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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第6章 メタモルファルは愛とともに

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91 見た目の重要性

 司書ローレ・バークリーの弟ジスは、レーエフの街中を当てもなく歩きながら考えていた。

(ンっとに、お堅い街だよな、このレーエフっつうトコは)

 繁華街もあるにはあるがワイアと比べれば健全で、衛兵のパトロールも頻繁にある。治安は格段に良く、自分が馴染んだ猥雑な空気が無い。

(あんま長ぇこといる場所じゃねぇな)


 ジスは姉に、仲間たちと一緒だと言ったが、仕事仲間と言えば噓にはならない。40がらみの夫婦と若い男3人の集団だ。そこにおまけのように若い娘が数人いる。

『俺らを親だと思ってくれ』などと豪語する夫婦だが、要はケチ臭い犯罪がらみの仕事ばかり斡旋してくる元締め的な存在である。

 いつの間にかそんな夫婦の下で働くようになっていたジスだが、腐れ縁のような間柄はなかなか切れずにいる。当然、姉には言うことなど出来ない。


(ま、その内出てくんだからイイか)

 ある程度街中の様子を観察して報告すればいいだけの日々なので、ジスには特にすることもない。

(・・・学院の学生さんと、オトモダチになるのもイイか)

 情報収集にもなるが、ジスは姉が働くユニバース学院のことも知りたくなっていた。

(軽い学生だっているだろうからナ)

 ついでに少し弱みを握って、小遣い稼ぎにでもしようか。

 そんな事を考えながら、ジスは学院の方に足を向けた。



 ある日の夕食時、三吾とエルオリーセ、そしてアルバは『笑うブチハイエナ亭』で夕食を摂っていた。久しぶりに帰宅が早かったゲンも一緒だ。

「近頃ちょっとキナ臭い事件が頻発しててな、おかげでこっちは大忙しだ。まだ大事件があったわけじゃないんだが、パトロールも強化してる」

 衛兵隊の隊長を務めるゲンは、女房の店で一杯やる時間も少なくなっているようだ。

「でもまぁ、今日は少しのんびりするさ。息抜きは大事だからな」

 ゲンは疲労が残る顔で、それでも朗らかに笑う。

「あ~~、それにしてもアルバは変わらないな。テルルと同じくらいの歳だろう?あいつなんか、もう目の周りに白い毛が混じってきてるよ。もう数年したら、衛兵犬は引退させないとな」

 テルルとはゲンが連れているシェパードの雌で、アルバとも仲が良い。


 何気ない話題なのだが、エルオリーセは内心ギクリとしてしまった。


 メタモルファルの生態はよく解らないことが多い。

 世代交代をして新しい個体になるが、初期形態は様々だ。アルバの場合は犬で、エルオリーセは人である。大人になると覚醒して自分がメタモルファルであることを自覚するが、その能力は時間をかけて発現する。完全な変身能力を持つには長い時間がかかるようだが、どうやらそれも個体差があるらしい。

 エルオリーセは、自分が自覚するようになってから、様々なことに気付いていた。

 その中の1つが、「覚醒後は初期形態の変化がなくなるらしい」ということだった。


 つまり、アルバも自分も、見た目の老化がないということだ。


(街中で暮らすと、色々と面倒になりそう・・・)

 エルオリーセは、考える。

 いつまでも若い見た目のアルバと自分。

 周囲の人間が、異質であると気づくことは間違いない。

(何か手立てを考えないと・・・先にアルバの方よね)

 人より寿命が短い犬の姿をとっているアルバを、何とかしなければならない。

 幸いアルバは、犬であればどのような犬種にでも、大型犬であればと言う制約は付くが、変身することが出来るようになっている。

(上手いこと話を作って、2代目だってことにしてもいいけど・・・)

 今まで沢山世話になっていて信頼もできるゲンとルビーを、騙すようなことはしたくない。

(三吾に相談して、アルバの正体だけでも2人に伝えるようにしよう)

