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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
四話「小動物が生き残るために」
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 粋雲高校の学業というのは一般的な高校生とそうは変わらない。とはいえ進学校ということもあって、国数英理社という最低限の学問に加え、それぞれの応用、そして美術や音楽といった学問にもしっかりと力を入れている。


 その中には当然体育も含まれる。


 体を動かすという当たり前の行動を、当たり前のように行えるようになるための学業がこの学校には組み込まれている。


 そしてその体育の科目の中で、周介は延々とジャージを着てグラウンドのトラックを走っていた。


 体力をつけるという名目もあるが、今回のこれは体力測定という一面も含んでいる。


 立ち幅跳びやソフトボール投げ、握力測定や長座体前屈、反復横跳びという当たり前のような動作に加え、こうした長距離走も含まれる。


 周介はもともと卓球部だった。元運動部ということもあってそれなりに走ることには慣れている。


 さらに言えば最近は組織の訓練などで足を使うことが多かったために、ある程度体力には自信があった。


 受験のせいで、もともと部活をやっていたものも多少は体力が落ちている者も多い。その中でも周介は黙々と走っていた。


 その中には当然、同級生であり、同じクラスである能力者の白部もいる。彼女は全身から並々ならぬ汗を流し、絶望したかのような表情の中必死に走っていた。


 だがその速度は非常に遅い。もともと運動が得意な部類ではなさそうではあったが、やはりというか運動は苦手なのか、体力がないのか、今にも倒れそうなフォームで走っていた。


 体育の担当教師もそのことに気付いているのだろう。全体を見て生徒の様子を確認しながらも、その意識を白部の方に向けているように見える。


 周介が白部を何回目かの周回遅れにした時に、わずかに並走する。


「大丈夫か?」


 周介の言葉が聞こえているのかいないのか、白部は荒く息を突きながらそれでも走る。よくよく見ると汗が滝のように流れているのが見て取れる。このままいくと本当に倒れそうな勢いだ。


「おい白部、平気か?」


 白部は呼ばれたことでようやく周介が並走していることに気付いたのか、一瞬だけその視線を周介の方に向けると小さく首を横に振った。


 もはや声を出すのもつらいのだろう。以前見た時は大人しく、少し威圧感さえ感じた少女が、今やこの有様だ。体力のない人間が走るだけでここまで変化するのだなと、周介は気の毒になっていた。


「あと何周だよ……無理すんなよ?」


 無理するなといわれても、今この状況がすでに無理をしているのだという白部の強い眼が周介を睨むが、その眼にも力がない。


 こればかりは本人の体力の問題だ。あとは歩くなりするしかないのだろうなと、周介は白部を置いて再び自分のペースで走り始める。


 周介が走り終えた後、軽く水を飲んでいるときも白部はまだ走っていた。他の生徒たち全員が走り終えた後、最後の一人になっても白部は足を引きずりながら走り、一人前のタイムから二分近く遅れてゴールしていた。


 ゴールした瞬間に倒れるように地面に突っ伏した瞬間、体育の担当教師が駆け寄ってしまったのは無理のない話だろう。


 まだ四月とはいえ、あれだけの汗を流していれば脱水症状になる可能性だって十分にあり得る。


「きつかったな。やっぱ走るとかきついわ」


「ほんとにな。走るだけとかやだ。サッカーとかバスケとかだったら割と動けるんだけどな」


「そっちのがきつい。まだ走ってたほうがましだ」


 友人の中でも意見が分かれる中、白部はふらふらになりながら水飲み場に移動し頭を突っ込むように水を浴びていた。


 まるで運動部がやるかのような豪快な水浴びに、周介は驚いていた。


 中学の頃、夏の部活中によくやったなと周介が思い出している中、周介も水を飲むべく水飲み場へと移動する。


「随分きつそうだけど、白部は訓練とかしてないのか?」


「……私は……後方支援……専門。表には……基本出ないから、訓練もしない」


 息も絶え絶えになりながら。彼女は自分の役割について話す。彼女の所属はクエスト隊。情報収集が主な仕事であるために、彼女自身運動ができなくても問題はないのだろう。


 とはいえ、この姿を見ているともう少し運動をしたほうがよいのではないかと思ってしまうが。


「他のクエスト隊の人間もそんな感じなのか?」


「私よりは、マシだと思う。でも、あんまり運動は、得意じゃない」


 情報収集とはいえ外に出る必要がある人間も中にはいるのか、周介はそんなことを考えながら白部を習って自分の頭に水を直接ぶっかける。


 四月ということもあってまだ気温はそこまで高くはない。だが走ったことによって火照った体を一気に冷やしてくれていた。


 独特の心地よさと肌に刺さる冷たい水が周介の意識をさらにはっきりとさせていく。


「部活とかはやってるのか?」


「やってない。帰宅部。百枝君もそうでしょ?」


「あぁ。できるとは思えなくてな。部活動勧誘がきつかった」


 学校が始まって一週間ほどした時、新入生を対象とした部活動勧誘が行われた。もちろん、多くの生徒が部活動に入ったが、周介は部活には入らなかった。入れなかったというほうが正確かもしれないが。


「普通の生徒を装うなら、何もしないのが正解だと思う。地味でいたほうがいい」


 それはおそらく、先輩能力者としての忠告だったのだろう。自分がそうだったからそうしたほうがいいという、アドバイスのようなものだ。


「ありがと、参考にするよ」


 周介が学校でどのように過ごせばいいのか、まだ周介自身答えは出せていない。


 少なくとも今は、学生としての生活を満喫するつもりだった。


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