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『しょうがないよ周介君。あの書類にも一応『体液等の体の一部を少量採取する』って書いてあったじゃないか。あれにサインしちゃったしさ。ここはあきらめるしかないよ』
「ありましたけど!ありましたけども!唾液とか血液だと思うじゃないですか!あの文章見て誰が精液採取すると思いますか!?」
『周介君、ここは大人になろうよ。君が我慢することでいろんなことが判明してくるんだよ。遺伝子的な部分から調べるっていうのは大事なことだよ?』
「大人ってどういう意味で!?一応聞いておきますけど嫌なことでも我慢するって意味ですよね!?そうですよね!?」
『うーん。僕もそこまで深読みされるとは思ってなかったなぁ。さっさと済ませちゃえば一時の恥で済むからさ……ん?はい……はいはい……えー……?』
ドクが向こう側の誰かと話をしている。いったい何の話をしているのだろうかと周介は不安になってしまう。
検査を受けるという話は了承したが実験動物代わりになるということは了承していない。とはいえドクの言うようにあの書類に体液などの採取について記載があったのは事実だし、さっさと済ませれば一時の恥で済む可能性があるのもまた事実だ。
だが、周介が見ている場所からは誰がいるのかその全容を窺うことはできないが、ガラス張りの向こうには瞳もいるのだ。
だというのにいきなり自慰行為をしろというのはなかなかにハードルが高い。変態などと呼ばれてそれなりに時間が経っている周介だが、誰かに自分の自慰を見てほしいなどという欲求はないしそこまで拗らせてもいないつもりだった。
だがその必要に迫られてる以上、ここで逃げ出すのが正解だろうかと周介は本気で悩んでしまう。
『周介君、早いことやったほうがいいかもしれない。他の研究者がなんか焦れてきてるみたいだ』
「焦れて……って、どういうことです?」
『うん、君の股間に搾精器……あの動物とかに使う奴なんだけど、それをつけて無理矢理するかって話し始めてる』
「マジか!?嘘でしょ!?そこまでするの!?」
『うん、君がうまくできないことを想定して強引に出せるような準備もしてあったみたいだ。ここの人たちは用意周到だね』
「感心しないでください!俺の尊厳が死ぬ!止めてくださいよさすがに!?」
周介だってある程度知識はある。動物、主に家畜の交配をする際に動物の生殖器にそういったものを取り付ける器具があることくらい知っている。それをつけられるかもしれないなどと恥でしかない。そんなことをされた日には男としての尊厳を失うかもしれない。いや、かもではなく間違いなく失うだろう。
『あー……あとあれだね。エッチなことをしてくれる方面のお姉さんを呼ぶかって迷ってるね。周介君、このままだと本当にさっきの言葉通りに大人にされちゃうかもしれないよ?』
「勘弁してくださいドク!俺はそんな見ず知らずの人に大人にしてほしくない!ちょっと興味はあるけど!あるけど!でもそういうのは今のこの感じじゃない!っていうかチームメイトも同級生も見てるような場所でしたくない!俺そっちの趣味ない!」
性欲真っ盛りの思春期を迎えている周介としてもそういった行為は非常に興味はあるところだ。だがそういうことは好きなもの同士で行うのだと周介は思っていた。少なくともこのような場所でそんなことをするのは嫌だった。
周介からは見えないが、瞳は顔を赤くしながらドクや研究者の方を睨んでいる。まさかそんなことをしようものならと睨んでいるのだが、ドクはそんなことは全く知らないというかのように、新垣が通訳してくれる研究者たちの会話を周介に告げ続けていた。
『周介君、今の君に与えられている選択肢は三つだ。自分でする。無理やりされる。プロに委ねて致す!この中で君の選べるのは一つだけだ!』
「ドク!四つ目!これの採取は止めるっていう選択を俺にください!発電だろうと新装備の開発だろうと手伝いますから!もう無暗やたらに装備壊しませんから!」
『すまない周介君。僕だって君にこんな恥ずかしいことをしてほしいなんて思っていないさ。けど必要な事なんだ。遺伝情報を解析するためにはそういったものも必要だっていうのは研究者として同意するところだ。ただ僕としても、君が嫌がることをしたくはない。だから周介君、三つの選択肢があるだろう?君の好きなものを選んでくれ』
「どの選択肢も俺の尊厳が崩壊する!こんないろんな人に認識されるなんてどんな羞恥プレイ!?」
『え?あ……はいはい……中止する選択肢ではないけど、四つ目の選択肢を用意する準備もあるって』
「どうせろくでもない内容でしょ!聞かなくてもわかるわ!」
『いや、ここにいる女性の中から誰かを選んで』
「できるか!なおさらできるか!その人たち俺をなんだと思ってんの!この研究所に人権って言葉はないのか!?」
たった一人しかいない部屋で周介の叫びはこだまする。不満をぶつけようともこのままでは自分の貞操が危険だ。一時の恥を飲むか。男としての尊厳を失うか。初めてをこのような場所で散らすか。そして考えたくもない知り合いに手伝ってもらうか。どちらにせよ碌な道ではないが、何よりも被害がないものを周介はわかっている。
『周介君。急いだほうがいい。研究者の一人がなんか調べ始めた。たぶんそういうお店を調べてるんだと思う』
「畜生……畜生……なんで……なんで俺がこんな目に……!俺がなにしたっていうんだよぉ……なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ……」
玄徳と猛を連れてくればよかったとこれほど後悔したことはない。あの二人がいれば周介を助けるために行動してくれたかもしれない。だが同時に知与を連れてこなくてよかったと心から思っていた。彼女が周介の近くに居たら間違いなく行動の中身を把握してしまうのだから。
『周介君、時間がない。この子なんかどうだとか言い始めたみたいだ』
「ちくしょぉぉぉ!やってやるよ!やってやろうじゃねえかよぉ!くそったれぇ!あとでここの職員全員ぶん殴ってやる!おろし金でぶん殴ってやる!」
周介はシャーレを掴んで憤慨しながら奥の部屋へと入っていく。もはや自暴自棄になっているのではないかと思えるほどに激昂し顔を真っ赤にしている。
恥ずかしさも中には混ざっているのだろう。扉が音を立てて勢いよく閉じられた後、ドクは周介に心から同情していた。




