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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
十話「分水嶺に立つ小動物」

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 周介はとにかく移動し続けていた。障害物から障害物へ、上下左右も関係なくとにかく動き続けていく。


 今までの訓練も手を抜いていたわけではないが、今の周介は今まで以上の速度で動き続けている。


 体の負担など気にしている状態ではない。鬼怒川から少しでも離れ、鬼怒川の攻撃の射程距離から逃れなければならなかった。


「あはははは!速いね百枝君!これじゃ他の連中が捕まえられないのも無理ないや!」


 だが鬼怒川はついてきていた。


 周介のように可能な限り着地の衝撃を緩和し、それでも急激な加速と減速、方向転換のせいで体への負担が出ているような、ギリギリを許容するような動きではない。


 彼女の動き方はもっと雑だ。足場になる障害物を殴り、その反動で移動する。体への負担などまったくないというかのようなその動きは、当然周りへの被害を加速させている。


 着地のたびに障害物は破砕され、周介への攻撃を加えようとするたびに、その延長線上にある物体を壊していく。


 これで本当に手加減をしているのかと、周介は突っ込みたくなるが、口を開いて喋っているだけの余裕が周介にはなかった。


 避け続けなければ、動き続けなければやられる。


 今何秒経ったか、もうすぐ一分経つのではないか。そんな疑問を浮かべる余裕すらないほどに周介は集中していた。


 鬼怒川の動きを予測できればまだ対処のしようもあるのだが、相手の動きそのものが周介にはまともに視認できないのだ。


 自身も高速で動き続ける今、相手の動きを見るだけの余裕も周介にはない。


 周介が再び障害物に着地しようとすると、鬼怒川はそれを読んでいたのか、周介の着地した足場めがけて殴り掛かる。


 周介の機動力の肝は足場だ。足場がなければ周介は高速移動を続けることなどできはしない。


 周介は相手を見る余裕はないが、鬼怒川には周介の動きを観察するだけの余裕がある。


 機動力なら負けないという自信が周介にはあった。だが目の前にいる鬼怒川は、間違いなく周介よりも速い。


 ほんのわずかな、些細な自信さえも粉砕されそうな中、足場を砕いた鬼怒川は笑みを浮かべながら周介を見る。


 捉えた。


 右腕が周介に襲い掛かりそうになる瞬間、周介は砕けた足場を蹴り、噴出装置とワイヤーを駆使して他の足場へと飛び移ろうとする。


 鬼怒川の攻撃はまたも空振りし、真上へと放たれた拳は天井に突き刺さり、巨大な亀裂を作り出していた。


「いいね!いいね!そうこなくちゃ!」


 天井に突き刺さった拳を即座に引き抜き、鬼怒川は空中を移動している周介めがけて拳を真上から叩きつける。


 攻撃が来るということが分かった瞬間、周介は腕に取り付けられているワイヤーを切り離し、噴出装置を使って空中でその軌道を変え、直撃だけは避けるような位置へと移る。


 だが、鬼怒川はその行動を見て、直線的な拳の動きを変え、空中で腕を振り回し周介の体を殴りつけようとする。


 周介は二本のアームを盾にし、一本のアームで鬼怒川の腕の軌道を変えようと試みた。


 古守に嫌というほど教わった、アームを使っての防御だ。腕の軌道を変えようとした、それが功を奏したのか、鬼怒川の腕を逆に足場にするような形で周介の体は弾き飛ばされる。


 回転しながら障害物や地面に叩きつけられそうになる瞬間、噴出装置やアームを駆使してその衝撃を少しでも緩和していく。


 少しでも休めば攻撃が来ることを察し、周介は即座に移動を開始していた。


 だがそのダメージは大きい。特に鬼怒川の腕の軌道を変えようとしたアームは大きく変形し、関節部分から先が無くなってしまっていた。


 ほんの少し添えただけで、掠った程度の一撃でこの被害だ。直撃を受けようものなら、おそらく周介の体など簡単に肉片に姿を変えることだろう。


 もっとも、直撃など受けるまでもなく周介の体にはすでにガタが来始めている。急激な動きの変化、そして防御とその余波。それだけでもただの人間には強すぎるだけの攻撃となっているのだ。


「はっはぁ!最っ高!こんなに当てられないとかいつぶり!?」


 それでも鬼怒川の猛攻は止まらない。障害物を砕き、その破砕した障害物の破片を周囲にまき散らし、それらが周介めがけて襲い掛かる。


 鬼怒川の一撃ほどではないにせよ、それらが周介に当たるたびに体に痛みが蓄積されていた。


 だがそれらに気を取られている余裕は周介にはなかった。


 周介が今最も注視しているのは鬼怒川だ。どのような攻撃を受けようと、どのような行動をされようと、鬼怒川の位置を常に把握し続け、その攻撃がどこから飛んでくるのかを把握しなければ、死ぬ。

