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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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気持ちの変化~ラディ視点~

 最初は警戒心と恐怖心の塊だったルーレナは時間とともにに態度が柔らかくなっていた。


 というか、図太かった。


 時間の経過とともに、普通に会話をして、普通に生活ができるようになった…………表面上は。

 今も食事を終えるとソファーに転がり、うつ伏せの姿勢で本を読んでいる。少し前までは本を読むにも周囲を警戒してビクビクしていたので、くつろげるようになったのは良いこと。


「ですが」


 行儀が良いとは言えない姿勢に、私は肩を落として近づいた。

 そのまま本を取り上げる。すると、紫の瞳が本を追った後、私の顔で止まった。それから不満げに頬を膨らます。


「読んでる途中なんだから、返してよ」


 言葉使いも最初の頃に比べたら、かなり砕けたものになった……が。


 私はため息を落とすと、空いている手をルーレナの顎に添えた。それから、クイッと顔を上にむかせて目を近づける。


 それだけで沸騰したように真っ赤になる顔。


 しかし、そんな反応とは逆に、紫の瞳の奥には怯えがチラつく。まるで、どれだけのことをしたら怒られるのか、どこまでは許容範囲なのか、相手を探っているような。


(これも防衛本能の一つなんでしょうね)


 私はそのことに気づいてないフリをして、にっこりと微笑んだ。


「ちゃんと座って読んでください」


 その一言で、ルーレナが飛び起きる。


「ひゃっ、ひゃい!」


 返事とともに姿勢を正してソファーに座った。少し下で揺れる銀髪と、素直な態度に思わず笑みが漏れる。


「よくできました」


 私は言葉とともに、くしゃくしゃと頭を撫でた。

 指に触れる銀髪は極上の露蜜綯よりも柔らかく、滑らかで。その感触を堪能していると、頭からプスプスと白い煙があがった。

 もちろん比喩だが、それぐらい表情が豊かで面白い。


 私がその様子を楽しんでいると、ルーレナが我に返ったように叫んだ。


「ショタからの撫で撫でなのに、中身が大人なんて! 詐欺よ、詐欺!」


 両手で顔を覆って嘆く。


 『ショタ』の意味は分からないが、こうしたやり取りは存外に楽しく、つい相手をしてしまう。

 私は持っていた本をルーレナの隣に置いて言葉を返した。


「何回も言いましたが、そこは諦めてください」


 特に私の場合は特殊な理由で外見と中身の年齢が違うため、自分ではどうにもできない。だから、諦めてもらうしかないのだが、今はまだそこまで説明できずにいる。

 どう対応するか考えていると、苦悶に満ちた声がした。


「この世界なら、猫を被る必要もないし、貴族の言葉を使わなくてもいいし、楽だと思ったのに、こんな落とし穴があるなんて」


 そう言って頭を抱えるルーレナ。

 この世界にきた頃には考えられなかった活き活きとした動きと感情。まだ危ういところはあるが、よくここまで回復したと感心する。


「はい、はい。ところで、言われた通りに作った布団という道具の使い心地は、どうですか?」


 私の質問にルーレナが一瞬、固まる。それから作った笑みで答えた。


「……とてもいいわ。おかげて、『寝る』ことがしやすくなったし」

「それは良かったです」


 引っかかりを覚えながらも深くは聞かない。

 こうして会話ができるようになるにも、『寝る』という行為を十数回ほどしてからだった。会話を重ねる中で、『寝る』という行為に真っ暗な部屋だけでなく、布団という道具が必要なことを知り、環境を整えた。


「私は真っ暗じゃないと『寝る』ことができない体質なの。特にこの世界の光は強いから」


 道具を整え、しっかり『寝る』という行為をするようになってからのルーレナの回復は早かった。

 無防備で無駄だらけとしか思えない『寝る』という行為は、いまだに理解できないが、それはお互い様らしい。

 ルーレナから言わせれば、太陽が五つあり昼しかないこの世界は理解できないことだらけだと口にしている。


「あ、そういえば」


 窓に視線をずらせば、一日の時間軸になっている太陽が沈んでいた。


「そろそろ『寝る』時間じゃないですか?」

「うー……でも、もう少しこの本を読みたい」


 そう言って私が置いた本を手にとった。

 どこの家にもある絵本で、子どもの時に当然のように読んで育つ。


「何度も読んだでしょう?」

「けど、不思議なのよ。ここに書かれている字は見たことも、読んだこともないのに、意味が直接頭に浮かぶというか、わかるというか。どうして、そうなるのか知りたいと思って」


