英雄ウインと聖女エムル
俺は周りを改めて見渡した。ドラゴンの攻撃にさらされ、倒れこむ騎士達。
「みんなの回復は大丈夫か?」
「正直厳しい状態だ、ここからさらに死者が増えるだろう。」
「頑張りますが、回復は苦手です。」
「おい!エムル!動けなくなるまで回復魔法を使ってくれ!」
「ふ、ふふふ、任せてよ!」
エムルはすでに具合が悪そうだったが、なぜか嬉しそうに答えた。
「ウォール!けが人をここに集めてくれ!今すぐにだ。」
「分かった。おいみんな!けが人をここに集めろ!回復魔法をかけてもらえるぞ!」
けが人がすぐに集められた。
「「エリアハイヒール!」」
見る見るうちにエムルとウインの周りに居る騎士たちの傷が治っていった。
ウォール「な!上級魔法か!」
魔法には下級・中級・上級・特級とあるが、治癒士のレベルを上げれば上級魔法までは使うことが出来る。ただ、治癒士は攻撃手段に乏しく、攻撃も弱い。そのため魔物を倒してレベルを上げるには不利なジョブなのだ。
そう言った理由で
上級治癒魔法を使える者自体が少ない。
ウイン「重傷者だけじゃなくけが人すべてをここに集めてくれ!」
ウォール「分かった」
「「エリアハイヒール!エリアハイヒール!エリアハイヒール!!」」
周りにいる騎士が心配して声をかける。
「お、おい!無茶だ!あんた死んじまうぞ!」
「エムル!動けなくなるまで使え!」
「おいおい、お嬢ちゃんを殺す気か!」
「邪魔しないでくれるかい!僕たちはディアブロ王国から来た使者だ。だからウインは僕に何かあっても君たちに責任が及ばないようにワザとこうしているんだ!僕に何かあってもすべての責任をウインが背負うつもりなんだ!」
「俺たちの事を考えてそこまでの事を・・・」
「ウイン!あんた本当の男だよ!英雄だ。考えが及ばなくてすまなかった!」
「さあ!ウイン!もっと言うんだ!みんなに聞こえるようにもっと僕をののしるほど大きな声で僕に命令するんだ!」
ウインはイラついたような表情をしていた。
「エムル!動けなくなるまで回復魔法を使え!」
「もっと大きな声で言うんだ!みんなに責任が及ばないように!駒を扱うように!さげすんだ眼で!もっとだよ!」
「エムル!!動けなくなるまで回復魔法を使え!!」
「もっとだ!」
「エムル!!動けなくなるまで回復魔法を使え!!」
「もう一回だ!」
「エムル!!動けなくなるまで回復魔法を使え!!」
エムルはうっとりとした表情をしたあと回復を再開した。
「エリアハイヒール!エリアハイヒール!エリアハイヒール!!」
「ああ、あんなに命を懸けて、それでも聖女のように微笑んでいる!」
「いや、聖女のようじゃない。ありゃ聖女だ。」
「英雄ウインと聖女エムル」
兵士達の大歓声はしばらく続いた。
◇
エムルは地べたに寝ころび、ウインは座り込んでいた。
ウォールは飲み物を持って戻ってきた。
「水だ。飲んでくれ。」
ウインはもらった水を一気に飲み干した。
「ウイン、飲ませてくれないかい。しばらく動けそうにないんだ。」
ウインはエムルに少しずつ水を飲ませていた。
「今回は本当に助かった!ありがとう!本当にありがとう!」
そういって深く頭を下げた。
「ドラゴンの解体はしなくていいのか?」
「そうだな、解体して金を渡せばいいか?」
「いや、そっちで全部もらってほしい。」
ウォールは一瞬固まった。ドラゴンはその希少性。素材の大きさから、売ればひと財産の価値がある。ウインはその宝を寄付すると言っているのだ。
「良いのか?」
「ああ、被害が大きかっただろ。足しにしてほしい。」
「どうしてここまでしてくれるんだ?」
「うーん、成り行き?いや、ついでだな。出来るだけみんなを回復したけど、みんなの装備もボロボロだからな。使ってほしい。」
「ついでで英雄になったのか。」
「英雄になったつもりは無いけどな。言われるのは今だけで、すぐに言われなくなると思う。」
