0507
「それでは双方、準備はよろしいですね?はじめてください」
古守の静かな合図とともに両者は動き出した。
初期位置はそれぞれが十分に離れた場所に配置されている。相手の位置などは適当に決めたためわからない。
当然、遮蔽物のせいもあって地上部分からでは相手の姿を見ることはできない。それは周介も大太刀部隊も同様だ。
道を想定した遮蔽物が存在しないルートもいくつかある。周介はまずアームを使って跳躍し、障害物の上部へと踊り出していた。
その様子はこの訓練場の各所に設置されているカメラによって、待機している古守たちに送られ続けていた。
まずは相手の位置を確認する周介の動きに、大太刀部隊の面々は機動力があると公言されるだけはあると少しだけ感心しているようだった。
対して大太刀部隊の人間は、まずは視野を確保しようと遮蔽物が存在していない道を想定されたルートにやってきていた。当然攻撃されないように壁に隠れながらうまく移動し続けている。
周介は障害物から障害物へと飛び移り、開始一分も経たない間に相手の姿を捕捉していた。
瞬間、周介めがけて炎の塊が発射される。
ほんの一瞬周介の影を捉えたのか、的確に攻撃を繰り出してきている。
炎の塊は約五十センチ程度の大きさで、周介が回避すると空中で炸裂して周囲に炎をまき散らしていた。
着弾せずとも任意の位置で爆発させることのできるように操作しているのか、あるいはもともとそういう能力か。
どちらにせよ相手の能力が炎であることを理解した周介は防御することができない点に加え、ぎりぎりで避けると炎が当たるということを理解し、想像していたよりも早く避けなければいけないということを意識付けしていた。
「当たらなかったか、クソ、結構速いな」
遮蔽物に隠れながら移動している中でも、周介の動きはしっかりと捉えられている。速度があっても視認しようとする以上互いに見える位置にいることになる。
見えにくくはあっても、その気配や相手の視線といったものを、炎を操る大太刀部隊の人間は感覚によって捉えていた。
この辺りは訓練の質の違いが出てきている。周介たちが自分たちの能力をより精密に操れるように、そしてより現場で役立つように訓練しているのに対し、大太刀部隊の人間は主に対人戦を想定して訓練しているのだ。
相手の攻撃や視線、位置や行動、そういったものを常に考えながら訓練しているため、相手の動きを読みながら攻撃を繰り出していた。
単純に直線運動をする炎の弾丸ではなく、時に重力に従って落下するような軌道を描くもの、周介の姿を視認できたら追従するように軌道を変えるものなど、様々な攻撃が見られた。
だがどれも、周囲の建築物に必要以上にダメージを与えることなく、空中で爆発四散している。
その攻撃に周介は恐怖すると同時に精度の高さに驚いていた。
今までの攻撃のどれもが、建物を模した障害物に一つとして当たっていない。もとよりこの訓練場は彼ら大太刀部隊にとってホームも同じだ。どのような場所にどのような障害物があるのかは完全に把握しているだろう。
周介の動きを完全に捉えることはできなくても、視界にわずかに映るその影を捉えて逃げる方向、そして逃走ルートも完全に読まれている。
何より、これは周介の勘だが、周介に必要以上の怪我をさせないように威力を加減しているのもうかがえた。
まだ相手からすれば周介は小太刀部隊のお客さん扱いということなのだろう。
なかなか攻撃を当てることができず、徐々にその手数が増えて周介を追い詰めようとしているが、それでも周介には当たらない。
普段手越との訓練で、手数に関しての対策は周介も十分に経験を積んでいる。特に自分を追い詰めようとする動きに関しては。
「おぉ、避ける避ける、古守さん、あいつなかなかやりますね」
「まだまだあんなものではありませんよ。百枝さんも様子を見ているといったところでしょうか。回避に専念しているので攻撃もしないようですし」
周介は今銃を持っている。ペイント弾で攻撃ができるタイミングはいくつかあったが、周介はそれでも攻撃をしようとはしなかった。
周介自身が攻撃をすることによって生じる隙を嫌ったというのもあるが、まずは様子見。相手の実力を測るためにとにかく逃げ回ることを選択したのだ。
障害物、地面、それぞれを足場にしながら、アームを駆使して周介は跳び回る。そして障害物の隙間を縫うように炎が襲い掛かるが、それらを的確に、そして余裕を持って回避するだけの猶予が周介にはあった。
単純に速度が違いすぎるのだ。
炎の塊の速度は、最速の状態で時速にすると八十キロ程度だろう。周介が野球ボールを投げた時と同程度だろうかと思い返しながら周介は回避を続ける。
ただ複雑な動きをさせればさせるほどその速度が遅くなっている。単純な重力落下の放物線であれば、重力に従った速度になり、直線運動が最も速く、追尾させたり特定の方向に曲げたりすると、やや速度が落ちる。
見てから十分に回避できる速度であるため、周囲の状況を把握しながら、とにかく回避に集中し続ける。
