いまだに信じられないという顔だが、尻尾がある以上疑いようもない。
「妖怪と陰陽師だぜ? そりゃ個性的にもなるっての」
「ふん、言われてみれば確かにそうか。――そういえば、お前の入学にあたって、苗字はこっちで変えておいた。間違えるなよ」
「ああ、そういやあ凛とは無関係って設定だしな、そうしたほうがいいか。んで、なんて名前なんだ?」
「芦屋だ。芦屋春海。それが高校でのお前の名前だ」
「芦屋か。陰陽師的には、悪くねえ名前だな。下の名前はそのままか?」
「下まで変えたらテメーか妹がトチるかもしれねえだろ。それと、お前と妹の関係は教師側にはばらしておいた。つっても、苗字が違ったりと複雑な事情だから察しろ、と言ってあるから、特になにか詮索されることはない」
「確かに、そう言われりゃああーだこーだと言われることは少なそうだな。――そういや、これから校長に挨拶に行かなきゃなんねえんだろ? お前も来るのか?」
「俺は教師だからな、そんなもんはすでに済ませてある。お前だけだ」
「はいよ。ったく、めんどくせえこって」
堅苦しいのは苦手だ。というか、そもそも学校と言う存在が苦手だ。
「あ、兄さん。それでは学校までの道は私が案内しましょうか?」
泣きやみはじめた狐から離れて、凛が寄ってきた。
「おう、ありがとな凛」 俺は凛の頭に手を置きぽんぽんと叩く。 「斑目はどうするんだ、帰んのか? つーか帰る場所があるのか?」
「問題ない、すでにホテルがとってある」
さすが、桁外れの金持ちなだけはある。これがブルジョワか。まじで頼み込んだら一億ぐらいくれねーかな。
「なんだ、もの欲しそうな顔しやがって。仕方ねえな、これをやろう」
斑目はやれやれといった風に、ポケットから妙な黒焦げたものを出して俺に手渡した。
「なんだよこれ」
「妖怪の間で大ブームの、尻子玉の黒焼きだ。持ってると運気があがる」
「いるかぁぁぁぁぁあああ!!」
どこのだれがこんなもんもらって喜ぶんだよ! 俺は怒りにまかせて手の中のものを投げ捨てた。玉はぐんぐん飛距離を伸ばし、見えなくなるまで飛んでいった。
「ぬおっ、なにしてやがんだ! マニアなら垂涎の品だぞ!」
「どこにそのマニアは存在するんだよ!! つーか気持ち悪っ! よくそんなもん得意げに出せたなお前!」
「山姥の入れ歯のほうがよかったか?」
「もっといらねえよ!!!」
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ぶっ壊れた斑目の車はどうしたって動きそうにないため、寺の車を貸してもらい、学校までは俺が運転した。斑目の車はあいつの部下が回収するから放置しておいて問題ないとのことだが、そもそも壊さなければ良いだけだと思うのは、俺だけではないだろう。
「兄さんの運転はとても乗り心地がよくて安心しました。私、ドリフトなんて今日初めて見ましたもん」
学校に到着すると、そう言って凛は苦笑いした。気持ちはよく分かる、が、あんな運転と比べられても嬉しくない。
「あれはドリフトって言わねえよ。スリップっつーんだ。あるいは自殺だ」
皮肉を言いつつ、車のドアを閉める。凛が降りたことを確認してから、ドアをロックし、鍵をポケットにしまう。
俺は明日から通うことになる校舎を、じっくりと眺めてみた。鏡に映った映像でも見たが、本当に洒落た雰囲気の学校だ。直線ではなく曲線の多用された校舎は、学校というより、海外のトップ企業の本社のようだ。よくある鉄筋コンクリートの古臭さなど、微塵も感じられない。
「随分でけえけど、校長室ってのはどこにあるんだ?」
「ここから見えますけど、二階に直通の階段があって、その先に職員玄関があるので、そのすぐ横です」
凛は右側を指差した。そこには確かに校舎へとつながる階段があり、玄関らしきものも見えた。
「駐車場から近くてなによりだな。んじゃ行くか」
「はいっ」
階段をあがり、来客用の下駄箱に靴を入れ、スリッパに履き替える。凛の言うとおり、玄関のすぐ横に校長室がある。校長室の隣は、どうやら職員室のようだ。俺と凛は今一度服装を整え、ノックしてから校長室に入った。校長室は別段特別なことはなく、部屋の真ん中に机があり、机を挟むようにソファが置いてある。そして奥には、校長専用の机がある。
「おお、いらっしゃい、話は斑目先生から聞いているよ」
俺が挨拶の言葉を言うより先に、立派な机に座っている恰幅のいい男性が、にこやかに話しかけてきた。おそらく校長先生なのだろうが、ずいぶんと人のよさそうな顔をしている。
「ああ、すいません挨拶遅れまして。明日からこの学校でお世話になります、白――もとい、芦屋春海です」
自分の名前はどうやら体に染み付いているようで、危なく本名を言いそうになってしまった。それに、偽名というのは違和感が酷い。言霊というものの大切さをあらためて痛感するほどだ。まあ、俺は言霊とかはほぼ使えないんだが。一方言霊が大得意の凛は、俺の後ろに少し隠れながら、続いて挨拶をした。凛の人見知りは治ってないらしい。
「ああ、堅苦しい挨拶はいいよ。ま、ソファにでも腰掛けてくれるかな」
どうぞどうぞと、校長は座るよう薦めてくる。頷いて、俺たちは少し古臭い、けれど上等なものだとすぐ分かるほどやわらかいソファに腰掛けた。俺達が座り終えると、校長は席を立ち、長机をはさんで俺たちに対面する位置にあるソファに座った。
「さて、せっかく来てもらって悪いんだがね、入学の手続きやらなんやらの、転校してきたときにしなければならない面倒くさいものは、斑目先生が全て終えてしまって、正直あまり話すようなこともないんだ」
まいったね、と言って校長は笑った。拍子抜けではあるが、手間がかかることがないというのはいいことだ。
「だから、とりあえず君のクラスと、その担任の先生を紹介させてもらうよ」
おーい、と校長が隣の職員室へと声を投げると、扉が開き、一人の女性が入ってきた。
「失礼します」
ぺこりと頭を下げ、女性は校長の隣に立った。
「紹介するよ。こちらは、君のクラスである二年D組の担任の、清永葵先生だ。困ったことがあったら、なんでも相談するといい」
俺は、声も出せずにその女性を見た。長く美しい黒髪。少しつり目ながら、どことなく優しさを携えた瞳。スタイルのいい長身にマッチしたスーツ。完璧に、俺のタイプど真ん中だ。おいおいおいおい、これはやべえよ。過去最大級の衝撃だよ。なに? いっちゃっていいの? いいんだよな?
