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『蝕みの魔女』は『星読みの聖女』となり、異世界に既望をもたらす  作者:


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13/31

過去との決別

 私の全身から怒りが噴き出した。


「拒否したからって、やることが酷すぎるわ! 勝手に人の体を使って人殺しをするなんて! 人権って言葉はないの!? ………………この世界ならないかもしれないわね」


 一人で納得して静かになった私をシアが不思議そうに見下ろす。


「どうして、そんなに僕を殺すことを拒否するの?」

「それを言うなら、なんで殺されることを受け入れているの?」

「だって、僕がいることをみんなが嫌がるし、怖がるし」


 私は声を大きくした。


「だから居なくなればいい、は間違ってる! そもそも、シアがいなくても夜は来るから! その時に闇の管理人がいない方が大変なことになるんじゃないの!?」


 紺碧の瞳が丸くなる。


「え? 僕がいなくても闇は来るの?」

「来るわよ! 太陽の軌道を変えない限り、夜は来るわ!」

「その、僕が殺されたら、それが変わるとか……」

「ないから!」

「ないのかぁ……」


 強く否定されてシアが分かりやすく沈む。


「そういえば、みんながあなたを殺そうとしていることを、どうして知っているの? 誰とも話したことないんでしょ?」

「うん。こうやって話をしたのはルーレナが初めてだよ」


 目元を緩めてふにゃりと笑う。その純粋で幼い表情に心の柔らかいところがくすぐられまくり。


(青年なのにショタ属性って! 卑怯すぎる!)


 鼻血が出ないように鼻を押さえて顔を背ける。


「じゃ、じゃあ、どうやって知ったの?」

「ここは深層意識より深い世界。いろんな人の意識と繋がった世界でもあるんだ」

「意識が繋がった世界? つまり、いろんな人の意識が見えたりするの? あ、それでさっき私の記憶が()れたの?」

「そう」


 軽く頷いたシアが手を振った。


「ちなみに他の世界も()れるよ」


 世界樹の映像が消え、見覚えのある光景が現れた。


「……まさ、か」


 忘れようにも忘れられない。長年通った大学の入り口。そこにカメラやマイクを持った報道陣が集まっている。


「なに、これ?」


 呆然としている私の耳に女性レポーターの声が入る。


『論文の盗用を疑われている如月教授は、いまだに黙秘を続けており……』

『大学側としては、処分を検討中という……』

『……今回のことに学生たちは』


 ニュースのように次々と流れてくる情報。


 場面は変わり、暗い部屋が映る。そこにはベッドに腰かけて俯く、瘦せこけた男が一人。


「なぜだ。私は間違ってない。間違ってなどいないのに。私は完璧なんだ。間違ってなど……」


 虚ろな目でブツブツと呟き続ける。その姿に寄り添う人はおらず、壊れた人形のように不気味で。


 この男こそ、前世で私の論文を横取りした教授。


 ただ、私が知っている姿より白髪が増え、無精ひげが生え、顔色が悪い。そのくたびれた姿は以前の俊敏で英明な様子は一切ないどころか、別人のようで。


「……どういうこと?」


 私の問いにシアが淡々と答える。


「なんか、悪いことをしたのが見つかって、みんなから責められているらしいよ」


 思わぬ展開に胸がつまる。


「まさか、私の論文を盗用したことが発覚した?」

「難しいことは分からないけど……もう少し詳しく()てみる?」


 私は紺碧の瞳を見上げた後、視線を映像に戻した。


 暗い部屋で一人ブツブツと呟き続ける教授。そこに尊敬していた頃の姿はない。


 私はゆっくりと頭を横に振った。


()ないわ。ここは前世の私が生きていた世界。過去のことだから」


 私の言葉に紺碧の瞳が細くなる。


「そう」


 短い言葉とともにシアが手を振って映像を消す。これで終わりかと思ったら、別の映像が現れた。


「……これは?」


 見覚えがある古い街並み。レンガや石造りの家々はヨーロッパのような雰囲気。


 ここは……


「私が生まれた、前の世界?」


 貴族の屋敷を抜けた先にある豪華絢爛な宮殿。その前にある大通りは、普段なら貴族の馬車が行き交う。

 しかし、今は農具を掲げた人々の怒号が響き、黒い煙が上がっていた。


「何が起きているの? 戦争……とは、違うっぽいし」


 こんな光景は見たことない。


「君を処刑しようとして、君の姿が消えたでしょ? そのことが『星読みの令嬢』の奇跡って呼ばれて人々に伝わったんだ。で、その話を聞いた人たちが、王家は『星読みの令嬢』に『蝕みの魔女』という汚名をきせて処刑したって怒っているらしいよ」


