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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第1章 犬型メタモルファルは未成犬

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6 小さな竜種とその後の日々

「ラポスは臭覚は鈍いけど、聴覚は鈍いほうです。幸いこちらは風下なので、まだ気づかれてはいません。このまま動かずにいてください。・・・アルバ」

 エルオリーセは三吾にそう告げると、黒白のメタモルファルの耳に何かを囁く。

 アルバは低い姿勢のまま、音もなく草の中に消えていった。


「あれはまだ若いオスですね。ラポスは群れで生活しますが、若いオスは単独で餌場の探索などを行うんです。城壁近くに姿を現すのは珍しいですけど、この辺りは危険だと教えておいた方が良さそうです」


 エルオリーセは背中の小型クロスボウを下ろして準備をする。

 片膝を立てて草の間から狙いを付けて待つと、のんびりと辺りを眺めていたラポスの頭がビクッと動いた。

 若いオスの特徴である頭部の薄赤い鱗が、ザッと逆立つ。

 風上に頭を向け、そちらを凝視して動きを止めたラポスの小さな頭めがけて小さな矢が飛んだ。


 カシュンッ!

 矢は頭部の薄赤い鱗を掠め、僅かな衝撃だけを与える。

 ピギェーーーッ!

 若い小さな竜種は、強靭な2本の後ろ脚で跳ねるように逃げ出して行った。


 立ち上がったエルオリーセと三吾の傍に、アルバが嬉しそうに駆け寄ってくる。

 両耳を後ろに倒し、褒めて貰える前提の笑顔だ。

「よくできました。偉い偉い、イイ子、最高よ!」

 エルオリーセは彼女のパートナーをの頭をゴシゴシと撫でながら、最大限の誉め言葉で迎えた。

「キュフッ・・・キュフン」

 アルバは満面の笑みで、鼻鳴きををして応えた。


「ええと・・・アルバは何をしたんだろう。見えなかったんだが」

 三吾はそんな1人と1匹の様子を見ながら、疑問を投げかける。

「ああ、臭いです。まだ若いアルバですけど、先月辺りから体臭を変化させることが出来るようになって、知っている動物の体臭を意識的に出せるんです。今回はラポスの天敵である大型飛竜種リオラスの臭いを、風上で出すように指示しました」

 偵察に来ていた若いラポスは天敵の臭いに気づき、その瞬間頭部に衝撃を受けて即座に逃走に入ったのだ。群れに戻ってその情報が全体に伝われば、今後レーエフの近くへは寄り付かなくなるだろう。


「戻ってから交易センターの方に報告しておけばいいので、このまま先へ進みましょう」

 エルオリーセはクロスボウを背負い直すと、三吾を促して西へ歩き出した。


「さっき、メタモルファルは長命だと言いましたけど・・・」

 歩きながら彼女は、今度は自分の方からアルバについての話を始めた。

「アルバはこの先、沢山のパートナーと巡り合って長い時間を過ごすことになるでしょう。私は最初のパートナーになったわけですが、出来るだけ長い時間一緒にいて、アルバに沢山楽しい思いをさせてあげたいと思うんです」

 変身獣と人間とでは、流れる時間が違う。

 そればかりはどうしようもないけれど、出来ることはきっと沢山あるだろう。

 そんな事を静かに話すエルオリーセに、三吾はしっかりと肯いた。

「うん、僕も出来ればそれに協力したいな。僕もアルバが大好きだし、そう言えばテルルも好意を持っていたらしいし」

「テルル?」

「ああ、そう言えばちゃんと話をしていなかったなぁ」


 やがて2人と1匹は、砂漠が遠くに見えるレーエフの西側にやってきた。

 砂漠と草原の境目辺りは、岩がゴロゴロと点在する荒野の様相を表している。そんな岩と石の隙間に、乾燥に強い植物が所々に生えていた。


「以前、西門でうちの女学生が襲われていた事件があっただろう。あの時、僕と一緒に来たのは友人でゲン・ナイトロと言うんだが、衛兵隊の小隊長をしているんだ。彼はシェパードを連れていただろう?」