 その緊張状態が、周介の集中力を高めていた。


 足場となる障害物にたどり着くまでが、破片が落下するまでの時間が遅く感じるほどに、周介の時間が延長されているような、そんな感覚さえ覚えるほどに集中が高まっていく。


 だがそれでも、それでも鬼怒川の動きについていけていない現実がそこにはあった。


 本当の大太刀部隊。鬼怒川桜花の姿がそこにはあった。


 鬼怒川の動きは人間離れしていた。もちろん周介の動きもまた同じく人間離れしている。だが両者の動きには圧倒的に違いがあった。


 周介は既にアームのうちの一本を失っている。だが鬼怒川は腕一本の状態ですら、その状態を維持できるのだ。


 圧倒的両者の差は、次なる攻撃によって突き付けられることとなる。


 今までの攻撃では周介を捕まえることができないと判断したからか、鬼怒川は周介を追いながら空中で右腕に貯めを作ると、手のひらを開いて周介めがけて突き出す。


 瞬間、その指が伸び、勢いよく周介めがけて襲い掛かる。


 触手のように伸びて襲い掛かる指に、周介は驚きながら障害物を足場に、そして噴出装置を全力で発動しながら地面への落下すら利用して避ける。


 一定以上の距離しか伸ばすことはできないようだったが、それでも、十メートル程度は余裕で伸ばせるようで、周介の体を狙って執拗に追いかけてくる。


 もともと持っている力、機動力に加え、こういった中距離攻撃もできる。


 鬼怒川の変化したあの腕は、能力によって生み出されたものだ。多少形を変えることくらい簡単なのだろう。


 伸ばせるのが指だけとは限らない。周介は自身の脳裏に嫌な想像がよぎるのを感じながら、その背筋に寒気が襲い掛かるのを察知していた。


 床に着地する直前、周介はもう一方の腕に取り付けられているワイヤーを使い、障害物を利用して空中で急停止する。


 急激な負荷が体にかかり、周介の肩が鈍い音を出す。外れてはいないようだったが、それでも体のどこかを痛めてしまっていた。


 瞬間、周介が着地するはずだった地面に、鬼怒川の肘鉄が叩きつけられていた。


「すごい!すごい!これも避けるの!?マジかぁ!」


 あのまま地面に着地していれば、間違いなくあの肘鉄を周介の体に叩きつけていただろう。


 歓喜の声を上げる鬼怒川に対し、周介にそんな余裕は一切ない。幸いなことに、周介の生存本能が警鐘を鳴らし続けてくれているおかげで、寸前のところで回避できているが、それもいつまでもは続かないことは明白だった。


 なにせ周介の武装、というより移動用の道具がどんどんとダメになっているのだ。


 先程のワイヤーも、急激な負荷をかけたせいもあってか、フレームに歪みができている。もう二度とは使えないだろう。


 壊れかけたワイヤーを切り離し、なんとかその場から離脱しても鬼怒川の猛攻は止まらない。


 指を伸ばして周介の移動先を制限し、逃げた先に一撃を加えるべく先回りしている。


 攻撃のバリエーションが多い。何より速く、一撃一撃が周介の息の根を止めかねないほどの威力を有しているのだ。


 周介の移動力はどんどんと削られている。そして、周介の体の限界も近づいている。


 高い集中を維持しても、それを支える体の方が先にダメになっているのだ。


 それだけの負荷を、周介は体に強要し続けている。そうしなければ死ぬ。そういう強迫観念が今周介の体を維持しているに過ぎない。


 痛みなどを軽減する脳内物質などが多量に分泌され、集中を保てるだけの状態が何とか維持できているだけだ。


 ほんのわずかな綻びで、その均衡は崩れる。


 そして、それはやってきた。


 全方位から襲い掛かる指、そして同時にその体に叩きつけられる障害物の破片のせいで視界が狭まっていく中、視界の外から襲い掛かった指が、周介の体へと襲い掛かる。


 周介は直撃する寸前にそれに気づき、何とか回避しようと噴出装置を作動させ身を捻るも、完全に避けきることはできず、体に取り付けられている噴出装置の一つを貫かれてしまう。


 空中で体勢を崩した周介は、攻撃を受けた衝撃で回転しながら地面に落下する。アームを使って何とか着地には成功したものの、攻撃の衝撃と落下の勢いを殺しきることができずに障害物に衝突してしまった。


 肺の中の空気が押し出される感覚に苦しみながら、周介は再び飛び上がろうと体に力を籠め、起き上がりアームを動かそうとする。


 逃げろ。


 再び周介の中の本能がそう叫ぶ。


 その瞬間には、もう鬼怒川は周介の目前にまで迫っていた。


 右腕を振り上げ、その体に叩きつけようとしている。


 周介はその瞬間が異様に遅く感じられていた。砕けて落下していく障害物も、襲い掛かってくる鬼怒川も、全てがゆっくりに見える。


 集中力が極限にまで高められ、自らの命の最後に到達する、所謂走馬燈に近い極地と言ってもいいそれを周介は見た。


 襲い掛かる拳、自らの頭部めがけて襲い掛かる拳を、何とか避けようと、何とか生き残ろうと、周介はすべてのアームを動かしその腕の軌道を、上に押し上げて逸らせようとする。


 だが、鬼怒川の異形の腕の軌道は全くと言っていいほどに逸れることはなく、周介の顔面目掛けて襲い掛かる。


 だが、一つの幸運が周介の体を動かした。


 アームそのものは、周介の体、胴体部分の装備と連結されている。上に押し上げようとしてもびくともしなかった腕だが、周介の体はそうではなかった。押しのけられるような形で、地面に叩きつけるような形で、周介の体を回避へと促していた。


 周介の頭のあった場所に、鬼怒川の拳が叩きつけられる。障害物は粉砕され、その瓦礫が辺りにまき散らされる中、古守からの終了の通知が出されていた。


「……楽しくなってきたところだったのになぁ……まさか逃げ切られるとは思ってなかったよ。やるね」


 周介は目の前で笑みを浮かべながら、ほんの少しだけ悔しそうに、だがそれ以上に楽しそうにしている鬼怒川を見て大きくため息をつく。


 体の力がすべて抜けていくのを感じていた。息を吸い込んでも吸い込んでも、体が酸素を求めている。


 足に力が入らず、手は僅かに痺れていた。体が震える。一歩間違えれば死んでいたという事実を再確認し、恐怖が襲い掛かってくる。


 だが、周介は一分間逃げ切った。周りで見ていた人間から歓声が上がったのを聞きながら、周介はその場に座ったままになっていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 鬼ならJ/53の陽太君も炎の鬼でしたね、どっちが強いかな?
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