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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬
7/115

7 南の島で巡り合ったのは運命?

 8月の中旬、三吾とゲンは船を使ってニオブ島へ向かった。

 レーエフの傍を流れる大河から船便を乗り継いで到着した島は、低い山と幾つかの集落がある自然豊かな場所だった。


 島の船着き場で待っていたマークは、人懐こい笑顔で出迎える。

「いやぁ、よく来てくれたな。難しい話は後にして、先ずはゆっくり休んでくれ」

 船着き場から歩いて10分の場所にある、彼が新しく建てたホテルは、なかなかに立派なものだった。

 2階建ての建物の外観は白で統一され、広い敷地内の芝生にはプールまで出来ている。直ぐ傍に海があると言うのにそれを作ったのは、ターゲットを富裕層にしているからだろう。


「何だか俺達には不釣り合いなホテルだよな。こんなホテルに泊まるなんて、寧ろ落ち着かないぜ」

 それぞれが案内された部屋に荷物を置き、ロビー降りる途中で、ゲンが苦笑いを浮かべる。

「全くだ。快適な空間なんだが、馴染みが無いからなぁ」

 同じように答える三吾は、ロビーで待つマークの元へ向かった。


「今回、相談に乗って欲しいことは色々あるんだ。手紙に書いた殺人事件の事もそうなんだが、ついでに宿泊客としての感想も聞かせてくれるとありがたい。この島でお客を迎えるにあたって、安全面などについてもアドバイスして貰えると嬉しいんだ」

 マークは運ばれてきたグラスの飲み物を、2人に勧めながら話す。

「これをウェルカムドリンクにしようと思ってるんだ。どうかな?」

 トロピカルドリンクらしい液体は、淡いピンク色をしていて氷が浮かべられている。ストローの横には、可愛らしい花が添えられていた。

「へぇ・・・うん、美味いぜ。女性が喜びそうだな」

 そんなゲンの感想だが、三吾は別の事に気づいていた。

「氷を使っているんだな」

 それを聞いて、マークは喜色満面になる。

「そうなんだ、良く気付いてくれた。実はそれが目玉なんだ。北から船で運んでくるんだが、輸送にあたってかなり保冷できる方法を考えた奴がいるんだよ。まぁ持ってくる間に量は半分くらいになるが、元はと言えばタダだしな。それなりに宿泊料も高くなるが、ターゲットは富裕層だから大丈夫だろう」

 ゆくゆくはこの島を丸ごとレジャーアイランドにしたい、と話すマークだ。


「ところで殺人事件ってのは、何なんだ?毒殺だって?」

 ドリンクを飲み干したゲンは、単刀直入に問いかける。

「ああ、うちに出入りしていた作業員が殺されたんだ」


 当時ホテルの庭全体の工事を行っていて、臨時雇いの島民が10名ほど作業に入っていた。その中の1人が、持参の弁当を食べて死んだと言う。


「工事の方はもう殆ど終わっていて片付け作業だったんだが、いつも通りに昼飯を食べていて、急に苦しみだして死んだという話だ。この島にも衛兵と医者はいるので呼んだんだが、役には立たなかったな」


 医者の話ではフグ毒ではないかと診断しただけで、衛兵は私怨による毒殺だろうと断定してザっと聞き取りをすると未解決として報告を出していた。


「聞いた話だと、素行の悪い奴だったみたいで恨んでいる相手が多すぎたらしい。ここの村長も、大事にはしたくないって雰囲気だったので、それっきりなんだ」

 ゲンと三吾は、眉を顰めて黙り込んでしまった。

 それなら何故、マークは我々を呼んだのだろう?


 一か月前の事件で、既に遺体も埋葬済みだ。真犯人を見つけて欲しい人間もいないようだし、部外者がのこのこやって来て引っ搔き回すことも無いように思う。


「開業前の大事な時に、こういうすっきりしない事件は何となく気になるって言うのもあるんだが、その後もホテル内で小さな盗難とかもあって、何だか妙に落ち着かなくてな。仕事の方はひと段落したんで、気の置けない幼馴染と話をしてみたくなったのさ」