「こんにちは。もう紹介されているけど、私の名前は――」
俺は立ち上がり、まだ喋っている葵さんの手を取った。
「どうもこんにちは葵さん。どうですか? 今夜ひとば――じゃねえや、夜景のきれいなホテ――でもねえや、レストランでお食事でも」
「は? あ、あの……」
「ああ、大丈夫です。全部おごりますので。あ、それとも次の日に支障が出ないよう金曜日に日を改めましょ――っぶほああああああああああああ!!
突如、雷でも落ちたような衝撃が俺の両すねに走った。あまりの痛みに俺は倒れ、ソファの上を転げまわる。
「何を言ってるんですか何を!! 私の目の前で浮気とはいい度胸です!! そこに正座してください!!」
「ちょ、ちょま……! お前に蹴られたすねがやたらと痛えんだけどぉぉ!? おま、これっ、ぜってえなんらかの力使っただろ……!!」
妖怪に殴られたってダメージのない俺の体にこれほどの痛みを与えるとは、こいつかなり本気でやりやがったなちくしょうめ!
「正座です! 正座です! 正座です!」
「ふざけんな! むりだっつーの!! 骨折れてないのが奇跡だからねこれは!」
「やかましいです! なんですかあのきりっとした表情! 私でもなかなか見たことありませんよ! うらやましいことこの上ないです!!」
「いや、あれはけっこういろんな女に使っ……なんでもない」
「やっぱり正座です!! 待っててください、今膝の上に乗せる岩を探してきますから!」
「拷問じゃねえか! つーか俺にそんなもん効くか!」
凛の怒りはまったく収まらず、わんわん喚く凛に圧し掛かられ、もう収集がつかなくなってきた。凛程度がなにしようが俺には大したダメージじゃないし、凛もそれをわかってやっているんだろうが、たまに急所に入りそうで怖えよ。
「……なんだか、面白い子が入ってきましたね」
葵さんがひきつった笑みを浮かべて言う。
「いやー、なかなかいないよ、校長室で痴話喧嘩する転校生って言うのは。あっはっは、けっこうけっこう。元気で何よりだ」
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「のう、御主が美女に会うたびに口説いていると言う噂を耳にしたんじゃが、本当なのか?」
「それ今日耳にしただろ絶対。つかなんだよそのアホくせえ噂は」
「じゃあ違うのか?」
「そりゃお前……あれだよ。一晩どうですかくらいは言うけども」
「これ以上ないくらい口説いておるな!? ちゅうか御主に性欲とかあったのか!?」
「なかったら動物じゃねーだろうが。どんな勘違いしてんだテメーは」
「なんとまあ……。意外じゃ、本当に意外じゃ」
「つっても、俺の好みのど真ん中ってレベルじゃない限り、いくら美人でも節操なしに口説いたりしねえよ」
「ほう、一応理性があるんじゃな」
「ってか、そもそも俺の好みで、かつ口説いてもいい女ってのは、まず見たことねーけどな」
「なんでじゃ? 御主の好みってあれじゃろ、大人の女って感じじゃろ? 結構おるじゃろ」
「まあ、そりゃけっこういることはいるんだけどよ、そういう人って大抵が旦那さんいるからな。流石の俺も手がだせん」
「難儀な好みじゃのう……。まあ、そもそも御主が女に手を出そうとしているのを、あの妹とワンコが黙って見ておらんじゃろうし、ちょうどいいのかもしれんの」
「はっ、確かにそのとおりかもな。本当に、難儀な話だ」
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「白道様が美人を口説いていると思いきや私だった、という噂を聞いたのですが、私には覚えがありません。これはどういうことなのでしょうか」
「お前の頭がどういうことなんだよ」
「白道様、言っておきますが、そんなわざわざ口説いたりしなくとも、私はすでにおちていますよ」
「おい、もうめちゃくちゃだぞお前」
「いえ、でもそうですね。そんなにも私を口説きたいというのなら。仕方ありません。さあ、存分に口説いてください」
「人の話聴けよこの野郎ぉぉおお!!! つうかなんで上から!? 口説いてください、じゃねーよ!!」
「ちぇっ」
「なんで不満そうなんだよテメーは!」
「白道様がかまってくれないからです。もっとかまってください」
「十二分にかまってると思うんだけど……?」
「おうおう、さびしいからもっとかまえよー」
「顔赤くしながら言ってんじゃねえよ……。口調おかしいしよ。――わぁったよ、かまってやるから大声でつっこませねえでくれ疲れるから」
「計画通り、です」
「俺があえて乗ってやってるだけだっつの」