古守から終了の合図が送られるまで、周介はとにかく回避し続けていた。
「うぇーい、一発も当てられねえでやんの」
「うるせぇ!お前らもやってみろ!マジで速いから!遮蔽物が多くて的も絞れないのにあんなに速く動かれちゃ当たらねえよ!」
周介との訓練が終わった後、大太刀部隊の人間は笑い、同時に憤慨していた。
話などで周介の移動速度が高いのは知っていた。だがそれは単純な平面での移動、あるいは場所から場所への移送的な意味だと思っていた。
現場に出ても、基本裏方の小太刀部隊、そこまで戦術的な機動力があるなどとは予想していなかったのだ。
結果から言えば、良い意味で予想を裏切ったというべきだろう。周介は相手の攻撃に一度も当たらずに五分間逃げ切ったのだから。
「相手が自分の射程距離に五分間も居続けてくれていたというのに仕留められなかった。その意味が分かりますね?」
「……逃げられてもしょうがない。ってことですよね?でも次は当てますよ!もう一回やらせてください!」
「現場で同じことを言いますか?一度逃がせば、その分周りに被害を及ぼす可能性が増える。我々に与えられたチャンスは少なく、その少ないチャンスをものにしなければならない。相手が速かったからと言い訳をするのは見苦しいです」
「でも、あいつ全然攻撃してこなくて、逃げてばっかでしたよ?」
「いつでも相手がこちらを倒そうとしてくるとでも?むしろ相手は、私たちから逃げようとするものがほとんどです。ならばそれを仕留めてこその大太刀部隊でしょう」
「古守さんの言う通りだぜ、次は俺だ。絶対に仕留めてやる」
「待てよ、次は俺にやらせろって」
悔しそうにしている大太刀部隊の人間を置いて、他の大太刀部隊の、先ほどの周介の動きを見ていた者たちはあぁすればいいこうすればいいと、話し合いながらいろいろと頭の中でシミュレートしているようだった。
そんな中、すぐ近くでわずかに荒い息をしている周介は辟易していた。
「兄貴、連中の攻撃はどうですか?」
「精度はすごいな。あれだけ攻撃して家を模した障害物に一発も攻撃を当ててない。程よく威力も加減された。もしこっちが攻撃に転じてたら……」
「……何度か、それを狙っているような動きがありましたね」
「玄徳も気づいてたか?わざと射線通して狙わせようとしてたな」
周介が相手の動きと位置に常に気を配っていたためにそれに気づけた。玄徳はカメラという、俯瞰に近い形で見ることによってそれに気づいていた。
時折、わざと周介との間に遮蔽物を作らないような動きをしていた。
壁際を歩いていながらも、周介の位置を確実に把握し攻撃し続けていた人間にしてはあまりにも不用心な行動だったために周介は強く印象に残っている。
周介の持っている武器が銃ということもあり、曲線的な攻撃はないと判断したのだろう。意図的に周介が攻撃できるだけの隙を作り、その場所に誘導したようにも見えた。
もっとも、完全に様子見に徹していた周介はその誘導には乗らなかったわけだが。
「自分が攻撃されるのを覚悟で、相手に攻撃する。単純に俺が持ってる銃じゃダメージなんてないことをわかってたのかもしれないけどな。それにしたってやるかよ普通?」
自分自身を囮にして行動する。周介も何度かやったことがあるものの、攻撃を受けることを前提にカウンターを狙うなどということはやったことはない。
よほどの自信があるのか、それとも周介の動きの速さにどうしようもなくなったうえでの苦肉の策だったのかはわからない。
どちらにせよ、それが大太刀部隊の考え方なのだ。
相手を倒すことしか考えていない。自分の身の危険よりも相手を倒すことを優先にしているような戦い方だった。
少なくとも周介はあんな戦い方はできない。身を切る、という意味では今までも周介はやって来たことだ。
だがそれは肉を切らせて骨を断つという、その状況からして仕方のないことをしているだけのことだ。やりたくてやっているわけでも、そういう手段ばかりをとるわけでもない。
それに、肉を切らせているだけで、骨までは至らないという確証、あるいは前提があってこその戦い方を周介はする。
自分が生き残ることを前提としているのだ。だからこそ、周りからは無茶だと思われるような行動だってできる。
だがあの大太刀部隊の動きは違った。周介がもっている銃を前に『自分を撃たせればその隙に攻撃が当てられるかもしれない』などという不確定要素しかないような状態でそれを実行するなどと正気の沙汰ではない。
「次は俺が行きますか?」
「頭は冷えたか?」
「大丈夫です」
「今回は様子見だ。攻撃する必要はない。絶対に全部避けきれ。さっきの攻撃に比べると、たぶんだいぶ手ごわくなるからな」
「うす、まずはあいつらの鼻を明かしてやるとしましょう」
玄徳はそう言いながら準備運動をし始めていた。同時に向こうも誰が参加するのか決まったらしく、軽く肩を鳴らしてる。
そして、次の対戦がはじまっていた。