「あ、はい。凄く綺麗で凛々しくてカッコいい、雌のシェパードでしたっけ」

 エルオリーセと三吾は、採集を始める前に岩に腰かけて小休止していた。

「そう、そのシェパードの名前がテルルだよ」

 オス犬に全く関心が無いテルルが、初めて気に掛けた相手がアルバだと言う事を、三吾は楽しそうに話す。

「アルバの方が良ければ、カップルになるかもしれないな」

 けれどエルオリーセは、首を傾げた。

「そうですね、仲良くはなれると思うけど子供を作るのは・・・」

「あ、そうか!メタモルファルは基本、単性生殖だったな」

「ええ、普通の犬と変わらない見かけですけど、交配するとなると異種間になるので・・・もし子供が出来ても、雑種第一代で不妊の個体になるんじゃないかなぁ」

「そうか・・・それでもイイかって、テルルに聞くわけにもいかないからなぁ」

 自然に任せるしかないのだろう。


「メタモルファルは他種の動物との親和性が高いんです。相手が捕食モードや戦闘態勢に入っていなければ、殆どの場合仲良くなるみたいです」

 さっきの飛竜リオラスの臭いも、そうやって近づいて覚えたと言う。

「でもそうすると、この先アルバはモテモテになる可能性がありますねぇ」

 エルオリーセは苦笑交じりに立ち上がり、採集の開始を提案した。


 携帯食の昼食休憩を間に挟み、数時間も解毒草を探し回ると数10本くらいの数が集まった。

 今日の所はこれで充分だと言う三吾の言葉で、一行は採集を終えて街に帰る。


 一度学院に戻り、三吾は研究室に解毒草を保管すると、大きく息をついて椅子に腰かけた。

「ふぅ・・・前よりはキツくなくなった。とはいえ、まだまだ体力不足だなぁ」

 独り言を呟きながら、コーヒーでも淹れようかと思った時、彼はガバッと立ち上がる。

「しまった!彼女を夕食か、せめてお茶にでも誘えば良かった!」

 好意で採集に同行して貰っているのだから、その御礼と言って誘えば良かったのだ。今頃気が付いた。

 まだまだ女性との交際に慣れていない三吾は、深い溜息と共に再び椅子に腰を落としたのだった。




 けれど月日は流れ、三吾はその後もエルオリーセと一緒に何度も採集に赴いた。

 他愛ない話をし、笑い合って過ごす時間は彼にとって、また彼女にとっても最高に楽しかった。

 そんな日々を過ごすうちに、三吾の体力もついてゆきその外見も変わってゆく。


 猫背で俯きがちだった姿勢は、背筋が伸びて身長の高さがはっきり解るようになってきた。

 手入れを怠っている髪は相変わらずもじゃもじゃではあったが、生活習慣が改まり常に眠そうだった目がしっかりと開くようになった。

 彼女と話すことで対人関係でも少し自信が出たようで、そんな雰囲気が講義にも反映され、受講者の数も増え質問に来る学生もいるようになる。



 そして、そろそろ夏らしくなると言う7月のある日、三吾はゲンに呼び出されていつもの居酒屋で酒を酌み交わしていた。

 この店『笑うブチハイエナ亭』は、ゲンの女房ルビー・ヴィジュウが経営する居酒屋で食事処でもある。

 ルビーは陽気で明るく世話好きで、料理の腕もいい。以前は狩人をしていて腕っぷしも強い上に、旦那が衛兵隊の小隊長と言う事もあって、レーエフの中でここは一番安心安全な酒場になっている。

