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初期の配置は先ほどの周介たちとほぼ同様、距離を保った状態でそれぞれが遮蔽物に隠れながら始まった。
初動もほとんどと言っていいほど同じだった。玄徳は建造物を模した障害物の上に飛び上がりまずは相手の状況を確認しようと試みている。
だが次の大太刀部隊の手段が異なっていた。玄徳の姿を確認するよりも早く、能力を発動する。
徐々に、まだ玄徳がその姿を視認するよりも早く展開されたのは黒い球体だった。
粘性を有しているかのような艶めきを持つその球体は、大太刀部隊の人間の周囲を覆い、徐々に周辺に拡散されていく。
その数は多く、十や二十などという数ではない。直径にして五センチほどの小さな球体だが、それらは空中にまき散らされ、ゆっくりとではあるが移動し続けている。
機動力が高い相手に対して、通常の射撃攻撃によっての捕捉は不可能であると判断したためか、広範囲に逃げる隙間がないほどの密度で攻撃と思われる能力を展開することによって玄徳の接近を阻むと同時に、玄徳を追い詰めようとしているのだ。
開けた現場ではなく、限られた訓練施設ならではの手法だ。これでは玄徳は近づきようがない。
そもそもあの黒い物体がどのような効果を持っているかもわからないため、玄徳は距離をとった状態で投擲用のトリモチ弾を投げつけた。
黒い球体に直撃したトリモチ弾は、着弾すると同時に炸裂し、周囲にトリモチをまき散らす。
そして、黒い球体群はというと、トリモチ弾が当たった瞬間、直撃した球体もそうなのだが、その周囲にあった球体もその形を変えて鞭のようにひも状へと形を変えて攻撃を始めた。
そして形を変えた球体はその姿を消していく。
可変型の物体、物理的な原理がどのようなものかはわからないが、少なくとも物理的な攻撃力を秘めた球体だということは理解できた。
今のところ動きは遅い。だがその数と反応速度によって制圧能力と防御能力には秀でている。あれだけの速度で動けるのだ。少なくとも速度を出せないというわけではなさそうである。
あの大きさしか出せないのか、それとももっと大きくすることもできるのか、玄徳は今のところ情報が足りないと判断しつつ、周介に言われた通り無理に攻撃するようなことはせず、回避と逃走をメインに考えていた。
とはいえ、徐々に相手の球体はその数を増やしている。どれほどその数を増やすことができるのかは不明だ。
だが攻撃しなければ無限に増えていくと考えていいだろうと玄徳は舌打ちする。
速度が高く逃げる相手に対して、面制圧をする。それも完全に逃げ場を封じた状態で面制圧は実際効果的だ。
何せ物理的な逃げ場がないのだ。いくら速く動くことができても、通り抜けるだけの穴がなければ意味がない。
こういうやり方は搦手ではあるが実際効果的ではある。
相手を逃がさないという訓練において、適切な手法かどうかはさておき、少なくともこの状況、玄徳が逃げ場を徐々に失っているのは間違いなかった。
「嫌なやり方するなぁ。逃げる相手に対してじわじわ追い詰めてくだけかよ」
「でもいい手だろ。同じことを現場でやって通じるかはさておいて」
観戦している人間も、この手が現場で通じるかどうかはさておいて、この訓練において、相手を捕まえるためには有効的であると判断しているようだった。
確かに悪い手ではない。それは事実だ。だがそれを見ている古守の顔色があまり良くないことを見る限り、訓練の本質からは少し外れた行為であることは間違いない。
周介ならば、建物の隙間から隙間へと移動し、少しずつ外側にある球体を削りながら逃げ回る。
先程玄徳がトリモチ弾を投げた際、急速に動いて攻撃した球体は消滅していた。
動くことができるエネルギーに限界があるのか、それとも単純に攻撃を仕掛けると消滅してしまうのか。
