0327
山岳部、そして室内における戦闘というものを想定した時、周介の思考はとりあえずまずは訓練をしなければという方向に向かっていた。
そのため、瞳たちに話をした次の日、周介は古守に会いに行っていた。その日は玄徳を伴って。
「……初めまして。加賀玄徳っす」
「初めまして。古守義則と申します。あなたのことは百枝さんから伺っています。どうぞよろしくお願いします」
「……うっす……よろしくお願いします」
玄徳は古守を前に一見礼儀正しく挨拶をしていた。今まで初見の人間に対してはやたらと威嚇をしていた玄徳だったが、ようやくその癖を改めてくれたのだと周介は感心していた。
少々高圧的になってしまっても、しっかりと注意をしてよかったと、周介は少しだけ安堵していた。
「なるほど、そんなことがあったんですか。これは、なかなかに困った話ですね」
ドクとの話し合い、そして今後やってくるであろう周介たちへの依頼の話をすると、古守は口元に手を当てながら薄く笑みを浮かべている。
深く広い傷跡と、鋭い視線のせいで何かを企んでいるように見えてしまうが、これでほほ笑んでいるつもりなのだから何とも切ない話である。
「そうなんですよ。ドクが話しをもっとしてくれればいいんですけど、そうもいかないみたいでして」
「風見さんにも事情があるでしょう。ですが話を聞いている限り風見さんの対応がすべて間違っているとも思えませんね」
「どうしてですか?情報がもっと上がってくれば、現場ではもっと動きやすくなるのに」
古守は周介たちの気持ちを理解していながらもドクのことを擁護しているようだった。擁護というよりは理解しているというべきだろうか。
もちろん周介だってドクのすべてを批難しているわけではない。ドクにだって事情があるだろう。周介たちに話すことができない何らかの事情があることはあの会話から察することはできていた。
だが問題なのは情報を意図的に周介たちに伏せているという点だった。何も情報がないのでは準備のしようがない。
戦闘が想定される状況でありながら事前準備が適切に行えないというのは作戦行動にもかなり響くことはドクだってよくわかっているはずだ。
だからこそ、周介はドクの考えがわからなかった。
「確かにその通りでしょう。現場に常に適切な情報が与えられれば、現場の人間は間違いなく高いポテンシャルを発揮できるでしょう。そういう意味では、百枝さんは決して間違っていません」
「それなら……なんで……?」
「単純な話です。情報というのは、常に正しいという確証も保証もないからです」
確証と保証。古守が出した言葉は、どこか重みがあった。重く、鋭く、周介の心の中に入ってくるなにかがあった。
「私たちは常に現場で動くもの。常に状況の変化があり、最後に判断を下すのは現場の人間です。百枝さんも、現場に出られたことがあるのであればこの意味がお判りでしょう?」
「それは……」
周介にも思い当たることがあった。それは良い意味でも悪い意味でも、周介たちが経験したことだった。
情報の変化を逆手にとって状況を動かしたこともある。情報が与えられずに戸惑ったこともある。経験の少ない周介でも、その程度の理解はあった。
「情報が多いに越したことはない。現場のほとんどの者がそう思うでしょう。多くの現場の人間が、もっと適切な情報を流してほしいと願うところでしょう。それは私自身も同じことです」
「それでも、ドクが間違ってはいないと?」
「はい。我々は常に選択を迫られます。その中で確定していない情報を与えることは、先入観を与えることにもなりかねない。それは、現場に出る人間にとって致命的な錯誤に繋がります。風見さんが話すことができないということはつまり、確定している情報が少なかったのではないでしょうか?」
確かに、周介の得た情報は白部があまり大きな声では言えない方法を持ってして得たものだ。そういう意味ではまだ検討段階であった可能性もある。
だが危険度の高さから早々に情報を得たいと思ったが、そのあたりでドクのストップをかけられてしまった。
時期尚早だったのは間違いないかもしれない。情報を求めるあまり気持ちが急いてしまったのも間違いではないだろう。
もっとも、白部からの情報がなければ周介は未だに試験勉強をしていただろうから、そういったところを知らせてくれたことに関しては素直に感謝している。
「でもせめて、戦う可能性があるならそういうことは早めに伝えてほしいもんですよ。俺らは一応小太刀部隊なんですから」
「それに関しては、仕方がないでしょう。少なくとも百枝さんの部隊の性質上、突発的に現れる敵との遭遇の確率が高い。常に備えておかなければ面倒なことになるのは間違いない。だからこそこのように訓練の機会を与えられたのではないですか?」
「それは……確かにそうかもしれませんけど」
周介たち小太刀部隊が大太刀部隊の人間に訓練をしてもらえるというのはかなり貴重な機会だ。
そういった機会を与えられているというのはある意味特別扱いされているといってもいい。
それが良いことなのかと聞かれると、微妙なところではあるが。