 少し前までの怯えた姿が嘘のような熱心さ。いや、こうして他のことに集中することで、前の世界のことを忘れようとしているのかもしれない。


「わかりました。では、体が回復したら本がたくさんある場所へ行きましょう」

「そんな場所があるの?」


 声とともに表情が弾ける。この嬉しそうな顔は何度見ても心地よい。

 思わず緩みそうになる口元に力を入れて答える。


「はい。ただ、少し移動しないといけませんから、もう少し体力が回復してからになりますけど」

「えー、早く行きたいのに」

「じゃあ『寝る』をして、早く回復してください」


 その一言にルーレナが言葉に詰まった。それから目を伏せた後、両手を握りしめて顔をあげた……のだが。


「……そうね」


 その顔には、無理矢理作ったような愛想笑いが浮かんでいた。

 この表情は何度見ても心が苦しくなる。最初の頃に比べれば回数は減ったが、それでも気分が良いものではない。


 ルーレナはゆっくりとソファーから立ち上がり、『寝る』ための部屋へ移動した。だが、その足取りは『寝る』という行為をしたくないかのように重い。


 そのまま『寝る』部屋のドアの前で足を止めて振り返った。


「おやすみなさい」


 潤んだ紫の瞳とともに銀髪が揺れ、乾いた音とともにドアが閉まる。

 おやすみなさい、という『寝る』前の挨拶を聞くようになったのも、ここ数日のこと。

 だが、その言葉を口にするのは、これから『寝る』ということをルーレナ自身が自分に言い聞かせているようにも見えて。


 しかし、体が回復するには『寝る』という行為が必要で、そのことは本人も理解している。


「本当に不思議で謎な行為ですね。さて、今のうちに片づけをしましょう」


 私は食器の片付けや料理の食材の整理をするためにキッチンへ移動した。


「そういえば、ヨルムンガンドの青白橡(あおしろつるばみ)染めは美味しそうに食べていましたね。あぁいう食事が好みなのでしょうか」


 気が付けば日々の生活の中で、ルーレナを中心に考えることが増えていた。


 食材を調達する時も、ルーレナの体力が回復するもの、消化に良さそうなもの、を中心に選ぶように。調度品も、ルーレナに必要そう、ルーレナが好みそう、という視点で探している。


「……不思議な感覚ですね」


 ずっと独りで生活していたため、誰かのことを考えて生活する、ということがなかった。それが、いつの間にか当然のように考えるようになっていて。


 しかも、嫌な感覚ではない。


「もう一人の自分を殺させないため、だったのに」


 今では一緒にいることが当たり前のようになっていて、この生活を楽しんでいる自分がいる。


「……静か、ですね」


 閑散とした部屋に差し込む日差し。温かいはずなのに、薄ら寒く感じる。ルーレナが『寝る』ために入った部屋のドアについ視線がむいてしまう。


 時間軸の太陽が昇っても声をかけなければ部屋から出てこないので、最初の頃は仕方なく声をかけていた。しかし、最近は自分から声をかけたいと……


「いや、いや。これは計画のため」


 そこに、ふわりと銀零華の香りが触れた。

 脳裏に過ぎる、ころころと変わる表情。明るく素直に感情を表現しているのかと思えば、表からは見えない深く重い痛みを隠していたり。

 表面的には回復したように振る舞っているが、無理やり動いているようにも。


 今の状態のルーレナだと召喚された理由を知ったら、どうなるか。そして、あいつらがどう動くか。


「とにかく、ルーレナを独りにしないようにしなければ」



 そう決めていたのに――――――



 書籍館から強制退室させられた後、私は水場を転移魔法で巡りながらルーレナを探していた。


「まさか、水圧に負けて手が離れるとは……」


 自分の体がもっと大きければ、もっと力があれば、防げたかもしれないのに。

 初めて己の体の小ささを悔やむ。


「早く見つけないと」


 広い世界を片っ端から転移魔法で探しているが、ルーレナの姿どころか気配さえない。


「クソッ、一体どこに」


 普段は決して口にしない悪態が出る。

 そこに微かな声が耳を掠めた。


『……ラディ』


 聞き間違えではない。ずっと探していた銀の声。


「やっと、名を呼びましたね」


 自然と口の端が持ち上がる。

 逃がさないように見えない声を掴むと、転移魔法を発動させた。




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