0339
「よーい、スタート」
瞳の適当な合図とともに周介と玄徳は同時に駆け出した。周介はローラーと補助アームを使った変則的な動きを、玄徳は能力と身体能力を駆使した機敏な動きをそれぞれしている。
「へぇ、結構動くんだね。大丈夫?捕まえられる?」
「任せてくださいって、こちとらあいつらの相手は慣れてるんで」
手越は大網に軽く返しながら大量の手を使って二人を追い詰める。同時にいくつかの手は大網から何かを受け取っていた。
周介と玄徳は手甲から逃げながら、時に襲い掛かる手を殴ったり蹴飛ばしたりしてとにかく近づかせないようにしている。
対応の仕方も悪くはないなと思っていた小堤は、ここで能力を発動する。
「痛!なんだ!?」
玄徳が接近する手甲を殴って遠くへ追いやろうとしたが、瞬間的に手甲が固定化され、殴った手の方にダメージを与えていた。
手越の手甲の中に入っているのは基本水だ。殴ったところでそこまで痛くはない。だからこそ遠くに追いやるという意味も含めかなり強めに殴っているのだが、殴った瞬間に固定され、一瞬で硬度が上がったためにさながら岩を殴っているのと同じような状態になったのである。
「くっそ!地味な嫌がらせしやがって!」
「気を付けろ!手自体も固定してくるぞ!」
周介は玄徳と違い、アームを使って手を弾いているために体にダメージはないものの、アームから連動して自分の体が急に動いてしまう。
どちらにせよこちらを崩すための動きに他ならなかった。決定打になるようなものではない。だがこちらの動きを確実に邪魔する発動の仕方だった。
殴るにしても強く殴りすぎると自分が不利になる。状況が変わってしまったせいで周介たちはいつものように手甲を大きく遠ざけることができなくなっていた。
とにかくいつも以上に動くしかないと周介は周囲を見渡すと、自分の体にいつの間にか何かがまとわりついていることに気付く。
そこまで重いものではない。いったい何だろうかと手に取ってみると、それは細い糸だった。
正確には糸の切れ端だ。一メートルあるかないかの糸。周介たちの体にまとわりつくようになっている糸に、周介は寒気がする。
「玄徳!糸だ!体にもうついてる!」
「え!?いつの間に!?」
糸が張られていたという感覚はなかった。ある程度張力がかけられていれば、切れるとはいえさすがに周介たちは気づく。
だが宙に浮く手を見てそれが間違いだったということに気付く。手甲は糸を持ってはいるが、それを張ってはいない。
張力をかければ相手に認識されるだろうということを察して、垂らしているだけだ。そして周介たちがその場所を通過するタイミングで放す。そうすることで周介たちの体に勝手に絡みつくようにしているのである。
「この!」
「玄徳!暴れるな!そのままだと!」
玄徳が体を振り回しながら自分の体に絡みついている糸を取ろうとした瞬間、手甲が待ってましたとばかりに襲い掛かる。
速度を出して回避しなければいけない。そう考えた瞬間、玄徳の体が急停止する。
「痛!な、動かねえ!?」
玄徳の体に絡みついた糸を小堤が固定したのだろう。完全に体に絡みついた糸は玄徳の体を完全に動けなくさせてしまっていた。
無理に動くと肉に食い込み危険になる。だがそんな心配をするまでもなく、手甲によって玄徳は簡単に抑え込まれてしまっていた。
だがそれは周介も似たようなものだ。自分の体だけではなく、いつの間にか体から生えているアーム部分にも大量の糸が絡みついている。
このままでは動けなくされると判断した周介は体についている糸と一緒に、周囲にある糸を強引にアームを使って回収していく。
自棄になったかと小堤が能力を発動しようとした瞬間、周介は背中のアームを自分の装備から切り離した。
小堤の能力によって糸が固定され、アームが宙に浮いた状態で捕縛されるが、周介本体は何とか逃げることに成功していた。
機動力はかなり失ったものの、まだ動くことは可能だ。周介は手甲から逃げながら機会を伺って再びアームを回収しようと思っていた。
だが次の瞬間、周介は何かにぶつかった。僅かな衝撃と共に、周介の体が濡れる。それが桐谷の展開した水の薄い壁だと気付いたのは自分の体に冷たさが伝わった時だった。
「な!?水!?」
桐谷の能力は水を操ることだ。こういったことも不可能ではないだろう。水の壁を使って周介を止めるのだとばかり思っていたのだが、そういうわけでもないようで周介は混乱した。
だが次の瞬間、衝撃とともに周介の体が強制的に停止する。
「ぐぇ!痛ってぇ!?」
強い衝撃が体にかかったことで一瞬呼吸困難を起こす。何かを固定化して動けなくさせられたのだろうということはわかったが、それが何なのかわからず混乱していた。だが、自分の体に付着した水滴がいつまでも落ちないところを見て状況を察する。
「そういうことか……!水滴を……!?」
物体であれば、一定以下の体積ならば固定できる。たとえほんのわずかしかない水滴だろうとも。それがこれほど脅威になるとは思わなかったと、周介と玄徳は項垂れていた。
「どうよどうよ、俺らのチームは。三分も逃げられなかったな」
完全に動けなくさせられた周介と玄徳は解放され、敗北感を抱きながら悔しそうにしていた。