「それに、個人的なことを言わせてもらえるのなら、あまり情報を与えられすぎるというのもよくないなと思うのです」
「どうしてですか?さっきは情報があったほうがいいって」
先ほどまでの古守とは全く真逆の意見だ。矛盾した言い回しに周介は疑問符を飛ばしてしまう。
情報はあって損はない。もちろん間違った情報を流されるのは困るが、正しい情報であるのであれば判断材料としてそれらを知っておいて有利になることはあっても不利になることはないように思える。
もちろん、それらの情報が正しいことが前提条件ではあるが。
「確かに情報があれば正確な状況判断と、適切な作戦行動をとることができるようになるでしょう。ですが同時に、それは思考能力と行動そのものに制限を付けているようなものです。それは時として大きな足枷にもなり得ます」
「足枷……ですか」
「いえ、足枷というべきではありませんね。どういえばいいでしょうか。そう、いうなれば思考力が下がるといえばわかりやすいでしょうか」
思考力が下がる。妙な言い方だなと周介と玄徳は一瞬顔を見合わせる。古守がいったい何を言いたいのかがどうにもよく理解できない二人は小首をかしげてしまっていた。
「私たち能力者、特に現場に出るような人間は常に適切な情報を与えられるとは限りません。状況によっては何も情報を与えられずに現場に向かわされることも多々あるでしょう。そんな状況を乗り越えるのなら。普段からそういった状況に慣れておかなければいけません。ちょうど、今のように」
「それは……」
周介は否定することができなかった。反論することも。突発的に発生する事件に向かわされるときは、ほとんど最低限の情報だけを教えられて対応することとなる。今回のように時間的猶予があるほうがむしろ珍しいかもしれない。
現場で常に考え、状況を自分たちで判断し行動するしかない。それは周介も何度も味わったことだった。
「依頼を受けることが多い人間ならば、多くの情報を与えられる環境下でも問題はないでしょう。ですが、百枝さんの部隊は、今まで組織が手を焼いてきた能力者と対峙することが多くなるでしょう。そういった状況は間違いなく、情報が少ない状況であるはずです」
周介たちの部隊は機動力に秀でている。対して組織が今まで手を焼いてきた、所謂レッドネーム以上の能力を有した犯罪者たちは同じく機動力に秀でたものが多いと聞いた。
となれば周介たちがその相手をするのは間違いないだろう。おそらく古守が言うように、最低限の情報を与えられた形で出撃することになるはずだ。
「そして、与えられる情報というのは常に正しいとは限りません。あるいは情報がすべてとも限りません。肝心な情報が手に入れられなかったり、核心部分が失われていたりと、情報を過信しすぎると危険な目にもあいます」
ドクたちは完璧でもなければ全知全能でもない。必ず間違いは起きるだろうし、手に入れられない情報だってあるだろう。
そんな中で与えられた情報をすべてであると、正しいと過信して行動することがどれほど危うい事か、周介はよくわかっていた。
敵の攻撃の種類をわかっていたからこそ何とかなった。だが、相手が一つでも隠し技を持っていれば不意を打たれる。そうなれば危険になるのは周介たち自身だ。
「常に情報を与えられる環境ではないのならば、それに慣れるほかない。常に考え、常に状況を正しく把握し、行動する。今回百枝さんたちに意図的に情報が与えられなかったのにはそういった、教育的な事情があるのではないかと愚考します」
周介は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。いや、内側からそれを受けたというべきだろうか。
周介は、自分が今までのことから、与えられることが当たり前になりすぎていたのではないかと気づかされたのである。
装備も与えられていた、環境も情報も与えられていた。与えられればそれが当然であるかのように思ってしまう。
だがいつもそうなのだが、現場はいつだって周介たちの思い通りに動いてくれたりはしない。
考えていたことが間違っていたり、やろうとしたことを失敗したり、相手が思い通りに動かなかったり。
与えられる環境が、常に周介たちに甘いとは限らないのだ。古守が言うところの教育的な事情。つまりはドクたちは、周介たちに訓練をさせるためにこういったことをさせているのではないか。そういうことだ。
もちろんそれが正しいとは限らない。白部から情報が漏れた時点で、何かしらの不具合が生じている可能性もある。
だがそんな可能性よりも何よりも、周介はいつの間にか自分が随分と甘い立場でいることに慣れてしまっていることに腹立たしさを感じていた。
右腕を持ち上げ、思い切り側頭部を殴りつける。甘くなっていた自分を叱咤するかのように。
「古守さん、ありがとうございます。自分の至らなさを思い知りました」
「……そのように言えることは、百枝さんの良いところです。多くの人はそう思うことすらできないのですから」
古守は笑いながら、拳を前に差し出す。本当の指導はこれからだと言わんばかりに、古守の拳は数秒後に周介めがけて放たれていた。




