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メタモルファルは寄り添う  作者: 甲斐 雫
第3章 犬型メタモルファルは傍にいる

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35 「お付き合いしている女性」として彼の実家へ

 夏の長期休暇前になり、ユニバース学院もどことなく浮かれた雰囲気が漂う。

 学生たちも教授たちも、ひと月という長い時間をどう過ごそうかと考えて準備を始めるのだから、それは当然のことだろう。

 けれど沖代三吾教授だけは、思い悩んだ表情で頭を抱えていた。

 それは、三吾の長兄から来た手紙が原因だった。


 アスタの事件があった時、戻って来て見合いをしろと言ってきた兄に、結局は迎えの馬車に乗らず、手紙で断りの返事を送った三吾だったが、それで事は済まなかったのだ。


 兄は直ぐに返事を寄こした。

 見合い相手は、三吾が来れるようになるまで待つと言っている。

 条件は以前と変わっていない。


 婚姻の事実だけあれば、後はお互いに好きなようにして構わない。

 研究費などの資金援助は、惜しみなく行うし、他にも希望があれば遠慮なく行って欲しい。

 そう言っている相手の実家は、相当な資産家なのだろう。そして、何としても娘を片付けたいと思っているのだ。


 兄の手紙には、生活が今までと変わらず研究に打ち込めて、研究費の心配も無くなるのだから良いだろうとあった。既婚者と言うことになれば、あのような事件も起きにくくなるのではないかと言うのだ。


 なまじ郵便事情が良い実家とレーエフなので、3日置きに来る兄の手紙に三吾は腹立ちさえ覚えてしまった。

 以前の彼ならば、研究に没頭できるならそれでも良いかと思ってしまっただろう。けれど今は、心から愛するエルオリーセという存在がある。

 彼女に対しても、自分のためにも、そんな不誠実な真似は出来ないと強く思うのだ。


 結局三吾は、兄への返事に

「付き合っている女性がいるので、見合いは断って欲しい」

 と、はっきり書いた。

 そして、それに対する兄からの返事は

「それならば、夏の長期休暇に、その女性を連れて来て欲しい」

 と、いうものだった。


(多分、信じていないんだろうな・・・)

 そんな相手などいる筈がないと、兄は確信しているのだろう。

(それなら、彼女を連れていった方が話が早いのか・・・)

 オキシロ家とは縁を切っている、と三吾自身は思っている。兄の言葉を無視することも、出来ないではない。けれど手紙には、兄弟としての縁は切れてはいないだろうと優しい言葉も書いてあった。

 一緒に育った記憶はないが、それでも血の繋がった家族なのだから、と。


 散々悩んだ末、三吾はエルオリーセに全てを打ち明け、彼女に一緒に行ってくれるかどうか聞いてみた。行きたく無さそうな素振りでも見えれば、あっさりと諦めて手紙は無視するつもりだった。

 けれど、エルオリーセは少し考えた末に答えた。

「私で良ければ、一緒に行きますけど・・・良いんですか?」

「え?・・・良いの?」


「はい、でも私なんかが行っても良いのかな、と思うんだけど・・・」

 付き合っている相手だと、紹介して貰えるのは嬉しい事だと思う。けれど、紹介される相手にとっては、どうだろうと思うのだ。身分は違うし、顔に傷痕はあるし。

「リーセは僕と付き合ってくれているだろう?僕としては、もう恋人同士だと思っているけど?」

「・・・それは・・・私も同じだけど」

「だったら、何も問題ないよ。僕自身はオキシロ家とは縁を切っているしね。ただ、お節介な兄が見合いをしろって言わなくなればいいんだから」


 それだけだったら、誰かに頼んでもっと適当な女性を連れて行っても事は足りそうな気もするが、三吾はそういう事もしたくないくらい彼女に惚れぬいているのだろう。

 それは確かに、嬉しい事ではある。


「アルバも一緒、で良いんですよね?」

「勿論」

 エルオリーセは、三吾と一緒に彼の実家、オキシロ家を訪問することを承諾した。




 そして、夏の長期休暇に入って準備を整えた頃、オキシロ家から迎えの馬車がやって来た。

 御者に荷物を積んでもらうエルオリーセの姿は、ルビーと『F・F』店長フランシスがこの日のために用意したワンピースだった。

 落ち着いたダークグリーンの布地は、きらびやかでは無いが品が良く、大きな白い襟が清楚な雰囲気を醸し出している。顔の覆い布も、色合いの薄い同系色の布を使っていて、やはり同じ色の刺繍が施されていた。