「くっそ、手越の能力だけならもうちょっと立ち回れるのに、糸と水に、追加で固定ってなるとさすがに逃げきれないな……特に固定が……いや、糸も水もえぐいんだよなぁ……あれだいぶ加減してましたよね?」
「え?あれで加減してたんすか?」
「なんだ、気付いたのか。そのあたりはさすがというところか?」
周介の言葉に玄徳は驚き、小堤は感心したように頷いていた。
「まぁ、といっても俺がやったのは発動のタイミングを見計らっただけだ。それ以外特別なことはしていない」
「それやってなかったら俺ら今頃重傷ですよ。これだけで済んでよかったってところです」
周介の身につけていた装備は装甲が一部水滴によって破損していた。体にまで達していなかったのは運がよかった、というより小堤の手加減のおかげと言うべきだろう。
周介の体を動けなくした水滴も、玄徳を動けなくした糸も、体との接触面積はかなり狭い。その状態で周介たちの移動する速度がぶつかればどうなるか。
衝撃や威力というのは、その範囲が狭ければ狭いほどに力が集約される。固定されている状態であれば物理的な衝撃とダメージはその体に襲い掛かることになるだろう。
もし小堤が加減をしていなければ周介の体には水滴がめり込み、最悪貫通していた。玄徳の体は糸によって切断されていたかもしれない。
小堤が発動のタイミングを調整し、周介たちが方向転換などの関係上最も減速したタイミングで発動されていなければ今頃医務室でエイド隊の治療を受ける羽目になっていただろう。
「安全に止めるなら、やっぱり糸を網状にするのが一番確実なんだけどね。それだと相手にもばれちゃうし、しっかり網を張れるように待ってなきゃいけないから不向きなんだよね」
「大網先輩の能力って、糸をどの程度操れるんですか?」
「んー……この程度」
そう言って大網が自分の持っていた糸を一つ取り出すと、糸は一人でに浮いて空中を泳ぐように移動し始める。
その速度は手越の操る手甲よりも少し遅いくらいだろう。空中を糸が一本漂っている光景はかなり珍妙だ。
この場所が水の中で、糸が何かしらの魚なのではないかと錯覚してしまう程度には不思議な光景である。
「なるほど、こういう風に動いて絡め取って、あとは小堤先輩の固定で捕縛と……いやはや……えぐいなぁ」
「さすがに数の暴力で押さえ込まれちゃ速さも何も関係なさそう。その場所に相手を留めておければほぼ勝ち確定じゃないの?」
「いやいや姉御、相手が炎とか使いだしたらわかりませんよ?糸や水であれば燃やしたり蒸発させたりできるわけですし」
「でも、大網さんの能力は糸を、桐谷さんの能力は水分を操れるんだよね?あらかじめ準備してあれば……それこそ燃やされても次々にってことになるんじゃ……さっきのだと、すごくたくさん糸と小さな水が飛んでたよ?」
状況を遠くから見ていた瞳と知与はこの中で最も冷静に分析ができていたことだろう。特に索敵能力を発動していた知与は周介たちが逃げていた時の状況をはっきりと理解していたようだった。
空中に飛散している大量の糸、そして同時に操られている多量の水滴。それらすべてを認識し、周介たちが追い詰められているということを彼女はわかってしまったのだ。
「お嬢、お嬢から見てどのくらい追い詰められてたんすか?」
「えっと……この部屋の外側から、徐々に徐々にこう……狭まってくる感じでどんどん二人の近くまで来てたの。だから、あの場で捕まらなくても、いずれは……」
この部屋の外側から、中心に向けて、周介たちのいたほうめがけて狭まってくるようにやってくる糸と水。
つまり周介たちの動きを確認してそれに合わせて能力を発動しながら、周介たちを確実に捕まえる為に包囲網を築いていたということになる。
閉鎖空間においては、とにかく逃げ道をなくすことが状況を優位に進めるカギとなる。手越の手甲によって相手の動きを誘導し、その誘導先に糸を展開することで相手をからめとり、水滴を体にまとわりつかせることで確実に相手の動きを止める。
もしそれで逃げられることがあっても、二手、三手先まで読んで相手を封殺できるだけの手を考え実行する。
この辺りはチームとしての地力の差が大きく出ているといっていいだろう。訓練をこなした数も、実戦を経験した数も、周介たちとは比べ物にならないのだ。
そして何より、周介たちは今回逃げることしか選択していない。本当の戦闘であれば相手の本隊を狙うといった行動も可能になる。今回は手越たちの捕縛能力、足止め能力がどれほどのものかを知るために逃げることだけを選択した。
周介たちのような機動力のある部隊でも、その場に留めることさえできれば、手越たちのチームは間違いなく相手を無力化できることが分かったわけだが、実際の戦闘においての流れで言えば話は少し変わってくる。
「さて、実際に動いたときにどういう風に相手を止められるか、今の経験で少しわかったことだろう。まずは一つずつテクニックを教えていく。お前たちの手札の中でそれができるのかどうかをよく考えることだ」
小堤の言葉に、周介たちはとりあえずこれから講義が本格的に始まるのだということを理解し集中する。




