78.恋と変人
わざとらしく、上から下までじっくりとミランダさんを眺めてやった。
半笑いを浮かべながら、長身の彼女を見上げる。
「ミランダさんの胸だって、人のこと言えるほど大きくないと思いますけどー? まな板なのかなって、見間違えちゃったしぃ」
ミランダさんの眉がピクリと動いた。
こちらもわざとらしく自分の胸を突き出す。
「マイカより小さいことは認めよう。だが、少なくとも君よりは大きい」
「どう見ても私の方が大きいけど!?」
「いいや、私だ! なあマイカ!? それからついでに隣の男!」
マイカちゃんはもはや立っていなかった。震えながら床にうずくまっている。
結果、呆けたように突っ立っていたルークさんに視線が集中した。ルークさんはビクッと体を跳ねさせると、じりじりと扉に向かって後ずさる。
「いや……オレはド近眼だから……。──そうだ、念のため避難経路の確認をしておかねば! それではオレはこれで!!」
脱兎のごとく逃げ出した。
ああっ、味方の一票が減っちゃったじゃん!!
ひきつけを起こしかけているマイカちゃんが、よろよろと立ち上がった。その顔はまだ笑っている。
「……落ち着きなさいよ、ミランダ。女たらし少将の言っていた『何者にも代えがたい』っていうのは、自分にとってという意味じゃないから。この子は少将の甥っ子の恋人なの」
「恋……っ!」
赤くなる私に、マイカちゃんはぽんと手を打った。やれやれと首を振る。
「あ、違ったわ。一応まだ恋人未満ね。ウダウダもだもだやってるから」
「…………」
ウダウダもだもだ……。
ディーンが? それとも私が?
遠い目でマイカちゃんの言葉を反芻していると、ミランダさんががっくりと膝を突いた。両手で顔を覆う。
「甥っ子の、恋人……? すっ、すまないユキコ! てっきり、恋人と少将を天秤にかけている悪女なのかと! ちょっと口説いただけで私にもすぐなびくし」
「なびいてない! 軍服姿が格好良かったから、ちょっとときめいただけ!!」
制服マジックってやつですから!
抗議しながらも、彼女の側にしゃがみこんだ。
そっと手をはずして顔を見つめる。ここまであからさまなら、私にだってわかるとも。
「──ギルバートさんの事が、好きなんですね?」
「誰がっ、あんなタラシ男!!」
真っ赤になって叫びながら、ミランダさんが勢いよく立ち上がる。危うく頭と頭が激突することろだった。
しゃがんだままぽかんと見上げる私を、荒く息を吐きながら見下ろした。
「昔は、確かにあのタラシに恋をしていた時期もある。……だが今は、憎しみしか無い!」
えっ、弄ばれて捨てられたとか!?
どうしよう、触れてはいけない話だったかもしれない……。
かける言葉が見つからずに固まっていると、窓際のソファに移動したマイカちゃんが首を傾げた。
「でもあの少将、同僚には手を出さない主義なんじゃない? あたしも最初は声をかけられたけど、軍人だと知られてからは何もないわよ」
そういえば。
今日はマイカちゃんの事は口説いていなかったかも。
納得していると、マイカちゃんがテーブルに置いてあったベルをチリチリと鳴らす。にっこりと微笑んだ。
「女三人、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょうよ。もう夕飯の時間だけど、なんなら甘いものも頼んどく?」
◇
結局、部屋に夕食を運んでもらうことになった。
広間で豪華な料理なんて肩が凝るし、こちらの方がくつろげてありがたい。昼食を取ったきりで空腹だったので、黙々と食べることに集中した。
お皿を下げてもらい、今度は食後のお茶が運ばれてくる。
小さなお皿にマカロンのような可愛らしいお菓子が添えられているが、量が上品すぎて足りない予感がした。
案の定あっという間に平らげてしまい、追加を頼むのは無作法だろうかとマイカちゃんと真剣に議論する。
ミランダさんがバンッとテーブルを叩いた。
「──いや、菓子なんてどうでもいいから! そちらから尋ねた以上、私の話を真面目に聞け!!」
仕方なくお菓子への未練は捨てて、ピッと背筋を伸ばす。
沈黙が満ちたところで、ミランダさんが重々しく口を開いた。
「……あのタラシは、確かに軍関係者は口説かない。そこはキッチリしているんだ。だから、私の一方的な片思いだった……。例え思いが通じずとも、少しでも彼に近付ければ幸せだと、毎日必死で剣術の研鑽を積んだものだ」
憎んでいると言う割に、懐かしむような口調で話す。口元には笑みが浮かんでいた。
「それでも、私以外の女をタラシが口説くのを見るのは辛かった。だから、考えたんだ。──奴の目を付けた女を、私が先に口説いてやればいいのだと!」
……はい?
目が点になり、思わずマイカちゃんの顔を見る。珍しくマイカちゃんもあんぐりと口を開けていた。
「女たちは私になびいた。素敵、お嫁さんにしてー! ははは、お嬢さんがたありがとう! これでアイツは女をタラせなくなる、そうほくそ笑んだのにっ! アイツは大喜びで、私を褒め称えるばかりだった……。クソッ、王都一のモテ自慢って何なんだ!? 変なあだ名を付けやがって!」
あ、ミランダさんの自称じゃなかったんだ。
マイカちゃんがあきれ果てたようにため息をついた。頬杖をついて、ジト目でミランダさんを見る。
「拗らせてるわねー……。普通に告白すりゃ早かったでしょうに」
「そんな段階はとうに過ぎていたんだ! 同僚に手は出さないと言っても、女性に対して紳士的なのは変わらないはずだったのにっ。王都一のモテ自慢と目されてからは、奴は私が女だということすら忘れている! もはや好敵手の扱いだ!!」
「…………」
自業自得とはいえ、ちょっぴり気の毒かもしんない。
「──それで? 今は、タラシ少将の事をどう思ってるのよ」
「それはっ……!」
マイカちゃんの問いかけに、迷うように口をつぐむ。何度か深呼吸をして、苦しそうに目を伏せた。
「そう、だな……。例えて言うなら……」
決意したように顔を上げ、そっと胸に手を当てる。
「私を、好きになって欲しい。そして真実の愛を知ったあのタラシを、高笑いしながら手酷く振ってやりたい。その時の台詞も決めているんだ。『おとといきやがれ! 貴様のような女好きなど御免こうむる!』とな」
「…………」
全然例えてないやんけ。
心情そのままやんけ。
「いや、でもまだ好きなんじゃ……」
手を伸ばして問いかける私の発言なんて聞いちゃいなくて、ミランダさんはがばりと立ち上がった。興奮に目元を赤くして、気取ったように前髪をかき上げる。
「ふっ……その場面を想像するだけで、ドキドキと胸が高鳴るのが止められない……!──クッ、フハハハハ!! アーッハッハッハッハッ!!!」
今高笑いしてどうする。
マイカちゃんはと見ると、沈痛な顔でかぶりを振った。放っておけ、とその目が言っている。
王都一のモテ自慢さんは、長身で美人で美声で胸が小さくて。
……恋を拗らせた、変人だった。