「その話の中で、何か解決に導けるようなものがあったらいい、とか思ってたんだろ?」

 ゲンがマークの言葉に鋭く突っ込みを入れると、マークは磊落に笑って言った。

「実はその通り!」



 翌日、ゲンと三吾は島の様子を見て回った。

 のんびりと気楽にではあるが、ひと通り見ておかないと話が始まらないと思ったのである。午前中は低い丘のような山の方面を、午後になってから集落がある海側の方を歩いた。

 以前の三吾だったら一日中歩き回ることなど考えられなかったが、ここ数か月の間に足腰も鍛えられ体力もついていたので余裕の散策だった。


 集落を歩き回り、友人の家に遊びに来た客として何人かの村人とも話が出来た2人は、夕方の風に吹かれながらホテルに向かって歩いていた。

「・・・ん?・・・・あれは、アルバか⁉」

 緩やかな上り坂の途中で、三吾は傍らに広がる草の生い茂った空き地に、特徴的な黒と白の色を見る。


 今日一日歩いた範囲では、犬の姿を見かけなかった。漁村と言う事で猫の姿は多かったが、今見えている獣とは大きさがまるで違う。

「おーーーい!アルバーーー!」

 三吾は思わず大声で叫んだ。



「・・・何で、ここに?」

 アルバと一緒に三吾の前に現れたエルオリーセの姿に、驚くしかない三吾だ。

「ここで野外実習だったんですよ。海辺の生物の観察・分類実習です。今日の昼までだったので、学生たちは午後の船で帰りました。私はもう少し、この島にいる予定なんです」

 エルオリーセはそこで、三吾の後ろに立つゲンに注意を向けた。

「あの時は、ありがとうございました。ゲン・ナイトロさん、ですよね?」


「ああ、いやこちらこそ。三吾から話は聞いています。エルオリーセ・ハイドランジアさんと、アルバでしたね。いやぁ、アルバが来ているならテルルも連れてくりゃ良かったかな」

 犬連れで旅行、という考えなど思い浮かばなかったゲンだ。

「私もテルルにはちゃんと会ってみたかったので、残念です」

 そう言って微笑むエルオリーセに、ゲンはヨロシクと言って右手を差し出した。


「・・・はい、こちらこそ」

 そう言って右手を出し握手をした彼女だったが、短いが躊躇する時間があったことに三吾は気づいた。

(ああ、こういう事なんだな)

 男性が苦手なエルオリーセは、自分の心を制御しているのだろう。

 相手が三吾の友人で安心できる人物だと解っていても、多少は我慢をしなければならないのだ。

 そんな彼女が、三吾だけは大丈夫だと言ってくれた。

 それはどれほどの『特別』なのだろう、と三吾は思う。

 そして心の中に感じた、キュッと締め付けられるような感覚は何だろう、と。


「それで、エルオリーセは今晩どうするの?」

 泊まるにしても、この方向に宿などは無さそうだ。野宿と言うわけでもあるまいし・・・いや、彼女なら有り得るのかもしれないが。

「古い知り合いの家に泊めてもらうことになってます。子供の頃、ここで暮らしていたことがあるんですよ」


 エルオリーセは5歳の頃、祖母に連れられてニオブ島に来た。そして5年間、この島で暮らしたのだ。

 いきなりやって来て住み着いた老婆と幼い子供を、島の住民は訝しんだ。けれどある夫婦が親身になって、色々と助けになってくれた。

 その夫婦が、エルオリーセの言う古い知り合いだった。


「サマリさんと言うんですが、この先の農家が・・・ほら、あれです」

 彼女が示す先には、植物の葉で葺いた素朴な屋根が見えた。

「果樹園と畑をやっていて、年に数回手紙をやり取りしてたんですが、今回仕事でここに来ると書いたら泊まっていけって。実習中は学生たちと村の寄り合い所を借りて寝泊まりしてたんですが、折角なので泊まらせて貰って少し夏休みにしようかと思っています」


 何という幸運だろう。こんな巡り合わせを運命だと言うのだろうか。

 三吾は柄にもなく、そんな事を思ってしまう。


「三吾とゲンさんは、何故こちらに?やはり夏休みですか?」

 らしくない目的地のチョイスだと思いながら、エルオリーセが尋ねると、ゲンは手短に、ホテルと友人のマークの事を説明した。

「・・・ああ、あのホテルの・・・」

 何か思うところがありそうな彼女の言葉に、三吾はふと気づいた。

「エルオリーセ、もしかしたらホテル建設について何か意見でもあるんですか?」

 彼女は少し困ったように言葉を探していたが、ふと気づいて言う。

「すみません、サマリさんの家に行って挨拶して荷物を置いてきます。話は後でゆっくり」

 坂道は途中から伸びる細い道との分岐点になっていた。


「あ、それなら俺は先にホテルに帰ってるから、お前は彼女と一緒に行けよ。話が長くなりそうじゃないか。俺はもう、ビールが飲みたくて泣きそうだぜ」

 ゲンはサラリとそう言い残し、2人と1匹を置いてサッサと歩き出した。これでも気を利かせたつもりだ。三吾が自分自身でも気づいていない気持ちを、ゲンは理解していた。尤も、それを理解させたのは女房のルビーだったのだが。


「あっ!おい・・・」

 ビールは自分も飲みたい、と言う言葉を何とか飲み込んだ三吾だが、幼馴染の気遣いにはちゃんと気づいていた。

「・・・と、いうわけなので・・・その・・・」

「はい、それじゃ少し付き合って下さいね」

 クスクスと笑いながら、エルオリーセは細い道に入ってゆく。その傍を歩くアルバが、彼女の荷物と三吾の顔を交互に見た。

(え?・・・あっ!)


「エルオリーセ」

 三吾は声を掛けると、彼女が提げていた荷物を奪うように持つ。

「僕に持たせてくれ・・・たまには、その・・・こういうこともしてみたい」

 か弱いレディではないエルオリーセだが、自分の中では紛れもなく女性なのだ。

 労わりたいし、優しくしたい。


 彼の突然の行動に眼を丸くしたエルオリーセだったが、彼の薄っすら赤くなった顔で何かを察したのだろう。素直にお礼を言って、恥ずかしそうに微笑んだ。

 彼女の頬も薄っすらと染まっていたことを、アルバはちゃんと見ていた。


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