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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第3章 犬型メタモルファルは傍にいる

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41 レーエフへの帰還

 レーエフに着いた翌日から、三吾は東門でエルオリーセが戻ってくるのを待ち続けた。

 オキシロ邸から徒歩で来るだろう彼女とアルバは、途中野宿と採集をしながらなので、かなりの日数が費やされるはずだが、運よく馬車に乗せて貰える可能性もある。こちらから探しに行って巡り合える可能性が限りなく低い以上、三吾にはそこで待つより他は無かったのだ。


 少しでも早く、彼女に会いたい。

 その想いだけで、彼は毎日分厚い本を1冊抱えて東門に通う。待っている間の時間つぶしにと携えてきた本は、時間がある時に読もうと思って書庫に積んであった学術書の類だ。丁度いい機会だと持ってくる本だがページは一向に進まなかった。


 どれほど遅くなっても、学院の長期休暇が終わる数日前には戻るはずだ、と三吾は思っていた。その間も、兄からは何度も手紙が来ていた。


 サルファーは、今度同じような事をしたら縁を切って追い出すとまで激しく叱責され、大人しくなっているらしい。彼女はいわゆる出戻りで、過去に2度結婚しているがいずれも婚家を出されてしまっている。今では縁談さえ見つからない状況なので、オキシロ家にしがみ付かなければ生きていけないことは解っているのだ。

 一方彼の妻バナジアは、そもそも夫のイットリュウがエルオリーセを雇われ女だと告げたのが原因だと言って、自分の非を認めていないようだ。まだまだ実家の威を借りている妻に、それ以上の事は言えないイットリュウのようだ。


 エルオリーセを酷い目に遭わせた2人を、絶体に許すことは出来そうにない三吾だったが、そもそもこの1件の責任はすべて自分にあると思っていた。

 それを彼女に伝えて、しっかりと謝りたい。

 だから、少しでも早く会いたい。その姿を見たい。


 何日もそんな日が続き、あと3日で学院が始まると言う日の夕方。

 もう直ぐ陽が落ちて門が閉まるという頃、門の向こうに人影が見えた。傍らに犬の姿もある。


「リーセっ!」

 三吾は学術書を投げ捨てて、人影めがけて走った。



「・・・あ、三吾・・・ぅわ!」

 思わず立ち尽くしたエルオリーセの身体は、いきなりガバッと抱きしめられた。

「リーセ!・・・リーセ・・・やっと会えた・・・」


(・・・く、苦し・・・)

 ギュゥッと抱きしめられた身体も苦しいが、顔が彼の胸に押し付けられて息が出来ない。

 モガモガしながら身を捩ると、三吾はハッと気づいて腕を緩めた。

「あっ!ご、ごめん・・・大丈夫?その・・・叩かれたところとか」

 エルオリーセは何とか息をついた。

「・・・あ、はい。もう痣も痕も消えたから」

 ・・・グウ~~~・・・

 彼女の言葉に重なって、お腹が鳴った。

「す、すみません。お金が無くなっちゃって、採集でも・・・」

 今日の閉門までにレーエフに辿り着きたかったので、食料になるものの採集はしないで先を急いだのだ。

 そんな言葉を最後まで聞かず、三吾は彼女の腕を掴んで引っ張りながら歩き出す。

「『笑うブチハイエナ亭』に行こう。先ずは、何か食べないと」

 そんな2人の後を、学術書を拾い上げたアルバはそれを咥えて追いかけた。


 ルビーの店に着くと、店内はかなりの客が入っていた。ルビーは急いで臨時休業の札をドアの外に掛け、常連客達に訳を話すと厨房に入る。客たちは苦笑いしながらも、そそくさと帰ってくれた。

「はい、どうぞ。こっちはアルバね」

 ルビーはエルオリーセの前にシチューとパンを置き、アルバの前にはボイルした鶏肉をドカッと置く。

「お代わりしてね。今、デザートも焼いてるから」

「いただきます」

 エルオリーセはあっさりとシチューを平らげ、お代わりもして大きなパンも食べつくす。ずっと碌な物も食べずに歩いてきたらしい彼女は、美味しそうにモグモグと食べ続けた。アルバも食欲全開で、ガフガフと食いついている。