 まさかの状況に目が丸くなる。


「どうして、そんなことに?」


 シアが首を捻って考えながら話す。


「えっと……難しい話はよく分からないけど、王家の人たちは、みんなからの不満に気づいていたけど、どうすることもできなかったんだ。だから、その不満を少なくするために、君を利用したみたい」

「……そういうこと」


 王家は絢爛な生活を維持するために重税をかけていて、民衆からの不満があがっていた。けど、王家はそれを改善する様子はなかった。

 他の貴族たちも興味があるのは自分の地位だけ。そこに『星読みの令嬢』として注目を浴びる私の存在を利用しようとする貴族は多かった。あと、私の存在を疎ましく思う令嬢も。


「つまり、私は民衆の不満を王家から逸らすための道具として処刑させそうになったのね」

「けど、それは上手くいかずに、むしろ不満を爆発させたんだ」


 私は世界史を思い出した。民衆が王家に反旗を翻す行為……


「もしかして、革命が起きた?」

「うーん。難しいことは分からないけど、偉い人たちはどんどん処刑されてるよ」


 そう話した声からは感情が見えない。


「……どうして、私にこの映像を見せたの?」


 映像を消したシアが私に視線を移す。


「もう、苦しまなくていいよ」

「え?」


 意味が分からない私にシアが淡々と説明する。


「いろいろあったけど、それはもう過ぎたこと」


 長い黒髪が私に近づき、大きな手が私の頬を包む。触れているのに、体温を感じない。まるで、人形のような手。

 でも、私を見つめる紺碧の瞳には温もりがあって。


「過去に捕らわれないで。ゆっくり寝ていいんだよ」


 その言葉に私の胸がキュッとなる。


「……どうして、知っているの?」


 夢の中でいつもうなされていた。

 前世のことで、前の世界のことで。どれだけ逃げても追われ続け、責められ続け。私は過去に捕らわれ続けていた。


 シアがまっすぐ私を見つめる。


「君は何も悪くない」


 力強い言葉が私の冷えた心に沁み込む。ボロボロで守るだけで精一杯だった心。


 目の奥がツンとして、じわりと視界がぼやける。


「……本当に、そう思う?」


 私の質問にシアがしっかりと頷いた。


「うん。君は何も悪くない」


 涙がこぼれないようにグッと力を入れる。


 ずっと、欲しかった言葉。誰かに言って欲しかった。私は何も悪くないんだと。


 表裏のない純粋な瞳が私に囁く。


「未来をむいて、いいんだよ。ラディウスも、きっとそれを望んでる」


 その言葉に、サラサラとした金髪を思い出した。


 知らない世界でずっと怯えていた私に根気よく話しかけて、世話をしてくれた。優しさに飢えていた私を見守り、包んでくれた。


 この世界に召喚されてから、ずっと私を守ってくれていた。その気持ちに気づいていたから、何度も信じようとした。


 けど、私は信じることができなかった。甘い言葉の裏にある嘘が見えていたから。


 また、裏切られるかも。


 その気持ちが大きくて、信じることが怖かった。傷つきたくなかった。


 そんな私の意識を読み取ったのかシアが頭をさげた。


「ごめん。ラディウスが嘘をついたのは、僕のためなんだ」

「……シアのため?」


 紺碧の瞳が寂しく揺れる。


「うん。だから、ラディウスを信じてほしい」


 懇願する声に嘘は感じない。


「……信じても、いいの? ううん、信じないとダメだよね」


 ずっと私のことを守ってくれていた。どんな目的があったとしても、その優しさは本物だった。だから……


 私を見下ろす紺碧の瞳に手を伸ばした。


「頑張ってみるね」


 金髪とともに私を見つめていた、海のように深く澄んだ色。少しの時間しか離れていないのに、とても懐かしく……


「……ラディ」


 無意識に呟いた言葉と同時に、ふわりとレモンの香りが私を包む。


『やっと、名を呼びましたね』


 変声期前の甘くとろける少年の声が、私をすくいあげた。





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