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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第3章 犬型メタモルファルは傍にいる

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45 ストーカーな時間

『笑うブチハイエナ亭』で夕食を済ませ、幸せな時間を過ごすと、2人は店を出て帰路につく。

 家々の窓から漏れる灯りを見ながら、三吾とエルオリーセは寄り添いながらゆっくりと歩いていた。

「明日の予定は?学院は休みだけど」

「アルバ達のところへ行くのは変わらないけど、朝から行こうかと思ってるの。早めに帰ってくれば、一緒に居られるでしょ?」

「それは嬉しいけど、もし差しさわりが無ければ僕も一緒に行っちゃダメかな?そうすれば、朝から一緒にいられるし」

 三吾は彼女の肩を、そっと抱いている。

「いいの?ちょっと遠いけど」

「雛が嫌がったりしないなら、僕もロト鳥を見てみたい」

「うん、大丈夫だと思う。あまり近づかなければ、アルバが教育すると思うわ。だったら、材料を持って行って、お昼は向こうで作って食べない?簡単な物しか出来ないけど、魚を釣ってもいいし」

「それはイイ!肉とか野菜は、行く前に市場で買って行こう」

 エルオリーセの提案に、手を打って喜ぶ三吾だ。久しぶりに1日一緒に居られるし、野外BBQを楽しめる。元々はインドア派で、野外活動など時間の無駄だと思うような三吾だったが、変われば変わるものだ。


 寄り添い楽しそうに話しながら歩く恋人たちの様子を窺いながら、アスタは彼らに気づかれないように後をつけていた。

(・・・あの女、誰?)

 アスタはエルオリーセが、以前は学院の教授であったことに気づいていなかった。アスタが学生だった頃に学院内で見かけたことはあった筈だが、エルオリーセが顔の半分を覆っているせいもあるのだろう。

(作業服みたいなのを着てるし、男の子みたいだわ)

 体格も貧相で、女性的な魅力なんて無い、と思う。

(どこがイイのか、解らないわよ)

 本当にあれが、彼の言う『付き合っている女性』なのだろうか、と訝しく思っていたアスタの視線の先で、2人は足を止めた。


「それじゃ、また明日の朝。迎えに来るよ」

「はい、待ってます。楽しみね」

 エルオリーセの下宿の前で言葉を交わす2人だが、三吾は別れ際に彼女をしっかりと抱きしめた。

「アルバがいないから、ね?」

 いるからと言って邪魔になるわけでもないし、賢いメタモルファルはちゃんと状況を理解して、そっぽを向いて大人しく待っていてくれる。けれど待たせていると思うと、思う存分というわけにはいかないのだ。

 軽く苦笑した彼女の唇を、彼は優しく塞ぎそのまま濃厚なキスを堪能する。

 そんな熱々の恋人同士の長い時間を見せつけられて、アスタはギリギリと奥歯を噛み締めたのだった。


 けれど翌朝は、雨が降っていた。小雨ではあったけれど、これではBBQは楽しめそうにない。

「私だけで、ちょこっと行って来るわ。アルバと雛もこのお天気じゃ、どこか濡れないような場所でジッとしているだけだと思うから、食料だけ置いて帰ってくる」

 そう言って、いつもの恰好で出て行こうとするエルオリーセに、残念だがそうするしかないと諦めた三吾は、それでも心配そうに声を掛けた。

「雨だけど、大丈夫?」

 濡れて風邪でも引かないかと心配する優しい恋人に、彼女は笑って答えた。

「慣れてるから、大丈夫。それより三吾が留守番になっちゃって、ごめんなさい。昼過ぎには帰ってこれると思うけど、それまでどうするの?」

「そうだなぁ・・・」


 特に時間を潰すような趣味は無い三吾なので、行き先に思案するが、ふと思いついた。

「衛兵隊のゲンのところに行って来るよ。確か今日は昼前に上がるはずだから、一緒に昼飯でも食ってのんびりしてることにする。リーセは帰ってきたら片付けやら着替えやらあると思うから、また夕食を一緒に『笑うブチハイエナ亭』で食べよう。天気が悪いのに、急いで帰ろうとして事故になっても困るからね」

