第29話 おっさん陰陽師、呪詛を返す
人を呪わば穴二つ。
呪詛を移したこの黒い藁人形はこの呪詛をかけた者と深く繋がっている。今ならばこの呪詛を返すことが可能だ。
「……呪いを返す? ヤコウさん、そんなことが可能なのか?」
「うむ、もちろんである。呪詛を返すだけでなく、その者の場所まで知ることができるぞ。まあ、それを指示した者まではわからぬがな」
反噬の術はそこまでが基本だ。返された呪詛は元よりもさらに強くなってしまうため、呪詛をかける際には相応の危険がある。
ただし、あくまでも呪詛が返るのは呪詛を行った者に対してであって、それを指示した者までには返らない。京の都では大抵は貴族の指示によって呪詛師が行うため、すぐに口封じに殺されてしまうことが多い。
「闇魔法を使った者がわかれば、そこから誰が呪いをかけるように指示したかわかるかもしれない。ヤコウさん、やってみてほしい」
「心得た」
この世では呪詛を消し去るだけで、呪詛を返せることはあまり知られていないようだ。それならば呪詛をかけた者からそれを指示した者を突き止めることができるかもしれぬ。少なくとも呪詛をかけた者は突き止めておかねばな。
「ではゆくぞ」
ご子息殿は領主殿と共に別の部屋へ移動してもらい、ご子息殿の治療をしてもらっている。この部屋には我とスーとレイラ、マーチル殿と兵士の者が残っている。
四方に設置した霊符はそのままに、先ほどまでご子息殿が寝ていたベッドの上へ五芒星を書いた紙をいつもとは反対向きの逆五芒星の位置にして置き、その中心に少し弾けて黒く染まった形代の藁人形を置く。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
「おおっ、藁人形の色が!?」
先ほどと同じよう九字の呪文を唱え、九種類の印を結ぶ九字護身法を行うと、黒く染まった藁人形の色が元へ戻っていく。呪詛をかけた者へうまく戻ったようだ。
「……よし、呪詛返しはうまくいった。あちらの方向だ」
藁人形より呪詛が戻っていった方向と距離が感覚で分かる。思ったよりも近くにいるらしい。
「ここのようだな」
領主殿の屋敷を出て、返した呪詛の跡を追ってきた。我らの目の前にあるのは領主殿の屋敷ほどまではいかぬが、他の街の建物と比べるとだいぶ大きな屋敷であった。この辺りは街の中心地のようで、貴族の大きな屋敷が固まっているらしい。
「むっ……ヤコウさん、本当にこの屋敷なのか?」
「うむ、この屋敷の主というわけではないと思うが、少なくとも領主殿のご子息を呪った者はここにいることは間違いない。この屋敷の主は有名な者なのか?」
「そうだね、この屋敷はバームン男爵の屋敷なんだ。さすがにこの屋敷へ押し入るわけにはいかなそうだ……」
マーチル殿から聞いた話によると男爵はこの国の貴族らしい。位としては領主殿の子爵のひとつ下らしいが、それでも国から認められた立派な貴族のようだ。
今ここにいるのはマーチル殿とスーとレイラだけだ。というのも呪詛が返ったことは相手にもわかることなので、領主殿の屋敷へ強硬手段を取るという可能性もあったため、領主殿や兵の者には自身の屋敷を守ってもらっている。
さて、どうしたものか……。とりあえずここは我がいた世とは異なるようだし、まずは念のために形代を使って屋敷の様子の中を確認してみるとしよう。
「……間違いないようだな。黒く長いローブとやらを着た男が横になっている。その横では光り輝く装飾品を複数身に着けた小太りの男が何やら喚いておるな」
「おそらくその小太りの男がバームン男爵で間違いない。なんということだ……まさか領主様のご子息を呪おうとしたのはバームン男爵だったとは……」
形代は視界を我と共有できるが、音までは共有できぬため、あの男が何を喚いているのかは聞こえぬ。だが、黒い痣が現れた呪詛師の隣で動揺して喚いていることからもその者が呪詛師に指示を出していたことは間違いない。
呪詛師の居場所だけでなく、それを指示した者までわかったのは運が良かったな。領主殿のご子息を呪い殺すまで、この屋敷で匿われていたのだろう。
「相手が男爵となると、一度騎士団を呼びたいところだね……」
騎士団とは門番と同様に街を守る検非違使のような組織であったな。確かに相手が貴族となると、今日の都でもそういった手順を踏む必要がある。
「だがその間にバームンとやらが口封じのために呪詛師を殺す可能性が高い。そうなってしまえば証拠は残らなくなる」
京の都では陰陽師に多少の権限があったからよいが、この世ではなんの権限もない我が証言をしたところで相手が貴族となれば逃げられるかもしれぬ。とはいえ、この街の大きな組織の長であるマーチル殿を巻き込むのは本意でない。
「では我がゆこう。マーチル殿はここでスーとレイラを守っていてくれ」




