二人での御朱印巡り(sideマナブ) 06
俺たちが社務所のそばのベンチに座り途方に暮れていると、突然、声をかけられた。
「もしかして、昨日、那智の滝にいらっしゃった方では、ありませんか?」
俺が顔を上げると、そこには昨日、那智の滝の水場で出会った男が立っていた。
「あ、どうも。」
俺は、どう答えていいのか分からず、会釈だけかえした。
「ここいいですか?」
そういうと、男は俺の隣に腰をかけた。昨日も思ったが、気さくなというか馴れ馴れしい人物のようだ。
「今日も那智の大社にいらしてたんですね。お疲れのご様子ですが、大丈夫ですか?」
この展開は露天神社と同じだな。俺はアオイさんと出会った時の事を思い出していた。ユウの方を見ると、同じ事を思い出していたのか、少し驚いたような顔をしていた。
「少し、調べたいことがあって境内を見てたのですが、なかなか手がかりが見つからなくて休んでたんです。」
俺は、露天神社の事を思い出し、少し踏み込んで男に話をすることにした。
「何をお調べになっているのですか?昨日もお話をしましたが、私はここの地元に住んでいるので、那智の滝だけでなく那智の大社についても、それなりに詳しいつもりです。もしよければ、お疲れの様子ですし、少し休んでいかれるのはどうですか?」
「休んでいく?」
俺は、戸惑った様子で聞き返した。
「ええ、実は私は、この熊野那智大社の関係者なので、この社に自分の作業場をもっているんですよ。大したところではありませんが、お二人が休憩する位のスペースはありますので、遠慮なく、来てください。」
手がかりがまったくないことに疲れてきっていた俺たちは、男の好意に甘えることにし、男の後についていった。正直、露天神社と同じ展開を期待もしていた。
「どうぞ、こちらです。」
男は、俺たちを境内の片隅にある作業場に案内した。作業場の中は、畳敷きの部屋であり真ん中に小さなちゃぶ台が置いてあった。俺たちは男に勧められるままちゃぶ台の前に座った。男は、お茶を入れるための小さなキッチンに向かい湯を沸かし始めた。男を待つ間、俺たちは、見るともなく部屋の様子を見ていた。部屋の隅には、布団が畳んであり、男はここに寝泊りをしているようだった。
しばらくすると、男がお茶を俺たちの前に置いた後、正面に座った。
「お茶でも飲んでゆっくりしてください。」
俺は、お茶を飲み一息つくと男に事情の説明を始めた。
「ありがとうございます。俺たち二人は、同じ大学のサークルの仲間で逸色マナブと鴇田ユウといいます。サークルでは、御朱印巡りをやってまして、その関係でこの熊野那智大社に来てたんです。」
マナブは、男に礼をいうと自己紹介をした。
「そうなんですね。私は、この熊野那智大社で作業員をしているクラマと言います。長年、この神社で諸々の作業をやってますので、この神社のことは隅から隅までなんでも知ってます。なので遠慮なく相談してください。」
俺は、少し考えた後、話始めた。
「俺たちは、御朱印巡りをするかたわら、その神社の秘密とかについても調べているんです。もちろん、全ての神社に秘密があるわけじゃないので、何も見つからないことも結構ありますが、その過程も含めて、御朱印巡りを楽しんでいるんです。」
ユウは、横でその説明を感心したように聞いていた。
「なるほど。それでこの大社にも何か秘密がないか探し回っていたんですね。」
クラマは俺の説明を聞き少し考え込んだ。
「熊野那智大社の秘密ですか、ここには、宝物殿があり、その中には様々な古文書がありますから、もしかしたらその中に何かあるかもしれませんね。」
「クラマさん宝物殿の中を見せていただくことはできないでしょうか?」
俺は、リンさんに聞いた説明を思い出し、確かに何かあるとしたらあそこしかないという気になってきた。
「すいません。宝物殿の一般公開はしているのですが、重要な古文書は公開はしていないのですよ。」
そんなにすぐには、うまくいかないか。俺たち、目を見合わせ黙り込んでしまった。
「すみません。任せておけと言いながら何のお役にも立てなくて。」
「いえ、とんでもないです。こんなに美味しいお茶をご馳走になれただけでも十分ですよ。」
俺が湯飲みをちゃぶ台の上に置こうとした瞬間、眩暈がしたかと思うと、意識が遠のき、湯飲みを取り落としてしまった。
「あれ、急に眠気が・・・」
隣でユウもふらついた様子を見せていた。
「俺もだ。まさかこのお茶に何か・・・・」
俺が最後に見たのは、ちゃぶ台の横に崩れ落ちた俺たちをクラマが静かに見つめている姿だった。
「二人とも申し訳ありません。これも八八のためですので、ご容赦ください。」
クラマは、意識を失った二人に頭を下げると部屋を出ていった。しばらくすると、白装束に着替えたクラマが部屋に戻ってきた。
クラマは、ちゃぶ台の横で意識を失っている二人に近づき呼吸が正常なのを確認すると、ちゃぶ台を片付けて、敷布団に寝かせた。
「では、今から始めるとしましょうか。」
クラマは、二人を見下ろして、しばらく考え込んでいたが一つ頷くと、ユウを部屋の隅に移動させた後、マナブの枕元に香の用意を始めた。
香の煙が部屋の中に漂いだすと、二人はさらに深い眠りに落ちていった。
「そろそろですかね。では始めるとしましょう。」
クラマはマナブの頭の横に座ると経を唱えだした。クラマが経を唱え始めると、マナブの表情に変化が現れ始めた。
・・・・・・・・・・・
ここはどこなんだ。真っ暗で何も見えないな。俺は、真っ暗な空間の中に一人で佇んでいた。これは、夢なのか?一体、なんでこんなところにいるんだ。何か手がかりがないか周囲を見渡すと、遠くに光を見つけた。俺は、その光に向かって誘われるように歩き出した。しばらく歩くと、光の先に大きな人影を認め、立ち止まった。
「すいません、ここはどこなんでしょうか。」
俺は、人影に向かって大声で話しかけた。
「ここは、お前の心の中だ。」
人影は、どこから聞こえてくるのか分からない声で答えた。
「え?心の中?ということはこれは夢ってことなのか?」
俺は、突然の展開に戸惑いを隠せなかった。
「お前は、今、八八の御朱印帳を制覇するためといって仲間と冒険をしているのだったな。」
「そうだ。それとアヤちゃんの病を治すためでもある。」
俺は、なぜか相手がなぜそんなに詳しいのかということに疑問を持たず受け答えをしていた。
「そうか。それが本当にお前の本音なのだな。ワシには違う声が聴こえてるのだがな。」
謎の人影は、心の奥底を見通すような目で俺を見つめた。その視線に居心地の悪さを感じながらも黙って見つめ返した。
「もう一度、問うぞ。お前はなぜこの冒険を始めたのだ。」
謎の人影の目が輝き、俺は思わず目を閉じた。