どちらにせよ相手の攻撃の数を減らさなければ逃げ場がどんどん失われていくのであれば、こちらから手を出す他に手段はない。
動きながら相手の攻撃を削り続けながら時間を稼ぐ。
どこにいるのかを教えるようなものかもしれないが、それで相手の黒い球体をおびき寄せることで逃げられるだけの隙間を作る。そうして五分間逃げ切る。幸いにして周介たちは銃を持っている。適度に距離を保った状態で攻撃し続ければ、それだけ相手の能力を削ることができる。
そして、玄徳も同様のことを考えたのだろう。持っていたショットガンを手にし、大きな炸裂音と同時に弾丸を射出する。
玄徳の持つショットガンには二種類の弾丸が与えられていた。
所謂散弾と呼ばれる、小さな弾丸が弾頭内に大量に詰め込まれた、文字通りちりばめられるように射出される近距離用の弾丸。これは射出された際にその面を大きくすることで比較的多くの敵を捉えることができるが一発ごとの威力が小さくなるのが欠点でもある。
ペイント弾にも同様の構造を持たせているのだろうか、小さなペイント弾が散りばめられるように射出され黒い球体に着弾していく。
瞬間鞭のように唸りながら着弾したペイント弾に向けて攻撃を仕掛ける。そして攻撃を終えると消滅していた。
これを続けていけば少なくとも逃げる隙間は確保できる。問題は、玄徳の保有している弾丸がそれまでもつかどうかという問題だ。
周介なら逃げることを選択する。玄徳も周介から逃げるように、逃げ切るようにと指示を受けていた。
だがその手法は周介とは全く違う。玄徳が思い浮かべる逃げ方は、少なくとも周介にはまねのできないものだった。
玄徳は一点に集中して散弾を放ち続けていた。
散弾が直撃したことにより黒い球体がどんどんとその数を減らしていく中、黒い球体群の形、展開の仕方がやや変化しつつあった。
玄徳は今足を止めて撃ち続けている。どうやら相手もそれを理解したようで、玄徳の方角へと黒い球体を集めるようにゆっくりと動かしている。半球状に展開していた形状は、徐々にではあるが確実に楕円へと変化していた。
足を止めての行動に周介としては少々思うところがあったが、それでも玄徳が何かをやろうとしているということを理解し口を出すことはしなかった。単調かつ一定のリズムで放たれる散弾に対してできることは限られる。大太刀部隊の人間が展開したこの黒い球体は玄徳を追い詰めるための攻撃でもあり身を守るための防御でもある。
攻撃が来る方角に集めるのは自然な流れであり、同時に玄徳のいる方角に集めるのも自然な流れと言えるだろう。
このままいけば玄徳は捕まらない。もちろん、このまま弾丸が無限に存在するのであればの話だ。
自分の持つ弾丸が少なくなっていることを玄徳も理解していた。あと十発。散弾の残弾を確認してから玄徳は投擲用のトリモチ弾を手にし、大きく振りかぶる。
それは、野球の投手がする投球フォームだった。
大きく弧を描きながら投擲されたトリモチ弾は、カーブに近い弧を描きながら球体の群れへと進んでいく。
楕円のちょうど頂点、正確にその場所にある黒い球体へと着弾する瞬間、急激に弾の動きが変化する。
物理的な曲がり方などではない。急に別の方向へと加速するかのような曲がり方をした。
そして黒い球体にぶつかりそうになると、急激に軌道を変え、どんどんと落下していく。それは、かなり深くまで落ちていき、地面すれすれのところで黒い球体に着弾し、周りの球体による攻撃を誘発させていた。
不可解な変化の正体は、言うまでもなく玄徳の加速の能力である。
玄徳の能力は加速、減速するラインを作り出す事。既に速度を持っていることが条件で、そのラインに乗った物体は、そのラインの方向に向けて急激に加速、あるいは減速する。
逆に、そのラインから降りればその加速あるいは減速は終了する。