「荷物はこれだけ?」

 三吾は怪訝そうに問いかけた。

 彼女の荷物は、大きな黒の革袋と旅行カバンが1つずつ。しかも革袋の方の中身は、全てアルバの物だというのだ。

 確かに用事が済んだら直ぐに帰るつもりだと言っておいたが、普通女性の旅行用荷物はもっと多いのではないだろうか。

「ハイ、必要最低限のものは入ってますから」


 そうだった。

 エルオリーセにとっての旅行は、採集や探索のための物であって、荷物は出来るだけコンパクトにするべきものなのだ。


「解った。でも、何か必要な物が出来たら、遠慮なく言って。必ず急いで用意するから」

 三吾としてはそう言う他は無い。

「うふ、ありがとう。でも、私もちゃんとお金は持ってきてますから」

 見かけは少し幼く見えるが、エルオリーセはじっかり自立した女性だった。



 クトロ公国の西の国境近くにあるオキシロ家は、レーエフから馬車で1日半の距離にある。

 途中の景色は田園風景が多く、時折森や林を通り抜けることはあったが、比較的起伏が少ない道が続く。真夏の草原の中に、遠い昔の遺跡址などもあり、生物相が豊かだった。


「あ、あれはトビウサギかな・・・ウタガラスの群れがいる・・・・コブシイチゴの実が、あんなに沢山なってるわ」

 場所の窓から、次々と動物や植物を見つけて声を上げるエルオリーセ。

 そんな彼女の肩越しに外を眺めて、その都度嬉しそうにそれらの生物について問いかける三吾。


 長い馬車の中の時間も、2人は退屈することも無く、ただ楽しいおしゃべりをして過ごした。

 そして、夕方になると小さな町に着き、小奇麗な宿屋に1泊する。そこでの宿泊も、オキシロ家が手配してくれていた。

 宿に入ると、愛想良く主が言う。

「お部屋は、2部屋ご用意しておりますが、それでよろしいでしょうか?」

 三吾は、ふと気づいた。


(これは、もしかして・・・)

 兄が考えたことではないか、と思った。

 付き合っているという相手との関係の深さを、部屋をどのように使うかで推測しようとしているのだろう。

「・・・リーセ、一緒の部屋で良いかな?」

 おそらく御者が、報告をするのだろうと考えた三吾は、内心の不安を隠して鷹揚に問いかけた。

「はい、勿論」

 エルオリーセは、あっさりと肯いた。


 採集や探索の旅行がパーティーになる場合は、宿屋で雑魚寝の場合もあるのだ。

 彼女にとって、旅行中に誰かと一緒の部屋で寝ることはごく普通の事で、場合によっては男女など関係が無い。狩人とは、そういうものだ。


 宿の部屋に大型犬を入れる許可を貰い、2人と1匹はダブルベッドの上等な部屋に入った。

 顔と手足を洗い、宿の食堂で夕食を済ませると後は寝るだけになる。一日中馬車に揺られた身体は、それなりに疲労が溜まっていた。


「明日も馬車だから、早めに休もう」

 出来るだけ平静を保って、三吾はエルオリーセに声を掛けた。

 手を出そうとか、これはチャンスだとか、不埒な事を考えたわけでは無い。

 けれど1つのベッドで眠るわけだから、そっと抱くくらいは許されるだろう。その流れで、先に進む可能性も全く無いとは言えないのだ。

「そうですね」

 そんな彼の心の中など伺い知れないエルオリーセは、サラッと答えて、サッサと服を脱ぎ始めた。


(えっ!・・・いや、まさか・・・)

 彼女の方は、本気なのだろうか?

 一瞬目を瞑った三吾が、再び目を開けると、そこには下着姿の彼女がいた。

「え?・・・それって?」

 彼女が身に着けているのは、三吾の知っている女性の下着とはかなり違っていた。

「ああ、インナーですか?これ、狩人用のもので、装備の下に着るものですね」


 軽くて動きやすく、速乾性もあって通気性も抜群。

 エルオリーセが着ているのは、露出度こそあるがそのまま狩りさえ出来そうなほどのインナーだった。彼女は普段から、それを愛用しているのだろう。

 はっきり言って、全く色気は無い。


 セクシーランジェリーを期待していたわけでは無いが、ガッカリしてしまう三吾だ。

 けれど、肌は結構出ているわけだし、そこに触れられるならヨシとするしかないと思い直す。そっと抱きしめて、眠れるだけでも幸せなのだから。


 そう思ってベッドに入った三吾が、彼女が横になるのを待っていると、黒白の大型犬もベッドに上がって来る。そして、横になった2人の間に悠然と割り込んで長々と身体を伸ばして寝た。


「えぇ~~~」

 思わず不満げな声を出してしまった三吾に、エルオリーセが答える。

「大丈夫ですよ。涼しいですから」


 彼はこんな夏に大型犬の毛皮は暑いと思ってそう言ったのだろう、と彼女は思ったようだ。


「メタモルファルは、体表温度を変化させられるの。触ってみて」

 三吾がそのもふもふに手を潜らせると、確かにひんやりと感じる。

「夏はこうやって、涼しい空気を毛の中に含ませるから、気持が良いでしょう?」


 冷感タイプの抱き枕に近い。

 これなら、きっと朝まで安眠できるだろう。


 けれど・・・

 三吾はそっと溜息をつき、諦めてアルバに巻き付けた彼女の腕の先に手を伸ばした。

 今晩は、彼女の手を握って眠るだけで満足するしかなかった。


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