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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
四話「小動物が生き残るために」
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 周介たちの部隊、ラビット隊が正式な部隊名となって、新しい隊員である加賀玄徳が加わって周介の周りの生活も少しだけ変化があった。


「お、兄貴!お疲れ様です!洗濯ですか?俺やっておきましょうか!?」


「……なぁ、なんでお前ここにいるの?」


 周介が今いるのは組織の拠点ではない。ここは粋雲高校の学生寮だ。そして今周介は自分の洗濯物を洗濯機に入れているところである。


 そして玄徳は作業着のようなものを着て、さも当たり前のようにモップとバケツを持った状態で周介に話しかけてきていた。


 あまりにも自然な登場に、周介は驚くよりも先にあきれてしまっていた。何となく、なぜこの場に玄徳がいるのか理解してしまったが、一応聞かずにはいられなかったのである。


「いや、先生がいろいろと気ぃ使ってくれまして、表の仕事として、この一帯の清掃員の仕事をくれたんすよ。一応個人として無職フリーターってのはよろしくねえらしいです」


「それでなんでうちの寮に?」


「俺みてえに学のねえ奴だと学校の用務員とかはできないらしくて。だからこうして、学校の敷地内の清掃をやってる会社……って言ってもほぼ組織の人間ですが、そこに入れてくれたんす。俺の担当は、校舎周りとこの寮内、男子寮の清掃です」


 何となく予想はできていた。玄徳のように生き方がまっすぐすぎる人間にはある程度恩を与えておいたほうが後々上手く動くことが多いと思ったのだろう。


 実際それはあっていると周介も思う。周介がこうして普通に生活できているのもある種組織のおかげでもある。そういう見方をすれば、ある程度恩を売るということは相手をコントロールしやすくするということでもある。


 組織は、うまく飴と鞭を切り替えることで人を取り込む術に長けているのだろう。


「それでここの清掃員か……わかってると思うけど、組織とか俺らのこととか、あんまり大っぴらに話すなよ?ここ、一般人もいるから」


「わかってますよ。俺だって堅気の人間を巻き込む気はありません。俺らみたいにやばい世界に足を突っ込ませるわけにはいきませんからね」


「お前の顔で堅気とか言うのやめてくんないか?なんか別の方向で勘違いしそうなんだけど」


 玄徳は身長も高く、強面だ。外見だけで言えば少々特殊な仕事をしている人だと勘違いされることも多いだろう。


 もともと暴走族をやっていたということもあって喧嘩も非常に強い。何度か組み手をやらせてもらったが、周介は一度も勝てなかった。というか相手にすらならなかった。


 声も比較的低めであるために、その低い声で軽く脅すだけで一般人は怯えてしまうこと請け合いだ。


 一般人も多く住んでいるこの寮において、この清掃員の姿をした明らかにその筋の人間っぽい人間を見て、他の人がどのように思うのかは想像に難くない。


「兄貴も大変っすね。姉御から聞きましたよ。俺以上の借金抱えてるって」


「あぁ、それはまぁもうあきらめてるからな。発電でも給料もらえるように調整してあるから、うまくやれば思ったよりは早く返せる。それよりお前の方は大丈夫なのかよ?生活とかも含めて……今どこに住んでるんだ?」


「組織で管理してるアパートに住まわせてもらってます。ここの教職員……特に組織の連中が多く住んでる場所がありまして」


「なるほど、職と住は完備ってわけか……」


 周介は洗濯物を入れ終わり、洗剤を入れて洗濯機を動かしていく。あと三十分程度すれば洗濯は終わるだろう。そのあとは乾燥機に入れてしまえばおしまいだ。


「ずっとそういう生活続けるのか?」


「いいえ、いつまで続けるかはわかりませんが、自分なりにやりたいことを探していこうと思っています。先生にもちょっと相談に乗ってもらおうかと。俺みたいなのがまともな堅気の生活に戻れるとも思っていませんが、できることはしようかと」


「そうか……で、今仕事中なんだろ?こんなところで油売ってていいのか?」


「っとそうでした。すいません兄貴、これで失礼します。何かあったら呼んでください!すぐ駆けつけますんで!」


 そう言いながら玄徳は意気揚々とどこかの掃除に向かって行った。そして玄徳と入れ替わりになるように洗濯室に手越が入ってくる。手越も洗濯にやってきたようだった。


「なんかよ、完全に舎弟って感じの話し方だったな。しかも話してる内容が地味にやべえよ。大丈夫か?」


「うちの寮生の中で、一般人に聞かれたら割とまずい会話だからな。っていうか、話の内容的に俺の方がやばい奴扱いされかねないよな?」


「間違いなくな。だってあの話し方だと、あいつが三下で、お前が若頭的な感じだったろ?高一にしてすでに組織の若頭とは。さすが兄貴やりますね」


「やめろよお前まで。今日は休みだからまだ人も少ないけど、これで学校の中とかであぁいう風に話されると、本格的に勘違いされそうだな」


「兄貴ぃ、こっから出て、シャバに戻ってくるのはいつ頃になりますか?俺はそれをずっと待ってますぜ……!みたいな?」


「その言い方だとここが刑務所みたいになってくるからやめてくれよ。借金に舎弟、妙な要素がどんどん増えてるんだけど」


 洗濯にかかる時間を確認しながら周介はため息をつく。普通の学生生活をしたいというのに、普通ではない要素がどんどん増えていく。半ばあきらめていたことではあるとはいえ、周介はもはや普通の生活は無理なのかもしれないなとため息をついていた。