玄徳の投げたボールにはおおよそ四方向の速度が存在する。
放物線を描くカーブの場合、山なりの頂点に至るまでは前方向、上方向、そして曲がるための横方向の力がかかっている。逆に頂点を超えて落下し始める場合、重量に従った下方向、前方向、そして横方向の速度を保持している。
玄徳はこの方角それぞれのラインを形成し、黒い球体を避けるようにしてトリモチ弾を内部へと届かせたのである。
無論、玄徳のいる位置から正確に球体の位置の把握は難しい。曲げる方角にも限りがあるため完全に避けきれるはずもない。
だがそれでよかった。
玄徳はショットガンを放ち、近づいてくる黒い球体を消滅させながらもう一度トリモチを投擲する。
先程と同じように弧を描いて投げ放たれたトリモチ弾は同じように黒い球体を避けながら奥へ奥へと入り込んでいた。
二度、同じようなことをされたことによって相手も球体の動きをわずかにだが変えていた。
相手がいる球体の群れの中心、その密度を増やしたのだ。万が一にも玄徳の攻撃が自分に届くことのないように。
その動きを見て玄徳はほくそ笑む。ショットガンの弾を切り替えて散弾とは別の弾をセットしていた。
散弾銃には二種類の弾がある。一つは先ほどまで使っていた小さな弾丸を一度に放つ散弾。
もう一つは、巨大な弾丸を放つ、スラッグ弾。もちろん、高い威力を誇るため人に撃つためのものではない。
だが玄徳が使っているのはトリモチ弾だ。巨大なトリモチを放つためのものであり、当たれば痛いが命に別状はない。
そしてもう片方の手に持ったのは同じくトリモチを放つための道具でもあり武器でもある、手榴弾だった。
通常の手榴弾を改造したもので、内部に存在する炸薬によってトリモチを周囲にばらまくというものである。
球体ではないため先ほどまでのカーブを投げるようなことはできないが、玄徳からすればそれでも十分だった。
玄徳は跳躍すると手榴弾の信管を抜いてから投擲し、ショットガンを構えると密度の高まった場所に向けてスラッグ弾を放つ。集合していた場所にトリモチが叩きつけられ飛び散っていく。これがスラッグ式のトリモチ弾の効果だった。単純なスラッグ弾であればその物理エネルギーによって物体を破壊していくのだが、玄徳の放った弾頭に入っているのはトリモチ。強い衝撃によってトリモチが弾け、飛び散るのである。
当然それに反応して周囲の黒い球体が攻撃をはじめ消滅していく。
二発、三発と弾丸を放ったことによってできた黒い球体の穴。その中に、手榴弾が寸分たがわずに落下していく。
そして炸裂する。
トリモチを周囲にまき散らしながら、黒い球体に反応を促しながら一斉にその黒い球体が密集地帯から消えていく。
動きはそこから一気に変わっていた。
先ほどまでゆっくりとした動きで玄徳を追い詰めようとしていたのに対し、黒い球体は周りにある球体と合体していき、大きな玉へと変化していく。
一体何をしようとしているのか、玄徳がショットガンを構えた状態で姿勢を低くすると、大量に展開していた黒い大きな球体が一瞬小さく収縮した。
次の瞬間、収縮した球体が玄徳めがけてその形を変え、鞭のようにしなりながら襲い掛かる。
無数に襲い掛かる鞭に対し、玄徳は即座に跳躍して距離をとった。
だが鞭も玄徳を逃すまいと追従し続ける。
球体の体積が無くなってようやく追撃をやめるが、展開している球体はそれぞれが最短の道で襲い掛かろうとしているため、いくつもの攻撃が玄徳めがけて続いていた。
襲い掛かってくる鞭の一つにスラッグ弾を放つと、鞭は着弾したペイント弾に対して巻き付くような動作をする。
先ほどまでとはまた違う操作をしているようで、触れれば逃れられないのは間違いなかった。
玄徳は位置を低くとり、障害物を盾にするべく移動を始める。
案の定、周りの障害物には攻撃を与えないようにしているらしく、攻撃の方向自体はかなり狭まってきた。
