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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第6章 メタモルファルは愛とともに

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92 稼ぎを強要する親

 三日間の採集旅行を終えて、エルオリーセは自宅へに帰ってきた。

 最終便の飛行船でレーエフに着いた時は、もう夜になっていた。明日まで不在だという手続きは学院に出してあったが、三日も家を空けてしまっていたので、少しでも早く家に帰りたかった。


「ただいま!」

 エルオリーセは、明るい声で自宅のドアを開ける。

「おかえり!」

 目の前に、三吾が立っていた。


 最終便か翌朝の始発で帰ると聞いていたので、自宅で待っていた。最終便ならそろそろ着く頃だ、と家の中をウロウロ歩き回って待っていた三吾だ。

 ドアを開けたエルオリーセに、飛びつくように抱きしめる。

「お疲れ様。怪我は無い?」

 そう言いながら、彼女の顔を両手で挟むと、返事も待たずにキスを送る。

「うん・・・っ・・・・ん・・・」

 ひとしきり深いキスを貪った後、三吾はようやくエルオリーセの唇を開放する。

「やっぱり三日は長いな。暇さえあれば、君のことを考えてた・・・」

 そしていきなり彼女を抱き上げる。

 彼女の荷物が、ドサッと音を立てて床に落ちた。


「あっ、あの・・・ちょっと・・・」

 せめてお湯くらい使わせて欲しい。服は汚れ、髪も体も汗臭いはずなのだ。

「ごめん、我慢できない・・・」

 夫は妻の身体を抱いたまま、そそくさと寝室に消えた。


 居間にポツンと残されたアルバは、大きなため息をつくと、床に散らばった彼女の荷物を咥え上げる。そしてそれらを片付けると、諦めたように自分の寝場所である地下室への階段を下りた。



 カーテンの隙間から、微かな光が漏れてくる。

 夜明けが近い薄明るくなった空から、柔らかな光が寝室の中に入っていた。

「・・・ごめん、リーセ」

 三吾は腕の中に閉じ込めた愛する妻の寝顔に向かって、そっと呟いた。


 三日間の採集旅行を、強行軍で終えて帰宅したばかりの彼女だ。

 疲れていないわけはない。タフなメタモルファルだとしても。

 それなのに、どうしても我慢が出来なかった。

 彼女の無事を、体と心、全ての無事を確かめたかった。

 そして、自分の心を彼女の存在で埋めたかった。


 未熟な若者のように性急に、ただ激しく求めてしまったと思う。自分はまだまだ若いのだと、自信を持ちたかったのかもしれない。

(多分、昼過ぎまで起きれないだろうな・・・)

 まだ深い眠りの中にいる彼女の寝息と寝顔が、穏やかに安らいでいることだけが救いだ。

(今日は一日、リーセを労わって過ごそう)


 そっと起き上がって、彼女の剝き出しの肩に毛布を掛けなおす。

 ベッドから降りた三吾の気配を聞きつけたらしいアルバが、寝室に入ってきた。


 ジロリと三吾を見る眼が、非難に満ちている。

(ナニシテルンダ、マッタク)

 アルバは不機嫌なオーラを漂わせながら、ベッドサイドに散らばったエルオリーセの衣類を集め始めた。その様子は、黒白の毛皮も相まって、厳しいが忠実な執事のようだ。

「・・・反省してる、ごめんアルバ」

 三吾は謝りながら、お湯を沸かしに寝室を出るのだった。


 日々は穏やかに過ぎてゆく。

 大きな事件も起こらないまま、毎日の暮らしを楽しむ三吾とエルオリーセだったが、『好事魔多し』は世の常なのかもしれない。



 ある日の夕方、エルオリーセとアルバは『笑うブチハイエナ亭』に急ぎ足で向かっていた。

 三吾は先に行っているはずで、一緒に夕食をとるために待っているだろう。

(少し遅くなっちゃった・・・)

 抱えた紙袋をガサッと持ち直して、中身を確認する。よく熟した真っ赤なトマトが、ツヤツヤと輝いていた。農学のポタシム教授から、品種改良した新しいトマトの収穫を手伝ったお礼に貰ったものだ。

(うん、大丈夫。潰れてないわね。半分はルビー姐さんにあげて、残りを三吾と一緒に食べようッと)