「でも実際よ、あいつは結構役に立つと思うぜ?軽く組み手してみたけどさ、結構強いんだよあいつ。素人とは思えない」


「なんだ、やってみたのか。どうだった?」


「単純な殴り合いじゃ勝てねえな。たぶん、単純な殴り合いであいつに勝てる奴ってなかなかいないと思うぞ」


 周介と手越は洗濯が終わるまでの間、近くにある談話室でテレビを見ながら話をしていた。


 話せる内容こそ限られるものの、テレビの内容と混ざることで、わずかにいる寮生の意識にも残らない。


 周介は、もともと喧嘩というものをほとんどやったことがなかったため、はっきり言えば玄徳に完全に遊ばれた、というか指導されたといったほうが正しい。


 周介が全力で襲い掛かっても、玄徳は軽く受け止め、怪我をさせないように組み伏せられたといったほうが正しいだろう。


 だが手越はそうではなかったらしい。手越はもともとかなり前から組織にいる人間だ。最低限の戦闘技能も教わっているのだろう。そういう意味では正しい意味での組手が行えたといえるのかもしれない。


「あいつは気質的には大太刀向きだと思う。あいつのがどんなものかは知らないけど、場合によっては向こうの手助けもできるな」


 自分の目を指さしながらそういう手越に、周介はテレビを見ながら、といっても視線を向けているだけだが、ため息をつく。


 玄徳の能力。例によってドクが名付けた名は『速さの皮肉(アーキレーン)』念動力に属している能力だという。


 すでに動いている物体に対して発動できる能力で、加速、あるいは減速する、念動力の線のようなものを形成する。


 その線に乗った物体は、その線の軌跡に従って加速、あるいは減速する。動いていない物質に関しては、加速も減速もできないため、そのあたりが制限といえなくもない。


 ある程度汎用性のある能力で、機動力に長ける能力だ。その気になればあの首都高で走った時のように、自分の体だけで高速移動することも可能となる。


「そういうやつが慕ってくれるってのは、結構いいことだと思うぞ?いいんじゃねえか?部隊名も決まった、チームメイトも三人になった。ここから本格的にスタートできるってところじゃね?」


「そうは言うけどさ、あいつが慕ってくれる理由がいまいちわかんねえんだよ。なんで俺なのか……」


「そりゃお前、あの時お前に助けられたからじゃないのか?まぁ、別に助けなくてもあいつは自分で助かれたかもしれないけど、それでもお前はあいつを助けようと飛び出したんだ。そういうところに惹かれたんじゃないのか?」


 助けた。手越がそういうのは間違いではない。だが周介はあの場で、玄徳を助けたという意識はなかった。


 というか、あの時周介は本当に意識すらしていなかったのだ。あの時玄徳に答えたように、体が勝手に動いていたというのが本心だ。


「あんなの助けたって言えるかよ……本当に、いつの間にか動いてただけなんだ。結局、肩も外れて、ちゃんと助けきれなかったし」


 あの時、周介の体はその負荷に耐え切れず、肩が外れ、手を放してしまった。幸い、首都高の中に放り出すことには成功し、バイクとアームをクッション代わりにしてかばうことはできたが、それでも、完全に助けられたとは言い難い。


「あぁそうだ忘れてた。ありがとな。あの時助けてくれて」


「なんだ、そんなことか。いいよ、それこそちゃんと助けきれなかった」


 あの時、首都高に落下した時にとっさに能力を使い、周介の落下の衝撃を和らげたのはあの場にいた手越だった。


 いくつかの手で周介を掴み、地面に激突するのを防ごうとしたが、減速が間に合わず、周介は受け身を取りながらも地面に落下してしまった。


「でも、そういうこったろ?結局、助けられた側の気持ちってのは、助けた側の気持ちとは無関係なんだよ。助ける側にどんな裏があったって、結局助けられた側は、助けられたっていう意識しか残らないんだから」


「そういうもんかね」


「そりゃそうだ。お前が今、俺に礼を言ったみたいに、あいつも、お前に礼を言うだけじゃおさまらないっていうだけなのかもしれないし」


「……そっか……そういうもんか」


 周介は誰かに助けられることが多い。未熟な能力者であるがゆえに当然といえるのかもしれないが、そのせいもあって誰かを助けるという経験は少なかった。


 今までの人生でもそうだ。一般人であった周介が、誰かから助けられた経験はあっても、誰かを助けたという記憶はあまりない。


 だからこそ、助けられたことに感謝するのはわかっても、助けたことに感謝されるということに慣れていなかった。


 困惑するのも無理はない。今まで経験のなかったことがいきなりやってくれば、理解できないのも仕方がないことだ。


「少なくとも、お前は堂々としてていいと思うぜ?お前がこれからやるべきことは、あいつの信頼に足るだけの器量を持って、あいつの手綱を握ることだ。隊長だろ?」


「……面倒がられて押し付けられた隊長だけどな」


「それでもだ。頑張れよ。多少のフォローはしてやっから」


 周介はラビット隊の隊長になった。であれば、それなりの器量と度量を求められる。


 玄徳が従い続けたいと思えるような、そんな強さと大きさを持ち合わせなければいけないのだと、テレビをぼんやり眺めながら、周介は考えていた。


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