 休日のBBQはまた次の機会に、と言ってくれる三吾に、申し訳ないと思いながらもエルオリーセは小雨の中を出て行った。


 三吾がゲンの所に行こうと思ったのは、その後のアスタの捜査状況を聞いてみたかったからでもあった。発見されたのかと聞く三吾に、ゲンは溜息をつきながら答えた。

「情けない話だが、まだなんだ。ある程度の事は解ったんだが、今どこにいるかはまだ掴めていない。お前の方は、どうだ?また来たのか?」

「いや、あれ以来会っていない」

三吾は、アスタが自分をつけ回していることに気づいていなかった。


 ゲンの話によると、アスタはレーエフに来てからは繁華街あたりをうろついていたようだ。毎晩、身体を売ってその日の寝床を確保していたらしい。彼女を買った男の証言だと、農場からレーエフに来るまでもそのようにして金銭を得ていたのだそうだ。


「繁華街のパトロールも強化して、安い宿屋も調べてはいるんだが、まぁ足が付きそうな宿は多分使ってないだろうからな」

 相手の男の部屋に行くなり、誰も来ないような倉庫や小屋に入るなりすれば、目的は達せられるのだから。

「他の街に比べたら治安は良い方なレーエフだけど、隠れようと思えば場所はいくらでもある。あちらさんも、探されていることは解ってるはずだしな」

 けれど根気よく続けていれば、きっと発見できるはずだとゲンはきっぱり言った。


 ゲンが言った通り、アスタは衛兵に見つからないよう十分に注意しつつ、レーエフの街中に潜伏していた。勿論、三吾とエルオリーセのストーカーを続けながらだ。

 その日も朝から三吾の家近くに潜んでいたが、エルオリーセが立ち去って三吾が歩き出すと、彼女は迷わず彼の方を追った。

 けれど行き先が衛兵隊だと解ると、諦めて街中に戻る。ひと晩考えて、アスタの決意は固まっていた。

(あの女さえいなければ・・・)

 小雨が降る中、フードを目深に被って、彼女は目的を果たすために行動し始めた。



 雨は午後になると上がったが、空はどんよりと暗かった。

 昼過ぎに帰って来たエルオリーセは、荷物の片付けをして着替えをする。濡れた髪を拭いたが、まだ湿っていたので結わずに後ろに流す。服は普段着ではあるが、ブラウスとスカートを身に着けた。

 この格好は、三吾も好きだと言ってくれた。

 女性らしい姿になったエルオリーセは、三吾の喜ぶ顔を思い浮かべながらいそいそと家を出る。

 外は、夕方にも拘わらず夜のような暗さになっていた。



(あの女さえいなくなれば・・・)

 彼は彼女を失って悲しむだろうけれど、私が愛情込めて慰めればいい。あんな女より女性的な魅力がある自分なら、それは左程難しくなはいはずだ。そして彼が、また自分を愛してくれて縒りを戻してくれたら、彼に対する賠償金も払わなくて良くなる。

 欲と得の両立で、全てが上手くゆくにはこれしかない、とアスタは思い定めている。


 エルオリーセは小走りで『笑うブチハイエナ亭』に向かった。

 店の近くで足を緩めると、少し早かったかなと思う。時間的にはまだ夕方で、居酒屋も開店したばかりだ。

 少しどこかで時間を潰そうかと脚を止めたエルオリーセの耳に、『笑うブチハイエナ亭』の横の路地から声が聞こえた。

「・・・助けて」

 か細い女性の声だと気付いたエルオリーセは、路地を覗き込む。奥の方は暗くて見えないが、手前の辺りは店の窓から漏れる灯りに照らされていたので、そこまで足を進めた。

 すると、路地の奥の暗がりから、1人の女性がよろめきながら出てくる。誰かに追われてでもいるのかと、エルオリーセは女性の肩越しに路地の奥に視線を投げた。


 その瞬間、女性は急に勢いよく走り出した。

 ドスン!

 エルオリーセの身体に真正面からぶつかってきた女性の手には、包丁が握られていた。


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