「何だか近頃、イイ男になってんな。学院内で噂になってるぜ」

 三吾が席に着くと、いきなりそんな事を言ってくるゲンだ。

「噂?」

 当の本人には、当たり前の事だが全く聴こえてこない。

「ああ、そういう情報を拾う役目の人間もいるってこった。この前の内部告発も、そこから来たんだからな」

 レーエフの中枢と言ってもいいユニバース学院内で、不祥事があってはならない。治安維持の目的で、さり気なく様々な情報を集める人間が複数いると言うことだろう。

「女子学生の間で、人気急上昇中らしいじゃないか」

 ゲンは笑いながら言った。


 沖代三吾の実家は、レーエフでも指折りの商家だ。父親は数年前に他界したが、長兄が後を継ぎ他の兄弟たちが補佐して経営は順調である。

 三吾自身は商いに対する興味も才能も無かったので、実家に顔を出すことも滅多に無い。父親が存命中に生前贈与として貰った財産と学院の給与で暮らしているが、生活はかなりゆとりがある。

 そんな男性が、急に見かけが良くなれば色々な意味で女性が噂をするのも無理はない。


「そんな事を言うために呼び出したのか?」

 幼馴染の前で今まで通りの雰囲気に戻った三吾は、憮然として答えた。

 そこに、ルビーが料理と酒瓶を持ってやって来る。

「いらっしゃい、三吾。でも確かに、随分変わったわよ。悪くなったんじゃないからイイと思うわ」

 彼女は陽気に笑って揚げた芋と焼いたソーセージが乗った皿を置くと、それじゃごゆっくりと言って奥に入った。


 そんな女房に短く礼を言ったゲンは、話の続きに入った。

「いや、そうじゃなくて今年もアイツから手紙が来たからさ」

 アイツとは、マーキュリー・コルムという名の男でゲンと三吾の子供の頃からの友人だ。

 マークと呼ばれる彼はレーエフの宿屋の息子だったが、商才があり受け継いだ宿屋を大きく建て直してホテルにし、世界各地にチェーンを展開している。

 仕事が生きがいのようで三吾と同じく独身だが、人付き合いがマメでよく手紙を寄越してくるあたりは、流石に敏腕経営者であると言う事なのだろう。

「もう、そんな季節か」

 三吾が2杯目の酒に口を付けながら呟くと、ゲンは苦笑いを浮かべる。

「アイツの誘いを、お前は毎回断ってるのにな」

 マークは毎年、この時期になると友人を自分のホテルに誘う。同窓会的な意味合いなのだろう。

「けど、今回の誘いは俺とお前だけみたいだぜ。相談したい事があるって書いてあっただろ」

 気になったゲンは、折り返しで手紙を出していた。

 その返事が、昨日届いたのだ。

「新しく建ててもう直ぐオープンする予定のホテルで、殺人事件があったんだとさ。毒かもしれないってことで、だからお前にも来て欲しいんだと書いてあった」


 三吾はレーエフに来る前は、地方の小規模な研究施設にいた。

 今年になってユニバース学院に教授として入ったわけだが、マークはそれを知って2人に手紙を寄越したのだろう。一緒に来て欲しい、と。


「8月いっぱいは、学院も休みなんだろう?1週間くらいで良いらしいから、たまには行ってみないか?結構いいリゾート地みたいだぜ。息抜きも大事だしな」

 季節が曖昧なこの国でも、夏と冬の2回は学院も長期休みになる。世界中あちこちから来ている学生たちの帰省のためで、当然講義は基本的に無くなるのだ。

 夏休みともいえるその1か月、教授たち研究者は自分の研究に勤しんだり、家族サービスをしたりして過ごす。三吾も、学院で研究に打ち込むつもりだった。エルオリーセとの採集などを楽しみながら。

 けれどこの期間、彼女の方が多忙だった。


 一年のうち半分しか学院にいないエルオリーセは、教授職のノルマである講義のコマ数を半年でこなす必要がある。そこで長期休みには、実習と称する泊りがけの臨時講義を幾つか設けていた。採集・分類の野外実習で数日間の連泊が数回。


(8月中は、あまり会えないんだよな・・・)

 三吾は少し考えて、ゲンと共にレーエフの南西にあると言う『ニオブ島』に行くことを承諾した。


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