79.静かな衝撃
一夜明けて。
朝食も、私の部屋まで運んでもらう事にした。
どうやら私の部屋が一番広いらしく、今朝はルークさんも含めて全員が集合する。
向かい側に座ったルークさんは、食があまり進んでいない様子だ。ビクビクしながら私とミランダさんを見比べる。
「……大丈夫ですよ、ルークさん。ミランダさんとはちゃんと仲直りできましたし。ねっ?」
「ふん、まあな」
ミランダさんはあさっての方に目を逸らしながら、むすっと返事した。ふふんっ。
昨夜、あれから三人でお風呂に入ったのだ。
髪色をバラすのは緊張したが、護衛してもらう以上は知っておいてもらった方がいい。それに、お風呂で確かめたい事もあったし。
マイカちゃんに判定してもらい、胸の大きさ対決に結論が出た。お陰で私はご機嫌である。
「……言っておくけど、ユッキー。本っっっ当に僅差での勝利だからね? どちらもまな板な事には変わりないし」
『まな板じゃないッ!!』
私とミランダさんの声がハモる。
ルークさんががっくりと顔を伏せた。低い声でうめく。
「あのですね……オレは、男なんですよ……?」
「知ってるけど?」
「だったら、ちっとは気を使えぇっ!!」
パンを頬張りながらしれっと答えるマイカちゃんに、ルークさんの怒声が飛んだ。
ルークさんは口元を引きつらせながら呼吸を整えると、悲しげに窓の外を眺める。
「ディーン……早く帰って来てくれ……。数の暴力でオレが劣勢なんだ……」
「ふふ。女が三人集まれば、大抵の男に勝てるからな。私もこんなに地を出せるのは久しぶりだし、せいぜい負けんように健闘する事だ」
「手加減してくれよ……」
ルークさんがげんなりしたようにつぶやいた。
知らなかったが、ルークさんの階級もミランダさんと同じく中尉だそうだ。しかもお互い顔ぐらいなら知っていたらしい。
「オレはよく警備部に顔を出してたからなぁ。主にディーンに会いに」
「ああ、あの男……。少将の甥……」
嫌そうに顔をしかめるミランダさんを、驚いて見つめる。そういえばディーンも警備部だったのだから、二人は元同僚なわけだ。
「あの無駄に顔が良くて、失礼千万な男。まだモテ自慢になる前の……今より女らしかった私に、何と言ったと思う?」
無言で顔を見合わせる私たちを見回して、たっぷりと間を置いた。眉を吊り上げて口を開く。
「警護の任務中、交代で手早く入浴を済ませる事になり、私と組だったあの男が不思議そうに言ったんだ。『どこへ行く? そっちは女湯だぞ』と……!」
あの馬鹿……。
頭を抱えそうになりながら、両手でミランダさんを拝む。平謝りに謝った。
「ごめんなさい! で、でも本人に悪気は全く無いの! 私だって、初対面では子どもと間違えられたし、なんなら坊主とか呼ばれたし……」
あ。思い出したら腹が立ってきた。
本当に失言男なんだから!とムカムカしていると、ミランダさんが不審そうに首を傾げる。
「よくそんな無礼な男を好きになったな。だいぶ男の趣味が悪いんじゃないか?」
「……はあっ!? ミランダさんにだけは言われたくないんですけど!? ギルバートさんなんて女なら誰彼構わず口説くし、年だってすっごく上じゃない!」
自分が言うのは良くても、人からディーンをけなされるのは腹が立つ。
怒る私に、ミランダさんは更に怒る。柳眉を逆立てると、バンっとテーブルを叩き立ち上がった。上から見下ろすように怒鳴りつける。
「愛に年の差は関係ない! 女好きなのも、運命の相手に出会えたら変わるかもしれないだろ!……まっまあ、私はもうあんな男は好きじゃないがなっ?」
「嘘つきぃ~。まだ好きなくせにぃ~」
こちらは座ったままでからかうように言ってやると、ミランダさんは真っ赤になった。パクパクと口を開くだけで、言い返す言葉は出て来ない。
よっし、今日も私の勝ちだな。
◇
午前中は客室でのんびりしていたが、午後はさすがに暇になり、庭を散歩することにした。王城の敷地内からは決して出ないように、との厳命付きではあるが。
庭は広いので運動にはなるけれど、さながら軟禁状態である。前回の誘拐に引き続き、自由を制限された状況にストレスを感じる。
聖輝石と白い種、見た目が似てるだけでした!なぁんて気の抜けた結論で構わないから、一日も早くケリが付いてほしい。……ディーンに会いたいし。
うっかり切なくなっていると、傍らを歩くミランダさんが私の顔を覗き込んだ。
「どうした、ユキコ。ただでさえ平凡顔なのに、平均以下の顔になっているぞ?」
「…………」
無言でミランダさんを睨みつける。彼女に、ディーンを悪く言う資格は無い。
五十歩百歩。どっこいどっこい。目くそ鼻くそを笑う。
心の中で怒涛のように言い返していると、ニヤァと悪人面で微笑まれた。
「私のはわざとだから、あの男と一緒にするな。さっきの仕返しだ」
ふふん、と小馬鹿にしたように鼻息を吐く。
ム~カ~つ~く~!
なんだそのドヤ顔ー!!
次の機会に、仕返しの仕返しをしてやろうと心に誓った。覚えてろよ!
「……なあ。ここだけ異様に寒くないか?」
「奇遇ね。あたしも今そう思っていたところよ」
少し遅れて付いてくるマイカちゃんとルークさんが、疲れたように顔を見合わせる。
別に喧嘩してるわけじゃありませんけど?
これは女同士の戦いなのだ。
ミランダさんとファイティングモードで睨み合っていると、「ユキコさん!」と突然大声で呼びかけられた。驚いて振り向くと、ディーンのお父さんが険しい顔で駆けて来る。
「……オリバーさん?」
「ユキコさんっ……。ディーンは、どこですか!?」
息を切らせながら、切羽詰まったように問いかけた。
何か急ぎの用事でもあったのかもしれない。ディーンが一緒じゃない事を申し訳なく思う。
「ディーンは……いないんです。その、別れる事になって……」
気まずく目を逸らしながら答えると、オリバーさんはみるみる蒼白になった。噛みつかんばかりの勢いで、私に詰め寄る。
「──何故ですっ!? あいつの……借金のせいですか!?」
私は目を瞬かせた。
借金のせいと言えば、そう言えるかもしれない。もし借金がなければ、ディーンはすぐに軍に復帰する道を選んだはずだから。
戸惑いつつもオリバーさんに頷いた。
「……まあ、そうですね」
「そんなっ!! 違うんです、ユキコさん!!」
私につかみかかろうとしたオリバーさんを、ミランダさんが鮮やかに押さえつける。凛とした声で叱りつけた。
「彼女に触れないでください。誰であろうと容赦しませんよ」
ミランダさんに腕を取られて地面にひざまずいたまま、オリバーさんが必死な表情で私を見上げる。苦しそうに語りかけた。
「……話をっ、させてくれ! 聞いてください、ユキコさんっ。──借金は、もう無いんです!!」
「…………」
一瞬、言葉の意味が理解できず。
ルークさんとマイカちゃんの顔を見る。二人とも呆けたように固まっていた。
しばし沈黙が満ちて──
『……えええええええっ!?』
私とマイカちゃんとルークさんの、大絶叫する声が見事に唱和した。