だが、その分障害物の隙間という隙間から黒い鞭が襲い掛かってくる。
高度を下げたのは逃げ場を失いかねない行為だったかと若干後悔しながらも、玄徳はショットガンや手榴弾などを駆使して何とか隙間を作り回避し続けていた。
とはいえ弾はもう限られている。もういくらも逃げられないと判断していると、古守の終了の合図が響き渡る。
玄徳は跳躍して障害物の上部に乗り出すと、周りの状況をよく確認した。
巨大な黒い鞭が玄徳を追うと同時に、小さな球体はこの訓練場全体を覆うように展開している。
恐らく、最初に自分の周りに大量に展開したのも、それ以外のところに目を向けさせないための布石だったのだろう。
そして訓練場全体的に球体が展開したところで、玄徳を直接狙うような形に方針転換し、見える部分に展開するのに対する目くらましにした。
もう少し時間が許されていれば、結果は違っていたかもしれない。
玄徳は渋い顔をしながら近くで待っている周介たちの元に戻っていた。
「すいません兄貴、してやられました」
「あれは相手が上手かったな。最初から速度じゃなくて別のところで勝とうとしてた。時間配分を間違ってなければ、結果は違ってたかもな」
相手がもっと早くに球体を展開し、もっと早くに直接攻撃を開始していたのであれば玄徳は捕まっていたかもしれない。
この辺りは相手の時間配分ミスに救われたというべきか。
だがそれでも、古守は今回の戦法に対してよい評価はしていないようだった。
「あれでは逃げてくださいと言っているようなものです。初手の段階で引きこもっているように見えてしまえば、あのまま逃げていても不思議はありません。時間制限以内に捕まえようという気概は感じられましたが、実戦で時間制限などはありません。相手を自分の近くに留めるだけの策がなければ何もできずに逃がしていただけでしょう」
「すいません、相手の攻撃手段とかも見たくて……けど結構惜しかったでしょう?」
「結果的には逃げ切られています。それにあの包囲展開の仕方ではすぐに突破されます。やるのであればもっと狭めた状態で」
古守は次々と別の案を提案していく。実戦に使えそうで、先ほどの能力で十分可能そうな内容だったが、それを向けられそうな周介と玄徳からすればあまり嬉しい指摘とは言えなかった。
「お前はどう感じた?まだ加減されてる感じか?」
「えぇ、ばっちり手を抜かれてますね。いえ、俺たちが怪我をしないように気を付けてるっていうべきでしょうか。まだ俺らはお客さん扱いってことでしょうね」
本来訓練というのは怪我をしても仕方がない内容を行うことが多い。実戦で本当の怪我をしないように、訓練で負傷するだけの状況を作り出さなければ意味がない。
大太刀部隊同士の訓練であれば、このような加減はされないのだろう。だが周介たちは小太刀部隊だ。
同じ組織内にいるとはいえ、別の部隊の人間に対し、訓練で怪我をさせたとなれば角が立つため加減をしているのだろう。
繊細なコントロールに加え、相手に対する配慮ができる程度には彼らの能力は成熟しているのだ。
少なくとも周介とは能力の練度が違う。
「どうですかお二人とも、まだ続けられますか?」
古守の言葉に、周介と玄徳は一瞬視線を合わせて小さくうなずく。
「まだやれますよ」
「次はこっちが仕留めてやります」
二人がそう意気込むと、古守は小さく笑みを浮かべながら次の人間の選出に移っていた。
逃げ切るのも楽ではないと、周介と玄徳は常に状況を把握しながら回避をしなければならなかった。
結局、訓練が終わったのは周介と玄徳の体力が尽きるギリギリになったところだった。
十五回、それぞれ逃げ続けた周介と玄徳は大太刀部隊の攻撃を避け続けた。
被弾回数は二人合わせて三回のみ。
古守はこの結果に大変満足したようだった。