 そんな様子を黙って眺めながら、三吾は鼻の奥がツンとするのを感じた。指で目頭を押し、滲みそうになる涙を抑える。

「・・・?」

 パンを頬張ったまま、怪訝そうに顔になるエルオリーセに、三吾は苦笑いで答えた。

「ああ、何だか嬉しくて・・・ホッとして・・・」

 彼は気恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がると、シチューとパンを食べ終わった彼女のためにデザートを取りに行く。そして焼けたばかりのパンプディングを持ってきて、テーブルに置いた。

「熱そうだから、気を付けて」


 エルオリーセは添えてあったフォークを持つと、たっぷりと蜂蜜が掛かったひと切れを取って三吾の前に差し出した。

「どうぞ。甘くて美味しいものは、涙を止めるの。ジーンに教わったから」

「・・・ああ、ありがとう」

 いつも通りの彼女の様子が嬉しくて、三吾は嬉しそうに差し出されたパンプディングを口に入れた。それは相当に熱くて口の中を火傷そうな程だったが、それでも彼はその甘さと共に幸せを味わった。


「三吾!ちょっと・・・」

 エルオリーセがデザートを食べ終わる頃、厨房のルビーが呼んだ。

 レーエフに戻ってから、三吾は彼女とゲンにはひと通りの説明をしていたが、ルビーはそれに関するいくつかの聞きたい事があった。

 2人が話していると、店のドアが開いた。入って来たのは、ルビーの夫のゲンだった。東門の警備をしていた衛兵が交代で戻って来て、彼に報告したのだ。ゲンはさっさと早退の手続きをして帰宅した。

「あら、早かったわね」

 ルビーが厨房から出てくると、ゲンは人差し指を口に当てた。

「・・・シッ・・・」

 彼が指さしたのは、テーブルに突っ伏して眠ってしまっているエルオリーセの姿だった。


「疲れてるのね。上の部屋、ベッドメーキングしてくるわ」

 以前彼女を下宿させていた部屋に泊めると言って階段を上がる妻の背を見ながら、ゲンは何故か嬉しそうに言った。

「話は明日、ってな。どうせお前も、泊まっていくんだろ?」




 翌朝、エルオリーセは見覚えのある室内で目覚めた。

(・・・ああ、ここ・・・そっか、ご飯食べてそのまま寝ちゃったんだ)

 また迷惑かけちゃった、と反省しながら身体を起こすと、いつもは傍らに寄り添って寝るアルバが、足元辺りに寝ている。


 腹を天井に向けた所謂ヘソ天で、両方の後ろ脚はカパッと開き毛の薄い腹のピンクの肌が見えている。片方の前脚は横に投げ出されているが、もう片方は胸の上にカクンと折った形だ。少し薄汚れた胸の白毛と天井に向いた顎が、完全な仰向けの寝相なのだと解る。


(・・・疲れてるのよね)

 野宿が多かった昨日まで、アルバはパートナーが安全に眠れるよう、万全の環境を整えてくれた。昼夜を問わず、エルオリーセを守っていたのだ。

 それはオキシロ邸にいる間、彼女を守り切れなかったという自責の念もあったのだろう。大切なパートナーが負った怪我を癒しながら守る旅は、メタモルファルにとっても相当に体力が必要だったのかもしれない。

 エルオリーセは、アルバを起こさないように気を付けてベッドから降り、静かに部屋を出た。


 階下の店に降りると、ルビーが昨晩の片付けをしていた。ふと見ると、店の椅子を3つ並べた上に、三吾が寝ている。器用な寝姿に、流石に慣れているなとエルオリーセは思った。

 自分もそうだが、研究が佳境に入って学者が研究室に泊まり込むことは結構ある。自分はアルバが居るので床に転がって寝るのだが、彼の場合はいつもこうやって仮眠をとっているのだろう。


「上の部屋に行けばって言ったんだけど、まだ謝っていないからってここで寝たのよね。アタシはもう上に行って寝るから、後はお願いね。朝ご飯は適当に作ってイイから」

 ルビーはニコニコと笑いながら階段を上がってゆく。それと行き違うように、大慌ての大型犬が駆け下りてきた。


 ドドドドドドドドッ!


 目が覚めたらエルオリーセが居ないので、スッとんできたようだ。その大きな足音で、椅子の上で寝ていた三吾も起きる。

 これで漸く、落ち着いて話が出来る状況になった。


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