 料理に使うのもアリよね、と考えながらエルオリーセは近道するために路地に入った。アルバと一緒なら、何も心配はいらない。

 すると、路地の奥から何やら声が聞こえてきた。

「・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・言うとおりにするからっ・・・」

 鳴き声交じりの言葉は、不穏な気配を伝えてくる。

 エルオリーセはアルバと視線を交わし、路地の奥へと走りこんだ。


「やめなさいっ!」

 大声を叩きつけた相手は、中年の男女だった。地面に若い女性が倒れ、その身体に蹴りを入れている。

「バウッ!ゥワンワンワンッ!」

 アルバが牙をむきながら吠え、男と女性の間に割り込んだ。

「ぅおっ!・・・な、なんだコイツッ!」

 怯んで後ずさった男女に、エルオリーセは女性を助け起こしながら怒鳴った。

「どんな事情があっても、これはダメっ!」

 本気怒っている大型犬だけでも分が悪い。キナ臭い雰囲気を漂わせた中年男女は、捨て台詞を吐いて逃げて行った。

「チクショウッ!今はこれで勘弁してやらぁ!」

「解ってるわね!パキラ」


 男女が逃げ去ると、エルオリーセは暴行を受けていた女性に優しく話しかけた。

「大丈夫ですか?怪我は?」

「・・・・だい・・・じょうぶ・・・」

 まだ二十歳前に見える若い娘は、俯いたまま震える声で答えながら立ち上がった。

「ありがとうございました・・・何もお礼が出来なくて、ごめんなさい」

「お礼なんて要らないから・・・でも、心配だから家まで送らせて」

 女性と犬なら、自宅まで付いて行っても問題は無いだろう。けれど娘は、頭を振った。

「まだ家には帰れないから・・・稼ぎを持って帰らないと。さっきの2人は、親なんです」

「えっ!」

 エルオリーセは、声に出して驚いてしまった。


 少しくらいなら時間もあるだろうと、エルオリーセは屋台の飲み物を買って娘と一緒に道端に腰を下ろした。

「差し支えなかったら、事情を聞かせて。何か役に立てるかもしれない」

 フルーツジュースを差し出しながら言うエルオリーセに、娘は目を見開いた。こんな風に扱われたのは、初めてのことだった。

「ええと・・・パキラさんって言うのよね。私はエルオリーセ。この子はアルバよ。採集の専門職をしてるの」

 お節介かな、と思わないでもないが、何故か放っておけなかった。穏やかな生活の中で培われた、気持ちの余裕のせいかもしれない。

「話しても、どうしようもないんだけど・・・」

 パキラはそれでも、ポツリポツリと話し始めた。


 数か月前に、ワイアから一家揃ってやって来た。

 最初は親だと言ったが、あの中年男女とは血の繋がりがあるわけではない。一家と言っているが、全員が赤の他人だ。誰かに聞かれたら、そう言うように命じられていた。

 中年男女は夫婦で、子供と称する若い男女を働かせていた。パキラのような娘たちは、どうやら街娼をさせられているらしい。


「レーエフでは、なかなかお客が見つからないの。昨日も今日も、1人も捕まえられなくて、それで折檻されてたの。もっと本気でやれって」

 レーエフにも娼館はあるが、内容はどうあれ経営自体は健全だ。利用料金は高く、顧客も身元が確かな者だけになる。いわゆる売春婦もいないわけではないが数は少なく、家持ちで衛兵のパトロールの目を搔い潜って商売している程度だ。

 ワイアのように、路地裏や空き地の隅で商売できるような街ではなかった。

「でも、何とかして稼がないと・・・帰ったら折檻されちゃうし、ご飯も食べられないし・・・帰らずにいたら、さっきみたいに探されて同じ目に遭うだけだし」

 最後の一滴までジュースを飲み干し、パキラは遠い目になった。


(その一家って、ゲンさんが言っていたグループのことじゃないかな)

 以前聞いたことがあった。南から来たらしい小悪党の集団がいて、なかなか尻尾を掴めずにいるという事を。

(・・・それなら、ゲンさんに相談するのが良いわね)

 エルオリーセは、立ち上がってパキラに手を伸ばした。

「一時避難しましょう。レーエフで稼ぐのは難しいから、帰ったり見つかったりしないで済むように。私とアルバを、信用してくれる?」

「え?」

 パキラはしばらくエルオリーセの顔を見つめていたが、やがてその手を取った。

「・・・今以上に悪くなることは無いものね」

 南の浅黒い肌の娘は、何かを吹っ切ったように笑顔を見せた。



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