「ここからさらにウインの名声が広まるんだよ。」
エムルはむくりと起きだす。
「ドラゴンの騒ぎで会談は遅れるだろう。この街で一番良い宿屋にしばらく泊まってくれないか?代金はこちらで持つ。」
「喜んで泊まらせてもらうよ。二人で一緒に寝られる部屋を頼むよ!」
エムルが急に元気になった。
「部屋は別々でも大丈夫だ!」
「広い部屋がある。自由に使ってくれ。それと、ディアブロ王国との友好の件だが、俺からも王に進言しよう。本当に助かった!」
二人は宿屋へと向かった。
「あの二人、一体何者なんでしょうね?」
ウォール「わからんが、スキルだけで言うと、エムルの固有スキルは魔王だと思う。上級の回復魔法と上級の攻撃魔法、後は闇属性の特級魔法を使う。【賢者】の魔族版だな。エムルの強さはなんとなくわかるんだが、ウインは、・・・底が知れないな。」
「そうですね。私ウイン君は勇者かと思ってましたが、エリアハイヒールを使ってたから違いますよね?」
勇者は中級の回復魔法までしか使えないのだ。
「違うな。動きを見る限り、レアスキルではない。戦士・治癒士のレベルはカンストしている。トータルレベルは少なくとも500は超えてるな。」
「本当に英雄みたいですね!」
「ああ、エムルの言う通り今から英雄の名が広まっていくのかもな。」
◇
町一番の宿屋エムルとウインの部屋
「さてエムル!回復の時のあれだが、人に発言を強要するのは良くないよな!」
「僕だってあんなことはしたくなかったんだ。ウインの口から無理やりSの発言を引き出そうとするのはSの快楽。Mの快楽じゃないんだ。でも僕が何もしなければ幸福の果実は得られないんだよ。」
「そういう話じゃないだろ!人に発言を強要するのは良くないよな!しかも時間がひっ迫してこっちが対応しきれない瞬間を狙ってるだろ!」
「君とは話し合いが必要だね。ウインは自分の力を発揮して生きるべきだよ。」
「ん?どういう事?どういう流れ?」
「ごめんね。話を省略しすぎてしまったよ。自分の力を発揮するという話だけど、鳥は自らが羽ばたくことになんの迷いもなく、大空に羽ばたくんだ。決して自分の力を使うことに迷いはしないんだ。そうしないと死んでしまうからね。」
「そうだな。なんの話だ?」
「犬だって同じだよ。全力で大地を駆けて獲物を狩って生きているんだよ。獲物を取らないと生きていけないからね。」
「なんの話だ?よくわからないぞ?」
「君はSの本性を発揮して生きるべきなんだ。僕を今すぐ押し倒して奴隷にしてしまって良いんだ。自分の力を最大限発揮しても良いんだよ。」
「・・・・・疲れた。休む。しばらく話しかけないでくれ。」
俺がベッドで横になると、エムルは無言で俺の横にもぐりこんできた。
エムル、美人で有能で気遣いも出来る。
正直エムルの体は柔らかくて気持ちいい。
でも、性格があれなんだよな。
◇
数日後、俺たちはアーサー王国の王城に戻ってきたのだが、町に入ると俺たちをたたえるパレードが始まった。
音楽が鳴ってるし、花びらが舞っている。
俺とエムルは馬車に乗せられたが、俺は置物状態で固まっていた。
エムルは、にこやかに手を振っている。
まあエムルはいつもにこにこしてるんだけど、様になってるのが腹立たしいな。
王城に入ると、王と王女、それと王女の兄か?後なんか偉い人がみんな頭を下げて俺たちを持ち上げてきた。
「ドラゴンをあっという間に倒した英雄ですな。」
「自分の利益を捨ててドラゴンの素材を全て寄付するとはすばらしい。」
「エムル様は兵士を救った聖女ですな。ルナ様と並ぶほどの美しさだ。」
「無償で両国間の友好を取り持とうとした英雄殿!尊敬します。」
俺は置物のように気配を消していた。
あっさりとディアブロ王国とアーサー王国は同盟国となった。
アーサー王国はそれほど魔族への偏見は無いようだな。
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