 そして、いずれは自分のことも考えなくてはならないのだ。



 それから1週間が過ぎた。

 その間、エルオリーセは三吾に相談することも出来ないほど多忙な日々を送る。提出する書類や報告書、ちょっとした採集依頼が重なってしまっていた。


 そしてジスも、学院内に入り込んでいた。

 親しくなった学生の学生証を、ギャンブルの借金のカタに1日だけということで借りていたのだ。

 ばれたら退学になると半泣きの学生に、有名な学院の中を見たいだけだと宥めたジスは、その学生から服まで借りていた。

(姉さんの職場と人間関係を、ちょこっと見るだけだし)

 もじゃもじゃの髪も整えて、普通の学生らしく学院の門を通ったジスは、先ず図書館へ向かう。姉の働く姿を見てみたかった。


 ごく普通の両親の元、ローレは賢く優しく育った。そんな姉が、ジスは自慢だった。見かけは確かに凄く美人というわけではないし、スタイルも抜群というわけでもない。けれど少しぽっちゃりした顔と体形は、暖かさと癒しを与えてくれるとジスは思っている。

 そんな自慢の姉を見ながら自分も頑張ろうと思ってはいたが、やること為すこと全て裏目に出て、いつの間にかヤクザな連中との付き合いが始まってしまった。

 ローレが学院に司書として勤め始めて直ぐに、両親が他界した。それ以来、姉が親代わりになって弟の面倒を見た。稼ぎがろくに無い弟の生活や、不始末の尻ぬぐいまでしたせいなのかもしれない。ローレは婚期を逃しかけていた。

 それに気づいて、ジスはレーエフを去った。独り立ちするとだけ言い残して、姉を自由にするつもりだった。けれど一度身を落とした彼にとって、堅気の仕事はハードルが高く、結局今のような生活を送っている。

 姉が幸せに暮らすこと。それだけがジスの望みになっていた。


 ジスが図書館に近づくと、丁度ローレがドアから出てきた。

(おっと、危ねぇ。気づかれないようにしねぇとな)

 手に書物を抱えた彼女は、どこか嬉しそうな小走りで薬学棟に向かう。そしてしばらくして手ぶらで戻ってきたローレは、薄っすらと頬を染めて幸せそうだった。

(ん?・・・あれって・・・)

 もしかしたら、薬学棟にイイひとでもいるのか?そんな相手はいないと言ってたけど。

 ジスは、どんな男がいるのかと薬学棟に入っていった。


 それから時間をかけて、薬学棟にいた男性の名前を調べ、さり気なく学生たちに聞いて回る。その結果、教授たちは1人を除いて全員高齢で、助手たちは20歳代だということが解る。

(歳がつり合いそうなのは、コイツだけだな)

 それは、沖代三吾という分析薬学の教授だった。


「なぁ姉さん、付き合ってる男はいないって言ってたけど、本当はいるんじゃないの?好きな男がいるんだろ?」

 その晩、ジスはローレと夕飯を食べながら、唐突に問いかけた。そして、正直に自分が見たことを告げる。当然、学生証を借りたことも白状した。

 姉は犯罪まがいのことをした弟に眉をしかめたが、学生証も服もちゃんと返したと言うので注意するだけにとどめる。

 そして苦笑いを浮かべて、観念したように話した。

「好きな人・・・そうね、ずっと憧れてた人はいるわ。でも、その方、ちょっと前に結婚しちゃったの。学院内での職場結婚ね。とても素敵なご夫婦で、一緒にいるところをよく見るわ。だから私は、ただ憧れているだけよ」

 たまに話が出来れば、それだけで嬉しくなる。それで良いのだ、とローレは言った。

(もしかして、それはアイツらか?)


 帰ろうかと踵を返した時、薬学棟の扉の前で話す男女を見かけた。

 30代後半くらいの男性と、20歳くらいに見える女性だ。2人とも白衣を着て、親しい間柄のように見えた。

 長身で落ち着いた雰囲気の男性と、若々しく綺麗な女性。その雰囲気は、夫婦と言うより恋人同士のように見えたのだが。

 そして同時に、ジスは思い出した。彼らはワイアの河の土手で、会ったことがあると。

 婦女暴行容疑で、衛兵に追われた。何とか逃げることに成功はしたが、誤魔化すことが出来なかったのはあの女が言った言葉が原因だ。


 湧きあがったどす黒い感情を押し殺して、ジスは笑顔で言った。

「そっか・・・でも俺は、姉さんの方がお似合いだと思うけどナ」

 

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